第47話 リンの挑戦 その10
【 リン 】 ライフ:700
月機武神アルテミス
攻撃2600(+1200)/防御2600(+1200)
装備:ヴァリアブル・ウェポン
【 サクヤ 】 ライフ:3400
白面金毛九尾の狐
攻撃2700(+600)/防御2500(+600)
ファイターズ・サバイバルの本戦、クライマックスを間近に迎えた準決勝。
数々のユニットが現れては消え、現在向かいあっているのは2体のみ。
人並み外れた強運を持つ者だけが所有する★4スーパーレアが、それぞれの陣営に1体ずつ。
片や、あらゆる強化と弱体化を反転させてしまう傾国の大妖怪【九尾の狐】。
もう片方は装備カードでステータスを無限に強化できる古代ギリシャの女神【アルテミス】。
相性の面ではリンのほうが非常に不利。
しかし、発動している【集中豪雨】が反転されたことによって、強化効果を2倍にする【ヴァリアブル・ウェポン】が威力を発揮する。
「これで【アルテミス】の攻撃と防御は3800!
そのキツネじゃ耐えられないし、サクヤ先輩の本体でも受けられない!」
「こないな方法で九尾に対抗してきた子は、リンで3人目やわ。
ええで、それが全力を超えた全力ってわけやな」
「そういうこと! じゃあ、いくよ――【アルテミス】で攻撃宣言!」
黒い呪術の鎧をまとった女神は、何もない空間から光の矢を生成してつがえる。
さらに鎧の魔力が螺旋を描いて矢を覆い、フィールドを支配する九尾をも貫く武器と化した。
「こいつは、しゃーない……相棒、2回目ですまんけど堪忍や。【九尾の狐】でガード!」
数々の強敵を貫いてきた【アルテミス】の射撃。
それは今回も例外ではなく、引きしぼった弓から衝撃波のリングを発して非実体の矢を放つ。
音速を超え、ソニックブームを巻き起こしながら突き刺さる必殺の一撃。
超火力の射撃は【九尾の狐】を貫いて霧散させ、スタジアムの内壁に着弾して轟音と共に爆裂する。
マスター同士による★4対決は一瞬で勝負がつき、リンの側に軍配が上がった。
「サクヤ選手、残りライフ2700! スーパーレア同士の対決は【アルテミス】の勝利!
かの大妖怪【白面金毛九尾の狐】が、2度にわたって打ち破られました!」
実況が響き、やや遅れて観客たちの喝采が広がっていく。
バトルの終了にともなって、ボロボロと崩れていく【ヴァリアブル・ウェポン】の下から現れる美貌の女神。
それを従えるリンは、多くの人々に大物殺しのイメージを定着させていった。
しかし――当のリンは険しい表情のまま、緊張をゆるめない。
対戦相手は関西屈指の実力を誇るサクヤだ。せっかく復活させた九尾をカウンターカードで守ろうともせず、ただの壁として使うはずがない。
当のサクヤは動かないまま佇んでいる。
その異様な静けさがリンには恐ろしくてたまらなかった。どう考えても、ただで済むはずがないのだ。
「で、どないするん?」
「もう九尾は出てこないって思いたいね……最後にこれ!
手札からリンクカードを装備、【バイオニック・アーマー】!」
Cards―――――――――――――
【 バイオニック・アーマー 】
クラス:アンコモン★★ リンクカード
効果:装備されているユニットに防御+500。このカードが取り除かれたとき、ターン終了までユニットに攻撃+500。
――――――――――――――――――
呪術の鎧から一変、機械装甲が女神の全身を覆っていく。【九尾の狐】が破れた今、防御力の上昇は正常に機能していた。
リンクカードは装備させておかなければ意味がない。ありったけの知恵と力を振り絞り、今のリンにできる最後の一手。
装備によって姿を変える【アルテミス】は、多種多様なカードを使う彼女のスタイルを象徴するかのようだった。
「ついでに【集中豪雨】を2枚とも解除!
はぁ~……やっと普通の決闘に戻ったね。ターンエンド!」
「ほな、うちのターン。ドロー」
ユニットの防御を3100まで高め、相手側の攻撃に備えるリン。
雨が解除されたことで空は晴れ上がり、濡れたフィールドが陽光で輝いている。
対するサクヤは冷静にカードを引き、場の状況を見据えていた。
強力なアタッカーたちを潰された直後に立ちはだかる、高い防御力の壁。
このターンで【アルテミス】を超えるユニットを出さなければ、サクヤは不利になるところだが――
「(★4に対抗できるカードなんて、すぐには出せないはず。
でも、やっぱり引っかかるなあ……サクヤ先輩は九尾を守ろうとしなかった。
何か策がありそうなんだけど、ぜんっぜん見えてこない!)」
「ちと難しい話になるけど、リン。
何かまずいことをやらかしたとき、こう思うたことはあらへんか?
