第9話 作ろう、月機のユニオンデッキ!
「みんな、大会ではありがとう。
本当にお世話になりっぱなしだったから……しばらく、ゆっくり休んでね」
リンのマイルームである南の小島。
大海原に囲まれた砂浜には、クリスタルによってペット化されたユニットたちが暮らしている。
先の大会で特に活躍した【パワード・スピノサウルス】、【ポイズンヒドロ】、【アルミラージ】。
功労者たちに休みを与えたリンは、経験を積むためにも新しいデッキをゼロから作ることにした。
これが別れになるわけではない。
彼女が知識と経験を身に着けたときには、再び前線で戦ってもらうことになるだろう。
「さてと、まずは主軸……【アルテミス】と【エクシード・ユニオン】、この2枚は必須として。
あとは★1ユニット! 全員集合!」
ペット化しやすいこともあり、リンのルームにいるのは大半が★1。
兄から『幼稚園』と称されたように、小型のユニットがドタバタと駆け寄ってくる。
「飛行!」
「クエーッ」
「動物!」
「キキッ」
「水棲!」
「きゅーい」
「植物!」
「……ぷい」
「悪魔!」
「わぉーう」
「竜!」
「ピャアーッ」
元気よく返事をしたのは【トロピカルバード】、【渓谷チンチラ】、【ネレイス】、【アルルーナ】、【タイニーコボルド】、【ブリード・ワイバーン】。
まずは、それぞれタイプ別に1枚ずつ用意してみた。
「【アルテミス】は神タイプだから……足りてないのは、人間、虫、アンデッドかぁ。
でも、デッキが★1だらけになると、バランス悪くなっちゃうよね。水棲デッキですら火力不足だったし」
大会で使用したリンのデッキには、攻撃力2000以上のユニットが2体しかいなかった。
1500以上ですら4体、防御面も非常に脆い。
それでもどうにかなっていたのは、毎回のようにスピノサウルスの強化効果が発動していたからだ。デッキを解体してみると、どれだけ親分に頼りきりだったのかよく分かる。
「【エクシード・ユニオン】の効果も、試してみないとよく分からないんだよね。
たとえば【アルテミス】にワイバーンちゃんを付けてフルパワーにしたら、攻撃と防御が40000くらいになるわけでしょ?
さすがに、それはまずいと思うんだけど……」
他にも召喚時にしか発動しない効果や、後攻のときだけ使える効果、スタックバーストの仕様など。
やってみなければ分からないことが多すぎる。
「実戦で試すっていうのは、さすがに無茶だし……
よ~し! こういうときはステラに相談だ!」
■ ■ ■
所変わって、うっそうと茂った深い森。
魔女が住まうルームらしく、神秘的で落ち着いた雰囲気が漂う。
ここにはステラの家もあるが、森の奥に進むと古代遺跡を模したバトルフィールドが設置してあった。
「この装置は対人戦の決闘だけじゃなくて、カードの効果を試す機能とか、CPUとの模擬戦もできるんです。
ひとつはルームに置いておくと便利ですよ」
「へぇ~、そういうこともできるんだ!
あたしのルームにも置きたいけど、ちょっと場所がないかな」
「空間を拡張できるんじゃないですか? 費用は掛かりますけど」
「アップグレードってやつだね。大会の報酬があるし、そういうところに投資するのがいいかも」
トレードマークの三角帽子と魔女の服で出迎えたステラ。
リンを遺跡まで案内した彼女は、すぐに立ち去ってしまう。
「じゃあ、私は家のほうにいますね」
「あ、ごめん。忙しかった?」
「私も新しいデッキを組んでる最中ですし……リンの実験には興味がありますけど、見ていたらまずいと思いますから」
「そんなに気を遣わなくてもいいのに~」
ステラはいつものようにニコッと笑うと、そのまま去っていった。
これから行う実験は、リンのデッキの根幹に関わることだ。あまり知るのは良くないと察したのだろう。
「ほんと、いい友達を持ったよ。それじゃ、遠慮なく……システム起動!」
『バトルフィールドへようこそ。
あなたの個人認証が完了しました。プレイヤー、リン』
遺跡に刻まれた文字のようなものが輝き、ラヴィアンローズのカードバトルシステムが動き出す。
案内を務めるAIは、透明感があって聞き取りやすい女性の声。
機能もさることながら、バトルフィールドは単純にオブジェとしても見栄えが良い。
自分のルームにも導入を検討したいところだが、今回の目的は新しいカードの実験だ。
「えっと、トライアルモードでお願いします」
『かしこまりました。トライアルモードを始めます。
フィールドを選択してください』
「え? あ~、そっか、背景を自由に選べるんだっけ。
特に決めてないので、ランダムでいいです」
『ランダムが選択されました。自動選択の結果、メトロポリスに決定。
3秒後にフィールドを切り替えます。3……2……1……』
なんとなく懐かしさを感じる、背景の切り替え機能。
ラヴィアンローズの世界に来たばかりのリンは、兄に連れられて海外旅行のような気分を味わっていたものだ。
そして、今回の背景はメトロポリス。
先ほどまで森の中にいたはずなのに、一瞬にして高層ビルが並ぶ夜の大都会へと切り替わる。
「な……なんじゃこりゃあ~~~~~~!?」
東京やニューヨークを思わせる21世紀の巨大都市。
無数に輝く人工的な明かりが夜景を飾る中、リンは風が吹き抜ける高所のヘリポートに立っていた。
もはや夜景を見るために、わざわざスポット選びをする必要はない。全てはVRの中にある。
「すっごぉ……こんなの気分がアガッちゃうじゃない!
