第44話 リンの挑戦 その7
【 リン 】 ライフ:2400
パワード・スピノサウルス
攻撃2000(-300)/防御2000(-300)
ネレイス《バースト1回》
攻撃300/防御300
【 サクヤ 】 ライフ:3400
ギルタブリル
攻撃2100/防御2300
幽門桜
攻撃0/防御3200
白面金毛九尾の狐
攻撃2700/防御2500
自分のターンが来るたびに【トリック・デーモン】を蘇らせ、【ギルタブリル】の毒で削っていく。
その戦略だけでも優位性は十分だったはずだが、サクヤは方針を一転、あらゆる強化効果と弱体効果を反転させる【九尾の狐】を召喚した。
一方、リンのユニットは順調に強化で固まっていた状態。サクヤにとっては奇襲を仕掛ける絶好の機会である。
盾役を務めていた【アルミラージ】を取り除き、攻撃力2700の九尾で攻撃宣言。
これに対して、リンは何らかの反応をしなければならない。
「(うぅ……この攻撃は、どうしようも……ないっ!)」
これまで戦ってきた相手の中には、サクヤ以上の高火力を叩き出すデッキも少なくなかった。
しかし、すさまじい数値で上から殴ってくるデッキであろうと、カードを上手に使ってステータスの差を埋め、特に強化しやすいスピノサウルスで応戦すれば切り抜けられる。
そんな当たり前の戦いかた。ラヴィアンローズの常識にして必須要素の”強化”を奪われただけで、本当に手も足も出なくなってしまうのだ。
「(サクヤ先輩のデッキは、強いっていう次元じゃない……アリサと同じで、初めて見る人にはどうにもならないんだ)」
だが、リンは初見殺しのアリサに勝利し、勝ったからこそサクヤと相まみえている。
決して無敵ではない。何らかの突破口があるはずだ。
「本体じゃ受けられない……ごめん、親分! 【パワード・スピノサウルス】でガード!」
「グルルッ」
【ネレイス】で受けると貫通ダメージで負けるため、他に選択肢がない。
苦渋の決断を迫られたリンは、反転して防御力が下がったスピノサウルスと視線を交わす。
はるか頭上にある巨大生物の頭が、主人に応じるかのように低く唸りながら前に出た。
「ケォオオオオオオン!」
対する九尾は大柄な体躯ながらも、獣のように飛びかかったりはしない。
尻尾から9本の光を放ち、それら全てが弾道ミサイルのごとく曲線を描いて恐竜に突き刺さる。
強烈な光の槍に貫かれ、頼もしかった巨体は傾きながら粒子化していった。
「リン選手、残りライフ1400!」
「くうう~っ! 親分、ほんとにごめん……」
与えられた1000の貫通ダメージよりも、ずっと一緒に戦ってきたスピノサウルスを倒されたことのほうがリンには痛い。
アリサとの対戦ではカードの効果で破棄されてしまったが、正面からバトルでぶつかりあって敗北したのは初めてだ。
それだけ数多くの戦いをスピノで勝ち抜き、それゆえ最大級の信頼を寄せていた。
「すまんなぁ、リン。うちも後輩を痛めつけんのは心苦しいわ。
でも、これはこういう試合。挑んだからには徹底的にやらせてもらうで」
リンを気遣うような言葉をかけながらも、サクヤの目は笑っていなかった。
いつもの飄々とした雰囲気から一転、獲物を仕留める狩人の顔つきへと切り替わっている。
「幽門に引かれ、黄泉より来たれ――【イースターエッグ】!」
「ええっ!?」
スタジアムに驚愕の声が広がっていく。あろうことか、サクヤは【幽門桜】の効果を使って【イースターエッグ】を蘇らせた。
キリストの復活を象徴する卵が、東洋の幽門を通って英霊の姿で現れる。
「いやいや、ウソでしょ~~っ!」
「何や、桜で1体蘇ることを忘れとったんか?」
「忘れてたわけじゃないけど……そっか、そっちできたかぁ」
ビジュアル的には奇策もいいところだが、【イースターエッグ】は攻防1000を備えた★2ユニット。
ただのドロー要員だけではなく、こういった場面でのダメージ源としても使うことができる。
「ほな、【イースターエッグ】で攻撃宣言!」
「ああ、もう! 次から次へと!」
もはや、リンの陣営には★1コモンの【ネレイス】しか残っていない。
どうも納得がいかないのだが、海神の血を引く精霊よりもイースターのカラフルエッグのほうが強い。
今のリンができることは2つ。まだ本体で受けられる数値なので、そのまま1000ダメージを通すか。
それとも、【ネレイス】を盾にして少しでも自身の被ダメージを防ぐか。
自身のユニットに目を向けると、【ネレイス】は純真無垢な瞳で振り返りって主人の指示を待っている。
ようやくフィールドに出すことができた、ハルカからもらったカードだ。
この試合を見ているであろう彼女のためにも、できれば酷使などしたくないのだが――
「う……く……んんっ……【ネレイス】ちゃんも、ごめん! ガードして!」
このとき、リンは情愛よりも冷静さを選んだ。
青白いアンデッドと化した【イースターエッグ】が転がり、ポコンッと少女に激突する。
「ぴゃああ~っ!」
「リン選手、残りライフ700!」
ようやく出そろい、これから活躍するはずだったスピノサウルスたちの水棲コンビ。
その夢は砂岩のごとく打ち砕かれ、可愛らしい【ネレイス】までもが粒子となって消えていく。
たった1枚のカード、国ひとつを傾かせる九尾の出現によって、リンは3体ものユニットを全て失ってしまった。
ライフも一気に3桁まで削られ、まだ立っているのが不思議なくらい陣営が壊滅している。
「渓谷を案内したときに見たから、うちもよう知っとる。
リンがどれだけユニットを大事にして、さっきの恐竜や女の子と楽しそうに冒険しとったのか。
せやけど――情には流されんかったな」
「ほんとは、めちゃくちゃ苦しいよ! あたしが代わりに受けたかった!
