第13話 楽しい食材集め その3
「さて……ポーションで免疫力が付くのは1時間だ。
あまり予備は持ってきてないから、さっさと上に戻るぞ」
「戻るって、こんな場所から崖の上に行けるの?」
「道は複雑だが戻るルートはある。
お前は事故って落ちてきたけど、普通は【免疫のポーション】を大量に持ち込んで道を憶えるのがセオリーなんだよ」
リンが落ち着いた後、ユウはすぐさま谷からの脱出を提案した。
大小のキノコが生えた幻想的な場所だが、逆に言うとそれしかない。
目印になりそうなものは壁から突き出た水晶くらいなため、何の準備もしなければ確実に迷い、そして免疫力が切れる。
ユウは道を知っているらしく、2体の昆虫ユニットを引き連れて出発の準備を整える。
彼がいなければ、どうにもならなかった。谷からの脱出以前に、ポーションがない時点で虫のエサだ。
「あの……ありがと……ほんとに助かったよ」
「お前は昔から危なっかしいからな。今度はひとりで帰れるように、ポーションくらいは持っとけよ。
あと、どんな場所でも戦えるユニットを出すのは忘れるな」
「そ、そうだね! また体が動かなくなったらヤバイし……ユニット召喚!」
リンの隣には弱い★1のワイバーンしかいない。慌ててカードを用意した彼女は、戦闘の準備を整える。
薄暗い谷底に差し込む強烈な光。こんな深淵で召喚したにもかかわらず、月の女神【アルテミス】は主人のもとへ降り立った。
決められた定型文の範囲内だが、人型である彼女は人間の言葉で話しかけてくれる。
「参りましょう、マスター」
「はぁ~、やっぱりホッとするな~、女神さまがいると。
さらに強化するよ、【エクシード・ユニオン】! 装備させる★1のユニットは――【水晶ヤモリ】!」
「タイプチェンジを認識、モード『ビースト』へと移行します」
装備させた【水晶ヤモリ】のタイプは【動物】。
タイプを参照して姿が変わるらしく、光りに包まれた女神に動物の要素が追加されていく。
髪の色と同じく、美しい銀の毛で覆われたオオカミの耳。腰の後ろからはフサフサの尻尾が生え、サイバーな衣装は毛皮の服へと変化した。
そうして完成したのは【アルテミス】のビーストモード。
月の女神にして狩猟の女神。銀の毛皮に身を包んだ彼女は、死の谷底にあっても満月のごとく輝いている。
「な……なんだ、こりゃ!?」
「これが【アルテミス】の新しい力だよ!
【水晶ヤモリ】の効果で、リンクカードを装備してないモンスターから受けるダメージが半減。
ミッドガルドの野生モンスターは、装備なんて持ってないもんね!」
「なるほど、考えたな――と、言いたいところだが。
さっきステラちゃんからメッセージが届いたんだ。今のうちに見とけ」
「(あ……さっき見ようとして落ちたやつだ。全員に送ったのかな?)」
どうやら、送ってきたのはステラだったようだ。
飛行中にメッセージを受け取ろうとして落ちたことなど、口が裂けても兄には言えない。
コンソールを操作して表示させると、1枚の画像と共に短い文章が書いてあった。
『見たこともない新種のモンスターです!
★2の【リザードマン】、タイプは【人間】。野生モンスターなのにリンクカードとして槍を持ってます!』
画像では人間のように二足で立つトカゲが、原始的な木の槍を両手で構えていた。
これまでのミッドガルドには倫理的な問題からか、【人間】タイプのユニットはいなかったはずだ。
「リンクカードを装備した野生モンスター!?」
「どうやら★4モンスターと同時に、いくつか新種が実装されたらしい。プレイヤーの間でも大騒ぎになってるぞ」
「えぇ~……じゃあ、【水晶ヤモリ】の効果も絶対じゃないってことかな」
「【エクシード・ユニオン】なんてカードが出てきた時点で、それが絶対的な強さにならないように調整するだろうな、普通は」
実際、これまでのミッドガルドであれば、【水晶ヤモリ】でほぼ全てのモンスターから被ダメージを半減できた。
それを防ぐためなのかは分からないが、実装されたモンスターの中には前代未聞の能力を持つものがいる。装備品を所有しているというのも、そのひとつだ。
「運営は何も言ってなかったのに~!」
「『お知らせ』のところを見てみろ。ついさっき、後出しで告知が来たぞ」
見てみると、いつものウェンズデーが笑顔で新モンスター実装について説明している。
事前の告知はなく、アップデート後に公表しているので、完全にサプライズ実装というわけだ。
「とりあえず、ここでは大丈夫だと思うけどな。
お前も見たように、谷のモンスターはほとんど虫。あとは歩く毒キノコくらいだから【水晶ヤモリ】は通用する。
ただ、新しく実装されたやつがいるかもしれないから用心しろよ」
「うん、慎重に行こう。
あ……今のうちに物資収集してもいい?」
