第12話 楽しい食材集め その2
「涼美~、勇治~、買い物に行くんだけど一緒にどうだ?」
休日の午後、真宮家の父親は階段のところで声を上げ、2階にいるであろう子供たちを呼んだ。
しかし、家の中は奇妙なほど静まりかえったまま。いつもなら何らかの反応があるはずなのだが、返事のひとつすらない。
首を傾げながら階段を登り始めると、台所にいた妻がやってきて呼び止める。
「このところ、VRで一緒にゲームをしてるのよ。フルダイブっていう、今話題のアレで」
「ああ~、ははは……これも時代かぁ。子供の遊びも変わったもんだ。
でも、あの子たちはそんなに仲が良かったかな?」
「同じゲームを始めてから、見違えるほど仲良くなったのよ~。前は顔を合わせるたびにケンカしてたのに」
「そうか……まあ、今のうちだけだからね、一緒に遊べるのは。
僕も兄さんと毎日楽しく遊んでたけど、大人になると年に1回くらいしか連絡しなくなって、今となっては会いに行くのも一苦労だ」
「大人になると、実家の家族とは離ればなれになっちゃうわよね。
それぞれ自分の家庭を持つようになって。
でも、VRは体を動かさないから年配の人たちも遊んでるみたいよ。子供みたいに昔に戻って」
「へぇ~、そういえば食事もできるようになったって、最近ニュースで言ってたなぁ。
あの子たちが大人になる頃には、そういうのが普通になるかもね。
人の付き合いもVRが主流になって、むしろ、仮想世界のほうが賑やかになるかもしれない」
真宮夫妻は今後の未来について語っているが、すでにVRは現実以上の賑わいを見せていた。
我が子が大舞台で戦って入賞し、今は奈落の底で大ピンチに陥っていることなど、2人には知るよしない。
人類がサイバー空間を居住の地に定め、肉体を捨てて新たな生命へと進化していくのは、まだまだ先の話。
その途上にある時代の中で、子供たちは最先端を生きていた。
■ ■ ■
「蹴散らせっ!」
今回の大型アップデートにより、ミッドガルドでの戦いは『お互いの敏捷力の平均値』で先攻と後攻が決まるようになった。
カブトムシは遅めだが、カマキリの【シャドーブレイダー】は高水準の120。
これが素早さの中核となり、ユウは高い攻撃力を先攻で叩きつけることができる。
硬い鎧のような装甲を持つ巨大ヤスデ【アースロプレウラ】は、疾風のごとく飛びかかったカマキリによって、一撃で切断されて粒子化。
続いて角を振り上げながら突進するカブトムシ【バスター・ビートル】。
クワガタなら互角の勝負ができそうだが、ハサミムシでは相手にもならない。
残ったクモは果敢に挑んでくるも、★1ではレアカードに適うはずもなかった。
次のターンには決着が付き、昆虫同士の戦いはユウの圧勝で終わる。
「う……うぅ~~~~っ!」
「まったく、ひどい有様だな。しびれて動けなくなっただろ?
ここは初見殺しの場所なんだ。何の準備もせずに来たら、毒キノコと虫にやられて終わる」
しびれて動けなくなったリンに呆れながらも、ユウはコンソールを操作してアイテムを取り出す。
紫色の液体が入ったアンプルのような容器。その栓をパキッと折ると、リンの体が光に包まれてキノコの毒が消えていく。
Tips――――――――――――――
【 免疫のポーション(ノーマル) 】
消費すると1時間、免疫効果が持続。
プレイヤー自身と扱うユニットを、地形による状態異常から守る効果がある。
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「探索するなら、これくらいのアイテムは用意しとけ。
RPGなんかでも基本中の基本だぞ」
ゲームなどほとんどやらなかったリンは、とりあえず武器だけ持ってRPGのダンジョンに入ったようなものである。
一応、ステラからもらったライフ回復のカードはデッキに入っているが、初見殺しのギミックなどは警戒していなかった。
目的の場所にどのような危険性があり、何を持っていくべきなのかを考えるのはゲームの鉄則。
ちょっと渓谷まで食材を探しに行くだけだからと、油断しきっていたリンの不注意である。
「ううっ……ふえぇ……っ」
しかし、今のリンにそんなことを言う必要はない。
キノコの毒で動けなくなり、ペットのワイバーンもろとも虫に食われるところだったのだ。
弛緩していた体は薬で治っていくが、窮地に追い込まれていた緊張感と恐ろしさが消えるわけではない。
「うわぁあああ~~~~、お兄ちゃ~~~~~ん!!」
「お、おい……!」
体の自由を取り戻すなり、ユウに抱きついて泣きじゃくるリン。この兄妹は昔からこうだった。
リンは活発に走り回り、行く先々で大変な目にあっては兄に助けられて泣く。
生まれたときから変わっていない関係が、このVR空間に来ても続いている。
「ほんと……しょうがないヤツだな、お前は」
こうなると、泣き止んで落ち着くまで好きにさせるしかない。
どれだけ強がっていようと本当は打たれ弱い女の子なのだと、長年付き合ってきた兄はよく分かっていた。




