第55話 ラスト・スタンド その5
【 サクヤ 】 ライフ:1900
白面金毛九尾の狐
攻撃2700(+600)/防御2500(+600)
装備:コープス・アーマー
【 オルブライト 】 ライフ:4000
ユニットX
攻撃????/防御????
装備:????
状態異常:毒により次に受けるダメージ+2000
「(こら、まいったわぁ……)」
【九尾の狐】によって相手が使っているであろう強化効果は反転。
ステータスを最大限に高めた状態で攻撃し、さらには被ダメージが加算されるサソリの毒が2回ぶん。
多方面から攻めに攻めを重ねて5300ダメージも与えたというのに、相手の【ユニットX】はそれに耐えきった。
今のやり取りで分かったのは、少なくとも【霊魂呪縛】の攻撃力が乗った状態ではガードしきれなかっただろうということ。
つまり、相手の防御力は5000から7000の間と思われる。
4000超えの攻撃力を維持しながらも、すさまじい防御まで備えたユニット。さらには不可視の効果付き。
そこまで強力なカードなら、特定も可能なはずなのだが――
「(さっぱり分からん……ほんまに検討すらつかんわ)」
およそ1000種類以上のカードを熟知しているサクヤですら、こんなユニットは見たことも聞いたこともない。
それどころか、スタジアムを埋め尽くす観客からモニターで視聴している者たちまで、あれは一体何なのかと口々に考察していた。
誰も知らないカードなど、果たしてあるのだろうか。
しばらく考え込んだサクヤは、ひとつの可能性を疑い始める。
「(まさか、あれが幻の★5……誰も見つけたことがないウルトラレアカード。
そんなもんが出てきたら一大事やで。日本ワールドどころか全世界がひっくり返ってまう)」
インターネットが発達し、ゲームの攻略情報など苦もなく検索できてしまう時代。
それゆえ、開発側はVRの世界に未知の要素を詰め込んだ。
とても探索しきれない広さのワールドを膨大な情報量で埋め尽くし、特定の手順を踏まなければ発生しないイベントを随所に散りばめる。
ラヴィアンローズの界隈で代表的なのは、世界中のプレイヤーが探し回っても見つからないウルトラレアカード。
リンが持つ【竜の卵】や釣り竿【マスターロッド】なども、一般的には知られていない稀有なアイテムだ。
「何にせよ、攻め直すんは次のターンやな……とにかく生き延びてチャンスを作らな。
ここで終わってたまるかい! プロジェクトカード、【伏兵配置】!」
Cards―――――――――――――
【 伏兵配置 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:自プレイヤーのライフが対戦相手よりも少ない場合のみ発動可能。
手札から攻撃力1000以下のモンスターを1体、フィールドに配置する。
これは召喚扱いにならないが、配置されたユニットはターン終了まで攻撃宣言することができない。
――――――――――――――――――
条件を満たさなければならず、このターンでの攻撃宣言もできないが、足りない手駒を増員できるカード。
主にガード要員を置くか、ユニット効果を発動させるために使われる。
「手札からユニット召喚、【アクア・スライム】!」
Cards―――――――――――――
【 アクア・スライム 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:マテリアル
攻撃1000/防御1500
効果:このユニットがガードしたとき、使用者が受ける貫通ダメージの上限は1000になる。
スタックバースト【ぷにぷに】:瞬間:ターン終了まで、このユニットはバトルによるダメージを受けない。
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後攻2ターン目、プロジェクトで召喚の枠を増やしたサクヤは防壁となるユニットを配置した。
ぷるっとゼリーのように震える水色のスライム。言わずと知れた軟体生物である。
その柔らかな体で衝撃を吸収し、全体的にガード向きの性能をしたユニットだ。
「これで終い、ターンエンドや!」
「俺のターン、ドロー」
頭脳と力の限りを尽くすサクヤとは対象的に、オルブライトは落ち着いた様子でカードを引く。
その1枚を見たとき、彼は静かに――しかし、はっきりと聞こえる口調でこう言った。
