第34話 渦巻く炎の中で その9
【 リン 】 ライフ:200
ユニットなし
【 アリサ 】 ライフ:200
喰界邪竜ニーズヘッグ
攻撃4000-X/防御1000+X
装備:黒炎の呪縛
「うわあああ~っ、ちくしょう! あんなのどうにもならねぇよ!」
「リン、しっかりしてください! それは本当の痛みじゃありません!」
「こ……これは、さっきのお姉さまと同じ展開!
あれだけ強かった恐竜まで、一瞬で焼かれて……もう無理……もう、おしまいなのです……」
スピノサウルスを失い、3800ものダメージが直撃してしまったリン。
それを観客席で見つめるユウたちにも、悔しさと絶望が浸透していた。
ガタガタと青ざめて震えるソニアを気遣いながら、ステラは冷静に戦況を分析する。
「この試合でリンが勝つには――あれを使うしかありません」
「あれって……まさか、あれか?」
「【基礎防御力】が3800以下のユニットは、出した瞬間に焼かれてしまいます。
そんな数値のユニットを出すなんて、まず不可能。スピノサウルスでも耐えられない以上、リンのデッキは相手のリンクカードに対策が取れません。
でも――あの1枚を使えば、すべてが解決します」
「そりゃ、そうだけどさ……引ければって話だろ? デッキの中に1枚しかないカードを」
「引けなければ確実に負けますし、引ければ逆転のチャンスがある。そうですよね?」
まっすぐな目でユウを見つめるステラ。
その真剣な表情にユウはしばらく悩み、やがて舞台に向き直って力の限り叫ぶ。
「うおおおおおおおおお!! リーーーーーーン! まだ諦めるんじゃねぇーっ!
お前にはまだ、そいつをどうにかする方法が残ってる!
運の良さなら、お前が一番強ぇんだ! 底力を見せてみろ!」
「リン殿……リン殿ぉおおおおおおっ!!
わ、わたしだって、怖気づいてる場合じゃないのです!
リン殿が諦めない限り、逃げ出したりはしないのです!」
ありったけの言葉を送ったユウの声援に感化され、ソニアも泣きながら声を上げた。
遠すぎて届かないが、しかし、その声は周囲の観客たちへと伝達していく。
「そうだ、そうだ! この程度じゃねえだろ、嬢ちゃん!
あんな炎より熱い決闘を見せてくれよなぁ!」
「頑張って、リンちゃーん! 私はあなたを応援するよ!」
「立って! 立ってくれーっ、リーーーーン!」
頼りにしてきたユニットを失い、すさまじい攻撃で叩き潰されて膝から崩れ落ちたリン。
戦局においても、精神においても、ここまで崖っぷちに追い詰められたことはない。
「あはははははっ! VRの世界に痛みなんてないのに、這いつくばるなんて面白いねぇ。
その姿を見たら、プロセルピナもさぞかし喜んでくれると思うよ」
「違う……あの人は悪じゃない。自分なりの正義があっただけ。
クラウディアがそう言った以上、あたしはその言葉を信じる!」
「へぇ~、どうして他人のことを、そこまで信じられるんだろうね。
で、どうするの? この後も試合が残ってるんだし、早めに降参したほうが、みんなのためになると思うけどなぁ」
「みんな? あなたの言う”みんな”が誰のことなのか知らないけど――
あたしの耳には、さっきから届いてるよ! みんなの声が!」
そう言われて、アリサも声に気付く。
黒い炎を通り抜けて、スタジアムの人々が少しずつ。本当に少しずつだが、リンを応援し始めているのだ。
「ここまで来ちゃった初心者なのに、あたしを応援してくれてる人がいる!
