第32話 渦巻く炎の中で その7
【 リン 】 ライフ:4000
パワード・スピノサウルス
攻撃4000(+2000)/防御4000(+2000)
装備:ヴァリアブル・ウェポン
【 アリサ 】 ライフ:1000
ユニットなし
プレイヤーのライフポイントである4000という数字。
それが尽きると敗北してしまうため、どんなプレイヤーでも必死に守ろうとする。
中でも『鋼』と讃えられるクラウディアは1ポイントもライフを減らさずに勝ち続けることで、防御に長けたプレイヤーとして名声を得ていた。
逆にアリサはノーガード、一撃で倒せるならやってみろといわんばかりに平然とダメージを受ける。
だが――そこには巧妙な戦略があるのだ。
このラヴィアンローズというゲーム、いざ相手を一撃で倒そうとしてみると、なかなか思うようにいかない。
4000ポイントを削り切るには極めて高い攻撃力が必要になり、それを1ターン目から出すのは非常に難しい。
さらに相手からカウンターカードで妨害され、一撃必殺の可能性は下限まで落ちていく。
自陣をガラ空きにするという戦法。
一見すると愚かなように見えるが、実際にはライフを削り切るのが難しいというゲームバランスの裏をかいた罠。
リンも、クラウディアも、対戦相手の誰もが必死に4000ダメージを与えようと試みた結果、ことごとく失敗してしまった。
そして、次のターンでアリサが動き始めたとき――”それ”は始まる。
「プロジェクトカード、【窮地からの活路】。
さらに、もう1枚の【窮地からの活路】。
プロジェクトカード、【多重詠唱】で【窮地からの活路】を再発動。
【物資取引】で3枚戻して3枚引く。
もう1回、【物資取引】」
「出た~~~~っ!! アリサ選手のドローラッシュ!
手札がとんでもないことになっていきます!」
目の前で何が起こっているのかリンには分からず、これから起こることを知っている観客たちは青ざめるしかない。
アリサの手中で爆発的にカードが増え、本来なら数ターンかけて引くはずのリソースが厳選されていく。
プロジェクトカードを使うたびに手札が減るため最終的には7枚になったが、その全てに一切の無駄がない。
「自分にユニットがいないときだけドローできるカード!?
ううっ……でも、さっきのターンは攻撃するしかなかったよね」
アリサの本当の恐ろしさは、その戦略を知っていても対処法がほとんどないという点だ。
最初からノーガードを想定してデッキを組んでいるアリサと違い、こちらの陣営をガラ空きにしてまでドローを妨害するのはリスクが高すぎる。
やがて手札の調整を終えたアリサは、凶悪な笑みを浮かべながら獲物に目を向けた。
ここまでが前段階。地獄の入口ですらなかったことを、リンは思い知ることになる。
「お待たせ。それじゃ、始めようか」
クラウディアの前で見せたときと同じく、1枚のカードを放り投げるアリサ。
それは空中で濁った水滴となり、垂れ落ちた場所を中心にバトルフィールドを侵食し始めた。
「親分、下がって!」
黒く染まりながら腐っていく舞台の床。距離を取るようにスピノサウルスを下がらせ、カードを手に身構えるリン。
水辺の王も唸り声を上げながら警戒し、円形に広がった床の腐食を睨みつけている。
「そのスピノサウルス、いいね。
十分に使い込まれて、お互いに信頼しあってるのが分かるよ。
ボクはね――そういうものをブッ壊すのが大好きなんだ! ユニット召喚!」
宣言した瞬間、パァンと爆ぜるように腐食した床が崩れ、地下から赤い光が噴き上がってくる。
その奔流は火山のごとく天を貫き、スタジアムを真っ赤に染め上げた。
「こ、これって……まさか召喚演出!?
