第14話 ショップへ行こう
「じゃじゃ~ん! どうどう?
リンちゃん、初心者卒業コーデ!」
「服を着替えただけで初心者卒業できるなら、苦労しねーよなぁ」
呆れる兄をよそに、リンは買ったばかりの服を披露していた。
上半身はブレザーでスッキリと整え、下半身は学校の先生に怒られそうな膝上20cm攻め攻めミニスカート。
露出が多くなってしまった足をニーソックスでカバーし、胸には【アルテミス】のサイバーな蛍光色をイメージしたリボン。
特にこだわったのが、ゴツゴツのショートブーツである。
普段から履いていたら重そうだが、この仮想空間では無縁の問題だ。
「汚れとかシワどころか、洗濯もしなくていいなんて!
VRって、ほんと便利だよね~」
「カードもそうだよな。
リアルだと傷ついたり曲がったりするけど、ここではその心配もない。
……で、その服に一体いくら使った?」
「まだポイントの価値がよく分かってないけど……
全部合わせて9000ポイントくらいかな」
「十分高けぇよ! つーか、俺の服より高いわ!」
本来なら長期的にログインと節約を続けて、ようやく買える高級コスチュームだ。
見た目だけではあるものの、これで初心者を卒業するという意気込みは表明できた。
「さてと……せっかく来たんだし、俺もパックくらい買っていくか」
「カードのパックだね! たしかにそれも欲しい!」
「初心者は多めに買っておいたほうがいいぞ。
まずは、どんなカードがあるのか知らないとな」
Tips――――――――――――――
【 パック 】
1パック5枚入り。入っているカードはランダム。
シリーズごとに追加されてきた『新段パック』は現時点で15種類。
そして、全シリーズのカードが入った『統合パック』もある。
いずれもポイントで購入可能。
なお、★4スーパーレアはシリーズから独立しており、どのパックを買っても一律に当選判定がある。
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カードゲームというのは、常に新しいカードが増えていく。
新規のカードはシリーズとしてまとめて追加され、それらはゲームによって『エキスパンション』や『ブースター』と呼称される。
ラヴィアンローズでは『アディショナル』と名付けられているようだ。
『新段パック』は15種類もあり、初心者はどれを買えばいいのか分からない。
そのため、全シリーズのカードが当たる『統合パック』も用意されていた。
こういった販売方法もVRならではといえるだろう。
紙を使って印刷する必要がないので、パックの在庫は永久に無限。
買い占めや転売もなく、ポイントさえあればいくらでも買える。
「ん~……なんだか、パックを開けてもレアが出てこないんだけど」
「そりゃそうだ。このゲームのレアカードは貴重なんだよ。
開発側が言うには『カードとして、あるべき価値を保持するため』だとか」
「あるべき価値?」
「賛否のある話だが、レアも当たりすぎると感覚が麻痺するらしくてな。
そのうちレアの中で格差が生まれるようになる。
当たるとうれしいカードと、そうでもないカードに分けられてしまうんだ。
そこで、このゲームはレアの入手率を大幅に下げる代わりに、相応の強さを持たせてある」
「たしかに、あたしの【アルテミス】とか、お兄ちゃんの黒い獣は強いよね」
「だろ? このゲームのレア、特にユニットはデッキのシンボルになる。
レアカードが行き渡らない以上、プレイヤーは持っているものを使い込むしかない。
それが個性や独創的な戦略になっていくって話だ」
「へぇ~、このゲームを作ったのってアメリカだっけ?
日本とは、ちょっと感覚が違うね」
「片っ端から手に入れてコンプリートっていう感じじゃないからな。
海外のカードゲームでは、実際にレアすぎて1枚1000万円の価値が付くこともあるくらいだ」
「たった1枚で1000万円!?
なにそれ、家とか車が買えちゃうじゃない。
……とおおっ!?」
「おっ、何かいいカード引けたか?」
「引いたけど、むぅ~……この効果は……」
Cards―――――――――――――
【 超重鋼タワーシールド 】
クラス:アンコモン★★ リンクカード
効果:装備されているユニットに防御+800。装備したユニットは攻撃宣言ができなくなる。
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リンがパックから引いたのは、防御が800も上がる強力なリンクカード。
ただし、攻撃ができなくなるというデメリットは無視できない。
「固い……すごく固くなるけど、う~ん……」
「おお~、最近追加されたばかりのカードじゃないか!
