第7話 待ちに待った5周年 その3
「よーし、みんな準備はいいか?」
「はい、大丈夫です!」
「早よ、早よ! ようやく、この箱を開けられるわ~」
ミッドガルドのコテージに集まった【鉄血の翼】の面々は、全員が1箱から2箱のボックスを手にテーブルを囲んでいた。
当然、これから開封するのは新発売の『リミテッド・ユニオン』。
仲間たちと新しいシリーズのパックを開けるという、カードゲームならではの楽しさに期待が膨らむ。
サクヤは大会の賞品である★3レア以上確定ボックスを2箱。
リンの賞品は1箱だったため、通常のものを買い足して合計2箱。
クラウディアとステラも2箱用意し、ユウとソニアは1箱ずつの開封となる。
「くっ……俺以外で1箱なのは、ソニアちゃんだけか。
やっぱり、大会で成果を出せないと後に響くな~」
ほとんどのメンバーが『ファイターズ・サバイバル』の賞品か、勝利報酬のポイントを資産にボックスを買い込んでいる。
始めたばかりのソニアはともかく、1年以上続けてきたユウが1箱しか用意できなかったのは、彼にとって悔しい結果のようだ。
「ユウさんは仕方ないですよ、当たった相手が相手ですし」
「その相手が、妹に倒されてるんだよなぁ……あっさりと」
「別にあっさりじゃないよ。カードの計算をひとつでもミスしてたら、負けたのはあたしのほうだったし。
辛気臭い顔してないで、新しいカードのパックを開けよっ!」
「そうだな……よっしゃ! 開けるぜ~!」
少々落ち込み気味のユウを、ステラとリンが励まして開封がスタート。
新発売のシリーズなため、パックから出てくるカードの全てが未知のものばかり。
「ややっ、この効果は……!」
「ソニアちゃん。何か、いいの引いた?」
「ちょっと、これを見てほしいのです」
Cards―――――――――――――
【 エナジー・フロウ 】
クラス:コモン★ カウンターカード
効果:自プレイヤーが所有するユニット2体を指定して発動。
ターン終了まで、目標の【タイプ】を相互に入れ替える。
――――――――――――――――――
ソニアから見せられたのは、★1コモンのカウンターカード。
レアリティは低いが、書かれている効果を読んだリンは感嘆の声を上げる。
「へぇ~、タイプを入れ替えるカード! 面白いことに使えそうだね!」
「効果が短いのは残念ですが、タイプ特効があるユニットとの戦いで役に立ちそうです。
というか、わたし自身も飛行と水棲に特効がある【オボロカヅチ】の使い手なので、こんなものを使われたらヤバイであります!」
「そういえば、あたしもカインさんとの戦いで水棲特効のユニットを使われて、かなり追い詰められたなぁ。
タイプを操作するのって、実はかなり重要な戦略かも」
「意外と馬鹿にできない要素なのよね。デッキのコンセプトになるものだし」
そう言いながら、自身のパックを開けるクラウディアは機械デッキの使い手。
姉にあこがれるソニアは空軍を自称して飛行ユニットをかき集めている。
リン自身も【パワード・スピノサウルス】の強化効果を頼りに、水棲ユニットで勝ち上がったことは記憶に新しい。
「たった1枚の★1コモンでも、すごい力を発揮することがあるよね。
ステラのほうは、何か引いた?」
「ん~、そうですね……派手なものはないですけど、面白そうなカードはいくつか。
たとえば、これとか」
Cards―――――――――――――
【 サクリファイス 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:自プレイヤーが所有している★1のユニット1体を破棄し、その【基礎攻撃力】と同数のダメージを相手プレイヤーに与える。
――――――――――――――――――
「え……えぇ……」
ユニットそのものを犠牲にして、相手に無理やりダメージを与えるカード。
幸いにも★1の【基礎攻撃力】は基本的に500を超えることはないので微々たるものだが、有無を言わさずダメージが直撃するのは恐ろしい。
「リンも【ウェポンシュート】を使って分かったと思いますけど、バトルをせずに相手へダメージを与える手段は貴重ですよ。
どうにもならなくなった場合でも、道を切り開くことができますし……ね?」
ステラが笑みを浮かべて『ね?』と言った相手は、リンではない。
彼女が対戦し、ダメージを通そうと果敢に挑んだものの、結局1ポイントもライフを減らせなかった強者。
視線を察したクラウディアも、『ふふっ』と不敵に笑い返してみせる。
その程度のカードで絶対防御を破れるなら、破ってみせろと言わんばかりだ。
彼女たちは決して仲が悪いわけではない。
ただ、友人でありながらも、決して負けてはいられないライバル同士なのである。
自身もそうであるため、何を言うべきか戸惑うリン。
――と、そこで唐突に横から聞こえた声が流れを断ち切り、一気に全員の視線を集中させた。
「おおっと、レアが出たで! ★3確定ボックスのご利益や!」
「マジか! そいつはすごいんだが……その……」
「サクヤ先輩……あたしたちに見せても大丈夫なの?」
