第42話 リンの挑戦 その5
【 リン 】 ライフ:4000
アルミラージ
攻撃1600(+4000)/防御900
装備:破滅の剣『ストームブリンガー』
状態異常:毒により次に受けるダメージ+2000
パワード・スピノサウルス
攻撃2000(+300)/防御2000(+300)
ネレイス《バースト1回》
攻撃300/防御300
【 サクヤ 】 ライフ:3400
ギルタブリル
攻撃2100/防御2300
幽門桜
攻撃0/防御3200
「ふわぁ~……すっごく、きれい」
お花見――と。
サクヤがそう言ったように、スタジアムは桜の名所と化した。
人々の目と心を奪う雄大な桜の巨木は、忙しく急ぐ者の足を止め、心に巣食った怒りや悲しみすらも鎮めてくれそうだ。
「タイプは【植物】かぁ、こんなユニットもいるんだね。まだ全然知らないことだらけだよ」
「ええやろ? うちの十八番やねん。
でも、見とれとったらあかんで――【幽門桜】の効果発動」
クスッと笑いながら扇子を持ち、神楽のように舞いながらユニットの能力を発動させるサクヤ。
桜の下で巫女さんが舞う姿は神々しいが、リンが笑顔でいられたのはここまでだった。
「幽門に引かれ、黄泉より来たれ! 【トリック・デーモン】!」
「キシシシシッ☆」
「あ……っ! あああああああ~~~~~っ!!」
青白い霊魂のような姿で復活した小悪魔の姿に、リンは頭を抱えることになる。
幸い、サクヤは先攻なので後攻効果は発動しないが、桜の木がある限り【トリック・デーモン】が毎ターン復活するのだ。
それはつまるところ、1ターンに1回ずつ貫通ダメージを無効化されることに等しい。
「ただでさえ厄介な悪魔なのに、いくらでも復活するなんて……そんなの反則だってば! あたしの攻撃が通らないじゃない!」
「な~んもルール違反はしてへんで? それに、リンの攻撃はちゃんと通したやろ。1ターン目に」
「うぐぐ……あれは”攻撃させられた”んだよ」
完全に手の平の上。サクヤがお釈迦さまなら、リンはまさしく孫悟空。
ドロー加速のおかげでスピノサウルスとネレイスの水棲タッグが完成したが、これでは攻撃力など10億あっても足りはしない。
「終いや、うちはターンエンド」
「あたしのターン、ドロー!」
カードを補充して桜の木を見上げるリン。1ターンに1回とはいえ、ユニットが無限に復活するのは危険すぎる。
さらに、かつてティアマト神がそうしたように、神域の守護獣として配置されているのはサソリの怪物。
単純な火力は小悪魔で無効化され、攻撃面ではサソリの毒がじわじわと効いてくる。
「(強いなぁ……これじゃ、ぜんぜん攻められないよ。
サクヤ先輩に対して必要なのはエースアタッカーじゃなくて、それなりの攻撃力を持った複数のユニットなのかも。
まあ、ここまで完成させちゃった以上、親分で頑張るしかないけど)」
ここで【ポイズンヒドロ】でも出せば少しは解決するのだが、残念ながら手札にいない。
前のターンでカードを大量に使ったため、今は温存しておきたいところでもある。
「【パワード・スピノサウルス】、攻撃宣言!」
「【トリック・デーモン】でガード」
先ほどと同じく、小悪魔は煙になって消えてしまう。
とはいえ、ここで攻撃しておかなければ、サクヤに余裕を与えるだけだ。
「あたしはターンエンド」
「あらら、早いなぁ。うちのターン、ドロー」
完全に封鎖され、じわじわと押される側になってしまったリン。苦戦している妹の姿を観客席から眺め、ユウは笑いながら腕を組む。
「はっはっは~、どうだ? 強いだろう、サクヤは!」
「どうして、ユウ殿が自慢げに言うのです?」
「兄妹の関係って、けっこう複雑なんですね……」
「いいんだよ、これくらいで。あいつは調子に乗りやすいんだ。
このまま優勝なんかするより、本当に強い相手と戦ってボコボコにされたほうが勉強になる。
まったく、こんな大勢の前で戦って一躍人気者になりやがって……」
そう語るユウの心にあるのは、すでに嫉妬など通り越した『焦り』であった。
リンの3位入賞は確定しており、このままでは兄の立場がなくなる。
だが、それ以上に憂いているのだ。
この世界のことなど、ほとんど知りもしないまま有名人になってしまった妹。
彼女が悪い方向へ進んでしまう前に、何かできることはないかと模索している。
そんな彼の横顔をチラリと見ながら、ステラは内心で笑っていた。
「(お兄さんはリンのことが心配なんですね)」
1人っ子のステラには、すぐそばで気遣ってくれるような肉親が少ない。
これまで気にすることはなかったが、リンやクラウディアを見ているうちに、やはり羨ましいものだと感じるようになっていた。
「さあ、ターンが回っていきますが、両者は膠着状態!
