第51話 ラスト・スタンド その1
激戦に次ぐ激戦でプレイヤーたちを魅了した大規模イベント『ファイターズ・サバイバル』。
幾度となく熱気に包まれてきたが、この1戦の盛り上がりは開始前から約束されているようなもの。
今か今かと待ちわびながら結果を予想する観客たちの前で、舞台の上に立つウェンズデーが天高く片手を上げる。
「みなさーん、お待たせしました! 心の準備はいいですか?
あちらの数字をご覧ください、2! なんと、2です!」
「3856286名の参加者も、今や残り2名。
これだけの人数が集まってくれた上に、このスタジアムでのハイレベルな決闘。
運営としても、ラヴィアンローズの賑わいと発展を本当にうれしく思うのだ」
「シンシアはゲストでお呼ばれしましたけど、すばらしい戦いの数々を見せてもらいました。
カードを使った頭脳戦って、知識とセンスのぶつかりあいですよね。
単純な運やカードの強さ以上に、その瞬間ごとの戦略とか、相手との読みあいが勝敗を分けることも多くて。
今日だけでも、すごく勉強になりました」
「そんな感慨深いイベントも、ついに最後の1戦!
これより『ファイターズ・サバイバル』――決勝戦を行います!」
滝のような大声援、興奮の坩堝と化した会場で、ついにファイナリストを決める戦いが幕を開ける。
「まずは東からの入場! 華やかな姿とは裏腹に、徹底的な戦略で強敵を下してきた女子高生!
このスタジアムに3名もの選手を送り込んだ新進気鋭のギルド【鉄血の翼】所属!
可愛い尻尾と耳は強者の証! 誰が呼んだか禍巫女のサクヤ!
先ほどの戦いで激闘の末に後輩を下し、ミマサカ・サクヤ選手が決戦の地へとやってきましたーーーっ!!」
ウェンズデーの実況と大観衆の喝采を浴びながら、巫女服に身を包んだサクヤは堂々と歩みを進める。
観客席では弟子のステラたちが、熱い視線で見守っていた。
「さすがです、サクヤさん。こんな大きな試合の決勝でも、まったく怯んでいません」
「あと1勝で最強の頂きですぞ~!」
「これはもう、サクヤを応援するしかねえよなぁ!」
「続きまして、西からの入場! 意味不明な強さで対戦相手を蹴散らし、ここまで突き進んできた猛者中の猛者!
他に例を見ない戦略は、もはや決闘と呼べるのかすら分かりません!
このまま覇道を進み、頂点まで行ってしまうのか?
ハードボイルドな男の渋さがただようダンディー! ギルド無所属、オルブライト選手ーーーっ!!」
清らかな巫女の姿をしたサクヤとは対象的に、喝采を浴びながら現れた暗黒街の帝王。
黒のロングコートをなびかせて歩く姿は、えも言われぬカリスマに満ちあふれていた。
モニター越しではあるものの、その中継は地下にいる敗退者にも見えている。
言うタイミングは今しかないと感じたリンは、隣に並ぶクラウディアに控室で起こったことを伝えてみた。
「実はね、少し話したんだ……オルブライトさんと」
「えっ? 直接話したの?」
「うん、向こうから話しかけてきてくれて、アリサのことで『ありがとう』って。
そのとき、クラウディアとプロセルピナさんの話も聞くことになってさ。
まだ分からないことも多いけど、たぶん今でもリーダーなんだよね。クラウディアとか【エルダーズ】の人たちにとっては」
「何を聞いたのかは知らないけれど、私は大団長……オルブライトさんに育てられたようなものよ。
【エルダーズ】に残った人も、おそらくはプロセルピナも敬意は忘れていないと思うわ。
で、何を言いたいの?」
「あたしはサクヤ先輩を応援するから、クラウディアはオルブライトさんを応援してもいいよって。
どうせ、この部屋にはあたしたちしかいないんだし」
「変に気を遣わなくてもいいわ。どっちを応援するかなんて決まってるじゃない――無論、両方よ」
いつものように、クラウディアは不敵に笑う。
急に消えてしまったのでリンは心配していたが、これまでと変わらないリーダーがそこにいた。
やがて舞台の中央まで進んだ選手たちは向かいあい、試合前に言葉を交わす。
強者同士とはいえ、お互いのことは何も知らない2人。それゆえ、交わすセリフも挨拶程度だ。
「ども~、サクヤです」
「オルブライトだ、さっきも会ったな。クラウディアが世話になっているようだが」
「いえいえ、お世話になっとるのはうちですわ。元は風来坊で、気ままにブラブラしてましたし。
知り合いの子に誘われんかったら、なんも接点はなかったと思います」
「ふむ……人の縁など最初はそういうものだ。
いずれにせよ、キミが知人だったとしても手を抜くつもりはない。
ここまで来た以上、することはひとつ。そうだろう?」
「ですなぁ。ほな、お手柔らかに~」
ウェンズデーからの簡単なルール説明を受け、両者は自分の陣営へと下がっていく。
お互いに背負うものも事情もない。ただ勝ちたいという意志だけで勝ち続け、それを成すために経験を重ねてきた2人のプレイヤー。
開始時の手札となる5枚のカードをデッキから引き、サクヤは内心でほくそ笑んでいた。
「(優勝候補筆頭のオルブライト、クラウディアの師匠かぁ。
こないな大物とやりあえるなんて、決勝まで来た甲斐があったわ~)」
日本サーバーの中でも、トップクラスの実力者と名高い男。サクヤのランクであれば、頭を下げてお願いするような相手と戦えるのだ。
倒して名声を得るという欲よりも、単純にこれほどの強者と戦う機会を得たことに心が躍る。
が、しかし――そこで思わぬ事件が起こった。
「すまない、審判。
手札にユニットカードがない。引き直しをしたいのだが」
「確認しました。5枚のカードを引き直してください」
「(なんや、手札事故かいな)」
ウェンズデーの確認を経て、全ての手札をデッキに戻して引き直すオルブライト。
ラヴィアンローズというゲームは、場にユニットがいないと何もできない。
それゆえ、最初の5枚にユニットカードがない場合は、このように引き直しが認められる。
そこまでは普通の光景。強者といえども、手札に恵まれないことは少なくない。
だが、このやり取りには続きがあった。
「審判、やはりユニットカードがないので引き直したい」
「はい、確認しました。どうぞ」
「審判、手札にユニットカードがない」
「確認しました。どうぞ」
「(ちょ……待て、待て! どないなっとんのや!?)」
3回もの引き直しを行い、ようやくオルブライトは決闘開始の条件を満たす。
まだ何もしていないはずなのに、すでに異様な展開。
いくつもの修羅場を経験してきたサクヤは、この決勝戦が常識はずれな戦いになることを察したのだった。




