第52話 ラスト・スタンド その2
「それでは決勝戦、ミマサカ・サクヤ選手 対 オルブライト選手!
先攻はオルブライト選手です!」
開始前にハプニングがあったものの、大歓声の中で始まった最終決戦。
相手が持つ5枚の手札を見つめながら、サクヤは先ほどの出来事を考察する。
「(あの引き直し……おそらく、偶然やない。
あれだけカードを引いて手札にユニットがないなんて、普通はあらへん)」
戦いかたにもよるが、40枚デッキの場合は半数の20枚ほどをユニットカードにするのが良いバランスとされている。
いざというときにユニットを出せなければ、攻撃も防御もできない。不慮の事故を防ぐため、やや多めにユニットを入れるのはラヴィアンローズの常識だ。
その常識を踏まえた上で5枚のカードを引いたのならば、何度も引き直すことにはならないのだが――
「(オルブライトのおっさんのデッキ……おそらく、ユニットが極端に少ない構成なんや。
手札にユニットが来るまで引き直しできるルールを利用して、絶対に引きたいカードを初手に確保。
無茶苦茶やけど、理論上はできるはず。
ただ……ちぃとばかし、リスクが高すぎるで)」
たとえばユニットカードを限界まで減らして、その全てを強力な手駒で染める。
開始前に引き直しができるルールを利用して初手に確保、そこから速攻で勝負を終わらせるという戦法。
たしかに強力ではあるのだが、そのユニットが倒されてしまうと後が続かない。
となれば、残りのカード全てを使って守りきるような構成になるだろう。ステータスも相当上げてくるに違いない。
「(あれだけ引き直して手札に持ってきたユニット、一体何やろな……?
とりあえず、うちは後攻や。見てから動くチャンスがある。
じっくり観察させてもらうで、おっさんの”虎の子”を)」
「では、俺のターンからだな。ユニット召喚――」
どんな手駒が出てくるのかとサクヤが待ち構える向かい側で、オルブライトが静かに動き出す。
帝王は召喚ポーズを取らない。
それどころか、ユニットの名前すら口に出さず、ただコンソールを操作して配置しただけ。
しかし、サクヤを驚愕させるには十分だった。
彼が静かに召喚したユニットは、あらゆる予想を覆す存在。
それは巨大な体で圧倒することも、美しい姿で魅了することも、雷鳴のような咆哮で畏怖させることもない。
尻尾や翼もなく、人型でもなく、善でも悪でもない。
ただひたすらに『無』の存在であると――そう称するしかないほど、得られる情報が皆無であった。
Cards―――――――――――――
【 ユニットX 】
クラス: タイプ:
攻撃 /防御
効果:
スタックバースト【 】: :
――――――――――――――――――
「な……なんも見えへん……!」
オルブライトが召喚したユニットは、まさしく空気のように無色透明。
【ユニットX】という名前以外、クラスからステータスまで一切の情報がない。
「さっそく出ました! オルブライト選手の【ユニットX】!
コンソールの表示はバグではありません。正体不明にして不可視の存在、それがこのユニットなのです!」
観客席にどよめきが走るが、彼らは何度もこの現象を目にしてきた。
オルブライトが繰り出す謎のユニット。それがどのように戦い、帝王に勝利をもたらすのかを見てきたのだ。
だがしかし、対戦相手のサクヤは初見。
これまで積み重ねてきた知識の数々をもってしても、こんなユニットなど聞いたことがない。
「続いて、プロジェクトカード。【兵器工場】」
Cards―――――――――――――
【 兵器工場 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:自プレイヤーのデッキの中からリンクカードを1枚手札に加える。
――――――――――――――――――
今度のカードは正常に表示された。リンも使っているドロー系のカードだが、オルブライトが発動させると完全に裏社会のイメージだ。
混乱の最中にあったサクヤも、さすがにこの瞬間は見逃さない。
「そのドロー効果、もろたで! うちもリンクカードを引かせてもらう!」
「ほう、ハイランダーでここまで勝ち進んだのか。若いのに相当な腕前だな」
オルブライトは感心してサクヤを褒めたが、それも静かなもの。
もはや、相手がハイランダーだからといって驚くようなことはない。
「では、手札からリンクカードを装備」
鋭い眼光で――しかし、静かに落ち着いたまま手を進めるオルブライト。
この大会には強者と呼ばれる者たちが集っているが、明らかにレベルが違う風格と威圧感。
リンクカードを装備させたはずなのだが、それすらもユニットと同じく不可視の存在になってしまう。
「装備品まで見えへんのかい……!」
「以上でターンエンドだ」
ターンを渡されたサクヤは、思わず固まってしまった。
まずは先攻が行動し、後攻はその結果を見て動くのが決闘の定石である。
だが、見えない。分からない。
この状態で自分のターンを迎えたとしても、情報がなさすぎて対応策がない。
「うちのターン、ドロー!」
とりあえず、カードを引いて手札は7枚。ハイランダーの効果で物資が潤沢なのは救いといえる。
サクヤからの視点では、オルブライトがユニットも出さずに立っているだけ。
そうであるなら話は早いが、不可視の何者かがフィールドに存在しているのだ。
どれだけの防御力があって、どんな効果を持つのか、何もかもが不明な状態で挑まなければならない。
「(なんや、これ……このおっさんだけ、別のゲームしてるんちゃうか?
