第45話 リンの挑戦 その8
【 リン 】 ライフ:700
ユニットなし
【 サクヤ 】 ライフ:3400
ギルタブリル
攻撃2100(+600)/防御2300(+600)
幽門桜
攻撃0/防御3200
白面金毛九尾の狐
攻撃2700(+600)/防御2500(+600)
イースターエッグ
攻撃1000(+600)/防御1000(+600)
「我を称える詩はなく 我を封じる術もなし
我は人より産まれ 星をも喰らう厄災なり――」
2枚重ねした【集中豪雨】の効果によって降り注ぐ雨が、スタジアムの全域を覆っていた。
プレイヤーたちが思い思いに購入して着飾ったコスチュームは濡れ、大きな雨粒が人々を襲う。
しかし、観客たちは逃げ場を求めることもなく、ただ静かに少女の詠唱を聞いていた。
なんとも異様な光景だが、これを見逃すわけにはいかないのだ。
ラヴィアンローズを長年続けていても、自身の目では滅多に見られないレア中のレアカード。
奇跡のような1枚が、公式大会の同日において2回目の発動を迎えている。
「神魔 天地 時の記憶をことごとく
三千世界を無に還し 而して我も共に消えん
是より先は等しく虚無 我は全てを滅する者なり」
「マジか……えらく物騒なもん隠し持ってたなぁ! 初心者が持っててええカードちゃうやろ!」
さすがのサクヤも、目の前で生まれた炎の塊には戦慄するしかなかった。
薄暗い豪雨の中、全てを飲み込むかのように膨張していく太陽。愚かなる人類が創造してしまった核の光。
その炎球が臨界を迎えた瞬間、【九尾の狐】から抽出された3300ダメージがフィールド上を焼き尽くす。
「【全世界終末戦争】ーーーーー!!」
Cards―――――――――――――
【 全世界終末戦争 】
クラス:レア★★★ プロジェクトカード
効果:発動の際にユニットを1体指定する。
フィールド上に存在する全てのユニットに、指定したユニットの攻撃力と同数のダメージを与える。
この効果はバトル扱いではなく、貫通ダメージも発生しないが、ダメージが防御力に達したユニットは全て破棄される。
――――――――――――――――――
ついに放たれた2度目の核撃は、再び公共エリアに達するほどの爆風と熱波をもたらす。
終焉の炎は何も残さない。舞い散る美しい桜も、大妖怪として名高い白面金毛ですらも贖えず、絶叫しながら光の中で消えていく。
規格外の威力で放たれたプロジェクトカードは天空を覆う雲にまで大穴を開け、降り注いだ雨を一瞬のうちに蒸発させてしまった。
その光景は、まさしく最終戦争。人類が創り出してしまった愚かなる炎。
やがて熱波が通り過ぎ、再び暗雲が穴をふさいで雨を降らせ始めたとき――
フィールド上のユニットは、1体も残っていなかった。
「ぜ、ぜ、全滅~~~~~~っ!!
リン選手、先ほどのターンに3体ものユニットを失い、窮地に陥っていましたが……
伝説のプロジェクトカード、【全世界終末戦争】発動!
その強大な火力をもって、今度はサクヤ選手のユニットを壊滅させました~~!!」
そして、巻き起こる大歓声と拍手喝采。
サクヤの陣営に並んでいた手駒は跡形もなく消え去り、4体ものユニットを一瞬にして失うことになった。
「うわぁ~、すごい展開です! これで分からなくなりましたね!
こうして雨を降らせたのも、ステータスを調整するためでしょうか?」
「まさしく、そのとおりなのだ。【集中豪雨】は本来、植物と水棲以外のユニットにステータス低下を与える、いわゆるデバフ系のカード。
ところが【九尾の狐】の能力で効果が反転され、それは強化として扱われることになった。
ここでポイントなのが、タイプが植物である【幽門桜】には雨が効かなかったという抜け穴。
あのユニットだけはステータスが高まることなく、それゆえ【九尾の狐】の3300ダメージが防御力を突き抜けたのだ。
しかも、1枚では届かなかったから【集中豪雨】を2枚重ねるという機転。どれを取っても素晴らしい!」
「す……すご~い! それ全部、計算して撃ったってことですよね?
