第11話 楽しい食材集め その1
ミーティングの後、それぞれのメンバーは各方面に散らばって食材探しを始める。
ガルド村や公共エリアの商店へ向かった者、やや遠い海まで採取しに行った者。
そして、リンが向かう場所は大渓谷。
ユウと組むことになり、今はグライダーで谷の上を滑空しているところだ。
「渓谷に行くのも久しぶりだね~!
あそこなら新鮮な食材が手に入りそうだし、何かいいものが釣れちゃうかも」
「俺はソニアちゃんの手伝いで行ってたから、久々でもないかな」
「ほんと、それ聞いたときビックリしちゃったよ。兄貴って、そんな甲斐性あったっけ?」
「うるせぇ! ちゃんと飛ばねーと落ちるぞ!」
現在、底が見えないほど大きく口を開けた谷の上を通過中。
最初は生きた心地がしなかった空の移動も、慣れてみると非常に快適だ。
飛びながら見る摩天楼渓谷の絶景は、このあたりで最も美しい名所である。
と、リンの左手首に取り付けられたリングが光りを発し、メッセージの着信を告げた。
「誰からだろ? よっと……」
リンは運動神経が良いほうなので、飛行中に片手を離してコンソールを操作するくらいはできる。
いや――できると思っていた。
飛行への慣れ、大型アップデートや大渓谷へ行くという気分の高揚。
日常的に自転車を扱う小中学生が、ふとした弾みで危険行為をしてしまうかのように。
片手を離したことでバランスを崩したハンググライダーは、大きく傾いて落下していく。
「あわわわわ……うわぁああああ~~~~~~~~っ!!」
「ちょ、マジかよ!? リーーーーーーーーーン!!」
谷底へ落ちていく体と、急激に遠くなっていく兄の声。
すでに傾いているグライダーでは風を受けることができず、真っ逆さまに転落してしまう。
VRのシステムによって、落下の恐怖は軽減した上で脳へ伝えられるが、恐ろしさがゼロになるわけではない。
底が見えない深淵へ飲み込まれるかのように落ちていくリン。
このままでは落下ダメージによって即死。ミッドガルドから放り出されて、明日の0時まで入れなくなってしまう。
「くうううっ、ユニット召喚――【ブリード・ワイバーン】!」
窮地に陥ったリンは落下しながらコンソールを操作し、カードからユニットを呼ぶという荒業に出た。
元気よく呼び出したワイバーンの子供は、主人が谷底へ落下している真っ最中なことに気付いて慌てふためく。
「ピャアアアアアッ!?」
「ごめん、ワイバーンちゃん! 支えるのを手伝って!」
「ピャウウウ~~~~~ッ!!」
原則として、ミッドガルドでは飛行生物に乗ることができない。
その上、育てば強力無比なワイバーンとはいえ、召喚された直後では幼い子供。
どうにか必死に羽ばたいてグライダーを支えるが、落下の速度を緩めるのが精一杯だった。
ダメージを受けない程度に、しかし、確実に谷へと飲まれていくリン。
やがて落下は終了し、彼女は谷の底で不時着することになる。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思ったぁ~~~!!
ありがとう、ワイバーンちゃん」
「ピャア~……」
いきなり無茶振りをされて力の限り羽ばたいたワイバーンは、くたくたの状態である。
頑張ってくれたことに感謝しながら、リンが周囲を見回すと――
「わぁ~っ! これが谷の底?
思ってたより、すっごくきれい……!」
いつもは上空を通過するだけだった深淵の底には、驚くほど幻想的な世界が広がっていた。
大地に亀裂が走ったかのように、1000メートルを超える垂直な崖に挟まれた谷底。
太陽の光はほとんど届かないが、代わりに壁から突き出した巨大な水晶や、樹木のごとく大きく育ったキノコ、岩肌にむした苔などが発光している。
色々な種類のキノコに、フワフワと飛び交うホタルのような光虫。
前に探検した水晶洞窟とは、また違ったファンタジーな雰囲気だ。
「事故って落ちてきたけど、ここなら珍しいものが取れそう!
