第35話 渦巻く炎の中で その10
【 リン 】 ライフ:200
ユニットなし
【 アリサ 】 ライフ:200
喰界邪竜ニーズヘッグ
攻撃4000-X/防御1000+X
装備:黒炎の呪縛
「あたしの手札はちょうど3枚! 全部戻して3枚引く!」
「へぇ~、それを使うんだ。全部取り替えるなんて、よほど今の手札が悪かったみたいだね」
これまで何度もリンを窮地から救ってきたカード。使用するたびに【物資取引】のぶんだけ手札は減るが、デッキから新たなリソースを引くことができる。
少なくとも、たった1枚のドローに全てを委ねていた状態から、3枚の引き直しに切り替わったのは大きい。
この局面では、あまりにも大きすぎる。
「なんと、ここでリン選手も【物資取引】です!」
「おお~、これは面白い展開。さっき【トロピカルバード】の効果で手札に加えた★1ユニットも、ここで他のカードに変わるのだ」
「手札の枚数を保持したことが、このターンで効いてくるんですね!」
この1手で何を引き、何が変わるのか。
人々が注目する中、発動したプロジェクトカードの実行処理が行われた。
ユニットもなく、交換して引いた3枚のカードだけが彼女の全て。
それらを1枚ずつ確認しながら、リンは再び向き直る。
地に空いた大穴から上半身を出す超巨大邪竜【ニーズヘッグ】と、それ以外のユニットを焼き尽くす黒い炎。
希少価値の高い★3リンクカードを、選ばれし者だけが持つスーパーレアに装備させた凶悪なデッキの完成体。
これを打ち破る手段など、滅多にありはしない。
「どう? いいカードは引けたかな?」
「まあ……それなりにね。このターン、あたしとあなたの行動次第で分かるよ。
プロセルピナさんが本当に悪い人だったのかどうか」
「え、急にその話を蒸し返すの? 人のことなんて考えてる場合じゃないでしょ」
「そうだけどさ。でも、知ってるどうかで変わってくるんだよ。
あの人が、いったいどんな風に負けたのかを――」
そして、リンは1枚のカードを天高く掲げた。
通常の戦いかたでは絶対に勝てないし、そもそも戦いにすらならない。
よって、これはアリサに対抗する唯一の手段。
「プロジェクトカード発動! 目標は【ニーズヘッグ】!」
強力無比なカードではあるが、始まりはそれほど派手ではない。
淡い熱を帯びた光球がリンの頭上に発生し、静かに文明の光を灯す。
黒い炎に飲まれそうなほど小規模な輝き。それはリンの詠唱とともに激しく燃え盛り、バトルフィールドを紅蓮に塗り替えていく。
「我を称える詩はなく 我を封じる術もなし
我は人より産まれ 星をも喰らう厄災なり
神魔 天地 時の記憶をことごとく
三千世界を無に還し 而して我も共に消えん
是より先は等しく虚無 我は全てを滅する者なり」
ラヴィアンローズの世界において最強と呼ばれるプロジェクトカード、★4に匹敵する伝説級の1枚。
過去5年間、日本ワールドの公式大会では片手で数えるほどしか使用されていないほど非常に希少なカードである。
なぜ、こんな初心者がそれを持っているのか。
全てを焼き尽くす光に照らされ、観戦していた人々は言葉を失う。
「こっ、これはリン殿の最終兵器……!」
「やったぜ! あいつ、本当に引きやがった!」
「あとは、これが決まれば……いえ、決まりますね。あれを防ぐ手段なんて滅多にありません」
何らかのカウンターカードで回避される可能性もあったが、ステラは舞台の様子を見て確信する。
対戦相手のアリサは、目の前で起きていることが信じられないかのように口を開けて立っているだけ。
序盤のダメージ軽減に加えてリンクカード破壊への対策、プレイヤーに対する直接ダメージも回避できるデッキ。
カウンターだらけの構成だが、まさか【ニーズヘッグ】のほうが焼かれる側になるなど予想していなかった。
「ウソでしょ!? なんで、そんなカードを持って……」
「【全世界終末戦争】ーーーーー!!」
Cards―――――――――――――
【 全世界終末戦争 】
クラス:レア★★★ プロジェクトカード
効果:発動の際にユニットを1体指定する。
フィールド上に存在する全てのユニットに、指定したユニットの攻撃力と同数のダメージを与える。
この効果はバトル扱いではなく、貫通ダメージも発生しないが、ダメージが防御力に達したユニットは全て破棄される。
――――――――――――――――――
アリサの言葉をかき消すように、太陽と化した光球が炸裂する。
すさまじい光と熱風がスタジアムを飲み込み、48人の【サバイバー】が決戦の地を目指した長城すらも超え、はるか離れた公共エリアにまで達した。
モニターで観戦していた人々も、リンゴの賭博屋も、ショップで買物をしていた人々も、全て等しく光に包まれる。
「グァアアアアアアアーーーーーーーーーッ!!」
全世界を終末へといざなう文明の炎。
その爆心地では3800ものダメージが【ニーズヘッグ】を焼き尽くし、断末魔の悲鳴ですらかき消していく。
リンが持つ――いや、本来ならば中学生の少女が持っていてはならない最終兵器。
愚かな人間の業が生み出した科学の光は、呪いの黒炎など存在ごと吹き飛ばし、邪竜が這い出た大穴すら塞いでしまった。
後に残ったのは、煙を上げて燃え尽きた焦土。
スタジアムの舞台は崩壊し、バラバラになった瓦礫の上で戦いが続く。
「ま、まま、まさかの【全世界終末戦争】!
