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第29話 渦巻く炎の中で その4

「しっかし、これで一気に有名人やな」


「あんなにお客さんがいるなんて思わなかったよ……あれ全部、映像じゃなくて人が座ってるの?」


「せやで。ここだけやのうて、ラヴィアンローズの外にまで中継が流れとる。

 よかったなぁ、自分。

 こんだけ注目されるようなデカい大会は、年に3回くらいしかあらへんのに」


「いや~、デカすぎだって……初心者が出てくるような場所じゃないでしょ」


 ぐったりと椅子に座り込んで休憩を取りながら、控室でサクヤと会話するリン。

 本来なら、新人は中小のイベントで経験を積むところだ。

 こういったワールド規模の大会に出たとしても、あっけなく敗退するのは当然のこと。


 ところが、粘り強く勝ち進んできた結果、ついには大衆の前で優勝候補の貴公子カインを下してしまった。

 まったく注目されていなかった女子中学生の快進撃。使うカードから戦略まで何もかもが奇想天外。

 もはや、話題性のTNT爆弾。すでに雑誌の編集部にまでマークされていることなど、リンは夢にも思わなかった。


「でも、次の相手はクラウディアだからさ。今のあたしじゃ勝てないと思うよ」


「ほぉ~、そないに強いん?」


「めちゃくちゃ強い。積んできた経験が違うんだから、そりゃ強くて当たり前だけど。

 でも……明らかにレベルが違うんだよ、クラウディアは」


 休憩した姿勢のまま、しかし、胸の中で静かな闘志を燃やすリン。

 相手のほうが強いと知りながらも、戦意が失せるどころか逆に湧き上がってくる。

 その様子に気付いたサクヤは、クスッと笑みを浮かべた。


「自分ら、ほんまおもろいな~。普段は仲がええのに、根っこのところではライバル同士。

 その調子で、よう育つんやで……食いごたえがあるくらいになぁ、ふふふふ」


「サクヤせんぱ~い、また悪い顔してる~」


 クラウディアが強いのは間違いないが、ギルドで最も得体が知れないのはサクヤである。

 観客席にいるユウたちと違って、リンは彼女の試合を見ていない。

 どんなカードを使って本戦まで勝ち上がってきたのか、まったくもって不明だ。


 と――そんな会話をしているうちに、大会のスタッフが控室に現れた。


「第2試合が終了しました。第3試合に出場する方は、入場をお願いします。

 ギアンサル選手は東、フレア選手は西です」


 名前を呼ばれて立ち上がったのは、いかにも炎属性のカードを使いそうな赤い服の女性。彼女がフレアなのだろう。

 続いて休憩室の床にどっしりと座り込んでいた大男が立ち上がり、頭を天井すれすれに(かす)めながら歩き出す。

 鍛え上げられた太い筋肉。格闘ゲームで投げ技を使いそうな巨漢が、そのまま出てきたかのような風体だ。


 ズシン、ズシンと足音を響かせて出ていく大男の姿を、ポカーンとした表情で見送るリン。

 やがて2人が見えなくなると、すぐさま笑顔に切り替わる。


「クラウディアの試合、早かったね!」


「一気に決着がついたんやろな、さすがやわ~」


 このとき、リンは信じて疑わなかった。

 勝って当然とばかりに涼しい顔をしたクラウディアが戻ってきて、ついに再戦が実現するのだと。

 たとえ彼女に届かなくても、リンがどれだけ成長したのかは伝えられる。

 その姿を仲間に――そして、クラウディアに見てもらうのだと意気込んでいた。


 しかし、見慣れた軍服の少女が颯爽(さっそう)と歩いてくることはなく、戻ってきたのはただひとり。

 この控室からは2名の選手が出ていき、試合に勝ったほうしか帰ってこない。


「え…………?」


 その姿を見たとき、リンの思考は停止した。

 分からない。分かるはずがない。

 クラウディアはカードの腕も、リーダーとしても完璧なほど優秀で、このバーチャル世界で初めて無縁の状態から知り合った仲間。

 だが、彼女は帰ってこなかった――『(はがね)』は打ち砕かれてしまったのだ。


「な、なんで……クラウディアじゃ……ない」


 状況を受け入れられぬまま放心するリンに歩み寄り、アリサは這いつくばったカエルでも見下ろすかのように笑みを浮かべる。


「おたくのリーダーじゃなくて残念だったね。あの人はもう、ここには戻らないよ。

 ボクが倒しちゃったんだからさぁ! あははははははははっ!」


 固まってしまったリンの心に、信じがたい言葉が突き刺さる。

 ありえない。あのクラウディアが、いつも自身に満ちた彼女が、こんなに早く負けるはずはない。


 しかし、これが現実だ。勝者しか戻れない部屋に帰ってきたのはアリサだけ。

 彼女の姿が何よりも残酷に、事実であることを証明してしまっている。


「別に前のリーダーの仇を取るつもりじゃなかったけど……ただ、面白くてね。

 どうにもならない状態に追い込まれた相手が、焦りと恐怖に染まっていくのって、最っ高に楽しいんだよ。

 あの澄ました顔のクラウディアが追い詰められていく姿、ここじゃ見られなくて残念だったねぇ!

 あはははははははははははっ!!」


 嘲笑が控室に響き、リンの胸に開いた傷口をさらに深くえぐっていく。

 不快な笑い声を聞いていたのは1人だけではなく、すぐ近くにいたサクヤに怒りの眼光を向けさせた。


「ええ加減にせぇや、ワレ! 何がそないにおもろいんや?」


 椅子から立ち上がろうとしたサクヤだが、その肩にそっと手が置かれる。

 代わりにアリサと向かいあったのは、他でもないリン自身。


「ほんと、どうしてそんなに笑えるのかな……

 まだ1ヶ月ちょっとの付き合いだけど、クラウディアには感謝してもしきれないよ。

 あたしに楽しい思い出と仲間ができたのは、間違いなくあの子のおかげ。

 そんな友達をバカにするなら――あたしは絶対にあなたを許さない! 絶対に!」


 ラヴィアンローズの世界で楽しく過ごせたのは、兄が、ステラが、そしてクラウディアが導いてくれたからである。

 最近では先輩のサクヤに、可愛い年下のソニアもやってきた。


 自分が初心者なのは確かだし、そのことでバカにされるのは仕方がない。

 だがしかし、恩義のある仲間を踏みにじられて黙っていられるはずがないのだ。


「怒っても無駄だよ。どうせ、その顔も絶望に染まるんだから」


 真正面から怒りをぶつけられても、まったく動じないアリサ。

 まるで相手をしないかのように控室の端へ行き、そこに座り込んで味のしないコーラを取り出す。


 取り残されて打ち震えるリンは、この世界に来て初めて本気で激怒した。

 何としてでも勝たなければ、傷つけられた友人の誇りを取り戻さなければならない。


 そうして、怒りに立ち尽くす彼女の姿を――クラウディアの師であるオルブライトは、静かな眼差しで見つめていた。

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