「かまへん、かまへん。見られて困るようなら、うちひとりで開けとるわ。
ほ~れ、ごっつかっこええで~!」
これまで頑なに自身のカードを秘匿してきたサクヤだが、最もバレてはいけない【九尾の狐】が明らかになってからは、メンバーとの交流を重視し始めている。
彼女が惜しげもなく披露したカードは、まぎれもなく驚異的な力を持つ★3ユニットであった。
Cards―――――――――――――
【 ナラシンハ 】
クラス:レア★★★ タイプ:神/動物/人間
攻撃2500/防御2200
効果:このユニットはリンクカードを装備している状態のとき、他のユニットカードの効果を受けない。
スタックバースト【神の豪腕】:永続:このユニットがバトルしたとき、相手のダメージ軽減や『ダメージを受けない』効果を無効化する。
――――――――――――――――――
「うわ、つっよ!」
「めちゃくちゃ、かっこいいのですーーーー!!」
その昔、数々の神が座す古代インドの天界に対し、復讐と戦いを挑む鬼がいた。
修行の果てに力を得た鬼は『神にも人にも獣にも傷つけられない体』を得たことで無敵の強さを誇り、天界をおびやかす存在になる。
その鬼を討つために三大最高神のヴィシュヌが変化したのは、『獅子人』と呼ばれる雄々しいライオンの獣人。
神でも人でも獣でもないという条件をすり抜け、その豪腕で鬼を引き裂いて世に平和をもたらしたという。
強靭な体躯を誇るヴィシュヌの化身は、神としての威厳と獣人の荒々しさをあわせ持つ。
タイプが3つもあるという非常に珍しいユニットであり、リンクカードを装備させれば無双の強者として暴れることだろう。
「おめでとう、サクヤ先輩。また強くなっちゃったね」
「おおきに~。いろんな使いかたができそうで、戦略の幅が広がるわ~」
「これがあれば【九尾の狐】に対抗できるのに、サクヤ自身が持つなんて……儘ならないものね」
ステータスの強化と弱体化を反転させ、戦況をひっくり返す【九尾の狐】。
【ナラシンハ】はその影響を受けず、九尾を倒すどころか一緒になって襲いかかってくる。
これでサクヤのデッキは強化されたが、ますます多国籍化が進むことにもなった。
ヨーロッパの【バーゲスト】に、東洋の【九尾の狐】、中東バビロニアの【ギルタブリル】、インドの【ナラシンハ】。
世界中の神や魑魅魍魎が集結し、その全てが彼女の頭脳によって戦略的に動く。
「お……おおおおおおーーーーーっ!! 出た、俺にも出たぞ!」
「えっ、兄貴!?」
続いて声を上げたのは、このところ良いことがなかったユウ。
彼がテーブルの上に置いたカードには、金属で作られたかのように黒光りするカマキリが描かれていた。
Cards―――――――――――――
【 シャドーブレイダー 】
クラス:レア★★★ タイプ:昆虫
攻撃3000/防御1000
効果:【タイプ:昆虫】または【タイプ:飛行】のユニットとバトルしたとき、【基礎攻撃力】+1000。
スタックバースト【血塗られし刃】:永続:上記の効果で上がった【基礎攻撃力】が永続となる。この効果は重複しない。
――――――――――――――――――
「うわああああ~~~~~っ!! これも最高にかっこいいであります!」
「すげえぞ、こいつ! ★3なのに攻撃力が3000もある!」
「1ボックスでも出るものですね~。おめでとうございます!」
大会で一緒に応援したからか、すっかり仲が良くなっていたソニア、ステラ、ユウの3人。
レアカードを引き当ててはしゃぐ姿は、見ていて微笑ましいものがある。
ユウが手に入れたカードは、条件付きではあるものの非常に強力。
まず目につくのが、3000という★3トップクラスの攻撃力に、防御を捨てた大胆なステータス構成。
頂点捕食者であるカマキリと同様、昆虫と飛行生物に対して非常に強く、条件さえ満たせば永続で基礎攻撃力が4000に跳ね上がる。
「おめでとう、兄貴。植物特効のカブトムシも持ってたよね。
効果が似てるし、いっそのこと昆虫デッキ組んだほうがいいんじゃない?」
「う~ん、昆虫デッキか……ここは女の子ばかりだし、俺が組まないと他に使う人いないよな?」
「いや、普通に使うで。うちのデッキにサソリの姉さんおるし」
「わたしも気にしないであります。
虫であろうと飛行ユニットならば即採用、大歓迎、週休2日!」
「私もですね。特別、好きというわけではありませんけど」
「あたしは好きじゃないけど嫌いでもない……かな。デッキにフンコロガシいるし。
よっぽど気持ち悪いヤツ、たとえば台所に出るアレとかじゃなければ平気かも」
「わ、私も……そうね。見た目次第かしら。
そのカマキリなら、黒い忍者みたいで良いと思うわよ」
それぞれの見解を口にする女子たち。意外と虫への耐性は高く、むしろデッキに入っていたりもする。
「そっか、なら安心した。組んでみるかな~、昆虫デッキ!」
1ボックスしか用意できなかったことで気落ちしていたスタートから一転、レアを引き当てたことでユウに活力が戻る。
それからも楽しいパック開封会は続き、ついに――
リンが大会の賞品として受け取った箱から、新たな力となる1枚が現れるのだった。




