第33話 渦巻く炎の中で その8
【 リン 】 ライフ:4000
ユニットなし
【 アリサ 】 ライフ:1000
喰界邪竜ニーズヘッグ
攻撃4000-X/防御1000+X
装備:黒炎の呪縛
沼で出会ったスピノサウルスは、リンが歩んだ2ヶ月間を根底から支え続けてきた。
クラウディアとの戦いでは盾となり、サクラバの強力なドラゴンを退け、カインの水棲ユニットと壮絶な殴りあいを繰り広げたメインアタッカー。
その大きな背にリンや仲間たちを乗せ、ミッドガルドの陸から水上まで共に駆け巡った頼もしい親分。
優秀な効果を持つ【ポイズンヒドロ】が手に入ったのも、単純なリンの運だけではなく、スピノサウルスが守ってくれていたからだ。
「親分っっ!!」
しかし、全幅の信頼を寄せてきた巨体が今、目の前で真っ黒な炎に包まれて消えていく。
数々の決闘において、リンのスピノサウルスが倒れたことは一度もない。
水辺の王者が決して倒れなかったからこそ、ここまで勝ち上がってきたのだ。
「ああああ~~~~っ、決まりました! これがアリサ選手独自の戦法!
スピノサウルスを消した代償に800ダメージを受け、残りライフ200となりましたが……
ご覧ください、勝ちを確信した余裕の表情です!」
「あえてライフを大幅に減らすことで【ニーズヘッグ】の攻撃力を高め、さらにはドロー系カードの多段重ね。
コンボに必要なものを確実に引きつつ、フィールドに【ニーズヘッグ】しか存在できないようにする戦法……
実はあの【黒炎の呪縛】というカード、実装したときは最後の1文がなくて、とても使いどころが限られたカードだったのだ」
「『これを装備しているユニット自身は効果の影響を受けない』という部分ですか。
なるほど、その文章がないと自分も焼けてしまいますね」
「それでは使いにくいということで、今年になって強化調整が入ったんだけど……まさか、それを【ニーズヘッグ】に付けるなんて」
【基礎○○力】とは、攻撃や防御の増減を受けていない元々のステータス。
大抵のユニットであれば、カードに書かれている数字そのものを指す。
現在、【ニーズヘッグ】の【基礎攻撃力】は3800。
よって、カードの防御力に3800以上の数字が書かれていなければ、召喚した瞬間に焼き尽くされる。
そして――そんな数字が書かれたユニットは、このラヴィアンローズに1枚も存在していない。
「親分……が……消えた……」
「あはははは、そんなにショックを受けるなんて、ずいぶんと気に入ってたみたいだね。
大事なものを壊しちゃって、ごめんねぇ~? あっははははははは!」
愕然とするリンをあざ笑うかのように、アリサは口の端を歪めて見下す。
試合が始まる前から怒りの火種を抑えてきたが、今やリンの心にまで黒い炎が侵食していくようだった。
「あなたが……あなたがやってるのは決闘じゃない!
人のものを壊して、心を踏みにじって、何がそんなに楽しいの!?」
「残念だけど、これは決闘なんだよね~。
ボクはちゃんとしたカードを使ってるし、ルールに反したことは何ひとつしていない。
それに、リアルの世界じゃ滅多にないでしょ?
こんな風に一方的に勝って、上から見下ろせる機会なんてさ!」
邪竜を従え、黒い炎の渦の中で語るアリサ。
ぶかぶかのパーカーを着た可愛らしい容姿の少女だが、その立ち振舞いは悪そのもの。
「向こうの世界じゃあれもダメ、これもダメ。刺激的なものはどんどん消えて、ボクたちに与えられるのは食べやすいように骨を取り除いたものばかり。
でもね――人間が本来持ってる暴力、欲望、傲慢。そういったものは、何をどう頑張っても消せないんだよ。
2030年になっても消えない学校のイジメ。モザイクが入ってないものなんてネットで見られるのに、いまだに昭和の法律に従って見せないようにする政府。
何をどう取りつくろっても人間は悪なのに、大人たちはそれを認めようとしない!」
演説。まさに演説である。
冥界へと続く穴から這い出た超巨大生物と、黒い炎が視覚的な相乗効果を生み、アリサの演説は日本ワールド全域のモニターを占拠した。
「この戦いを見てる人たちも、VRに救いを求めて来たんでしょ?