親分、気をつけて! ★4のユニットが来る!」
「グガアアアアアッ!」
気をつけるように言われたが、むしろ主人を守るかのごとく立ちはだかるスピノサウルス。
プレイヤーに対しての直接攻撃はバトル扱いにならないため、【ヴァリアブル・ウェポン】は装着されたまま。
今はこのユニットだけがリンにとって最大の武器、そして最大の盾である。
やがて光の奔流が収まると、スタジアムの中央には信じられない光景が広がっていた。
隕石でも落ちて通り抜けたかと思うほど底なしの大穴が、ぽっかりと口を開けているのだ。
VR空間なのでバトルフィールドは無限に広げられるし、天変地異が起こっても一瞬で修復される。
それを頭で分かっていても、この光景を平然と受け入れられるほど肝が座った人間は少ないだろう。
巨大な穴だけでも十分なインパクトだが、これは召喚演出。
規格外な体躯を持つ生物の影が突き上がり、天にも届く超大型ユニットが現れる。
怪獣のように大きな頭が天空へ向かって伸び、やがて片方の前足が。
そして、もう片方の前足が穴から這い出て、ドオオンと轟音を立てながら大地に置かれた。
「紹介するよ、これがボクの相棒――【ニーズヘッグ】」
Cards―――――――――――――
【 喰界邪竜ニーズヘッグ 】
クラス:スーパーレア★★★★ タイプ:悪魔
攻撃4000-X/防御1000+X
効果:Xは所有プレイヤーのライフに等しく、ステータスの増減効果を受けない。
スタックバースト【逃れられぬ破滅】:永続:相手プレイヤーに与える貫通ダメージが3倍になる。
――――――――――――――――――
現れたのは穴の中から上半身だけを出したドラゴン。
北欧神話の世界は、全てが『世界樹ユグドラシル』と呼ばれる巨大な木の中にある。
世界樹そのものが宇宙の概念であり、9つもの世界が木を中心に形成されているのだ。
その神聖な巨木をも喰らう魔物、凍てついた下層に棲むとされる邪竜は、世界樹の根を食い荒らす害悪であった。
死者の血をすすり、9つの世界を支える木を根本から枯らそうとする負の存在。
北欧神話を題材にする作品では、氷狼フェンリル、邪神ロキと並ぶ巨悪として描かれることが多い。
そのためか、ラヴィアンローズの世界ではタイプが【悪魔】に分類されている。
「喰界邪竜……ニーズヘッグ」
カインとの戦いに続き、またしても★4と対峙することになったリン。
呆然とした顔で邪竜を見上げるが、大きい。あまりにも大きい。
胸から下が穴の中にあるため、全体的にどれほどの巨体なのか検討もつかない。
見た目もさることながら、異質なのがステータス。
このユニットは使役するプレイヤーのライフによって攻撃と防御が変動し、残りライフが多いほど防御力が、少ないほど攻撃力が高くなる。
「再びド派手に登場しました、アリサ選手が持つ★4スーパーレアの【ニーズヘッグ】!
黒い、邪悪、超巨大! もはや、地の底から現れたラスボスのようです!」
「序盤は防御用、終盤には攻撃用の最終兵器として使える強力なユニットなのだ。
プレイヤーが無傷の状態なら、なんと防御力5000!」
「ですが、アリサ選手は従来の使いかたをせず、独自の恐ろしいデッキに仕上げています」
【ニーズヘッグ】の攻撃力は0から3999、防御力は1001から5000と、非常に極端なステータスをしている。
良く言えば尖った性能であり、悪く言えば変動するので安定しない。
しかし、アリサはこのユニットを巧みに使いこなしていた。
「今のステータスは攻撃3000、防御が2000と……うん、十分かな」
「十分って……すごく大きいけど、スピノ親分はどっちも4000だよ。
そのユニット、ステータスの増減効果を受けないって書いてあるよね?」
「そうだね。今すぐ攻撃したところで防がれるし、この子は強化できない。
だから――まずは邪魔者に消えてもらおうか。【ニーズヘッグ】にリンクカードを装備!」
一瞬にして広がる地獄の業火。そのカードが発動した直後、バトルフィールドは渦巻く炎に包まれた。
現実世界では見ることがない黒く燃え盛る炎。
それ自体が生きているかのようにリンの陣営を取り囲み、容赦なく高熱で焼き焦がす。
「うあああああああーーーーーーっ!!」
強烈な炎に炙られ、思わずリンの口から悲鳴が漏れた。
もしも、生きたままオーブンや焼却炉に放り込まれたら、こんな光景が見えるのかもしれない。
肌を焦がし、息を吸うだけでも呼吸器官が焼かれるような熱波。
その中でどうにか目を開き、発動したカードのTipsを確認すると――
Cards―――――――――――――
【 黒炎の呪縛 】
クラス:レア★★★ リンクカード
効果:【タイプ:悪魔】に装備された場合のみ効果発動。
このカードが装備されているユニットの【基礎攻撃力】未満の【基礎防御力】を持つユニットは、フィールド上に存在できない。
条件を満たさなかった場合、ユニットは即座に破棄されるが、このカードの使用者も代償として800ダメージを受ける。
これを装備しているユニット自身は効果の影響を受けない。
――――――――――――――――――
「え……? 存在……できない?」
「グァアアアアアアアーーーーーーーーー……ッ」
やがて、すぐ近くから聞こえた断末魔。
リンの目に映ったのは、黒い炎に飲み込まれたスピノサウルスが――
これまで活躍し続けて初心者のリンを支えてくれたユニットが、粒子となって散っていく姿だった。