「キミは本当に良いプレイヤーだな。カードの選びかた、戦いのセンス、どれも卓越した才能を持っている。
だが……チェックメイト。すまないが、俺の勝ちだ」
そう言って、たった今ドローしたばかりのカードを発動させる帝王。
勝負を決する1枚かと思いきや、それはごくありふれた★1コモン。
「プロジェクトカード、【緊急招集】」
Cards―――――――――――――
【 緊急招集 】
クラス:コモン★ プロジェクトカード
効果:手札を1枚デッキに戻し、自プレイヤーのデッキの中からユニットカードをランダムで1枚手札に加える。
――――――――――――――――――
「ん? あのカードは……あかんっ!」
カード自体は、まったく珍しいものではない。
手札にユニットカードがないという致命的な事故を防ぐため、デッキから確実に手駒を引く手段。
この効果によって引けるユニットはランダムなので、あくまでも事故防止の要素にすぎない。
だが、オルブライトが使うとなれば話は別だ。
極端にユニットの数を減らしたデッキにおいて、『ランダム』は『確定』と同義。
それが意味するところは――
「そちらもユニットを引いていいぞ、ハイランダー」
「くっ、こないなときにユニットなんぞ引いても……!」
ドロー効果のカードであるため、サクヤも手札を1枚デッキに戻してユニットを引く。
だが、ユニットでは遅いのだ。
これから攻めてくる相手に対し、手札のユニットカードなど使うタイミングがない。
「効果の処理は終わったか? では、【ユニットX】で攻撃宣言」
「【アクア・スライム】でガードや!」
見えないユニットによる攻撃は、相変わらず何をされているのかすら分からない。
ただ、強烈な風切り音と共にサクヤの陣営が薙ぎ払われ、そのたびにユニットが吹き飛ばされていく。
今回の犠牲は召喚したばかりのスライム。
まるでスイカが弾け飛ぶかのようにパァンと音を立てながら、柔らかい体で衝撃を吸収するはずのスライムが霧散する。
「サクヤ選手、残りライフ900!」
ユニットの効果で被ダメージを軽減したが、サクヤのライフは3桁まで削られてしまった。
陣営に残っているのは、腐肉のような【コープス・アーマー】に身を包んだ【九尾の狐】のみ。
「サクヤさん!」
追い詰められた師匠の姿に、観客席のステラは思わず叫んだ。
その声は熱狂する歓声に飲まれて混ざり、荒潮のような騒音になってサクヤの耳に届く。
彼女はもう、複雑な戦略など考えていない。オルブライトの攻撃を受けきれなければ負ける。
どうにか耐えるとしても、相手が何をしてくるのか見なければ対策の立てようもない。
「で、どないするんです?
このターンで勝つには、九尾を超える威力でうちに900ダメージ与えなあかん。
九尾の防御は3100……つまりは4000以上の攻撃力が必要ですけども」
「そのとおり。だが、いるだろう――俺のフィールドに」
あまりにも奇妙な光景だ。
何もいないように見える空間へ目を向けながら、オルブライトはニヤリと口の端を上げた。
しかし、いるのだ。
誰も見たことがない何者かが、先攻の1ターン目からずっと”そこ”に。
「今から、このカードを初めて人の目にさらすことになる。
ようやく決勝戦のフィニッシュターン、もう隠す必要もないだろう。
ここまで勇敢に戦ったキミへの手向けだ……【ユニットX】、スタックバースト」
それはサクヤに対するプレイヤーとしての敬意であった。
先ほど使用した【緊急招集】の効果で引いたのは、2枚目の【ユニットX】。
いや、もう【ユニットX】ではない。
スタックバーストの効果が発動すると同時に、何もいなかったはずの空間に巨大な生物が現れる。
まるでカメレオンが擬態を解除するかのように出現したユニットは、想像をはるかに超えて大きい。
丸太のような尾を含めて、全長は約15mほど。
前足は退化して小さく、後足は全身を支えるため頑強に発達。
特筆するべきはアンバランスに見えるほど巨大な頭部であり、獲物を仕留めて噛み砕くための牙が並んでいた。
その鋭い牙をむき出しにしながら、謎に包まれていたユニットが吠える。
ただの咆哮にも関わらず、大砲でも撃ったかのような轟音と衝撃がフィールドを駆け抜けていく。
「グゴォオオオオオオーーーーーーーーーッ!!」
Cards―――――――――――――
【 インビジブル・レックス 】
クラス:レア★★★ タイプ:動物
