第57話 グランドフィナーレ 後編
華やかな閉会式。新規追加カードがあることもサプライズで告知され、観客たちの熱狂は最高潮に達していた。
そんな中で行われたオルブライトへのインタビューは、ラヴィアンローズのプレイ環境そのものに一石を投じることになる。
「え~と……オルブライト選手。難しいお願いかもしれませんけど、今回のデッキ構成を教えていただくことはできますか?
無理でしたら、ちょっとしたこだわりだけでも――」
「俺のデッキには、ユニットカードが3枚しか入っていない」
その一言だけで、日本ワールド全域に衝撃が走る。
このゲームをプレイする者なら、誰もが耳を疑う言葉だ。ユニットが少ないだろうとは予想されていたが、まさかの3枚。
「そ、それはつまり……【インビジブル・レックス】が3枚だけということでしょうか?」
「そうだ。残りはユニットを守るためのカードと強化用の装備品。
引き直しのルールがあるので、レックスは必ず初手に来る。
あとは【兵器工場】と【緊急招集】を3枚ずつ。
スタックバーストも視野に入れていたが、結局、バーストしたのは決勝戦だけだったな」
「(いやいやいやいや、おかしいやろ……さっきまで、そんなもんと戦ってたんか!)」
淡々とした口調で語る帝王の言葉を、真横で聞きながらゾッとするサクヤ。
彼女も【九尾の狐】というラヴィアンローズの常識を傾かせるユニットを使っているが、それはあくまでも基本に沿ったデッキ構築をした上での戦略だ。
観客たちの中にはコンソールを開いてルール確認をする者もいたが、どこにも書いていない。
デッキに入れなければいけないユニットの最低枚数や、開始前の引き直しについての回数制限など、オルブライトの戦いかたを不可能にするルールは全くない。
そもそも、ここはシステムで管理された仮想空間であるため、決闘での不正はできないようになっている。
問題なく使用できた以上、この世界のシステムが彼のデッキを許可したということだ。
「引き直しについてだけど、こうして優勝者が出たというデータは開発部に送られるはずなのだ。
何らかのルール改訂が入るかもしれないし、今後も使える手段かもしれない。
いずれにせよ、この戦法は万能じゃないから過信は禁物なのだ~」
「やろうと思っても、レックス以外では安定しませんよね……
サクヤ選手の【イースター・エッグ】やアリサ選手の多重ドローのように、手札を加速させる方法は他にもありますし」
「むしろ、ユニットカード3枚というデッキを思いつくだけではなく、実行に移して結果を残したオルブライト選手の勇気を称えるべきなのだ」
「フォローしてもらったところで悪いのだが、俺自身はこの戦法がいつまでも通用するとは思っていない。
ルールに改訂が入るなら、それも当然だろう。俺は今のデッキを解体し、本来のルールに沿った構築を考え始めている」
帝王はルールの抜け穴を利用したが、それに頼り切るわけではなかった。
真の強者を目指すために前進し、覇者となった今でも上を見ている。
「まさに強者のセリフですね!
さて、オルブライト選手にも賞品があるのですが、まずは唯一無二のユニークアイテム!
この日本ワールドの中で彼だけが持つ称号【ラスト・スタンド】と――
それを体現するための特別なコスチュームが、こちら!」
ジャジャーンという古典的な効果音と共にウェンズデーが取り出したのは、血で染めたかのような真紅のマスケットライフル。
ステラが愛用している魔女のコスチュームと同様、イベントの上位入賞者だけが持つ限定品である。
「特殊効果付きのライフル、【キング・オブ・サバイバー】!