って、兄貴……絶対怒ってるよね。とりあえず無事だよって連絡しなきゃ」
美しい水色の光を湛えたシャンデリアのようなキノコの下で、リンはコンソールを開く。
メッセージを送るための項目を開き、まずは兄に連絡。
ごめんの『ご』を入力したとき――そこで、彼女は異変に気付いた。
「あ……れ? か、体が……動かな……っ」
中学生のリンは、まだ金縛りを経験したことがない。
体が思うように動かなくなっていき、とうとう指1本すら自由が効かなる事態に、頭の中がパニックに陥る。
「(声まで出せなくなっちゃった! どういうこと?
これって、まさか……キノコの胞子!?)」
気付いたときには、すでに遅し。
シャンデリアのようなキノコは、よく見ると粉のような胞子を撒き散らしていた。
空中に漂う胞子はキラキラと光って美しいが、吸い込んでしまったが最後、生物の動きを封じる神経毒と化す。
そして、そのときを待っていたかのように――暗がりの中から姿を現す捕食者たち。
カサカサと這い出してきたのは、大型犬のようなサイズのクモであった。
Enemy―――――――――――――
【 ミドル・スパイダー 】
クラス:コモン★ タイプ:昆虫
攻撃300/HP200/敏捷40
効果:バトルしたとき、【タイプ:昆虫】のユニットに対して攻撃力が2倍になる。
スタックバースト【粘性の糸】:永続:このモンスターの攻撃を受けたユニットは、ターン終了までガード宣言できなくなる。
――――――――――――――――――
「(うええええっ! 気持ち悪い!
こっち来ないでぇえええーーーーー!!)」
キノコの胞子で弛緩しているリンは、今や格好のエサだ。
悲鳴を上げて逃げることすらできない彼女を狙って、クモ以外の虫も這い寄ってくる。
水晶やキノコの淡い光に照らされ、ギラリと輝く大鋏。
恐ろしい凶器を尻尾の先に振りかざしながら現れたのは、全長5mはあろうかというハサミムシ。
植木鉢の下にいる小さな虫とは、100倍ほどもサイズが違う。
Enemy―――――――――――――
【 ダーマプテラ 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:昆虫
攻撃2800/HP2200/敏捷80
効果:★1のユニットとバトルしたとき、結果に関わらず相手側のユニットを破棄する。
スタックバースト【ハイパーギロチン】:瞬間:上記の効果が★2にも適応される。
――――――――――――――――――
「(うっそでしょおおお!?
ヤバイ、ヤバイ、なんとかしないと……なんとか……!)」
「ピャアア~~ウウウウ!」
ワイバーンは小さな炎を吐いて威嚇するが、圧倒的なステータス差。
【ダーマプテラ】は★1を確実に葬る能力を持つため、もはや天敵のような存在だ。
絶体絶命のピンチに陥ったリンと、じわじわと迫りくる虫たち。
とどめとばかりに現れたのは、身の毛もよだつような大型のヤスデ。
恐竜よりも古い時代に生息していたといわれる、全長8mの巨大生物。
Enemy―――――――――――――
【 アースロプレウラ 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:昆虫
攻撃2000/HP3200/敏捷20
効果:【タイプ:植物】と同じフィールドにいるとき防御+500。
スタックバースト【ペルム紀の鎧】:永続:このモンスターが受ける全てのダメージを-500。
――――――――――――――――――
ギチギチと無数の足を動かしながら大蛇のごとく鎌首をもたげる姿は、リンの希望を断ち切るには十分だった。
美しく幻想的な雰囲気の場所だが、ここは墓場。
足を滑らせて谷底に落ちてきた生物や、迷い込んできたものを虫たちが食い尽くす。
そして、谷底に溜まっていく養分で多様なキノコが育ち、一部の菌類は虫の狩りを手伝うかのように毒の胞子を作り出すのだ。
毒キノコと、捕食者たる虫たちの共生関係。
美しくも恐ろしい谷の底は、迷い込んだものに絶望と死を与える。
ここは生命が終わりを迎える場所――それゆえ、プレイヤーたちからは『深き墓場』と名付けられていた。
「(や……やだ……やだやだ!
