第1話 鉄血のインタビュー その1
「見て! リンちゃんよ!」
「『大物殺し』のリン!」
「生で見ると若いな~! あんな子が日本3位って本当かよ?」
「すみませ~ん! 一緒に写真撮りたいんですけど、いいですか?」
大会の前と後でガラリと変わったのは、【エルダーズ】だけではない。
ちょっとショップへ行こうと公共エリアを歩いただけでも人々に囲まれ、記念撮影などを求められる。
行く先々で人が集まってくるので、最初はドキドキしていたリンも不便さを感じるようになっていた。
すでに同じ道を通ったクラウディアやサクヤいわく、過剰に讃えられるのは今だけで、名前と顔が定着すれば収まるとのこと。
たとえば映画の俳優に出会ったら感激するが、同じ町で頻繁に見るようになると最初ほどは騒がれなくなる。そうして非日常が日常になっていくまで、ピークが過ぎるのを待つしかないようだ。
「はじめまして、KBブレイン出版『サイバーワールド通信』所属の黒沢と申します。
このたびは弊社の取材にご協力していただき、誠にありがとうございます」
「ど、どうも……リン、です!」
黒沢と名乗る雑誌記者からメールが送られてきたのは、大会が終わった直後のこと。
どうしたものかクラウディアに相談したところ、個人ではなくギルドとして応じたほうがリンの負担も少ないのではないかと提案された。
そこで黒沢とアポイントを取り、メンバー全員で取材を受けることにしたのだ。
後日、決闘用の勝負服に身を包んだ【鉄血の翼】の面々は、中央公園に集って記者と対面。
カジュアルなスーツ姿にショートヘアがよく似合う黒沢は、『オニキス』というアバター名で現れる。
「探検隊、いわゆるギルドのリーダーを務めているクラウディアです。
黒沢様とオニキス様、どちらでお呼びすればよろしいでしょうか?」
「これはご丁寧に、ありがとうございます。
今回は仕事としての取材ですが、みなさんの自然な姿を知るためにも、アバター名で呼んで頂いたほうが良いかもしれません。
『様』ではなく『さん』で結構ですよ」
「では、そのようにいたします。オニキスさん」
本当に同じ中学2年生かと思うほど堂々と、かつ丁寧な物腰で挨拶を済ませたクラウディア。
リンも以前から感じていたのだが、彼女は明らかに”リアル”での育ちが違う。
どこぞの高貴なお嬢様なのか、あるいは英才教育を受けているのか。とにかく中学生としては出来すぎているのだ。
やがて、黒沢――オニキスによる【鉄血の翼】への取材が始まる。
ガチガチに緊張しているリンに代わって、ギルドについての質問はほとんどクラウディアが答えてくれた。
「みなさん、本当にお若いですね」
「当初は年齢に関係なくメンバーを集めるつもりでしたが、結果的に年の近い小学生から高校生が集まることになりました。
まだできたばかりのギルドなので、しばらくはこのメンバーでやっていこうと思います」
「なるほど、フレッシュでいいですよね。強いプレイヤーをよりすぐって集めたのでしょうか?」
「それは意図していません。大会での結果も、それぞれのメンバーが勝ち取ったものです。
私は放任主義なので各員が自由にプレイしていて、本戦に出場した選手への応援などもサブリーダーが率先してやってくれました」
「とても自由な環境なんですね!
では、サブリーダーのユウさんにお話を伺いたいのですが」
コンソールを操作して録音や撮影をしながら、オニキスは着々と取材を進める。
どうやら彼女自身もプレイヤーらしく、ラヴィアンローズの中で行動することに慣れているようだ。
「いや~、取材してもらっても、俺にはあんまり良いところがないっす。
今じゃ妹のほうが有名だし、このとおり男は自分ひとりっすから」
「妹さんは一躍有名になりましたからね。プライベートな質問になりますが、普段からこのように一緒に遊ばれているのでしょうか?」
「いえ、俺は去年からラヴィアンローズに入り浸りな感じでして。
それを追いかけてきたリンが、偶然クラウディアと知りあったのがギルドの始まりです。こうして一緒にゲームをするのは久々ですよ」
頭の後ろに手を置いて苦笑しながらも、ユウは意外と良いコメントをしていた。
兄妹の話になった以上、必然的に次の取材相手はリンになる。
「さっそく、巷で話題の中心になっている妹さんのほうにお聞きしたいのですが――リンさん」
「は、はひっ!」
「まずは『ファイターズ・サバイバル』での3位入賞、おめでとうございます。
強豪との対決にも臆さず、数々の戦いを制していましたね」
「あ、あぁ……はい、えっと……ありがとうございます!
強い人たちと戦うことになって、本当に……緊張しました」
「初心者とは思えないカードの数々でしたが、どのように入手したのか、可能な限りで教えて頂けないでしょうか?」
「そう、ですね……★4の【アルテミス】を運良く引いて。
それを使って【パワード・スピノサウルス】を3枚集めて主力にしました。
他にもレアカードを引いてデッキを強化しようと思ったんですけど……その結果、例の【全世界終末戦争】を引いちゃいまして」
「月の女神に愛されているような強運ですね! 正直、1人のプレイヤーとして羨ましい限りです」
「でも、レアカードは他に【ストームブリンガー】しか持ってないんですよ。
そのせいか本戦では★3に頼りっきりで、【アルテミス】を活躍させてあげることもできませんでした」
「いえいえ! 【九尾の狐】の影響下にありながら、そのときの手札を駆使して九尾を撃破しただけでも十分だと思いますよ。
他のプレイヤーの声を聞いても、リンさんは単純にカードが強いだけではなく、使いかたがとても上手という評価が多いです」
「そうなんですか!? あはは……き、恐縮です。
でも、自分が経験不足なのは分かってますから……名前だけが有名にならないように頑張ります」
「前向きな良いお返事が聞けました。これからも頑張ってくださいね。
では、そのリンさんと同ギルド対決をすることになり、見事に下して2位に入賞したミマサカ・サクヤさん。
おめでとうございます。まずは今の心境をお聞かせください」
「おおきに~。せやけど、ほんまに今回の結果はうちにとって不名誉な2位なんですわ。
決勝では何もできんまま、ボコボコにやられてしもて……知らんカードに負けるようでは、まだまだ未熟もんです」
「2位という成果に満足しないのは、すごいですね!
ですが、さすがに今回は相手が悪かったのでは?」
「たしかにオルブライトさんのデッキは特殊やし、訳のわからん強さでした。
せやけど、負けても仕方ないなんて思いとうはありません。せっかく良いギルドに入れたことですし、これからも修行に励みます」
「はぁ~……言葉のひとつひとつから、サクヤさんの強さが滲み出ているようなコメントです。
ところで、賞品の『最新シリーズ先取りプレミアムボックス』は、もう開封されましたか?」
「いえ、せっかくなんで、みんなで発売日に開けよ~いうことになりまして」
「まだ未開封なんですね!
発売前のカードの情報なんて、それこそ千金に値するものですけど」
「先行いうても数日ですし、解禁も発売した後ですから。
ギルドに入る前のうちなら速攻開けてましたけど、今は仲間と一緒に発売日を楽しむのもええかなって思いまして。
そういう心境の変化を与えてくれたんは、ここにいるステラなんです」
サクヤから笑顔を向けられたステラは、顔を赤らめながら小さく頷いて応じる。
この若き魔女は先人から多くを学び――そして、サクヤにとっても掛け替えのない唯一の弟子であった。




