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第27話 渦巻く炎の中で その2

「さて……どうなることやら」


 プロセルピナが去った後、【エルダーズ】の拠点となるコテージには多数のメンバーが集結していた。

 モニターに映っているのは問題の中心人物であるアリサ。外部的には新たなリーダーの華々しい門出だが、実際にはギルドの存続に関わる大事件である。


 かつてオルブライトが率いていたギルドは、彼のリーダー引退と共に一時解散となった。

 クラウディアはそのときに独立し、今では自分なりのギルドを築いている。

 一方、残ったメンバーはプロセルピナを中心に再集結。この【エルダーズ】を作り上げたのだが――


 そこにアリサという少女がやってきて、異例の速さで幹部クラスの『七人衆(セプト)』まで昇進してしまった。

 圧倒的な強さを誇るアリサを誰も抑止できず、加えてプロセルピナの方針が実力主義に傾倒していたため、あのような怪物が生まれたのだ。

 そして、今はその怪物にギルドを乗っ取られている状態。

 リーダーを務めていたプロセルピナも出ていってしまい、【エルダーズ】はまさに大混乱の渦中であった。


「それにしても、すごい対戦カードですね。アリサ対クラウディアなんて」


「クラウディアも相変わらず強いな~。このギルドに残っていれば、幹部の椅子もあっただろうに」


「あの子なら、もしかしたらアリサと良い勝負になるかもね」


「防御型のデッキで止められると思うか? 多少の防御力じゃ、時間稼ぎにもならないぞ」


「『(はがね)のクラウディア』なら、その”多少”を超えてきそうだけどな」


 ギルドのメンバーたちが語りあう中、モニターの中では白い軍服姿のクラウディアがカードを手に立っている。(はがね)の異名を持つだけに、防御デッキは彼女の代名詞だ。

 実際、かつてオルブライトの下で学んでいた時期のクラウディアは無敗を誇り、今後の活躍を期待されていた若手のひとりであった。

 ――が、アリサの恐ろしさはそれ以上。もはや、団員の間でトラウマになるほど凶悪なカードを使う。


「まあ、この試合がダメでも大団長のオルブライトさんが本戦にいるんだ。あの人なら、俺たちの代わりに倒してくれ――」


「恥を知れ、たわけぇええええいっっ!!」


 刃を振るったかのような怒声が響き、一瞬で静まり返るコテージ。

 眉間にしわを寄せた21世紀のサムライ、【エルダーズ】の幹部にして古参プレイヤーであるホクシンは、声を荒げてメンバーを叱咤(しった)する。


「我らの手に負えぬ小娘の始末を、とうの昔に引退した恩師に押し付けるつもりか!

 こうなっている時点で、すでにオルブライト殿には顔向けできんというのに!」


「まあまあ、そう責めるな、ホクシン。

 誰ひとりとしてアリサに勝てる者がいなかった以上、我々全員の責任だ。

 予選の結果が引き金になったが、あの新参者に団長の座を奪われるのは時間の問題だっただろう」


「私もそう思います。アリサはプロセルピナさんに狙いを定めて、決闘(デュエル)で潰そうとしていました。

 みんなでそれを食い止めていましたが……もしも、戦わせていたら……」


「………………」


 メンバーたちの会話が途切れ、全員が暗い顔で黙り込む。

 仮にアリサが団長の座をかけてプロセルピナに挑んでいたとしても、今と同じ結果になったに違いない。それが明白になってしまうほど、アリサの強さは常識の範疇を超えている。