これを授与しちゃうので、さっそく試してみてほしいのだ。使うときには空に向かって撃つのがポイントなのだ~」
「ふむ……では、失礼する」
オルブライトは真っ赤なライフルを手にすると、空に向かって構えた。
旧時代の射撃武器ではあるが、それ自体に殺傷力はない。
しかし、最終生存者だけが持つことを許された【キング・オブ・サバイバー】の効果は、瞬時に人々を魅了した。
1発の弾丸がラヴィアンローズの天空を貫いた瞬間、スタジアムの中は炉心のように焼けただれ、異様な空間へと塗り替えられていく。
空は赤黒く変色し、地面に山と積まれた多種多様なユニットたちの亡骸。
プロセルピナが展開した古戦場のフィールドに似ているが、こちらは激しい戦闘があった直後の様相を呈している。
死体だらけの凄惨な戦場に立つのは、不気味なほど無傷のオルブライト。
彼こそが生き残り。この激戦地において最後まで戦い抜いた王者――【ラスト・スタンド】、その人である。
「ほう、これは良いものだな。使わせてもらおう」
オルブライトが効果を解除すると、再び周囲の空間はスタジアムに戻っていく。
あんなものを使われた側は、どれほどの威圧感の中で戦うことになるのだろうと。人々は彼に喝采を浴びせながら、強者の出現を称えていた。
「さらには、『最新シリーズ先取りプレミアムボックス』を3ボックス!
金の優勝トロフィーと……なんと、100万ポイントもプレゼントなのだ~!」
「ははっ、老後の資金には困らないな」
限定アイテムに加えて、巨額のポイントを授与されたオルブライト。
かくして『ファイターズ・サバイバル』は幕を閉じ、長かったリンたちの挑戦が終了する。
優勝者が使用した開始前の引き直しを利用したデッキ構成は、しばらくプレイヤーの間で蔓延することになった。
システムの抜け穴を利用するというよりは、オルブライトへの憧れから模倣した者がほとんどである。
しかし、非常に扱いが難しいため次々と廃れていき、結局は定着しないまま消えていく。
『手札にユニットカードがいない場合の引き直し』にルール改訂が入り、問題なく引き直しができるのは1回のみ。2回目以降は初期手札が1枚ずつ減っていくという形でバランスが取られたのは、それから数ヶ月後のことであった。
■ ■ ■
「で、次はボクの番……と」
閉会式の興奮によって、お祭り騒ぎで満たされた公共エリア。その喧騒から少し離れた場所で、アリサはホクシンと遭遇する。
クラウディアたちと鉢合わせても気まずいため、負けた時点でスタジアムを抜け出していたアリサ。
しかし、彼女を待ち受けていたのは【エルダーズ】からの追っ手であった。
「分かってるよ。ボクも出ていけばいいんでしょ?
”こんな結果を招いた無能な指導者は責任を取るべき”だからね」
「ほう、責任とな。お主はその責任とやらを真に心得ているのか?」
「自分なりには……ね。あなたたちにとって、ボクは前のリーダーを追い出した異端者だ。
歓迎されていないことくらい分かっていたよ」
「ふむ……たしかに罪は重い。それも、放り投げた程度で償えるものではないほど重い。
アリサ、お主は【エルダーズ】の未来すらも変えてしまったのだぞ」
「じゃあ、どうしろと? このVRの世界で、プレイヤーに罰を与えられるとでも?