BGMとかあれば、もっといいんだけど」
『お手持ちの音楽データの他、ウィルズカンパニーが契約しているレコード会社の版権所有曲を再生できます。
なお、トライアルモードで最も多く再生されているのはAC/DCです」
「えーしーでぃーしー? じゃあ、知らないけどそれで」
BGMの再生が始まると、夜景が美しい摩天楼にドラムの音とエレキギターの旋律が流れる。
リンの世代にとっては前時代的な洋楽ロックだが、たしかに作業をするにはぴったりだ。
「いいじゃん、いいじゃーん! それじゃあ、始めるよ!
ユニット召喚――【アルテミス】!」
Cards―――――――――――――
【 月機武神アルテミス 】
クラス:スーパーレア★★★★ タイプ:神
攻撃2600/防御2600
効果:リンクカードを何枚でも装備できる。
スタックバースト【超次元射撃】:永続:装備されているリンクカードを1枚破棄するたびに攻撃宣言を追加で1回行う。
――――――――――――――――――
天から光が降り注ぎ、夜の大都会に現れた月の女神。
穢れのない白い肌と銀髪は今日も美しく、衣装のところどころにサイバーな機械が施されている。
「ちょっと実験するから、よろしくね。今度こそ一緒に天下を取ろう!」
「かしこまりました、マスター」
運命に選ばれし者のみが持つ★4スーパーレアカード。
にも関わらず、大会で活躍させてあげられなかったことをリンは悔やみ続けている。
女神と共により高みを目指すべく、若き挑戦者は次のカードを取り出した。
「【アルテミス】にリンクカードを装備、【エクシード・ユニオン】!
使う★1の子は、えっと……どれにしようかな?
やっぱり、一番気になる【ブリード・ワイバーン】!」
Cards―――――――――――――
【 ブリード・ワイバーン 】
クラス:コモン★ タイプ:竜
攻撃300/防御300
効果:自プレイヤーのターン開始時に成長し、攻撃と防御の『基礎ステータス』が2倍になる。この効果は2回まで行われる。
スタックバースト【突然変異】:永続:1回成長する。この効果は上限に含まれない。
――――――――――――――――――
「タイプチェンジを認識、モード『ドラゴン』へと移行します」
【エクシード・ユニオン】を装備させた瞬間、【アルテミス】は白い光に包まれて姿を変える。
竜を思わせる皮膜の付いた翼が背中から生え、手足の各所が硬い鱗のようなもので覆われた。
腰の後ろから伸びているのは長い尻尾。モード『ドラゴン』と称されたように、まさしく竜と融合したような姿だ。
「すっごーい! 着せ替えみたーい!
能力のほうは……ふむふむ、なるほど。ワイバーンちゃんの攻撃と防御300が、そのまま上乗せされて2900。
タイプが【神】と【竜】の2つになって……問題は能力だよね。
バトルシステムのお姉さーん! 1ターン進めてもらえます?」
「かしこまりました。2ターン目をシミュレート」
ターンが進むと、【アルテミス】は一瞬だけ炎のようなエフェクトに包まれて強化された。
さすがにドラゴンの部分が成長していくわけではないらしい。
カードの記述がそのままであれば、【ブリード・ワイバーン】の能力によって攻防5800になっているはず。
ドキドキしながら数値を確認してみると――表示されている数値は、どちらも3200であった。
「あれ~っ? 思ってたより、ぜんぜん低い!