「私のターン、ドロー! ユニット召喚!」


 と、そこでモニターに映る中継からクラウディアの声が響いた。

 初手にユニットを置かないというアリサの奇策に対し、どう動くべきか答えが出たようだ。


「この対決も因果と言うべきだろうか……『(はがね)』よ。

 アリサは危険だ。決して(あなど)るなよ」


 ホクシンがつぶやき、【エルダーズ】のギルドメンバーたちが見守る中――クラウディアの陣営に現れたのは、ミサイル発射装置を牽引する大型車両であった。


Cards―――――――――――――

【 ミサイル輸送起立発射機(トランスポーター) 】

 クラス:レア★★★ タイプ:機械

 攻撃2400/防御1500

 効果:このユニットはバトル相手の防御力を500まで減算できる。

 スタックバースト【高性能レーダー】:永続:このユニットの攻撃がガードされたとき、対戦相手はカウンターカードを発動できない。

――――――――――――――――――


 トラックに牽引され、後部のミサイルポッドで射撃を行う軍事兵器。これもクラウディアが所有する★3ユニットのひとつ。

 制圧力が高いレアカードの効果により、実質2900の防御力がなければガードしきれない。


「へぇ~、ちゃんと火力を出すユニットもいるんだ」


「当然でしょ。防御一辺倒(いっぺんとう)だと思われているなら心外だわ」


 敵陣に向かって機械音を立てながらミサイル発射管が標的を合わせる。防御がガラ空きになっているにも関わらず、クスクスとあざ笑うアリサ。

 どう考えても怪しいが、このチャンスを見逃せるはずがない。


「私も毎回、防御だけで勝ってきたわけじゃないのよ。

 攻められる戦況なら、徹底的に攻め落とす! リンクカード装備!」


Cards―――――――――――――

【 ジョルト・グレネード 】

 クラス:アンコモン★★ リンクカード

 効果:このカードを装備したユニットに攻撃-500、防御+500。

 【タイプ:機械】に装備した場合、上記の-500が+800に変更される。

――――――――――――――――――


 さらに攻勢を重ねるクラウディアは、攻撃と防御を同時に高めるリンクカードを装着。

 通常のユニットでは使いこなせない超重量の兵器だが、タイプが【機械】の場合はデメリットが反転する。


「ふ~ん、後攻1ターン目で攻撃力3200かぁ。なかなかいいんじゃない?」


「それを突きつけられているというのに、まるで他人事みたいね。

 【ミサイル輸送起立発射機(トランスポーター)】、攻撃宣言!」


 防御用のユニットがいない以上、相手側のガード宣言を確認するまでもない。本来ならば、この時点で降参(サレンダー)するような展開だ。

 肩に羽織った白い軍服の上着をなびかせ、クラウディアは最大火力で攻撃指令を下す。


「――撃て(ファイエル)!」


 その瞬間、天空に向かって煙の尾を引き、次々と攻撃ミサイルが打ち上げられた。

 機械制御された弾は空中で方向転換し、アリサの陣営に真上から落ちてくる。


「あは……あははははははははっ!!」


 だが、しかし――クラウディアは見た。

 どう考えても絶体絶命なはずのアリサが、攻撃を受ける瞬間に顔を歪めて笑う姿を。

 その顔は閃光に飲まれ、爆裂弾【ジョルト・グレネード】が火炎を巻き起こしながら全てを吹き飛ばす。


 スタジアムの中心で起こったインパクトは、すさまじい轟音と爆圧で観客席を薙ぎ払う。

 観戦していた人々は眩しさに目を閉じ、やがて黒煙を上げるバトルフィールドに騒然となった。


「ちゃ、着弾ーーーーーっ!! アリサ選手、残りライフ800!

 1ターン目から容赦のないミサイル射撃が突き刺さりました!」


 舞台の上でマイクを持つウェンズデーは、爆心地のすぐ近くにいたにも関わらず無傷で実況を続けている。

 そして、もうひとり――

 焼け焦げた舞台の上に立つ少女も、同様に平然とした顔で笑ってみせた。


「いや~、効いたよ。『(はがね)のクラウディア』から3000超えのダメージで殴られるなんて光栄だねぇ」


「お気に召したかしら? 何がお望みかは知らないけれど、私はこれでターン終……」


 と――言いかけた、そのとき。

 クラウディアは心臓を握られたような悪寒に息を詰まらせる。


 その感覚は、彼女が非常によく知っているものだ。

 完璧な状態で『絶対防御』が展開され、【愚かなる突撃命令】を発動させてターンエンドを宣言する瞬間。

 勝ちを確信して笑うクラウディアと、絶望しながら自分のターンを迎える対戦相手の顔。

 それが、今はなぜか逆転している。


 歪んだ笑みを浮かべるアリサの姿に、脳内でけたたましく直感が告げていた。

 このまま、ターンエンドをしてはいけない。

 絶対にターンを終えてはいけない。


 だが、ユニットを召喚して攻撃宣言も終えた彼女に、これ以上の行動は残されていなかった。

 手札のカードも今すぐ使えるものではなく、できることは何もない。


「終了よ……ターンエンド」


「ふ、ふふふふふふ、あははははははははは!!

 それじゃあ、ボクのターンだねぇ!」


 ピンクの髪に大きなパーカー。黙っていれば可愛らしい少女だが、今は狂喜の笑みに染まっている。

 その姿を中継で見ていた【エルダーズ】の面々は消沈し、ある者は胸に刻みつけられたトラウマをえぐられた。


 アリサと対戦した者たち全てが、嫌というほど味わった瞬間。

 この後、どのような展開になってしまうのか。彼らは身をもって知っている。


「これは……いかんな」


「ああ、ダメだ――――アリサのデッキに”喰われる”ぞ」

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