第12話 カードゲーム始めました その5
【 リン 】 ライフ:1400
月機武神アルテミス
攻撃2600(+800)/防御2600(-100)
装備:汎用アタッチメント・ブレード
装備:名刀『菊一文字』
トロピカルバード
攻撃300(+500)/防御100(-100)
装備:名刀『菊一文字』
オヴィラプトル
攻撃200/防御300
【 ユウ 】 ライフ:1000
ダークブラッド・ビースト
攻撃2100(+900)/防御1900
リンにとって初めてのカードバトルも、いよいよ終盤。
★4スーパーレアの【アルテミス】が怒涛の活躍を見せた次のターン、相手側も最終兵器を出してきた。
召喚時に自分のフィールドにいたユニットを喰らい、1体ごとに攻撃力を300上げるという赤黒い魔獣。
口から恐ろしい唸り声を響かせる【ダークブラッド・ビースト】が、真っ赤な眼光を女神へと向けていた。
「こ……攻撃力3000!? ウソでしょ?」
「俺が言いたいセリフだよ!
そんな機動要塞を出しやがって!」
「兄貴みたいに、えげつないことしてないし!
さっきのターン、【トロピカルバード】の攻撃をカエルで受けなかったよね。
なんかおかしいと思ってたけど、あれは獣に食べさせて攻撃力を上げるため。
生贄を捧げるために、1体でも多く残しておきたかった。そういうことでしょ?」
「ああ、そうだ。そのとおり!
言っただろう、勝つためには闇の力だろうと使う。
お前がカードのパックを開けて【アルテミス】を引いたように、俺もこいつと運命の出会いを果たした。
そのときに覚悟を決めたのだ。こいつのためなら、鬼にでも悪魔にでもなってみせるとなぁ!」
かつての仲間が闇落ちして悪に染まった経緯を語るようなセリフだが、兄が中学2年生の妹よりも中二なのは平常運転である。
そんなことより、厄介なのは魔獣の能力だ。
リンが【アルテミス】のために用意したのは、攻撃力を上げるリンクカードばかり。
防御特化にすれば鉄壁にもできたはずだが、まずは火力が必要だろうと思って極端なデッキを組んでしまった。
「ううっ……後でデッキを組み直して、防御を上げる装備も入れなきゃ。
どうにかなる手段は、えっと……フィールドのユニットがこうで、手札がこうだから……」
「ふはははは、考えているヒマなど与えぬわ!
いくぞぉおお、【ダークブラッド・ビースト】!
アタック・宣・言!」
兄は『アタック』と『宣』と『言』のときに、いちいちポーズを変えてきたのだが、そんなパフォーマンスを見る余裕はなかった。
赤黒い魔獣が2本の尻尾を揺らして大地を蹴り、リンの陣営に飛びかかってくる。
「うわわわわ! よ、よし、この作戦でいこう!
【アルテミス】でガード!
そんでもって、カウンターカード発動!」
「なにっ、カウンターだと!?」
Cards―――――――――――――
【 タクティカル・ディフェンス 】
クラス:コモン★ カウンターカード
効果:1ターンの間、自プレイヤーの所有ユニットに付与されている攻撃の増減効果を、防御ステータスに移し替える。
――――――――――――――――――
襲い来る【ダークブラッド・ビースト】の前に、【アルテミス】が立ちはだかった。
防御に転じた女神はバリアのようなものを展開したが、そのままでは防ぎきれないはずだ。
しかし、ここでカウンターカード発動。
【タクティカル・ディフェンス】は攻撃ステータスに付与されている増減効果を防御に移すというカード。
女神の周囲にビットとして浮いていたリンクカードが変形し、シールドとなってバリアを補強する。
実は防御のためではなく、『何かの効果で攻撃を下げられたら嫌だなー。じゃあ、これで防御に移しちゃえ』くらいの軽いノリでデッキに入れたカードだった。
攻防どちらにでも使える便利なカウンターだということに、リンはついさっき気付いたのだ。
「よ~し、これで【アルテミス】の防御は3300!」
「フッ……それで防いだと思ったか。
カウンターカード発動! 【パワースレイヴ】!
もう1枚、【パワースレイヴ】!」
「えっ? いっぺんに2枚!?」
Cards―――――――――――――
【 パワースレイヴ 】
クラス:コモン★ カウンターカード
効果:1ターンの間、目標のユニット1体に攻撃+200。
――――――――――――――――――
オーソドックスで使いやすいとされるカウンターカードの代表格、攻撃力を一時的に高める【パワースレイヴ】。
1枚では届かないが、2枚重ねがけしたことで【ダークブラッド・ビースト】の攻撃力は女神を超えた。
魔獣は禍々しい暗黒のオーラを身にまとい、強靭な前足で【アルテミス】のバリアにのしかかる。
ミシミシと音を立てて亀裂が入っていくバリアは、今まさに砕かれようとしていた。
「あたしの【アルテミス】は負けない!