この日本ワールドでは、ほとんど使われたことがないレア中のレア、奇跡の1枚!
リン選手、とんでもないカードを隠し持っていましたーーーっ!!」
ウェンズデーの実況が響くと、ようやく観衆たちは自我を取り戻して声を上げる。
数々の戦いで熱狂したスタジアムだが、この日一番の大歓声。
バトルフィールドからはユニットが消え、アリサの顔がみるみる青ざめていく。
「あ、ありえない……【全世界終末戦争】って!
そんな幻みたいなレア、なんでデッキに入ってるの!?」
「やっぱり、プロセルピナさんから聞かされてなかったみたいだね。
あの人と戦ったとき、あたしは今のカードを使って逆転した。
もしも、本当に復讐を望んでいるなら、あたしのデッキの中身を教えることもできたはず。
事前に情報を聞いておけば、この状況にはならなかった。そうだよね?」
「く……っ!」
あの女騎士――プロセルピナは自身の傲慢さゆえに敗北したが、プレイヤーとしてのルールは守っていたのだ。
これからリンと戦うであろうアリサに『こんなカードで負けた』と伝えるだけで対策ができてしまう。
カードゲームにおいてデッキの情報は秘匿されるべきであり、とても重要なマナーのひとつ。
プロセルピナがそれを守ってくれることにリンは賭けていた。
「あたしのターンは終わってないよ。 ユニット召喚、【アルミラージ】!」
Cards―――――――――――――
【 アルミラージ 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:動物
攻撃1600/防御900
効果:このユニットは攻撃ステータスでガードすることができる。
スタックバースト【殺人兎】:永続:プレイヤーに貫通ダメージを与えるとき、攻撃ステータスの半分を加算する。
――――――――――――――――――
「キィイーーーーーーーッ!」
焼け焦げたフィールドに飛び出したのは、頭に角が生えたウサギ。
状況は一気に逆転し、アリサの陣営には盾となるユニットがいない。
「攻撃力は1000以上、今度はガラスの壁じゃ防げない!
やっと活躍できるね、ウサちゃん! 【アルミラージ】、攻撃宣言!」
「その程度のユニットなんて! カウンターカード、【粘着スパイダーネット】!」
Cards―――――――――――――
【 粘着スパイダーネット 】
クラス:アンコモン★★ カウンターカード
効果:ターン終了まで、目標のユニット1体の【基礎攻撃力】をゼロにする。
この効果が持続している間、使用者は他のカウンターカードを発動できない。
――――――――――――――――――
デメリットがある代わりに、ユニットの攻撃力を下限まで落とすカード。
アリサに向かって突撃する【アルミラージ】に、どこからともなくクモの糸が絡み付いた。
それはネズミ取りのように強力な粘着性を持ち、ウサギの動きを封じてしまう。
「これは序盤でダメージ調整に使うんだけどね。手札に残しておいてよかったよ」
「ほんと、次から次へとカウンターを仕込んでくるよね!
でも――残りのライフは200。
あたしからも最後の1枚! カウンターカード、【パワースレイヴ】!」
「な……っ!?」
Cards―――――――――――――
【 パワースレイヴ 】
クラス:コモン★ カウンターカード
効果:1ターンの間、目標のユニット1体に攻撃+200。
――――――――――――――――――
それは一部の者だけが持つ特別なスーパーレアでも、存在自体が幻と噂されるレアカードでもなかった。
リンのデッキに詰め込まれた思い出の数々。
このカードは兄との対戦で初めて見ることになり、みんなの前で開封したパックから出てきた★1コモンだ。
【基礎攻撃力】はゼロになったが、しかし、強化されたステータスは別枠。
まさにカードの記述をすり抜けるかのように、ウサギはクモの糸を引きちぎって駆けていく。
「これがあたしのファイナルアタック! いっけえええーーーーーーーーーーーっ!!」
「う……ぐ……!」
迫りくる角ウサギを前に、4枚の手札から対策となるものを探すアリサ。
すぐさま【強化ガラスの防壁】を取り出すが、ここで致命的なプレイミスに気付く。
「(発動できない!? そうか、【粘着スパイダーネット】の効果で……!)」
強力な代わりにデメリットを持つ【粘着スパイダーネット】により、これ以上のカウンターは使えない状態。
ここは何らかの強化カードが使われることを予想して、先に1000以下のダメージを無効化させる【強化ガラスの防壁】を張っておくべきだった。
アリサに執拗さ、いわゆる勝ちへの執着心が備わっていなかったのは、彼女が今まで圧倒的な勝利ばかりを収めてきたこと。
そして、ラヴィアンローズの古参ではなく、まだ経験が浅い少女であることから生じた未熟なミス。
「(プレイミス……ボクがプレイングをしくじった?
そんな……そんなはずは……!)」
自身と葛藤している間にも、ウサギは勢いをつけて迫っていた。
そして――ガラ空きになったアリサの胴体をめがけて、頭突きで飛びかかる【アルミラージ】。
わずか200ポイントのダメージであったが、その一撃が勝敗を決定付ける。
「決着ぅうううううっ!! 決着です!
4回戦・第1試合、残りライフ0対200! 勝者はリン選手!」