とりあえず、ユニットの効果は『不可視』なはず。透明人間か幽霊かは知らんけど……
問題は装備されたリンクカードやな。見えへん以上は予想もつかん)」
自分の手札を見ながら、サクヤは少し考え込むことになった。
その様子を観戦するステラたちも、それぞれの考えを口にする。
「サクヤ殿、かなり悩んでいるようです」
「そりゃそうだ。見えないなんてキツイだろ……この状況だけでも、かなり不利だぞ。
正体不明の【ユニットX】を引く手段といい、あまりにも常識の枠から外れたデッキだ」
「挑む側は、何が有効なのか試行錯誤するしかないですからね。その間にオルブライトさんは自由に動いて、勝負が決まってしまう。
あんなものに対抗できるカードは、そう多くはありません……でも、サクヤさんなら……」
三角帽子を抱えるステラの手に、ぎゅっと力が込もった。
リンの強力なカードですら、ことごとく退けて勝ち抜いてきたサクヤ。今は彼女の実力を信じて見守るしかない。
一方、リンとクラウディアはモニター越しに試合を見ながら語りあう。
「うっわ~……オルブライトさん、めちゃくちゃ強そう!
何度も手札を引き直すのって、ルール的にはどうなの?」
「このゲームにおいては白よ。あまりにも横行するようなら、改訂されて回数制限が入るかもしれないけれど。
禁止されない限りは使っても構わない手段。ただし、相応にデメリットもあるわね」
「だよね……あの透明なユニットを倒されたらキツそうだし。
あれも何が何だか、さっぱり分からないよ」
「私にも分からない」
「え?」
「以前の大団長は透明なユニットなんて持ってなかったし、手札の引き直しを利用することもなかった。
もっと堂々と真正面から戦うスタイルだったはずだけど……
ギルドリーダーを引退して、戦いかたを変えてでも掴み取りたいものがあったのよ、きっと。
それを実現させるために、どれほどの苦悩と努力があったのかなんて想像もつかないわ」
言いながらモニターを見上げるクラウディアは、複雑な感情を浮かべていた。
ひとりの男が全てを捨ててでも掴みたかった栄光まで、残りあと1戦。
仲間のサクヤに負けてほしいわけではないが、オルブライトにも夢を成し遂げてほしい。
関わる人々の想いが寄せられる中、画面の向こうでは意を決したサクヤが動き出すところだった。
「よっしゃ、することは決まったで! ユニット召喚、【ギルタブリル】!」
Cards―――――――――――――
【 ギルタブリル 】
クラス:レア★★★ タイプ:昆虫
攻撃2100/防御2300
効果:永続効果。このユニットとバトルするたびに、相手のユニットが次に受けるダメージは1000ずつ加算される。
スタックバースト【デッドリーポイズン】:瞬間:このユニットよりも【クラス】のレアリティが低いユニット1体を即座に破棄する。
――――――――――――――――――
「あっはははははは!」
笑い声を上げながら、女性の上半身を乗せた巨大サソリが召喚される。
たとえ正体不明の相手であろうと、ダメージ増加の毒は効くはずだと判断したのだ。
「【ギルタブリル】、攻撃宣言!」
「【ユニットX】、ガード」
ワシャワシャと長い足を動かして前進し、相手の陣営に向かって尻尾の毒針を突き立てる【ギルタブリル】。
次の瞬間、それは見えない壁に遮断されるかのように弾かれ、攻撃はノーダメージで終わってしまった。
「ま、通らんわな……せやけど、毒は与えたはずや。
うちは終い、ターンエンド!」
「では、俺のターン。ドロー」
2ターン目、オルブライトの攻撃ターン。
すでに異様な決闘であったが、彼が数々の強者を下してきたのは、単にユニットで防御していたからではない。
見えない相手から襲われる。
それがいかに恐ろしいことなのか、サクヤは思い知るのだった。