「お前なぁ~……その転んでもタダじゃ起きない根性には感服するぜ。
俺も今のうちに済ませておくか。ユニット召喚!」
窮地に陥った直後だというのに、機会を逃さず物資を集めようとするリン。
それに呆れつつ、ユウも最後の3枠目を使って探索ユニットを召喚する。
Cards―――――――――――――
【 メガニューラ 】
クラス:コモン★ タイプ:昆虫
攻撃300/防御100/敏捷200
効果:このユニットがアタックしたとき、攻撃力に【敏捷】のステータスを加算する。
スタックバースト【高速飛行】:永続:このユニットの【敏捷】を2倍にする。
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地球上でも、ごく普通に見られる昆虫のひとつ。
4枚の透明な翼を高速で動かし、ホバリングしながら飛ぶ姿は、まさしくトンボである。
魚が陸へと這い上がり、ようやく恐竜の祖先へと進化し始めた頃、地上はすでに数々の昆虫であふれていた。
先ほど襲いかかってきた巨大ヤスデ【アースロプレウラ】や、ゴキブリ、クモ、そしてトンボ。
大きさはともかく、彼らはその生態や姿をほとんど変えることがないまま、数億年先の現代まで種を残し続けている。
「こいつは『リミテッド・ユニオン』で追加された敏捷特化のユニットだ。
ものすごく素早いから、バトルで先手を取るのに使えるぞ」
「へぇ~、たしかに便利だね」
Tips――――――――――――――
【 敏捷ステータス 】
ミッドガルドの内部や、特殊なイベント会場にいる場合のみ、ユニットに表示されるステータス。
野生モンスターとの戦闘では、より敏捷ステータスの高いほうが先手を取れる。
複数のユニットやモンスターがいた場合、どちらが先攻になるのかは、お互いの平均値によって決まる。
なお、敏捷ステータスは特殊なものとして独立しているため、一般的なステータス強化や弱体化の影響を受けない。
――――――――――――――――――
ユニットの素早さを表すステータス【敏捷】は、ミッドガルドの中にいるときだけ表示される。
普通のデュエルでは何の意味もなく、対野生モンスターでのみ効果を発揮する数値だ。
この【メガニューラ】は特に素早いユニットで、ほとんどの戦闘で先手を取れる。
「よし、【シャドーブレイダー】を残して物資収集!」
「あたしも物資収集! ワイバーンちゃん、今日は色々大変だけどお願いっ」
「ピャァ~!」
パタパタと飛んでアイテムを探しに行くワイバーンの子供。リンのデッキは強化されたが、かなり大きな欠点が生じていた。
物資収集ができるのは、クリスタルによってペット化されたユニットだけ。つまり、クリスタルが存在しない★4の【アルテミス】では探索できない。
さらにミッドガルドに持ち込めるユニットカードは3種類まで。
そのうち1枠を【エクシード・ユニオン】用の装備品として使ってしまうため、結果的に1体しかユニットの空きスペースがないのだ。
今回は水域と高低差がある渓谷に行く予定だったのでワイバーンを選んだが、谷の底なら鉱石掘りのコボルドのほうが良かったかもしれない。
そう思いながら待っていると、やがてユニットがアイテムを持ち帰ってくる。
Tips――――――――――――――
【 じめじめシメジ 】
豊富な水分を蓄えたキノコ。毒はない。
火は通りにくいが、スープに入れると良いダシが出る。
――――――――――――――――――
「ああ~……洞窟にも生えてたなぁ、これ。
食べられるものだし、まあいいか。取ってきてくれてありがとう」
「ピャウ~」
苦笑しながらも頭をなでてやると、ワイバーンはうれしそうな声を上げて喜ぶ。
ユウのほうには何か収穫があったらしく、昆虫ユニットが珍しいアイテムを持ち帰っていた。
Tips――――――――――――――
【 食用キノコの菌糸 】
キノコの根本から採取した菌糸。苗床で育てると収穫できる。
――――――――――――――――――
「なんだ、こりゃ? キノコを育てられるのか?」
「へぇ~、いいんじゃない? キッチンのところに置いておけば、いつでも料理に使えるし」
こういった環境なので、当然ながら得られるのはキノコばかり。
寿司パーティーのために出発した食材探しなのに、兄妹そろって持ち帰るのがキノコになってしまう。
他のメンバーが上手くやっていることを祈りつつ、やがて2人は危険な谷底を歩き始めた。
初心者が踏み込もうものなら、即座に命を奪われる深き墓場。
リンの経験では生きて戻ることなど不可能に近いが、今は兄が彼女を守りながら道案内をしてくれている。
決闘の戦績や大会での結果はリンのほうが上。
しかし、この場所ではプレイヤーとして経験を積んだ者が命をつなぎ、『生還者』となるのだ。




