表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/297

第34話 渦巻く炎の中で その9

【 リン 】 ライフ:200

ユニットなし


【 アリサ 】 ライフ:200

喰界邪竜ニーズヘッグ

 攻撃4000-X/防御1000+X

 装備:黒炎の呪縛

「うわあああ~っ、ちくしょう! あんなのどうにもならねぇよ!」


「リン、しっかりしてください! それは本当の痛みじゃありません!」


「こ……これは、さっきのお姉さまと同じ展開!

 あれだけ強かった恐竜まで、一瞬で焼かれて……もう無理……もう、おしまいなのです……」


 スピノサウルスを失い、3800ものダメージが直撃してしまったリン。

 それを観客席で見つめるユウたちにも、悔しさと絶望が浸透していた。

 ガタガタと青ざめて震えるソニアを気遣いながら、ステラは冷静に戦況を分析する。


「この試合でリンが勝つには――あれを使うしかありません」


「あれって……まさか、あれか?」


「【基礎防御力】が3800以下のユニットは、出した瞬間に焼かれてしまいます。

 そんな数値のユニットを出すなんて、まず不可能。スピノサウルスでも耐えられない以上、リンのデッキは相手のリンクカードに対策が取れません。

 でも――あの1枚を使えば、すべてが解決します」


「そりゃ、そうだけどさ……引ければって話だろ? デッキの中に1枚しかないカードを」


「引けなければ確実に負けますし、引ければ逆転のチャンスがある。そうですよね?」


 まっすぐな目でユウを見つめるステラ。

 その真剣な表情にユウはしばらく悩み、やがて舞台に向き直って力の限り叫ぶ。


「うおおおおおおおおお!! リーーーーーーン! まだ諦めるんじゃねぇーっ!

 お前にはまだ、そいつをどうにかする方法が残ってる!

 運の良さなら、お前が一番(つえ)ぇんだ! 底力を見せてみろ!」


「リン殿……リン殿ぉおおおおおおっ!!

 わ、わたしだって、怖気(おじけ)づいてる場合じゃないのです!

 リン殿が諦めない限り、逃げ出したりはしないのです!」


 ありったけの言葉を送ったユウの声援に感化され、ソニアも泣きながら声を上げた。

 遠すぎて届かないが、しかし、その声は周囲の観客たちへと伝達していく。


「そうだ、そうだ! この程度じゃねえだろ、嬢ちゃん!

 あんな炎より熱い決闘(デュエル)を見せてくれよなぁ!」


「頑張って、リンちゃーん! 私はあなたを応援するよ!」


「立って! 立ってくれーっ、リーーーーン!」


 頼りにしてきたユニットを失い、すさまじい攻撃で叩き潰されて膝から崩れ落ちたリン。

 戦局においても、精神においても、ここまで崖っぷちに追い詰められたことはない。


「あはははははっ! VRの世界に痛みなんてないのに、這いつくばるなんて面白いねぇ。

 その姿を見たら、プロセルピナもさぞかし喜んでくれると思うよ」


「違う……あの人は悪じゃない。自分なりの正義があっただけ。

 クラウディアがそう言った以上、あたしはその言葉を信じる!」


「へぇ~、どうして他人のことを、そこまで信じられるんだろうね。

 で、どうするの? この後も試合が残ってるんだし、早めに降参(サレンダー)したほうが、みんなのためになると思うけどなぁ」


「みんな? あなたの言う”みんな”が誰のことなのか知らないけど――

 あたしの耳には、さっきから届いてるよ! みんなの声が!」


 そう言われて、アリサも声に気付く。

 黒い炎を通り抜けて、スタジアムの人々が少しずつ。本当に少しずつだが、リンを応援し始めているのだ。


「ここまで来ちゃった初心者なのに、あたしを応援してくれてる人がいる!