でも、その手札……何を持ってるか分からないじゃない」
この時点でサクヤの手札は4枚。
対するリンは6枚も持っているが、そのうち2枚は【ワールウィンド】で手札に戻った【アルミラージ】と【ストームブリンガー】。
九尾への対抗手段がまったく無いリンとは逆に、サクヤは強化効果が反転しても大丈夫なようにデッキを組んでいる。
その場で考えた策では埋めきれないほど圧倒的な戦力差――いや、戦略の差がそこにはあった。
「強化を封じられて、ユニットも全部失のうて、まだ戦う意志を捨てへんか。
うちのターンはこれで終いや」
「はぁあ~……ようやく攻撃が終わった。あたしのターン、ドロー!」
【九尾の狐】に【幽門桜】に【ギルタブリル】、蘇った【イースターエッグ】。
4体もの軍勢が並ぶサクヤに対し、こちらのユニットは全滅。ライフの差も大きく引き離された。
だがしかし、手札は7枚もある。
ターンを迎えたリンはユニットを失った悲しみを背負いながらも、カードを使う順番を組み立てていく。
「よし……これならいけるかも! ウチの子たちがやられた仇、このターンで取らせてもらうよ!
まずは、このカード――【集中豪雨】!」
Cards―――――――――――――
【 集中豪雨 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:解除するまで永続。フィールドの天候を変え、激しい雨を降らせる。
【タイプ:水棲】および【タイプ:植物】を除くユニット全ては攻撃力と防御力-300。
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リンがカードを発動させると、再び空に暗雲が立ち込める。今度は不穏な凶兆ではなく、風と豪雨による自然現象。
スタジアムに降り注ぐ大雨の中、大勢の観客がずぶ濡れになっていくが、ウェンズデーたち実況者は何もない空間からビニール傘を取り出して広げた。
「おおっと、ここで気象変化のカードです!
これがスポーツの試合なら中止になりかねません」
「大雨が降ってるけど、VRでは風邪をひいたりしないから、このまま気にせず続行なのだ」
「リン選手、ここからどうするつもりなんでしょうか?
ほとんど勝負が決まっているようにも見えますけど……」
そうコメントするシンシアだけではなく、誰から見てもリンが不利なのは明らかだ。
しかし、このタイミングで雨を降らせたのは、勝負を投げ捨てるためではない。
「嫌やわぁ、雨なんて。お花見が台無しになってまうやん」
「まあ、そう言わずに――もう1枚、【集中豪雨】!」
「ん? 2枚重ね……?」
水棲デッキに使えそうだったため、ポイントで複数交換しておいたカード。【集中豪雨】の効果は重複せず、発動した枚数だけ効果が上乗せされる。
本来は雨に耐性を持たないユニットのステータスを低下させるカードだが、今は九尾による反転効果の真っ最中。
タイプが神である【九尾の狐】、虫の【ギルタブリル】、アンデッド化した【イースターエッグ】。
それら全ての攻撃力と防御力が600ずつ増加していく。
「どないするつもりや、うちのユニットを強化して」
「これから使うカードのためだよ。雨を2枚重ねしないと届かないからね」
「…………?」
サクヤは強者ゆえの直感からか、これから起こることを警戒するように真面目な顔で身構える。
だが、彼女は知らない。
まだ見せていないのだ、サクヤには。
いや――”サクヤにだけ”は。
「それじゃあ、いくよ!
とっておきの切り札……プロジェクトカード発動! 目標は【白面金毛九尾の狐】!」