ワイバーンちゃんのぶんしか成長してないんですけど!?」
『解説します。【エクシード・ユニオン】の効果により、【ブリード・ワイバーン】はユニットではなくリンクカードの扱いになっています。
ルール上、リンクカードの強化とユニットの強化は別種の扱いです』
「あ~……つまりは装備品に向かって【パワースレイヴ】みたいな強化カードは使えない。
ユニットじゃないからダメってこと?」
『そういうことです』
さすがに最終的なステータスが40000に達することはないだろうと思っていたが、これにはリンも肩を落としてしまった。
【アルテミス】が装備しているのは、あくまでもリンクカードであってユニットではない。
たとえば『バトルの際に攻撃+1000』という能力を持つユニットを装備した場合、攻撃力の増加は【アルテミス】ではなく装備しているカードにかかる。
リンクカードである以上、強化効果が独立してしまうのだ。
「結局のところ、この状態の【アルテミス】はどこまで成長するの?」
『【ブリード・ワイバーン】の最大値である4800が加算された、攻撃と防御7400が最大値になります』
「いや、十分だよ……手間は掛かるけど」
【エクシード・ユニオン】1枚と、【ブリード・ワイバーン】3枚、そして3ターンという時間。
それらが揃えば、どんなユニットでも攻防4800上昇の恩恵を受けられる。
バランス崩壊には至らないものの、リンクカードで得られる強化としては最大級の数値だろう。
「じゃあ、いっぺんリセット。とにかく仕様を知り尽くさないとね。
次はどの子を装備させよっかな~?」
片っ端からカードの効果を調べていくリン。
結果的に分かったのは、数値的な強化を持つカードは効果が独立してしまうということ。
これは大きな落とし穴なので、気を付けなければいけない。
だが、数値以外のものは非常に有用なカードが多かった。
例を挙げると【トロピカルバード】。
Cards―――――――――――――
【 トロピカルバード 】
クラス:コモン★ タイプ:飛行
攻撃300/防御100
効果:このユニットは【タイプ:人間】からのダメージを受けない。
後攻効果:召喚されたとき、自プレイヤーのデッキの中から★1のユニットを1枚手札に加える。
スタックバースト【ブレイクスルー】:永続:このユニットのアタックは【タイプ:人間】でガードできない。
――――――――――――――――――
ユニットとしての正式な召喚ではないため、後攻効果は発動しない。
しかし、【タイプ:人間】に対する特効は【アルテミス】にも問題なく共有された。
プロセルピナのように人間ユニットを並べたデッキが相手なら、一方的に殴り勝つことができてしまう。
他にも数値的な強化でなければ、ほとんどの能力が共有可能。
意外と面白い発見もあり、実験を終えてステラの家へ戻ったリンは大興奮で語る。
「とにかく、もうめっちゃすごくてね!
夢が広がりすぎて【エクシード・ユニオン】1枚じゃ足りない! 3枚欲しいよ、あのカード!」
「分かります、分かります。
『これだ!』と思ったレアカードを3枚集めてデッキに入れるのは、いつかプレイヤーが辿り着く道ですからね。
でも、すごく大変ですよ?」
「う~ん……これだけのために『リミテッド・ユニオン』を買いまくるのは無茶だもんね。
何か他のレアカードを用意して、トレードしてもらうのが現実的かなぁ」
「実質、それしかありません。そのために交換交流会があるわけですし。
ところで、この子もいいと思いませんか?」
「え……?」
そう言われて視線を向けると、ステラのペットが1匹、室内の壁に張り付いている。
水晶に擬態できるほど美しい姿のヤモリ。これも★1のユニットだ。
Cards―――――――――――――
【 水晶ヤモリ 】
クラス:コモン★ タイプ:動物
攻撃100/防御500
効果:リンクカードを装備していないユニットから受けるダメージが半分になる。
スタックバースト【擬態】:永続:このユニットがガードを行ったとき、3分の1の確率で相手ユニットの攻撃を無効化する。
――――――――――――――――――
「うわ~~~~っ!! この子、欲しい! 装備させたら絶対強いって!」
「ふふふ……残念ながら、ミッドガルドで捕まえたカードは交換できないんです」
「じゃあ、後で捕まえに行こうっと。
いや~、いろんな★1が欲しくなるから、ミッドガルドも楽しくなりそうだね」
「率先して★1が欲しくなるなんて、絶妙なバランス調整ですよね。
探索で集めた食材を料理できるようになるみたいですし」
「そうそう、『食』のアップデート! この味がしないお茶とも、今日でお別れかぁ」
ステラが出してくれたお茶を飲みながら、今後の冒険に思いを馳せるリン。
5周年記念の大型アップデートは、すでに翌日に迫っていた――




