第2話 鉄血のインタビュー その2
「う……んんんん~~~~~~~っ」
その日、オープンカフェの1席に座ったステラはテーブルの上を見つめ、思考回路が焼けんばかりに長考し続けていた。
トレードマークである魔女の衣装は着ておらず、可愛いクマを模したパーカーに身を包んでいる。
ラヴィアンローズ最大の特徴はVR空間を使ったド派手な決闘。
しかし、本来のカードゲームらしく、テーブルの上で落ち着いてプレイしたいと思う者も少なくない。
そこでサービス開始当初から非公式な遊びかたとして伝わっているのが、『クラシック・スタイル』というゲーム形式。
この世界のカードは物理的に取り出すことも、テーブルの上に置くことも可能になっているため、やろうと思えば昔ながらの対戦ができるのだ。
「お茶、冷めてまうで」
「冷めませんよ、VRなんですからっ」
余裕の表情でティーカップに口をつけるサクヤと、まったく飲んでいる余裕がないステラ。
テーブルに向かいあった彼女たちは現在、『クラシック・スタイル』で対戦中。
この戦いは公式ではないため、プログラムで管理されたバトルフィールドとは違った、プレイヤー独自のローカルルールを組み込むことができる。
たとえば、この日のサクヤが自身に課したのは『2枚落ち』というハンディキャップ。
文字どおり、本来は5枚なければいけない初期手札を、2枚少ない状態で対戦している。
にも関わらず、この結果。
不利な状態で始まったはずのサクヤは圧倒的な強さを見せつけ、手加減してもらっている側のステラは頭を抱え込んでいた。
「真面目な子やな~。自分だけで考えんと、せっかくの練習なんやから難しいことは聞けばええんよ」
「じゃあ……えっと、ここ……【バーゲスト】を倒せばダメージを通せるんですけど、ユニットの効果で私の手札が1枚破棄されてしまいます。
そうなると、次のターンにやろうと思っていたコンボが成立しません」
「そんなら、倒さなければええんちゃう?」
「それができてたら、そうしてますよ~! このままサクヤさんにターンを回したら私の負けです」
「せやなぁ。負けてしもたら、やりたいこともできんようになる。
ステラはカードを組み合わせたコンボが上手やけど、”策士、策に何とやら~”言うやろ?
結局は対戦相手よりも先に、コンボを通したがっとる我がままな自分との勝負なんよ」
「つまり、このターンはどうすれば……?」
「最初っから考え直しや。次のターンでやろう思うとることなんぞ、通らんのやったらブン投げてまえ」
「そんな、滅茶苦茶な~!」
「リセットや、リセット!
頭ん中からっぽにして、ほんまにそのコンボをやるなんべきか、よ~く考えてみ」
「(えぇ……せっかく考えたのに)」
ステラは――寺田すみれという少女は、決して意固地な性格ではない。
1人っ子で親は共働き。誰もいない家の中でやることがなく、VRの世界に入り込んだのは寂しさを紛らわせるためだったのだろう。
初めての仮想空間で右も左もわからず、白い初心者ローブを着た姿で通行人に道を訪ねたところ、偶然にもそれがサクヤとの出会いになった。
サクヤはトップクラスに強いプレイヤーであったが、それゆえステラの才能を即時に見抜く。
ステラも自分が上手にできたときに、笑顔で褒めてくれるサクヤを慕うようになっていき、いつしか2人は師弟のような絆で結ばれた。
ゆえに、ステラは褒められたいのだ。
サクヤをびっくりさせるようなコンボを成立させて、よく頑張ったと頭をなでてもらいたい。
仕事に打ち込む両親は、もう中学生になったから大丈夫だろうと思っている。
しかし、本当は甘えたかった。誰かに褒めて欲しかった。
日常では優等生になりきっている寺田すみれは、実のところ大人と子供の中間にいる曖昧なお年頃なのだ。
「ふむふむ……私なら最大火力で【バーゲスト】を倒して、手札を破棄される効果は仕方なく受けますね。
それで相手のターンは凌げますから、次のドローに賭けましょう。崩れてしまったコンボは、そのときに考え直してもいいと思いますよ」
「う~ん、そういう思い切った覚悟も必要ですよね。とにかく先に進まないと……って、コーディーさん!?」
「こんにちは~、奇遇ですねぇ」
何の前触れもなく現れたのは、犬の首輪を付けたシスター。『クラッシャー・コーディ』の異名で恐れられているコーデリアであった。
奇遇ではあるのだが、どういうわけか彼女とは頻繁に出会う。
「おい、コラ! この腹黒シスター! せっかくステラが頑張って考えとんのに、横から口出しすな!」
「え~、いつまでも考えさせてたら可哀想ですよぉ。
それに、ステラちゃんは私たち2人の子供みたいなものじゃないですか」
「勝手に混ざってくんな! 少なくとも、お前の遺伝子だけは全人類のために淘汰せなあかんわ!」
「あはは……相変わらずですね、2人とも」
出会うなり火花を散らすサクヤたちの姿も、すでに何度か見た光景だ。
コーデリアもステラには優しく接してくれるので、2人に育てられているというのも間違いではない。
「ステラちゃんはとても良い子ですけど、もっと勢いが必要ですねぇ。
決闘に遠慮はいりません。ガツンとブッ潰しちゃってもいいんですよ?」
「は、はぁ……私って、そんなに勢いがないですか?」
「せやなぁ、真面目さと優しさが枷になって、ちとお上品すぎるんよ。
リアルのことなんて忘れて、ここではなりたい自分になってもええ。
そのためにVRの世界があるんやで?」
「そう……ですよね。頭では分かっているんですけど」
毎日のように会っているが、サクヤはため息が出るほど美しい。
高校生の若さに、女性として開花し始めた魅惑的な容姿。年頃の女子なら、誰だってこんな風になりたいと憧れるだろう。
そんな彼女と口喧嘩をしているコーデリアも、優しいシスターの外見と闇のような怪しさが混合している、非常に個性的なプレイヤーだ。
一方、初心者ローブを脱いだステラが着ているのは、クマさんパーカー。
これはこれで可愛くてお気に入りなのだが、様々な衣装があるラヴィアンローズの世界では、ごくありふれた少女のひとり。
「自己啓発の本とか、読んだほうがいいんでしょうか?」
「ちゃうちゃう。もっと頭を空っぽにして、パーッとハジケればええんよ」
「カタチから入るというのも手ですよね。
せっかく会えたことですし、そこのショップで私が服をコーディネートして……」
「やめーや! お前に任せたら悪堕ち一直線やろ!