リン選手、本当に初心者とは思えません!」
コンタローの詳しい解説と、高揚しきったシンシアの声が響くスタジアム。
【全世界終末戦争】は非常に強いカードだが、リンはただ放つだけではなく、最大限の効果を狙って調整していた。
ここまでの連戦が彼女を大きく成長させ、もはや初心者などという領域はとっくに抜け出している。
が――観衆からの賛辞に応じることもなく、本人は真面目な表情のまま対戦者から目を離さない。
いや、離せないのだ。
これまでにユニットを焼かれたプロセルピナやアリサと違い、相手の顔は絶望に染まりきっていなかった。
「ふ、ふふふ……あはははははははっ! お花見のつもりが、花火大会になってしもた!
うちもまだまだ、あかんなぁ。桜を散らされたんは、ほんま久しぶりやで」
「これでサクヤ先輩のフィールドは、ガラ空きだよね。悪いけど一気に決着を付けるよ!」
「まあ……たしかにきっついわ。ユニットが全部ないなるなんて、想定しながら決闘やってられんし。
でも、とりあえずドローしよか。【イースターエッグ】の効果、忘れんといてな」
「あ、ああ……うん」
【イースターエッグ】の効果は『ユニットが破棄されたとき』に発動するため、バトル以外の除去でも適応される。
これから勝負を決めにかかるリンにとっても、非常にありがたい1ドロー。
サクヤはハイランダーなため、ここで2枚ドローする。
「よしっ! それじゃ、あたしのターンは続いてるからユニット召――」
「待て待て、まだ処理が終わっとらんて」
「処理って何の?」
「【全世界終末戦争】を使われた側のレスポンス処理。
うちはプロジェクトの発動に対して、カードを使って反応することができる。せやろ?」
「そうだけど……でも、サクヤ先輩は何も使わなかったよね?
カードの発動が通ったから、ユニットは全部消えたわけだし」
「そのとおり、うちのユニットは全部消えてしもた。
せやけど、それに対する反応が残っとるんよ。【全世界終末戦争】が通って、ユニットが倒されたことに対するレスポンス処理。
こないな話をされても、実際に見てみんと分からんやろなぁ」
降りしきる豪雨の中、濡れたサクヤの姿は艶やかであった。
しかし、その魅力に目を奪われている余裕はない。彼女は1枚のカードを取り出すと、これまでと同じように燃やす演出で発動させる。
雨という水に包まれた空間の中、自然法則に反するかのように燃え上がる炎。
先ほどの太陽とは違い、紅蓮に広がっていくカードの効果。
リンは間違いなく、その炎を見たことがある。
「カウンターカード発動――【リザレクション】」
Cards―――――――――――――
【 リザレクション 】
クラス:レア★★★ カウンターカード
効果:自プレイヤーの所有ユニットが破棄された直後に使用可能。
対象のユニットを復活させ、再度フィールドに配置する。
これは通常の召喚行為に含まれず、このカードはプレイヤー1人につき1回しか対戦中に使えない。
――――――――――――――――――
「ええええええーーーーっ!?」
そのカードの発動で真っ先に驚いたのは、観客席にいたソニアであった。
「あ、あれは……私が【オボロカヅチ】と出会うまで、唯一の三ツ星レアだったカード!
サクヤ先輩殿も持っていたのです!?」
「サクヤさんのデッキは、復活系のカードと相性がいいですからね。
対戦中に1回しか使えないようなものでも、ハイランダーなら問題ないですし。
ただ、この状況で”何を蘇らせるのか”は重要ですが……」
「この状況なら2択、俺ならあっちを選ぶけどな」
観客たちがどよめく中、燃え広がる紅蓮が1体のユニットへと姿を変えていく。
炎の中から不死鳥のごとく蘇った神獣は、再び天高く咆哮した。
「ケォオオオオオーーーーーーーーン!」
「なんと復活! 【九尾の狐】が復活!
核の炎で焼き尽くされた終末戦争すらも生き延びて、再びこの世に顕現しました~!」