だから……ライフがゼロになるまで諦めない! 絶対……絶対に……!」
渦巻く黒炎の中、ゆっくりと立ち上がったリン。その姿を励ますかのように、応援の声はより大きいものになっていく。
本来なら初心者が浴びるはずのない大観衆の声援。
最後まで闘志を失わない少女の姿は、先ほどアリサが行った演説とは真逆のイメージを象徴していた。
「はぁ~……こういうの嫌いなんだけどなぁ。
ま、いいよ。せいぜい足掻いてみれば? ボクはこれでターンエンド」
「あたしのターン、ドロー!」
勢いよくカードを引くリン。手札は全部で4枚。
が、しかし――それら全てはバラバラで、★2アンコモンまでしかないという酷いありさまであった。
「(うっわ~……これはキツイなぁ)」
普段なら意識しなくてもスピノサウルスやワイバーンを3枚引けるのに、来てほしいときに限って何も引かない。いわゆる『手札が事故った』状態。
友達と決闘で遊んでいるときならともかく、今は失敗できない大舞台。しかも、絶望的なほど劣勢に追い込まれている。
「(今の手札でやれるのは、これしかないか……可哀想なことになっちゃうけど)」
リンは極力、自分のユニットを傷つけずに戦う主義だ。
しかし、今はそれを貫くような余裕はない。やれることを最大限にやらなければ、後悔することになるだろう。
「ごめんねっ! ユニット召喚、【トロピカルバード】!」
Cards―――――――――――――
【 トロピカルバード 】
クラス:コモン★ タイプ:飛行
攻撃300/防御100
効果:このユニットは【タイプ:人間】からのダメージを受けない。
後攻効果:召喚されたとき、自プレイヤーのデッキの中から★1のユニットを1枚手札に加える。
スタックバースト【ブレイクスルー】:永続:このユニットのアタックは【タイプ:人間】でガードできない。
――――――――――――――――――
「グエェーーーーーーー……ッ」
色鮮やかな南国の鳥が現れ、翼を広げて羽ばたく。
しかし、その姿はあっという間に黒炎に包囲され、粒子と化して消えてしまった。
リンも無駄にユニットを浪費したわけではなく、後攻であることを活かして手札を補充する。
「うぅ、ほんとにごめん……後攻効果でデッキから★1ユニットを引くよ。
そっちには代償のダメージが入るよね?」
「あははっ、入ったら負けちゃうでしょ。最初から対策済みだよ。
カウンターカード、【強化ガラスの防壁】」
Cards―――――――――――――
【 強化ガラスの防壁 】
クラス:コモン★ カウンターカード
効果:ターン終了まで、このカードを使用したプレイヤーは1000以下のダメージを受けない。
――――――――――――――――――
【黒炎の呪縛】は非常に強力だが、ユニットが1体焼かれるごとに使用者は800ダメージを受ける。
しかし、それを熟知しているのはアリサ自身だ。
透明な強化ガラスに守られ、平然とした顔で残り4枚の手札を見せつけてきた。
「見え見えなんだよね。ユニットが出せない以上、相手はボクへの直接ダメージを狙ってくる。
あるいは、【黒炎の呪縛】を引き剥がそうとする。
その先に回り込んで十分な対策を取ってしまえば、この状況を崩せるものはないんだよ」
「ほんと、すごいデッキだよね……何から何まで計算ずくで」
【トロピカルバード】を犠牲にしてまでダメージを狙ったが、アリサ側の対策は万全。
ちょっとやそっとの反撃など、最初からお見通しのようだ。
彼女の残りライフは、たったの200。
その数字だけを見ると追い込まれているはずなのに、アリサのデッキをどうにかできるプレイヤーは極めて少ない。
「アリサ選手、完璧な防御でダメージを防ぎました!
強烈なコンボが決まってしまった今、このターンは崩されないようにカウンターで守るだけ。
先ほどの膨大なドローで手札も完成されていて、まったく付け入る隙がありませんね」
「初手のガラ空き状態も、入念に計算された罠の香りがするのだ。
ダメージを通し放題になった相手は、最大火力を出すためにリソースを注いで手札を消耗する。
現にリン選手は3枚もの手札を使ってスピノサウルスを強化し、それを次のターンで失っているのだ。
対するアリサ選手はドローラッシュで加速して、手札の内容でも圧倒的な差をつけた」
「うわ~、最初から相手の心理や動きを読んでるようなデッキですね……単純なカードの強さ以上に、発想と構築力のすごさを感じます」
「でも、リン選手も上手く立ち回りましたよ。
自分の手札にユニットを追加しながら、アリサ選手に1枚使わせました」
コンタローたちの実況で掘り下げられていく解説。
ゲストとして招かれているバーチャルAIアイドルのシンシアは、リンの機転を評価してくれたようだ。
「だってさ。よかったね、褒めてもらえて。
でも、これで終わりでしょ? あなたのターンも、この決闘も」
「そうだね。このままターン終了を宣言したら、そのデッカイ怪獣みたいなのに潰されて終わる。
だから、最後に1枚! プロジェクトカード、【平和的軍事条約】!」
Cards―――――――――――――
【 平和的軍事条約 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:このターンに攻撃宣言を行っていない場合のみ使用可。
使用者の次のターンまで、全てのユニットは攻撃宣言ができなくなる。
――――――――――――――――――
その1枚に、多くの者がどよめく。
これほど不利な状況に追い込まれているのに、リンはまだ生き延びようとしているのだ。
彼女の顔から闘志が消えることはなく、黒い炎に巻かれながらも立ち続ける意地と根性は、これが本当に初心者なのかと観客たちを驚かせる。
「これでターンエンド!」
「まったく、往生際が悪いね。
さっき手札に加えたユニットを出してダメージを発生させれば、今度は通るかもしれないってことかな?