まあ……服が欲しいんなら、ちょうどイベントが始まるとこやけど」
「そうそう、10月といえばハロウィンです! イベントの中で一番好きなんですよ~!」
「なんで、シスターなのにハロウィンが好きやねん。復活祭とかクリスマスにしとけや」
季節は10月の中旬、まもなく始まるハロウィンイベントの公式告知が出ており、楽しみにしているプレイヤーも多かった。
ルールは単純明快。プレイヤー全員にお菓子が与えられ、フリー対戦で決闘を行う。
負けた側は勝者にお菓子を渡さなければならず、最終日までにより多くのお菓子を確保した者が入賞者となる。つまりは争奪戦だ。
「参加するだけでハロウィン衣装配布。男性は吸血鬼で女性は魔女ですか。
でも……この服って、見るからにハロウィンですよね」
配布される衣装は季節に合っているが、いかにもハロウィンらしい黒とオレンジのカラーリング。
パーティーグッズとして売られているような安っぽさが否めない。
「でも、上位に入れば素敵な衣装がもらえますよ。ほら!」
「へぇ~、ハロウィン衣装の上位版! たしかに素敵ですね!」
吸血鬼は赤黒くミステリアスに、魔女は細かい装飾や色合いが美しいハイクオリティな衣装。
ハロウィンのパンプキンな配色ではなく、1年を通して着ていられそうな洗練されたデザインだ。
この服に袖を通す者は、ヴァンパイアロードやウィッチマスターのごとく、上位の存在としてラヴィアンローズに君臨することだろう。
「あ……入手条件は上位5000名、ですか……さすがに無理です。私では手が届きません」
「そうと決まったわけでもないやろ。やる前から諦めてたら、勝てるものも勝てん。
これはお前が”ステラ”になるチャンスかもしれんのやぞ」
「”ステラ”に――なるチャンス?」
「そうです。もしも、この衣装を手に入れることができたら、本当の意味で『この世界の一員』になれるかもしれません。
私とサクヤさんはすでになってますけど、ステラちゃんはどうしたいですか?」
「わ……私は……」
そのとき、ステラはすぐに答えを出すことができなかった。
真面目な優等生として育ってきた彼女は、心のどこかで自分自身のイメージを固めてしまっている。
それが自分のためであり、大人たちが望んでいることだと信じ込んでいた。
しかし、ここでなら。
現実とは違うVRの世界でなら、そのルールを守る必要はない。
やがて覚悟を決めた彼女が壮絶な戦いを繰り広げ、”ステラ”として新たな自分を手に入れたとき、彼女は友人のリンが驚くほどの変貌を遂げたのだった。
■ ■ ■
それから数カ月後、ステラは友人やサクヤたちと共に雑誌のインタビューを受けていた。
身にまとっているのは、もちろん――彼女のトレードマークであり、大切な勝負服でもある魔女の衣装だ。
「では、続いてステラさんにお話を伺ってみましょう。
ずっと気になっていたんですが、その服はハロウィンの上位報酬ですよね?」
「はい、手に入れるのは大変でしたけど、私に力を与えてくれる服です。
サクヤさんたちにも応援してもらって、とても大きな成果につながりました」
「素晴らしいですね。実は私も狙っていまして……でも、競争率が高くて諦めたんですよ」
「ハロウィンのイベントは激戦でしたよね。私もくじけそうになりました。
ただ……どうしても欲しかったんです。この衣装が」
胸を張って堂々と言うステラの姿に、思わずサクヤも顔がゆるんでしまう。
この世界がもたらすものは、カードゲーマーとしての成長だけではない。
仮想空間の中で人々が会い、話し、触れあうことで積み重なる思い出。それはまさしく、科学技術が生み出した新たな人生。
「あはは……なんだか、覚悟の違いを見せつけられているみたいです。
このギルドのみなさんは何か、こう……成長期のエネルギーというか、前に進もうとする気迫がありますよね。
大会の実況でも言われていたように、これだけ新世代のプレイヤーが活躍するというのは、ラヴィアンローズにとってもうれしいことだと思います」
取材をしているオニキスにも、【鉄血の翼】が持つ若い力は十二分に伝わっていた。
若者は強い。10代ともなれば、体力と可能性は無限大だ。
あっさりと自分自身のありかたを変え、道を選び直し、失敗してもすぐに立ち上がる。
「(これが編集長の言ってたJCの今……たしかにフレッシュだなぁ~)」
まだ20代前半のオニキスですら、その輝きには眩しさを感じるほどだった。
インタビューも終わりが近付き、続いてクラウディアとソニアに話題が切り替わる。