 だから……ライフがゼロになるまで諦めない! 絶対……絶対に……!」


 渦巻く黒炎の中、ゆっくりと立ち上がったリン。その姿を励ますかのように、応援の声はより大きいものになっていく。

 本来なら初心者が浴びるはずのない大観衆の声援。

 最後まで闘志を失わない少女の姿は、先ほどアリサが行った演説とは真逆のイメージを象徴していた。


「はぁ~……こういうの嫌いなんだけどなぁ。

 ま、いいよ。せいぜい足掻いてみれば? ボクはこれでターンエンド」


「あたしのターン、ドロー!」


 勢いよくカードを引くリン。手札は全部で4枚。

 が、しかし――それら全てはバラバラで、★2アンコモンまでしかないという酷いありさまであった。


「(うっわ~……これはキツイなぁ)」


 普段なら意識しなくてもスピノサウルスやワイバーンを3枚引けるのに、来てほしいときに限って何も引かない。いわゆる『手札が事故った』状態。

 友達と決闘(デュエル)で遊んでいるときならともかく、今は失敗できない大舞台。しかも、絶望的なほど劣勢に追い込まれている。


「(今の手札でやれるのは、これしかないか……可哀想なことになっちゃうけど)」


 リンは極力、自分のユニットを傷つけずに戦う主義だ。

 しかし、今はそれを貫くような余裕はない。やれることを最大限にやらなければ、後悔することになるだろう。


「ごめんねっ! ユニット召喚、【トロピカルバード】!」


Cards―――――――――――――

【 トロピカルバード 】

 クラス:コモン★ タイプ:飛行

 攻撃300/防御100

 効果:このユニットは【タイプ:人間】からのダメージを受けない。

 後攻効果:召喚されたとき、自プレイヤーのデッキの中から★1のユニットを1枚手札に加える。

 スタックバースト【ブレイクスルー】:永続:このユニットのアタックは【タイプ:人間】でガードできない。

――――――――――――――――――


「グエェーーーーーーー……ッ」


 色鮮やかな南国の鳥が現れ、翼を広げて羽ばたく。

 しかし、その姿はあっという間に黒炎に包囲され、粒子と化して消えてしまった。

 リンも無駄にユニットを浪費したわけではなく、後攻であることを活かして手札を補充する。


「うぅ、ほんとにごめん……後攻効果でデッキから★1ユニットを引くよ。

 そっちには代償のダメージが入るよね?」


「あははっ、入ったら負けちゃうでしょ。最初から対策済みだよ。

 カウンターカード、【強化ガラスの防壁】」


Cards―――――――――――――

【 強化ガラスの防壁 】

 クラス:コモン★ カウンターカード

 効果:ターン終了まで、このカードを使用したプレイヤーは1000以下のダメージを受けない。

――――――――――――――――――


 【黒炎の呪縛(ダークネス・グラッジ)】は非常に強力だが、ユニットが1体焼かれるごとに使用者は800ダメージを受ける。

 しかし、それを熟知しているのはアリサ自身だ。

 透明な強化ガラスに守られ、平然とした顔で残り4枚の手札を見せつけてきた。


「見え見えなんだよね。ユニットが出せない以上、相手はボクへの直接ダメージを狙ってくる。

 あるいは、【黒炎の呪縛(ダークネス・グラッジ)】を引き剥がそうとする。

 その先に回り込んで十分な対策を取ってしまえば、この状況を崩せるものはないんだよ」


「ほんと、すごいデッキだよね……何から何まで計算ずくで」


 【トロピカルバード】を犠牲にしてまでダメージを狙ったが、アリサ側の対策は万全。

 ちょっとやそっとの反撃など、最初からお見通しのようだ。

 彼女の残りライフは、たったの200。

 その数字だけを見ると追い込まれているはずなのに、アリサのデッキをどうにかできるプレイヤーは極めて少ない。


「アリサ選手、完璧な防御でダメージを防ぎました!

 強烈なコンボが決まってしまった今、このターンは崩されないようにカウンターで守るだけ。

 先ほどの膨大なドローで手札も完成されていて、まったく付け入る隙がありませんね」


「初手のガラ空き状態も、入念に計算された罠の香りがするのだ。

 ダメージを通し放題になった相手は、最大火力を出すためにリソースを注いで手札を消耗する。

 現にリン選手は3枚もの手札を使ってスピノサウルスを強化し、それを次のターンで失っているのだ。

 対するアリサ選手はドローラッシュで加速して、手札の内容でも圧倒的な差をつけた」


「うわ~、最初から相手の心理や動きを読んでるようなデッキですね……単純なカードの強さ以上に、発想と構築力のすごさを感じます」


「でも、リン選手も上手く立ち回りましたよ。

 自分の手札にユニットを追加しながら、アリサ選手に1枚使わせました」


 コンタローたちの実況で掘り下げられていく解説。

 ゲストとして招かれているバーチャルAIアイドルのシンシアは、リンの機転を評価してくれたようだ。


「だってさ。よかったね、褒めてもらえて。

 でも、これで終わりでしょ? あなたのターンも、この決闘(デュエル)も」


「そうだね。このままターン終了を宣言したら、そのデッカイ怪獣みたいなのに潰されて終わる。

 だから、最後に1枚! プロジェクトカード、【平和的軍事条約】!」


Cards―――――――――――――

【 平和的軍事条約 】

 クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード

 効果:このターンに攻撃宣言を行っていない場合のみ使用可。

 使用者の次のターンまで、全てのユニットは攻撃宣言ができなくなる。

――――――――――――――――――


 その1枚に、多くの者がどよめく。

 これほど不利な状況に追い込まれているのに、リンはまだ生き延びようとしているのだ。

 彼女の顔から闘志が消えることはなく、黒い炎に巻かれながらも立ち続ける意地と根性は、これが本当に初心者なのかと観客たちを驚かせる。


「これでターンエンド!」


「まったく、往生際が悪いね。

 さっき手札に加えたユニットを出してダメージを発生させれば、今度は通るかもしれないってことかな?

