第16話 深き森の魔女 その1
大小さまざまな植物が茂る森の中に、ぽっかりと開けた空間があった。
一言で表すなら、そこは森に埋もれた遺跡。
明らかに人工的な石の床には、なにやら古代文字のようなものが掘られている。
床は緑色の苔に覆われ、周囲には風化して傾いた石柱などもあった。
そうして用意された広くて平らな空間こそが、ステラのルーム内に設置されたバトルフィールド。
対戦者2名が石の床へ足を踏み入れると、システム音声がバトルの進行を読み上げ始める。
『バトルフィールドへようこそ。
あなたの個人認証が完了しました。プレイヤー、リン。
データから”デッキ1”を読み込んでいます』
「まさか、クラスメイトと対戦することになるなんて」
「そうですね。でも、なんだかワクワクします」
自分のクラスメイトは、こんなに好戦的だっただろうかと首をかしげるリン。
今回はユウが近くに立ち、妹をサポートしつつ観戦するらしい。
「俺はここで見ていてやるよ。
まだ知らないことが多そうだしな」
「いいけど、余計な口出しはしないでよ?」
「ハハッ、そんなことするわけないだろ。
今から最高に楽しいものを見られるのに」
「最高に楽しい……?」
「ああ、それとデッキに名前を付けないと、いつまでも”デッキ1”のままだからな」
『双方の読み込みと対戦の承認が完了しました。
リン VS ステラ
これより、システムはバトルモードに移行します。ご武運を』
兄の言葉が気になったが、もうすぐ決闘が始まってしまう。
リンはステラと向かいあい、5枚のカードをデッキから引いた。
なお、事前にプロフィールを編集したので、今回はちゃんと顔写真が表示されている。
「フィールドは、このままで大丈夫ですか?」
「うん、森の中っていうのも雰囲気があっていいね」
「じゃあ、始めます」
『バトルモード、スタート。
両者、ライフポイント4000。
先攻は――リンです。対戦を始めてください』
「あたしが先攻? 実は初めてなんだよね。
先攻ドローは無し……か。
1枚少ないスタートって、けっこう難しいかも」
それでも、リンには先に立ち回れるという優位性がある。
基本的にカードゲームは先行有利なケースが多いのだ。
「じゃあ、いくよ! ユニット召喚!」
まだ動きは未熟だが、それなりの召喚ポーズを取ってユニットを配置。
フィールドに現れたのは、後ろ足で鉄クズを転がす昆虫だった。
Cards―――――――――――――
【 ガラクタコロガシ 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:昆虫
攻撃400/防御1400
効果:リンクカードを装備されたとき、デッキからカードを1枚ドローする。
スタックバースト【鋼鉄の太陽神】:永続:自プレイヤーのターン終了時、このユニットからリンクカードを手札に戻すことが可能になる。
――――――――――――――――――
きれいな金属光沢の体を輝かせる、この世界のフンコロガシ。
これも【アルテミス】と相性が良く、リンクカードを活用できるユニットだ。
兄との戦いで得た反省を活かして、今度は防御のことも考えるようにした。
「あたしは、これでターンエンド!」
「じゃあ、私ですね。ドロー。
いきます……ユニット召喚っ!」
対戦相手のステラは、いつの間にか長い木製の杖を手にしていた。
その杖が青白く輝くと、フィールドの地面に光の魔法陣が現れる。
魔法陣は歯車のように複雑な回転をしながら光を強め、やがて中央にユニットの姿を浮かび上がらせた。
Cards―――――――――――――
【 ジャイアント・スナッパー 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:水棲
攻撃300/防御1700
効果:このユニットの防御はステータスの低下を受けない。
スタックバースト【食らいつき】:瞬間:ターン終了まで、攻撃と防御の数値を入れ替える。
――――――――――――――――――
それが現れた瞬間、フィールドにズシンと軽い地響きが起こる。
召喚されたのは4mはあろうかという超重量のワニガメ。
トゲだらけの甲羅は高い防御力を誇り、スタックバーストで攻撃に転じるという二面性を持つ。
「な、なに、今の魔法陣!? 本当に召喚したみたい!」
「このコスチュームの効果です。
大変だったんですよ、これを手に入れるの」
ラヴィアンローズで推奨されている『かっこいい召喚ポーズ』は、人の動作に限定されているわけではない。
ステラのように衣装やアイテムを使って演出するという手段も、この世界には用意されていた。
「うわ~、言いたいことは色々あるけど、向こうのユニットも固いなぁ」
「こっちからもダメージは通せないので、しばらくお見合いですね。
じゃあ、これでターンエンド」
「オーケー、ようやく手札が増えるよ。ドロー!」
お互いに防御力の高いユニットを配置したため、場は膠着状態。
ステラが言うように、しばらく大きな動きはなさそうに見える。
「だったら、あたしはこの子を召喚!