たしかにボクには罪があるけど、それを償う必要はない。
何なら、今すぐログアウトして逃げることだってできるんだよ」
やれるものならやってみろとばかりに、両手を広げてあざ笑うアリサ。
対するホクシンは挑発に乗らず、静かに相手を見据えて語る。
「逃げたいのなら逃げればよい。どうせ、この世界ではお主に何もできんのだからな。
だが――去る前に通知くらいは見ておけ」
「通知?」
そう言われたアリサは、自身のコンソールにギルド関連の通知が来ていることに気付いた。
【エルダーズ】からの通知など、ろくなものではない。
気付いたところで触れなかったはずなのだが、ホクシンはそれを見ろという。
2人が語っているように、この世界ではプレイヤーへの罰を強制することはできない。
ホクシンが腕を組んだまま黙って立っていることを確認しながら、アリサは通知の内容を見て――驚愕のあまり息を飲む。
「なっ!? これは……!」
「【エルダーズ】への加入申請だ。それも1件や2件ではない。
500を超えるほどの申請が押し寄せ、我ら管理者では手に負えなくなっている」
「どうして……なんで、このギルドに大量の申請が?」
「お主が焚き付けたからであろう。
あれだけの観衆が見ている前で、戦いながら何を語ったのか。よもや、忘れたのではあるまいな?」
「そ……そんな……!」
たしかにアリサは語った。現実世界への不満と、このVR空間で自由を掴み取るという野心を。
それは実況中継と共に日本ワールドへ伝わり、多くの者に【エルダーズ】への参入を希望させたのだ。
「逃げたいのであれば、どこへなりと逃げるがよい。
だが、正義であろうと悪であろうと、己を信じてくれた者を捨てていくような輩に誰がついていくものか。
これこそが、お主が背負ってしまった重い罪。そして――責任だ」
「………………っ」
アリサは言葉を失い、立ち尽くすしかなかった。ホクシンは彼女を叱咤することなく、ただ気付かせたのだ。
プロセルピナを放逐した罪は重いが、アリサに好意を向けてくれた人々を捨てていく罪となれば、比べ物にならないほど彼女自身にダメージを与えるだろう。
本当にそれで良いのかと、ホクシンは言葉を重ねることなく視線で問いかけてくる。
「わ、分からないよ、こんなの! ボクは……どうすればいい?」
「先ほどお主は”無能な指導者は責任を取るべき”と申したが、今は指導者ですらない。
人の上に立つには覚悟が必要だ。個人の力だけでは、どうにもならぬほどの責任も付きまとう。
ゆえに助けあい、支えあうのが人の世というもの。
此度の問題は【エルダーズ】の未来に関わることゆえ、良い方向に転ぶのであれば、いずれはお主も受け入れられよう。
長く苦しい道になるやもしれんが、栄光を掴みたくば――なってみせろ! 真指導者に!」
「指導者……」
言うのは容易いが、実際にその道を歩むのは多難である。
少なくとも、さっさと立ち去ろうとしていたアリサに務まるものではない。
だが、彼女はまだ若い少女だ。本物の指導者になり、【エルダーズ】を導く未来図もある。
荒ぶる破壊欲求と身勝手な感情で戦っていたアリサに今、ひとつの道が示されようとしていた。
「ごめん、やりかたなんて全然分からない……だから……だから、手伝ってほしい」
「ふむ、よかろう。実はこれでも拙者はリアルの世界で教師をしていてな。
道に迷った子供を見ていると、放ってはおけんのだ。
ただ、教えるからには条件がある。いかに悪であろうと、最低限の礼節が備わっていなければ小物よ。
【エルダーズ】の頂点がその程度では困るのでな、些か厳しい”手伝い”なるぞ」
「うん……分かった」
「まったく分かっとらん! まずは相手に敬意を払えっ!」
「わ、分かりました! お願いします!」
「それで良い。皆のところへ帰ろう。我らが何をするべきか、語りあわねばならんのでな」
オルブライトが去り、クラウディアも離れ、プロセルピナもどこへ行ったのか分からない。
数々の別れがあった【エルダーズ】だが、ここで大きな転機を迎えることになる。
アリサが指導者として育っていくのか、あるいは道半ばで去ってしまうのかは分からない。
ただ、オルブライトに顔向けができないような事態は、これを最後にするべきだと。
ホクシンは無精髭を指先で撫でながら、ひとまずの結末に胸を撫で下ろしていた。
これにて5章完結となります!
長きにわたって続いた『ファイターズ・サバイバル』編、ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。
しばしの休養期間を挟んで、また続きを書いていきたいと思います。詳しくは活動報告にて!