こんな気持ち悪い虫にやられて死ぬなんて!
指も動かせない……声も出ない……誰か……誰か助けてぇえええ!!)」
楽しい食材探しをするはずが、とんでもない事態になってしまった。
サクヤは『過去の世界に戻ることは不可能』と語っていたが、可能なら数分前の自分に言ってやりたい。飛行中には絶対に片手を放すなと。
「あ……あぁ……」
悲鳴を上げようにも、もはや声にならない声が口から漏れるだけ。
ワイバーンがどれだけ必死に威嚇しようと、虫たちは恐れることなく取り囲む。
もっと気を付けておくべきだった。せめて、谷の底に来た時点で戦えるユニットを出しておけば。
数々の後悔が頭をよぎるが、もはやリンにできることは何もない。
「キシャアーーーーーーッ!!」
「ピャウッ……!」
ギロチンのような大鋏を振り上げる【ダーマプテラ】が、まずはワイバーンを狙って襲いかかる。
動きが封じられている以上、目の前でペットが無残に倒される姿を見ていることしかできない。
リンは嘗めていたのだ。このミッドガルドは、慈悲など持たないモンスターたちが徘徊する危険な場所。
かつて霧が立ち込める沼で、毒ガエルやスピノサウルスに襲われたときの危機感を、いつの間にか忘れてしまっていた。
日本ワールドで3位という実績や、大物殺しなどという二つ名も、この場所では全く何の役にも立たない。虫たちにとっては、ただのエサでしかないのだ。
「ううっ……く……っ」
動けないまま、リンは涙を流すしかなかった。
ワイバーンを真っ二つに切断するべく、左右に大きく広げられたハサミ。
それが子竜の体を捕らえようとした直前で――空から舞い降りてきた影が、勢いよく割って入る。
「リーーーーーーーン!!
この馬鹿野郎がぁああああああああああ!!!」
深き墓場はあまりにも深く、まっすぐ下へ降りてくるのは危険すぎる。
ゆえに、彼は少しずつ旋回して高度を落としながら降りてきた。
ハンググライダーから手を放して飛び降りたユウは、バトルが始まる前にコンソールからカードを引き抜く。
「ユニット召喚っ! 【シャドーブレイダー】、【バスター・ビートル】!」
Cards―――――――――――――
【 シャドーブレイダー 】
クラス:レア★★★ タイプ:昆虫
攻撃3000/防御1000/敏捷120
効果:【タイプ:昆虫】または【タイプ:飛行】のユニットとバトルしたとき、【基礎攻撃力】+1000。
スタックバースト【血塗られし刃】:永続:上記の効果で上がった【基礎攻撃力】が永続となる。この効果は重複しない。
【 バスタービートル 】
クラス:レア★★★ タイプ:昆虫
攻撃2200/防御1800/敏捷30
効果:バトルしたとき、【タイプ:植物】のユニットに対して攻撃力が2倍になる。
スタックバースト【グレートホーン】:瞬間:ターン終了まで、上記効果を全てのタイプに対して適用する。
――――――――――――――――――
「シャオオオオッ!」
「ギキイイイーーーーッ!」
そして召喚されたのは、彼が新しく組んだ昆虫デッキのユニットたち。
漆黒の外骨格に覆われたカマキリと、立派な角を振りかざすカブトムシ。
「お前は、いつもそうだ! 調子に乗って先走ったあげく、迷子になって俺が迎えに行くことになる!
ガキの頃から、ちっとも変わってねえな!」
「あ……うぅ……」
動けない状態のまま、泣きながら兄の背中を目にするリン。
文句を言いながらも必ず妹のために駆けつける彼もまた、子供のときから全く変わっていない、血を分けた家族であった。




