第30話 渦巻く炎の中で その5
その後、第3試合と第4試合が行われる間、リンは控室で待つことになった。
先ほどまでサクヤと会話していた楽しさから一転、重苦しい雰囲気が漂い続けて、表情は完全に曇りきっている。
そうなると、待ち時間が長い。たった2試合だというのに、朝から晩まで待たされているかのような気分だ。
たまにサクヤが声をかけてくれるが、明るく笑いながら話せる心境でもなかった。
「(クラウディア……大丈夫かな?)」
何よりも心配なのが友人の安否。クラウディアはリンにとって大切な仲間のひとりだ。
彼女のギルドに加わったからこそ、今の自分があると迷わずに断言できる。
勝負である以上、必ずどちらかは負けるのだが――しかし、それでも信じられない。
あの堂々とした立ち振舞いで、当たり前のように控室へ戻ってくるクラウディアの姿を、リンは諦めきれなかった。
そこに彼女が現れることはないというのに、何度も通路へ目を向けてしまう。
「(はぁ~……頭の中がごちゃごちゃだよぉ。
デッキのイメージトレーニングをしておくべきなんだろうけど、さすがに今はそれどころじゃないし)」
試合前に対戦相手のデッキを知ってはいけないという大会のルール上、クラウディアがどのように負け、どうなってしまったのかを知るすべはない。
不正防止のために外部との通信も遮断されており、彼女の安否を確かめる手段はなかった。
怒り、焦り、不安、哀愁。
欲張って色を混ぜすぎた絵の具のように、リンの感情はぐちゃぐちゃになっている。
「お待たせしました。3回戦は全て終了し、これより4回戦の第1試合を開始します。
アリサ選手は東、リン選手は西から入場してください」
ようやく待ち時間が終わったらしく、控室に運営のスタッフが姿を見せた。
軽やかに立ち上がり、見せつけるように笑みを浮かべながら歩いていくアリサ。
対するリンの挙動は鉛のように重く、複雑な感情をまったく整理できていない。
心を乱された時点で負け。
それを頭では分かっていても、じわじわと心が悪いほうへ傾いていく。
奇跡的に勝ち進んできたが、リンは義務教育すら終えていない中学生。社会的にも精神的にも、まだ10代前半の子供なのだ。
「なあ、リン。ひとつ聞いてほしい話があんねん」
「……なに?」
そんなリンの姿を見かねたのか、サクヤが真面目な顔で声をかけてくる。
こうして控室で言葉をかわすのも、これが最後になるかもしれない。
「めっちゃ大事な話やさかい、一度しか言わんで。ええな?」
「……うん」
「ほんなら、言うけど……うちのフレンドに銃マニアがおってな。
わざわざ高いポイントを払って最高級の迷彩服を買うたんよ」
「迷彩服? それで?」
「さっそく着て記念撮影してみたら、迷彩の効果がすごすぎて何も写っとらんかった」
「………………」
「………………」
いつになく真剣に語り始めたと思ったら、不意打ちのように笑いを取りに来たサクヤ。
そんな気分じゃなかったはずなのだが、絶妙な沈黙が続いたこともあって、リンは耐えきれずに笑い出す。
「あは……あはははははっ! それって透明になる服じゃないの?」
「VRの技術で最高のもんを作ったら、ほとんど透明と変わらんらしいわ。
今度、着て遊んでみよか。ミッドガルドで使えるかもしれんし」
「あ~、モンスターから襲われない迷彩があったら便利かもね」
サクヤなりの強引な手段だったが、リンの表情からは少しだけ重苦しさが削がれていた。
怒りと不安に染まりきったまま行くよりは、はるかにマシな戦いができるだろう。
「サクヤ先輩、ありがとっ。ちょっと気分が楽になったよ」
「駆け出しの初心者が、いっちょ前に仲間の復讐なんぞを背負うもんやない。
安心せえ。リンが負けたら、アイツはうちがしばいたる。
後のことなんて考えんで、ごっつい頭突きかましてきたらええねん」
「――――うんっ!」
クラウディアのことで頭がいっぱいになっていたが、サクヤもまた頼れる仲間。
彼女の優しさを実感できたとき、リンの決意は固まった。
自分ができる最大限の戦いをする。ただ、それだけだ。
初心者丸出しでも構わない。がむしゃらな闘志を燃やすことで、ここまで進んできたはずなのだから。
■ ■ ■
「さあ、いよいよ本戦の4回戦。
ご覧ください、表示されている数字は『8』です」
「うわ~、あと8人しか残ってないんですね!」
「日本ワールドの中から、たった1人の生き残りを決める戦い。
それが残り7回の試合で終わってしまうのだ」
相変わらず熱気に包まれたスタジアムは、クライマックスに向けて加熱し続ける。
バーチャル世界のAIである実況者たちが疲れ知らずなこともあり、会場のテンションはまったく冷めることがない。
「それでは、4回戦・第1試合!