通常のユニット召喚に加えて、復活で手駒を増やすこともできるサクヤ選手が一歩リードか!」
「ターンが進めば進むほど、有利になるのはサクヤ選手のほうなのだ」
「リン選手も全力は出し切っていないと思います。頑張って欲しいですね」
「んん~~~……?」
ウェンズデーたちの実況が響く中、サクヤの動きがピタリと止まる。
このまま長期戦になっても、有利なのは彼女のほうだ。
しかし、引いた1枚のカードによって戦略を切り替え、キツネの耳と尻尾を持つ巫女は意外な行動に出た。
「なあ、リン……初めて会うたとき、”これ”をええな~言うてくれたやろ?」
「あ、うん。すっごく可愛いよね。サクヤ先輩にも似合ってるし」
「そないに褒められると照れるわ~。でも、この耳と尻尾には秘密があるんよ。
今のギルドメンバーやと、ステラにしか見せたことがないんやけど……せっかくの大舞台で相手は身内。
お披露目するには、ここがちょうどええ思うてなぁ」
「えっと……ごめん、何を言ってるのか分からないんだけど。
その耳と尻尾ってイベント報酬だったよね?」
「せや、『白面襲来』っちゅう【九尾の狐】が呼び出した9体のボスと戦うイベント。
これが難儀でなぁ、ラスボスは九尾の本体で、いきなり戦いを挑むこともできたんや。
でも、他のボスが1体でも残っとると九尾のステータスは倍増。つまりは他を倒さんと、18倍の強さになった九尾と戦うことになるんよ」
「18倍ぃい!? もうネームドモンスターくらい強いじゃない!」
「そないなわけで、参加した人はミッドガルドのあちこちに行って、9体のボスを倒してから九尾に挑んだ。
1回でも九尾を倒すとリセットされて9体のボスが湧くから、また最初からやり直し。
まあ、控えめに言っても最悪の周回効率やな」
「あの広いミッドガルドを、あちこち回ったの? 想像するだけでも、きつそうだね……
サクヤ先輩もその耳と尻尾をゲットするために、イベントを頑張ってたんだ」
「い~や、うちはなんも頑張らんかった」
「…………は?」
「まったく、な~んも頑張らずに九尾を倒すことができたんよ。
ふふふ……これだけの大舞台、種明かしにはもってこいや。
なんで、うちが『白面襲来』の上位報酬を持っとるんか、その秘密はな――ユニット召喚」
このサクヤという少女は、ギルドに所属してからも自身のカードを隠し通してきた。
それは今のように、いつどこで誰と戦うのか分からず、同じギルドのメンバーが大会で競いあうこともあるからだ。
そんな彼女の言葉をリン自身も納得していたが、実際には理由のひとつにすぎない。
本当は、知られてはいけなかったからである。
サクヤが1枚の手札を燃やすと、今まで青空が広がっていたラヴィアンローズの天空に暗雲が発生し、世界を闇に染めていった。
【集中豪雨】のように天候を変えるプロジェクトカードもあるが、彼女が宣言したのはユニットの召喚。
「これって、まさか……ウソでしょ!? サクヤ先輩も持ってるの?」
「持っとらんなんて、今まで一言でも言うたか?
キツネの耳と尻尾の秘密を知る者は、うちのことを禍巫女なんて呼ぶけどなぁ。
その二つ名の由来を、これから教えたるわ――」
満開の桜がザワザワと風に揺れ、激しい雷鳴が轟く。
スタジアムの人々が驚愕しながら天を指差すと、そこでは暗雲が奇怪な渦を巻いていた。
天変地異の前ぶれかのように悪化した天候の中、リンの心も揺さぶられ、背筋にゾクゾクと嫌なものが伝う。
やがて、渦の中心から放たれたのは一閃の雷撃。
すさまじい音を立てながら轟音が空気を切り裂き、バトルフィールドに落雷が直撃する。
雷のエネルギーは拡散せず、その膨大な熱量を1体の生物へと変えていった。
黄金色の美しい毛に覆われた4本足の獣。誰もがよく知るポピュラーな生き物だが、その下半身には大きな尻尾が9本。
三国伝来白面九尾――インドで悪逆の限りを尽くし、中国を傾かせ、日本をも襲った大妖怪。
これほど分かりやすく、かつ悪名高い東洋の獣は他にいないだろう。
Cards―――――――――――――
【 白面金毛九尾の狐 】
クラス:スーパーレア★★★★ タイプ:神
攻撃2700/防御2500
効果:全てのユニットはステータスの増加と減少が逆になる。
スタックバースト【傾国】:永続:全てのユニットは攻撃と防御が平均化され、常に同値となる。
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「ケォオオオオーーーーーーーーーン!」
落雷と共に顕現した九尾が吠えると、天空に光が射して暗雲を押し広げた。
その力は嵐を鎮め、雲を吹き払い、ラヴィアンローズの世界には何事もなかったかのように青空が戻っていく。
派手な演出で現れたのは、サクヤが隠し持っていた最強の★4スーパーレア。
9本の尻尾を持ち、全長8mはあろうかという巨大なキツネ。
身近なところに隠れていた『マスター』は扇子を広げ、笑いながら白面金毛の隣に並ぶ。
「紹介するで、これがウチのお友達――【九尾の狐】や」