それなら俺が欲しいぞ。【ヘビーナイト】に持たせられるからな」
「そっか、あのユニットは自分からバトルしないもんね」
ユウが使う【ヘビーナイト】はバトルを行うたびに防御が500も下がるので、基本的に自分からは攻撃しない。
このリンクカードとの相性は非常に良いといえるだろう。
「たのむ、そのカードをゆずってくれ!」
「どうしよっかな~?
何かいいカードを出してくれたら、トレードしないこともないけど」
Tips――――――――――――――
【 トレード 】
プレイヤー間でカードの交換を行うためのシステム。
レアリティごとに制限があり、★1コモンと★2アンコモンは自由に交換可能。
★3レアは★3同士でしか交換できず、やりとりも1枚ずつ。
★4以上はトレード不可となっている。
――――――――――――――――――
「一応、こっちの希望を言っておくと、防御を上げられるリンクカードが欲しいんだよね。
できれば、こういうデメリットがなくて、むしろプラスにしかならないやつ」
「くっ……あれこれ注文を付けやがって!
でも、そういうことなら良いものがあるぞ。
男ならコレを使えってくらい、めちゃくちゃかっこいいカードだ」
「あたしが女なの、分かって言ってるよね?」
「まあ、とにかく見てくれ」
そう言って兄が取り出したのは、リンの希望に沿う1枚だった。
Cards―――――――――――――
【 バイオニック・アーマー 】
クラス:アンコモン★★ リンクカード
効果:装備されているユニットに防御+500。このカードが取り除かれたとき、ターン終了までユニットに攻撃+500。
――――――――――――――――――
「へぇ~、外したときにも効果があるんだ。面白いね!」
「お前なら【極秘輸送任務】とかで、リンクカードを移動させられるだろ?
これで戦略の幅が広がると思うんだが」
「オーケー! 交渉成立っ!」
「よ~し、思わぬ収穫があったぜ!」
さっそく2人はコンソールからトレード用のシステム画面を開き、お互いのカードを交換した。
こうして他のプレイヤーと交流して新しいカードを手に入れるのも、TCGの醍醐味だ。
満足げな顔でトレードしたものを確認をするリンだったが、ふと、そのとき――
何かに気付いて声を上げる。
「あれ? もしかして、そこの人!」
「え? 真宮さ……あ、えっと……」
「リンだよ、ここではリン」
「私はステラです! わぁ~、こんなところで会うなんて!」
リンに呼び止められた少女は、魔女の姿をしていた。
大きな三角の帽子と、黒と紫を基調にした衣装。
彼女自身のロングヘアも相まって、まさに魔女というしかない風体だ。
「ん? お前の知り合いか?」
「うん、1年生のときから同じクラスの寺田……じゃなくて、ステラ!
で、こっちはウチのバカ兄貴」
「わわっ、お兄さんですか! は、はじめまして……」
「初対面の相手に、おかしな紹介するなっての!
ああ、えっと……ユウ……だ、よろしく」
家族以外の女性と話すのは苦手らしく、どこかぎこちない仕草のユウ。
ステラのほうも急な顔合わせに戸惑っているようで、このままでは会話が弾みそうになかった。
というわけで、率先してリンが口を開く。
「ステラも、このゲームを?」
「はい、2年くらいやってます」
「へぇ~っ、あたしは始めたばかりなの」
「え? そんなに高そうな服を着てるのに?」
言いながら、クラスメイトの服をしげしげと見つめるステラ。
ついさっきまで初心者ローブだったリンだが、今の服は高級品である。
「あはは、こいつの服には訳があってだな……
説明するにしても、ショップの中じゃアレだ。
少し場所を移さないか?」
「そうですね……じゃあ、すぐに買い物を済ませちゃうので。
よかったら、私のルームに来ませんか?」
「ルーム……?」
またしても聞き慣れない言葉に、リンはきょとんと首をかしげる。
ステラが買い物を済ませた後、3人はショップを後にした。