まずは東から入ってまいりました、名門ギルド【エルダーズ】所属のアリサ選手!」
「今大会のダークホース。3回戦の展開は本当に驚きだったのだ」
「強いメンバーがそろっている【エルダーズ】の中でも、最終兵器が出てきたという感じですね。
若手の実力者であるクラウディア選手を下し、堂々の4回戦進出です。
が、しかぁ~し! そんなアリサ選手の対戦相手も同じくダークホース! この大会に黒いウマは2頭いた!」
アリサが入場した時点で観客は騒然となっていたが、ひと回り大きな声援がバトルフィールドを埋め尽くす。
強豪である貴公子カインに対して1歩も退かず、ついには下して大物殺しを果たした超新星。
「中継にも乗っておりますでしょうか、ものすごい声援です!
西から入場したのは、始めてわずか2ヶ月半の新人! 中学生のリン選手!」
「この大会で、すっかり大人気になりましたね~」
歓声に沸き立つスタジアムの舞台に、リンは力強く足を進める。
先に入場したアリサは、すでにニヤニヤと笑みを浮かべながら待っていた。
「リン……気をつけろ、そいつのカードはヤバイぞ」
熱い歓声の中、クラウディアが一瞬で葬られる姿を見てしまったユウたちは、心配げな表情で試合を見守る。
特にソニアはショックのあまり、ずっと涙が止まらないまま応援席でうつむいていた。
最強のプレイヤーだと信じて疑わなかった姉が、わずか3ターンで敗北。直接その瞬間を見てしまったのは残酷としかいえない。
傷ついたソニアの背中に優しく手を置きながら、ステラも真剣な表情で親友に全てを託していた。
「後にはサクヤさんも控えてますけど、ここはリンに――クラウディアのためにも、リンに頑張って欲しいです。
そうですよね、ソニアちゃん?」
「うううぅ……リン殿ぉ~~~っ! どうか……どうか、お姉さまの仇を……お願いします!」
祈っていたのは、仲間たちだけではない。遥か離れたミッドガルドのコテージでも、【エルダーズ】の面々がモニターの前で真剣に見入っていた。
試合を見つめながら語るのは、予選でリンと対戦したホクシン。
「あのリンという娘に、それがしは予選で破れた。
己が格下であると知りながらも、臆すことなく全力で挑んできた武士よ」
「ただの女の子ではないようですね。
ですが、クラウディアですら瞬殺するアリサが相手では、さすがにきついのでは……ここまで勝ってきたとはいえ、まだ初心者ですし」
「なんだ、お主は知らんのか?」
「何を……ですか?」
「あのアリサもまた、初心者よ。
得物の凶悪さが目立つが、始めて半年程度の駆け出しだ。ゆえに、あやつの経歴は白紙も同然」
その言葉に、真実を知らなかった一部のメンバーが驚愕する。
アリサの強さを裏付けているのは、選ばれた者だけが持つ1枚のカード。
そして何より、初心者であることをまったく感じさせないような技術力と、完璧に悪役を演じきっている胆力。
リンよりも2ヶ月ほど先に始めた程度のプレイ期間で、トップクラスのギルドである【エルダーズ】を乗っ取ってしまったのだ。
そんな裏情報があることなど知らないリンは、舞台の中央でアリサと言葉を交わす。
「さて、今度もウチのギルドにとっては因縁の相手になるのかな?
新団長のボクが倒せば、きっと先代も浮かばれるよね」
「本当はそんな義理堅いこと、考えてないでしょ?
プロセルピナさんが復讐を望んでるなら別だけど」
「ん~……どうだろ? それを確かめる手段は、なくなっちゃったからなぁ。
あの人はもう【エルダーズ】にいないし」
「え……っ!?」
「ああ、そっか。知らないんだよね。
さっきクラウディアにも説明したんだけど、それが伝わってないのは当然か。
だって、ふふふ……ボクの話を聞いて情報を抱え込んだまま、クラウディアは控室に戻れなかったからねぇ!
あははははははははっ!!」
ギリッと奥歯が鳴り、リンは激高して怒鳴る寸前のところで感情を抑えた。
何も知らない観客にとっては華やかなイベントの舞台。
サクヤに言われたように頭突きでもぶつけてやりたいが、決着はカードでつけるべきだ。
「2回も説明するのは面倒だから、後で話を聞いてみなよ。負けた者同士で仲良くね」
「そう簡単に負けるつもりはないよ。あたしは――ギルド【鉄血の翼】のリン!
みんなの居場所を作ってくれたクラウディアのためにも、全力であなたと戦う!」
話し終えた両者は距離を取り、バトルフィールドで対峙する。
それが2つのギルドに関わる決戦であることなど、観客たちは知らぬまま熱狂し続けていた。