ボクたちが小さい頃に夢見た理想の世界なんて現実にはなかった。
でも、ここには無限の可能性がある。
ボクは大人たちが覆い隠そうとしている悪を、この新世界へ根付かせるために来たんだ。
怒り、憎しみ、求め、満たされ、弱者が強者に媚びへつらう。
人間がありのまま、本来の姿で生きるユートピアを作りたい。
そのための絶対悪として、ボクは存在し続けるのさ!」
演説が終わったとき、このラヴィアンローズには不在だった”明確な悪”が誕生した。
拍手こそ起こらないが、現実世界を忘れるためにVRへダイブしていた人々には、彼女の意志に共感できるところもある。
当然ながら【エルダーズ】のメンバーたちも中継で演説を見ており――
その顔に浮かんでいた表情は怒りでも喜びでもなく、複雑な思いが入り混じった表情。
分かりやすく一言で表すなら、『どうすんだ、これ?』であった。
「おいおい……あいつ、なんてこと言うんだよ。
下手すると俺たち【エルダーズ】全員が同類だと思われるぞ!」
「アリサって、今いくつだっけ?」
「中3だったはずだ。とんでもないヤツだと思っていたが、そうか……”そういうお年頃”なのか」
「わはははははっ、悪童もここまでくれば大したものだ!
なかなかどうして、可愛いところがあるではないか」
「いや、笑いごとじゃないですよ、ホクシンさん」
「これを笑わずして何を笑う?
名門と謳われていた【エルダーズ】が小娘にしてやられ、もはや誰でもよいから止めてくれぬものかと中継に張り付いておったのだぞ。
ところが、蓋を開けてみれば子供の我儘。思春期ゆえの反逆がアリサの正体よ。
得体のしれない、恐ろしい怪物などいなかったのだ。最初からな」
核心をついたホクシンの言葉に、ギルドの面々も冷静に思考を整理していく。
笑いながら【ニーズヘッグ】で封殺してくる印象が強く、まるで災厄のような存在に見えたアリサ。
しかし、どれほどの悪人なのかと思いきや、実際には反抗期を迎えた中学生そのもの。いわゆる中二病に染まりきった、ひとりの少女でしかなかったのだ。
「で、どうしましょうか……これ? とんでもない演説が中継で流れちゃいましたよ」
「どうするっていっても、アリサはリーダーだしな。
【エルダーズ】としては、あの発言をなかったことにして追放するか、支持してそういうギルドになるかの二択だと思うが」
「反抗期ってだけで、ギルドひとつを乗っ取るような子だぞ?
下手に追放なんてしたら、他の場所で何をするか分かったもんじゃない。俺たちの手で解決するべきだ」
「とりあえず、今の演説はきっちりアーカイブに保存しておこうぜ。
こりゃ本当に成し遂げて巨悪になるか、20年後に恥ずかしくなって死にたくなるかのどっちかだな」
「俺、ディスクに焼くわ」
「ネットに拡散されるのも、時間の問題ですよね」
緊張に包まれていた【エルダーズ】の面々に、思いもしない転機が訪れた。彼らにとってアリサは前団長を辞任させ、クーデターを起こした反乱分子。
しかし、このときを境に関係が変化していく。
自分のギルドに動きがあることなど知らず、演説を終えたアリサは眼前の相手を潰しにかかっていた。
あれほど頼もしかったスピノサウルスが消え、リンを守るものは何もない。
「あなたも怒りに心を染めてボクを憎むといいよ。それが人間本来の姿だ。
もっとも、その前に味わってもらうのは”恐怖”だけどね」
「うう……っ」
「【ニーズヘッグ】、攻撃宣言」
リン側の宣言は何もなし。恐竜ですら叩き潰しそうなほど巨大な腕が振り上げられ、情け容赦なく打ち下ろされる。
システム上で脳への刺激が抑えられているとはいえ、街の建物を引っこ抜いて叩きつけるような規模の破壊力。
その衝撃にリンは悲鳴を上げ、心身が大打撃に曝された。
「きゃあああああーーーーーーーっ!!」
「3800ダメージ直撃っ! リン選手、残りライフ200です!」