攻撃2200/防御2100
効果:このユニットは使用者以外に認識できず、装備されたリンクカード以外、あらゆるカードの効果を受けない。
リンクカードを装備した場合、それも同様に認識不可となり、他のカードの効果を受けない。
スタックバースト【蹂躙せし暴君】:永続:認識可能となる代わりに、1ターンに2回の攻撃宣言が可能になる。
――――――――――――――――――
ティラノサウルス・レックス。
もはや説明が不要なほど有名な古代生物。太古の地球に棲んでいた肉食恐竜の帝王。
サクヤの視界を覆い尽くすほど巨大な恐竜が、今の今まで静かに姿を隠していたのである。
その恐ろしい姿にも驚かされるが、ユニットの効果も驚愕するものばかり。
これだけの巨体でありながら足音ひとつ聞こえなかったのは、オルブライト以外には認識できないという特性によるもの。
さらには装備しているリンクカードも強力極まりない。
すさまじく太い尻尾の先端に括り付けられた槍が、この暴君を無二の存在にしている。
Cards―――――――――――――
【 一騎当千の槍 】
クラス:レア★★★ リンクカード
効果:使用者のフィールドに他のユニットがいないとき、このカードを装備したユニットのステータスは2倍になる。
他のユニットがいるとき、このカードの効果はステータス半減に変更される。
――――――――――――――――――
「あは……ははは……滅茶苦茶や。
こんなもん、初見で分かるかい……」
もはや、サクヤは全てを投げ出して笑うしかなかった。
先ほどから彼女の陣営を薙ぎ払っていたものは、槍が取り付けられたティラノサウルスの尻尾だったのだ。
この暴君には何も効かない。
人間社会を滅ぼす傾国の大妖怪ですらも、白亜紀を制覇した肉食恐竜の頂点には通用しない。
サクヤが頭の中で計算していた【ギルタブリル】の毒ですら、まったく付与されていないのだ。
どうにか相手を倒そうとしてきた努力が、ほとんど無駄だったと知った瞬間、もはや自分に勝ちはないのだと彼女は悟った。
「こ、これはすごいユニットが隠れていた~~~~っ!!
巨体でありながら周囲の環境に擬態する【インビジブル・レックス】!
姿を現してもなお、このユニットには他のカードが効きません!」
「まさか、レックスを捕まえて大会に出る人がいたとは……
あまり多くの情報は出さないけれど、あれはミッドガルドに隠れ潜んでいる不可視の存在。
普通の方法じゃ戦うどころか見つけることすらできないはずの、まさに隠しモンスターなのだ」
「そんなのがいるんですか! じゃあ、オルブライト選手は一体どうやって……?」
「現状だと情報がほとんど出回ってないから、ほんのわずかな手がかりをもとに、自分の足でミッドガルドを探索するしかないのだ。
よほど何かを手に入れようとする覚悟と執念がなければ、そこまではしない……
まさにオルブライト選手の意気込みと情熱を示すユニットだと思うのだ」
コンタローの言葉に、試合を見ていた人々は戦慄する。
いまだに多くの謎が眠っているミッドガルド。実装してから時が流れ、当初の盛況ぶりは落ち着いていたのだが、これほどまでに強力なモンスターが隠れていた。
それを突き止めて探し出し、特性を完璧に活かすためのデッキを作ったオルブライト。
今、この瞬間に彼は二つ名であった『無冠』を返上する。
「【ユニットX】改め――【インビジブル・レックス】、攻撃宣言」
「…………ガードはせえへん。
あんたほどの人と戦えて、ほんまに光栄ですわ」
負けて悔いはない。サクヤの決闘は、すでに終わっていた。
ガードも降参もすることなく、ただ終了の宣言を待つのみ。
認識可能となったレックスは、ズシンと大地を響かせながら踏み込んで勢いをつけ、尻尾の一撃をサクヤの陣営に叩き込む。
その攻撃力4400。
仮に【九尾の狐】でガードしたとしても防御力が足りない。
「決着! 決勝戦、ついに決着ぅううう~~~~!!
残りライフ、0対4000!
圧倒的な優位を保ち、ライフを1ポイントも削られることなく優勝したのは、オルブライト選手!
彼こそが最終生存者、全てのサバイバーの頂点に立つ【ラスト・スタンド】だぁああ~~~~!」
実況の直後に巻き起こったのは、最後にして最大の声援。
前夜祭の大型イベントはようやく終焉を迎え、『ファイターズ・サバイバル』は閉会式を残すのみとなった。