これが最後の1枚……
手札からカウンターカード、【極秘輸送任務】を発動!」
Cards―――――――――――――
【 極秘輸送任務 】
クラス:アンコモン★★ カウンターカード
効果:自プレイヤーが装備しているリンクカード1枚を、他の自プレイヤー所有ユニットに移し替える。
――――――――――――――――――
「まだそんなものを隠し持っていたのか!
装備品を他のユニットに移動するカードだと?
それを使って、一体どうするつもり……あああっ!
お前か、クソ鳥ぃいいいいい!!」
最後の抵抗を可能にするカード。
それは、この対戦の1ターン目から場に出ていた。
ユウが2回も斬られた南国の鳥、日本刀を持った【トロピカルバード】である。
「クェッ、クェエーーーーー!」
「おい、やめろ……やめ……うわあああああっ!」
【トロピカルバード】は空中で旋回して勢いを付けると、持っていた【名刀『菊一文字』】を放り投げた。
それを女神のビットが受け止め、すぐさまシールドに加える。
「【タクティカル・ディフェンス】の効果で、この武器は防御力400に変換される!
【アルテミス】の防御は合計3700!
これで! 押し返せぇえええええええっ!!」
お互いに最強のユニットを出し、隠し持っていたカウンターカードを注ぎ込むという、カードゲームの終盤らしい攻防戦。
それを征した【アルテミス】は、リンの声に呼応するかのように魔獣を跳ね飛ばした。
「ちくしょう、まだだ……まだ終わらん!
俺は手札から2枚目の【ダークブラッド・ビースト】を使用する!」
「え……?」
「スタックバースト発動! 【血塗られた咆哮】!」
「ゴガァアアアアーーーーーー!!」
【ダークブラッド・ビースト】は体勢を立て直して着地すると、空気が歪むほどの咆哮でフィールドを震撼させた。
その身にまとっていた暗黒のオーラを槍のように射出し、身構える【アルテミス】の横をすり抜けてリンの体を貫く。
直撃したダメージ、1300。
「そんな……うわぁああああーーーーーーーっ!!」
すさまじい一撃を受けて、リンは頭の中が真っ白になった。
VRなので痛みや外傷はないが、重大なことを失念していた。
魔獣には奥の手が残されていたのだ。
ユニット3体を喰らった攻撃力の増加と、【パワースレイヴ】2枚による強化。
その全てを失う代わりに、直接ダメージとしてぶつけるという大技。
兄は最後の最後に、とっておきを出してきた。
が、しかし――
『リン、残りライフ100』
「え……あれ?」
試合の進行を読み上げるシステム音声によって、リンは真っ白な世界から帰還する。
これで終わりだと思っていたのに、試合はまだ続いていた。
目をパチパチさせながら状況を確認したが、たしかに生き残っている。
そう、100ポイントだけ足りなかったのだ。
自分に大ダメージが突き刺さり、負けたと思って呆然としていたリン。
やがて、落ち着きを取り戻し始めた彼女は、別の感情がフツフツと湧き上がってくるのを感じた。
「まだ……何かある?」
「いや……ターン終了だ」
「じゃあ、あたしのターンね。ドロー」
そして、回ってきたリンのターン。
【タクティカル・ディフェンス】の効果が消え、そこには刃物を3本も装備した狩猟の神が立っていた。
対する兄はフィールド上に獣が残っているものの、手札はゼロ。
もはや、リンの攻撃に対して何もすることができない状態だ。
それを確認した妹は、兄に向かってニッコリと笑う。
攻撃力3900に達した女神を従えながら。
「あのさぁ……バカ兄貴。
とどめを刺しきれないのに、な~んでスタックバーストしたのかなぁ?
あたし、ちょービックリしたんですけど」
「そ、それは手札にビーストを持ってたから、つい……ではなく!
よく聞け、妹よ。諦めるのは負けたときだけだ。
勝負ってのはな、最後の最後まで悪あがきするものなんだよ!」
「ふぅ~ん」
「ひ……っ!」
リンは何も宣言しないまま、先ほどドローしたカードを発動させた。
ジャキィイインと鋭い金属音が響き、【アルテミス】に装備された刃物が、さらに1本追加される。
「じゃあ、あがけるものならあがいてみろ!
【アルテミス】、攻撃宣言!」
「ぎゃあああああ~~~~~っ!!」
手札がなければ、どうしようもない。
自身が出しうる最高の一手を防がれた時点で、ユウは万策尽きていた。
そしてフルパワーで放たれた女神の弓矢に、彼はなすすべもなく吹き飛んだのである。
『決着がつきました。
バトルモード終了――勝者、リン』