 まあ、やってみなよ……ドロー、ターンエンド」


「アリサ選手、引いた手札を見もせずにターン終了です!

 わずか0.42秒! 公式大会における最も短いターンとして記録されました!」


「え? そういうデータも取ってるんですか?」


「手札を見ないということは、何をされてもカウンターできる準備が整っているということ。

 アリサ選手が勝つためのカードは、すでに手の中にそろってるのだ」


 ざわめくスタジアムの中央で向かいあう2人。

 実況が言うように、アリサの手札は完璧なのだろう。

 しかし、対するリンの手札は――


 先ほど【トロピカルバード】の効果で手札に引き寄せた、2枚目の【トロピカルバード】。

 ユニットが燃やされるため、装備しても意味がない【バイオニック・アーマー】。

 そもそも手札に水棲ユニットが不在で、【ニーズヘッグ】に対しても効かない【集中豪雨】。


 以上の3枚。

 見事なほど手札に統一感がなく、そのうち2枚は現状での使い道すらない。


「(策なんて、とっくに尽きてる……この1枚、最後のドローに賭けるしかないっ!)」


 【平和的軍事条約】で、どうにか稼いだ自身のターン。

 デッキの一番上に眠る1枚、これから引くカードに勝敗の全てが(ゆだ)ねられている。


 黒い炎の中で、その1枚に触れるリン。

 VRの世界だというのに指先が震え、緊張で頭の中が真っ白になっていく。


「(あたしが負けてもサクヤ先輩が戦ってくれるけど……

 でも、それじゃダメ。あたしのことを、こんなにたくさんの人が応援してくれてる。

 かっこいいところを見せたいわけじゃない……ただ、諦めたくないだけ。

 もう十分すぎるくらい勝ってきたけど、あと1回、この1ターンだけでもいい!

 意地っぱりなあたしに、チャンスをちょうだい!)」


「まあ……そういうプレイヤーも私は嫌いじゃないけれど。

 今の状態から、どうやって想いを実現させられるのかしら?」


「(クラウ……ディア?)」


 真っ白になった頭の中に、いつかどこかで聞いた言葉が流れる。

 あれは、そう。仲間たちと洞窟探検に行ったとき。

 経験の浅いリンは、自分だけでどうにかしようと悪戦苦闘していた。

 それを見かねたクラウディアは、呆れた顔で先ほどの言葉を口にして――


「(でも、すぐに助けてくれたよね。

 あたしが何をしても、どんなカードを使っても、バカにしたりはしなかった。

 兄貴とステラは最初から知り合いだったけど、この世界に来て初めて友達になったのは……クラウディアだったね)」


 楽しい思い出や、冒険した日々のこと。

 リンのデッキで活躍するカードたちは、ここまで歩んできた全ての象徴ともいえる。


 2ヶ月半の記憶が詰まったカードの束、そこから引く1枚。

 たとえ、今の状況でそれが【ブリード・ワイバーン】だったとしても、デッキを責めることだけはするまい。

 これは間違いなくリン自身。好きなカードを入れたい放題に入れた、とても我がままなデッキなのだから。


「そうだね……想いを実現させるためには、まず信じなくちゃいけない。

 仲間のことも、デッキのことも――そして、今から引くカードのことも!

 あたしのターン、ドロー!」


 緊張でガチガチになっていた指先に、いつの間にか感覚が戻っていた。

 力強い眼差しで引いたカードを確認すると、それは★2のプロジェクトカード。


「そう来たかぁ……でも、分かったよ。

 あたしのデッキは、これを使えって言ってるみたい」


 ここは大会本戦の大舞台、1対1の決闘(デュエル)で仲間の力を借りることはできない。

 しかし、仲間たちと共にリンが育ててきたデッキ。

 そこから引いた1枚は、間違いなく彼女を導くものであった。


「手札からプロジェクトカードを発動――【物資取引(トランザクション)】!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 追記 第20話 深き森の魔女 その5でバイオニック・アーマーは★2でした。 136話の最後の文は★2以下しかない、というようなニュアンスが正しいのではないでしょうか。
[気になる点] 勢いよくカードを引くリン。手札は全部で4枚。  が、しかし――それら全てがバラバラで、★2以上が1枚もないという酷いありさまであった。 これは前話の最後の文ですが、この通りなら平和的…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