ひと目見たときから使ってみたかったんだよね~。
出ておいで!」
Cards―――――――――――――
【 ブリード・ワイバーン 】
クラス:コモン★ タイプ:竜
攻撃300/防御300
効果:自プレイヤーのターン開始時に成長し、攻撃と防御の『基礎ステータス』が2倍になる。この効果は2回まで行われる。
スタックバースト【突然変異】:永続:1回成長する。この効果は上限に含まれない。
――――――――――――――――――
「ピャアーーーーッ!」
リンの召喚に応じ、小さな飛竜が現れた。
コウモリのような翼でパタパタと飛ぶ子供の竜は、人間の肩に乗せられそうなサイズだ。
翼竜種は前足がなく、その代わりに大きな翼を持つドラゴンの一種。
これに前足が生えて四足歩行するタイプを主竜種と呼ぶらしい。
なお、成長によって増加していく『基礎ステータス』とは、カードに書かれている数値そのものを指す。
これにリンクカードや他のカードによる強化・弱体を加えたものを『ステータス』と称する。
「ああ~、可愛い~! 最っ高に可愛い~!
後で絶対、みんなで『ミッドなんとか』に行こうね。
この子をペットにするアイテムが手に入るんでしょ?」
「ミッドガルドだ。
やっぱり、そのワイバーンがお気に入りか」
「当然! この先どんなカードを手に入れても、デッキからは外さないよ」
【ブリード・ワイバーン】は成長にターンを必要とするため、1ターンに1体しか召喚できない枠を割いて場に出すのは、非常にリスクが高い。
それでも、リンはこのカードに愛着を持っていた。
好きなものを使って自分の戦意を高めるのも、カードゲームにおいては意外と大事なことだったりする。
「まだターンは終わらない!
今度は【ガラクタコロガシ】にリンクカードをセット!」
Cards―――――――――――――
【 汎用アタッチメント・ブレード 】
クラス:コモン★ リンクカード
効果:装備されているユニットに攻撃+300。
――――――――――――――――――
名前のとおり、このカードは汎用性が高く、どこにでも取り付けられる刃物である。
今回はフンコロガシの頭部に取り付けられたため、まるでカブトムシの角のようにブレードが突き出した。
「【ガラクタコロガシ】の効果でカードをドロー!」
このユニットがリンクカードを装備したとき、デッキから1枚ドローできる。
ようやくリンのデッキが回り始めたが、しかし……
それを待っていたかのように、ステラも行動を開始した。
「じゃあ、私もドローしますね」
「へ……? まだ、あたしのターンが終わってないよ?」
「はい――でも、できるんです。ドローが」
「いや、そんな! ありえないでしょ!」
このVR空間はプログラムで管理されているため、ルールを乱すような不正行為はできない。
しかし、ステラは実際にカードを引いた。
つまりは、ルール上でドローが許可されているということである。
その状況が理解できなくなったリンを見かねて、観戦していたユウが助け船を出した。
「おーい、ステラちゃん!
リンが困ってるから、説明してやってもいいか?」
「はーい、大丈夫です」
「じゃあ、落ち着いてよく聞け。
おそらく、お前が戦っている相手は――『ハイランダー』だ」