やらかす前の時間に戻って、なかったことにできたらなぁ~って」
「えっ? 急に言われても困るけど……まあ、思い当たることは色々とあるよ」
「でもなぁ、過去に戻るなんて実際には不可能なんよ。
この先どんだけ文明が発達しても、たぶん無理や。なんでか分かるか?」
「ん~……なんで?」
「『過去の世界』っちゅうアーカイブが、どこにも保管されとらんからや。
ほんの10秒くらいのことでも、地球の上では水が流れて、鳥が飛んで、ライオンが獲物を追いかけとる。
そんな膨大な過去のデータが、この宇宙のどこに残されとるんか想像したことあるか?」
「なるほど……たしかにそうだね。過去に戻るには、その記録が保存されてなきゃいけない。
これまでの地球の歴史――ううん、宇宙の歴史が全部保管されて、そっくりそのまま残ってないとダメなんだ。
で、そんな天文学的な容量のデータを残しておく場所がないってわけだね」
「理解が早ようて、先輩はうれしいわ。
で、ここからが本題なんやけど、空想の世界なら過去にも旅行できる。
この宇宙のデータを全部保管するほどデカい、記憶容量が無限大のストレージ。
人間の力じゃ到底辿り着けんような夢の存在を、頭のええ人はこう呼ぶんや――『アカシック・レコード』ってな」
「アカシック・レコード……どっかで聞いたことあるかも」
「前置きはこんな感でええか? 悪いけどな――この試合、うちの勝ちやで」
急に難しい話をしたかと思いきや、笑顔で勝利を宣言しながら3枚のカードを取り出すサクヤ。
【イースターエッグ】でのドローもあり、彼女の手札は万全だ。
「まずは1枚目、【霊魂呪縛】」
Cards―――――――――――――
【 霊魂呪縛 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:破棄された自プレイヤーのユニット1体を指定して発動。
ターン終了まで目標のユニット1体に、指定した破棄ユニットの攻撃および防御と同数のステータス低下を与える。
この効果で使用された破棄ユニットは対戦終了まで使用不可になる。
――――――――――――――――――
「使うユニットは【幽門桜】、これで【アルテミス】の防御を3200下げるで」
「うわ、きっつ……!」
破れたユニットを復活不能にする代わりに、大幅なマイナス効果を付与させるプロジェクト。
ゲームの仕様上、ゼロ以下にはならないが、女神の防御は100まで落とされてしまう。
「★4は持ち主にとって特別なカード。うちとて、それは変わらん。
2回も倒されてしもたんは、正直悔しいんよ……だからな」
サクヤは2枚目のカードを手にして、雨の上がった蒼天に掲げる。
それこそが運命を決する1枚。
そして――自らの運命を決めたのは、過去のリン自身であった。
「ちと、派手にやらせてもらうわ。
プロジェクトカード発動、【アカシック・レコード】。目標は【アルテミス】」
もし、タイムトラベルで過去に戻ることができたらと。人として社会に生きているなら、誰しも考えたことがあるはずだ。
しかし、何も印刷されていない本は何ページ戻っても白紙のまま。
誰かが情報を書き込まない限り、この世界のアーカイブは保存されない。
そこで過去への旅行を実現させる上で、”頭の良い誰か”が非常に都合の良いものを考えた。
データ領域や処理能力など関係なく、この世の情報全てが保管された『アカシック・レコード』という神秘的な存在が、宇宙のどこかにあるのだと。
「我を称える詩はなく 我を封じる術もなし
我は人より産まれ 星をも喰らう厄災なり――」
そして、サクヤはその究極的な存在に手を触れた。
過去の事象を探り、4体ものユニットを塵へと変えたプロジェクトカード。
それが発動した瞬間へとアクセスし、過去の情報を現在へと引き出す。
「ちょ……ちょっと、待って! 待ってよ!
その発動演出……ウソでしょおおおおおお!?」
サクヤが何をしているのか、リンには分からないはずがない。
彼女にとって最強最大、いかなる困難をも焼き払ってきたプロジェクトカード。
人類が創造した核の炎が太陽を生み出し、炎の渦を巻き起こす。
だが、太陽を頭上に輝かせて詠唱しているのは、本来の持ち主ではなかった。
エネルギーを増幅させていく光の玉と、その下で詠唱するサクヤの姿を見せつけられ、試合を観戦していた全ての者が呆然となる。
Cards―――――――――――――
【 アカシック・レコード 】
クラス:レア★★★ プロジェクトカード
効果:対戦相手が使用し、すでに破棄されているプロジェクトカード1枚を選択。
目標のカードを自分のものとして使用し、使用者はそのカードの★1つにつき500ダメージを受ける。
――――――――――――――――――
「プロジェクトカードのコピー!?
まずい、まずい、まずい、まずい!
何かないかな……何か……あれをどうにかするカードは!」
「神魔 天地 時の記憶をことごとく
三千世界を無に還し 而して我も共に消えん
是より先は等しく虚無 我は全てを滅する者なり」
「うぇえええええええっ! ちょっ、待って! 待ってってば!」
リンが慌てふためいている間にも詠唱は進み、臨界に向かって燃え上がる光球。
これまでの対戦相手がそうであったように、いきなり大ダメージを拡散させるプロジェクトへの回避など急に取れるはずがない。
ましてや、リンの手札に残っているのは竜巻で帰ってきた【アルミラージ】と、効果が700まで下がった【ストームブリンガー】。
【イースターエッグ】でのドローを含め、全てを使い切って息切れしている状態だ。
つまるところ、これからサクヤがすることへの対応策はない。
「あああああああああああ!!!
万策尽きたああああああああああああああ!!!!」
「【全世界終末戦争】ーーーーー!!」
これまで強敵との戦いを制してきた至高のレアカード。
持っている者がほとんどいない伝説の1枚だが、リン以外が使用することは不可能ではない。
機械装甲に包まれた女神ですらも、最終兵器の前では無力。せめて主人を守ろうとしたのか、リンの前に立ちはだかる形で光に飲まれていく。
「ア……【アルテミス】ッ!」
それが女神にかける最後の言葉であった。視界が強烈な光で埋め尽くされ、リンは相棒が散る姿を見ることなく目を覆う。
決して負けることがなかった【アルテミス】が破棄される瞬間を見ずにすんだのは幸運なのか、あるいは不幸か。
この日、3度目の最終兵器はリンの手ではなく、サクヤによって放たれることになった。
「ふぅ~、ここまで派手なカードをコピーしたんは初めてや。
さしずめ――『【全世界終末戦争】がえし』ってとこやな」