まあ、やってみなよ……ドロー、ターンエンド」
「アリサ選手、引いた手札を見もせずにターン終了です!
わずか0.42秒! 公式大会における最も短いターンとして記録されました!」
「え? そういうデータも取ってるんですか?」
「手札を見ないということは、何をされてもカウンターできる準備が整っているということ。
アリサ選手が勝つためのカードは、すでに手の中にそろってるのだ」
ざわめくスタジアムの中央で向かいあう2人。
実況が言うように、アリサの手札は完璧なのだろう。
しかし、対するリンの手札は――
先ほど【トロピカルバード】の効果で手札に引き寄せた、2枚目の【トロピカルバード】。
ユニットが燃やされるため、装備しても意味がない【バイオニック・アーマー】。
そもそも手札に水棲ユニットが不在で、【ニーズヘッグ】に対しても効かない【集中豪雨】。
以上の3枚。
見事なほど手札に統一感がなく、そのうち2枚は現状での使い道すらない。
「(策なんて、とっくに尽きてる……この1枚、最後のドローに賭けるしかないっ!)」
【平和的軍事条約】で、どうにか稼いだ自身のターン。
デッキの一番上に眠る1枚、これから引くカードに勝敗の全てが委ねられている。
黒い炎の中で、その1枚に触れるリン。
VRの世界だというのに指先が震え、緊張で頭の中が真っ白になっていく。
「(あたしが負けてもサクヤ先輩が戦ってくれるけど……
でも、それじゃダメ。あたしのことを、こんなにたくさんの人が応援してくれてる。
かっこいいところを見せたいわけじゃない……ただ、諦めたくないだけ。
もう十分すぎるくらい勝ってきたけど、あと1回、この1ターンだけでもいい!
意地っぱりなあたしに、チャンスをちょうだい!)」
「まあ……そういうプレイヤーも私は嫌いじゃないけれど。
今の状態から、どうやって想いを実現させられるのかしら?」
「(クラウ……ディア?)」
真っ白になった頭の中に、いつかどこかで聞いた言葉が流れる。
あれは、そう。仲間たちと洞窟探検に行ったとき。
経験の浅いリンは、自分だけでどうにかしようと悪戦苦闘していた。
それを見かねたクラウディアは、呆れた顔で先ほどの言葉を口にして――
「(でも、すぐに助けてくれたよね。
あたしが何をしても、どんなカードを使っても、バカにしたりはしなかった。
兄貴とステラは最初から知り合いだったけど、この世界に来て初めて友達になったのは……クラウディアだったね)」
楽しい思い出や、冒険した日々のこと。
リンのデッキで活躍するカードたちは、ここまで歩んできた全ての象徴ともいえる。
2ヶ月半の記憶が詰まったカードの束、そこから引く1枚。
たとえ、今の状況でそれが【ブリード・ワイバーン】だったとしても、デッキを責めることだけはするまい。
これは間違いなくリン自身。好きなカードを入れたい放題に入れた、とても我がままなデッキなのだから。
「そうだね……想いを実現させるためには、まず信じなくちゃいけない。
仲間のことも、デッキのことも――そして、今から引くカードのことも!
あたしのターン、ドロー!」
緊張でガチガチになっていた指先に、いつの間にか感覚が戻っていた。
力強い眼差しで引いたカードを確認すると、それは★2のプロジェクトカード。
「そう来たかぁ……でも、分かったよ。
あたしのデッキは、これを使えって言ってるみたい」
ここは大会本戦の大舞台、1対1の決闘で仲間の力を借りることはできない。
しかし、仲間たちと共にリンが育ててきたデッキ。
そこから引いた1枚は、間違いなく彼女を導くものであった。
「手札からプロジェクトカードを発動――【物資取引】!」




