第28話 渦巻く炎の中で その3
【 クラウディア 】 ライフ:4000
ミサイル輸送起立発射機
攻撃2400(+800)/防御1500(+500)
装備:ジョルト・グレネード
【 アリサ 】 ライフ:800
ユニットなし
無冠の帝王として名高いベテラン、オルブライトのギルドに所属したとき、クラウディアはわずか11歳であった。
妹のソニアだけではなく、周囲の人々も認める優れた才能の持ち主。
中学生になると大会で好成績を収めるようになり、ジュニアカップでの活躍が彼女に『鋼』の二つ名を与えた。
師と同じく無冠ではあるが、まだ若い。
今では自分のギルドも持つようになり、武勇を轟かせていくことは間違いないと注目されているプレイヤー。
そんな名声に満ちた彼女が、今――バトルフィールドで凍えるように身を震わせている。
「(私の『体』は暖かい室内にあるはず。この震えは精神状態の表れでしかない……
いったい、何がここまで不安にさせるというの?)」
その答えは言わずもがな。ライフのほとんどを失いながらも、うれしそうにカードを引く対戦相手の姿だ。
これまで幾度となく決闘を重ねてきたはずなのに、あの顔を見るだけで精神が揺さぶられる。
「ボクのターン、ドロー!
まずはこれから使おうかな。プロジェクトカード、【窮地からの活路】!」
Cards―――――――――――――
【 窮地からの活路 】
クラス:レア★★★ プロジェクトカード
効果:デッキからカードを2枚ドローする。1ターン目には使用不可。
自分のフィールドにユニットがなく、対戦相手のフィールドにユニットがいる場合のみ効果を発揮する。
――――――――――――――――――
「おおっと、ドロー系のプロジェクトです。条件は満たしていますね。
これを狙って1ターン目にユニットを置かなかったんでしょうか」
「そのために3200ダメージも受けるなんて、あまりにもリスクが大きすぎるのだ。
あ、まだ何か使おうとしてるみたいだけど」
実況が進む中、観客たちも何が起きるのかと注視する。
やがてアリサが取った行動は、スタジアムをどよめきと混沌に導くようなプロジェクトカードの連続使用であった。
「プロジェクトカード、【多重詠唱】」
Cards―――――――――――――
【 多重詠唱 】
クラス:レア★★★ プロジェクトカード
効果:このターンに発動したプロジェクトカード1枚を指定し、再度発動させる。
このカードは1ターンに1枚しか使えず、再利用することもできない。
――――――――――――――――――
「指定するのは、もちろん【窮地からの活路】。
これで2枚ドローして、次はプロジェクトカード【物資取引】」
Cards―――――――――――――
【 物資取引 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:手札を3枚までデッキに戻してシャッフルし、デッキから同数のカードをドローする。
――――――――――――――――――
「3枚戻して3枚引くよ。さらにもう1回、【物資取引】」
騒然となる試合会場。アリサは次々とドロー系のカードを使い続け、さらには交換して入れ替えていく。
本来ならば強力なプロジェクトを再発動させるための【多重詠唱】まで使い、ひたすら手札をコントロール。
これには試合を見守る全員が驚愕の声を上げるしかなかった。
「なんと、なんとぉおおお! 一気に手札が増えて、さらに変わっていきます!
こういったカードを抑制させるために『ハイランダー』というルールがあるのですが……」
「クラウディア選手が動かないところを見ると、ハイランダーではないのだ。
というか、【窮地からの活路】は条件を満たさなければ効果を得られないカード。
自分の陣営にユニットがいた場合、ハイランダーでもドローを真似ることはできないのだ」
「なるほど……アリサ選手はハイランダー対策をした上で、ドロー加速をしているのかもしれません。
そうなると、非常に厄介です」
「あれだけカードを引いたら、何でもできちゃいますよね」
実況者のコメントが響く中、ユウとソニアは一緒に座る魔女へと顔を向ける。
大きな三角帽子を抱きかかえながら観戦するステラは、ギルドメンバーの中でも希少なハイランダーデッキの使い手だ。
「ああ言ってるけど、本当に防げないのか?」
「そうですね……アリサさんの対戦相手がハイランダーだった場合、【窮地からの活路】を予測して自分もユニットを置かないようにしない限り、ドローは真似できません。
でも、そんなプレイングをする人なんていませんよね」
「じゃあ、その後に使った【物資取引】は、どうなんです?」
「そっちのほうは同じ動きができます。でも……これはリンが私に対して使った戦法ですけど、【物資取引】を強制されると手札がバラバラになるんです。
スタックバーストに頼らないハイランダーとはいえ、3枚も手札が入れ替わるのはキツイですよ。
しかも、アリサさんは【物資取引】を連発しています」
「なるほど……俺はハイランダーじゃないけど、やられたときのことを想像するとキツイなぁ~。
実況が言うように、あれはハイランダー対策を仕込んだ複数ドローデッキってわけか。
レアカードが多いから、同じデッキを作りにくいのが救いだな」
「ですね。ハイランダーに対策を取った上でドローできてしまう手段なんて、本当に限られていると思います」
「ううっ……お姉さまは、さっきから黙って見ているだけ。
わたしも首すじがチリチリして、すごく嫌な感じなのです」
不安げな視線を向けるソニアだが、実際にクラウディアのデッキでは対抗策がない。
ようやく調整を終えたとき、アリサの手に握られたカードは全部で8枚。もはや先攻とは思えない物量だ。
「おまたせ~、準備できたよ」
「なるほど、それが速攻3ターンキルの種明かしというわけね」
「まあ、そうだね。後攻なら2ターンで終わるけど」
そう言ったのは、ドローの要である【窮地からの活路】が1ターン目には使用できないためだろうか。
しかし、アリサのデッキに隠された真の恐ろしさはドローだけではない。
彼女と戦ったプレイヤーは皆、口をそろえて語る。
もう二度と、あいつとは戦いたくないと。
「それじゃあ、見せてあげるよ。このデッキの本当の姿を」
アリサは1枚のカードを手に取り、それを目の前の地面に放り投げた。
ここはVRの世界。カードはどのように扱っても発動するため、投げたり燃やしたりしても一向に構わない。
投げられたカードは空中でクルクルと回転し、やがて水滴へと変化して床の上へポタリと落ちる。
そうして現れたのは、1滴の墨汁を白紙の上に垂らしたかのような黒い点。
それが四方八方へと広がりながら侵食し、床をボロボロに腐敗させていった。
「足元が……腐っていく!」
勇敢なクラウディアは後ずさることなく立っていたが、アリサのバトルフィールドは、あっという間に黒く塗りつぶされる。
ここまで大規模な以上、もはや疑う必要はない。
どんなカードを使ったのか、同じ『称号』を持つクラウディアは即座に理解した。
「これは……召喚演出!」
「ふふふ、そういうこと。ボクも”選ばれた”のさ。
紹介するから、ちゃんと見ててよね――ユニット召喚」
アリサの宣言に応じるかのように、変色した床の中心がバキッと弾けるように砕け散る。
そこから赤い光が噴出し、火山のごとく床を破壊しながら突き上がる熱波。
それは1ターン目のミサイル射撃すらも凌駕する波動となり、再び観客席を薙ぎ払っていく。
人々が顔を覆って目を閉じる中、赤い光に飲まれたソニアは血相を変えて叫んでいた。
「お姉さまぁあああああーーーーっっ!!」




