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第26話 渦巻く炎の中で その1

「さあ、みなさん! あったまってますか~!」


「いや~、もう暑いくらいなのだ」


「1戦目から、お腹いっぱいの決闘(デュエル)でしたね。

 ラヴィアンローズのみなさんは、普段からこういう感じなんですか?」


「そうですね、白熱するときは本当に盛り上がりますよ。

 さぁさぁ、リン選手は休憩に入りましたが、私たちに休みはありません!

 これより3回戦、第2試合が始まります!」


 実況も快調に進む中、熱狂に満ちたスタジアムは台風が来たかのような歓声の嵐。

 リンとカインの名勝負から間髪を入れずに次の試合が始まる。


「こ、今度はお姉さまの試合……とうとう、このスタジアムで!

 大宇宙最強最高天上天下唯我独尊あわわわわわわわ!!」


「落ち着いて、ソニアちゃん! ほら、クラウディアが入ってきたよ」


「うわああああ、きたあああああ!!

 お姉さまああああああああああああああ!!!」


 興奮が頂点に達したソニアの声ですら、スタジアムを埋め尽くす観衆に溶け込んでしまう。

 リンと入れ替わりで登場したのは、名実ともに強者として知られる少女。


「やってきました! 東からの入場者、クラウディア・シルフィード選手!

 人呼んで『(はがね)のクラウディア』!

 この大会、ここまでに受けたダメージはゼロ。先ほど激闘を制したリン選手が所属するギルドのリーダーでもあります」


「リン選手と同じく中学2年生、今回は本当に若年層の活躍がすごいのだ」


「たしかに、こういった選手が活躍してくれると今後につながりますよね。新しい世代に勢いがあるのは素敵だと思います」


「そして、対戦する選手も若い! 西から入場してきたのはアリサ選手、中学3年生!

 名門ギルド【エルダーズ】に所属する唯一の本選出場者となっています」


「アリサ選手は【エルダーズ】のリーダーに就任したばかり。

 偶然にもギルドリーダー同士の対決になったのだ」


 バトルフィールドに立ったクラウディアは、ついにアリサと向かいあう。

 一方が白い軍服を着込んでいるのに対し、一方はブカブカのパーカーを羽織って気だるげな表情。


「はじめまして。【エルダーズ】のリーダー、アリサです」


 リーダーという部分を強調しながら、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべるアリサ。

 控室で会っているので初めてではないのだが、クラウディアは軽く受け流すように言葉を返す。


「どうも、クラウディアよ。

 ところで……前のリーダーは、どうなったの?」


「あの人? プロセルピナさんねぇ……ふふ、あはははっ!

 さっきギルドを抜けちゃったよ」


「【エルダーズ】を抜けた? ”追い出した”の間違いではなく?」


「人聞きの悪いことを言わないほしいなぁ。本人から退団の申請があって、私はそれを通しただけ。

 でも、こういうのは因果応報っていうんでしょ?

 今まで何人も退団させてきたんだから、自分に順番が回ってくるのは当然じゃない?」


「………………」


 挑発するようなアリサの言葉に、クラウディアは静かな怒りをおぼえる。

 プロセルピナは厳しい性格であるがゆえに、他人に対してもストイックだった。

 その厳しさが誰かを傷つけ、本人に因果が返ってきたのは自業自得といえるが、当然の(むく)いだと喜べるような話でもない。


「私もプロセルピナとは分かりあえなかった。

 自分なりのギルドを作ったのも、前に所属していた場所を一緒に引き継ぐ気にはなれなかったからよ。

 あの人は勝利を求めすぎていたのかもしれない」


「まったくだね、他の人にまでレアカードを集めるように強要してさ。

 そこまで強さに執着してたのに、まったく無名の初心者に負けちゃったんだもん。

 ふふっ、くすくす……ありがとう、あいつのことをブッ潰してくれて」


 強いユニット、強いレアカード、強いギルドメンバー。

 それらをかき集めた結果、プロセルピナが辿り着いたのは屈辱的な敗北と、全てを失うという(あわ)れな末路だった。


 多種多様な要素が入り交じる以上、カードやプレイヤーの優劣は必ず生じる。少しでも勝率を高めたいなら、弱いものを切り捨てる覚悟も必要だろう。

 プロセルピナはその道を選び、そして――クラウディアは、その道を(こば)んだ。


「前のギルドが解散したとき、私にも【エルダーズ】への誘いが来たわ。

 すごく悩んだ結果、私は自分なりの道を歩むことにした。どうしてか分かる?」


「前のリーダーと仲が悪かったからでしょ? 私はそう聞いてるけど」


「まあ、そうね……でも、それだけじゃない。人は強さを求めすぎると暴走する。

 プロセルピナもそうだったし、そろそろウチのメンバーにも言おうと思っていたけれど――

 いっぺん、負けてみることをお勧めするわ。

 自分こそが絶対に正しいなんて思い込んでしまうのは、”良い負け”に出会えなかったからよ」


 胸の前で腕を組み、軍帽の下で両目を鋭く輝かせながら、クラウディアは眼前の相手に向かって告げる。

 この2ヶ月、【鉄血の翼】に集まってきた仲間たちと共に過ごした時間は、彼女にひとつの答えを与えていた。


 クラウディアがリンに被ダメージを許したのは、本当に予想外の結果だ。

 そして、洞窟で捕まえたばかりのコウモリを上手に使い、果敢に挑んできたステラ。

 妹のソニアも実戦で多くのことを学び、空軍という自分なりの発想に至っている。

 彼女たちは誰かに強さを求められているわけではないし、ノルマに追われていたわけでもない。


 自分自身の意志で強くあろうとしたのだ。

 それぞれの方法で成長していくメンバーたちの姿に、クラウディアは単純な強さ以上の価値を見出していた。


「ふぅ~ん……で、この場で負けを与えてくれるのかな?

 ボクはあなたと違って、それほど有名人じゃないからねえ。

 ただ、紹介に付け加えてもらえなかったんだけど――この大会、ここまでの17試合で戦った相手を1人残らず。

 倒してきたんだよ、全員3ターン以内にね」


「へぇ……」


 ドライな反応で流したが、17戦全てが3ターン以内で終わるというのは異常なスコアである。

 対するクラウディアは17戦全てがノーダメージ。まさに矛と盾のような2人だ。


「あなたの速攻と、私の鉄壁……どちらが勝つのか、さっそく試してみましょうか」


 そう言って、クラウディアは軍服の上着を(ひるがえ)しながら背を向け、自分のフィールドに位置取る。

 プロセルピナとは馬が合わなかったが、このアリサという少女も性質(たち)が悪そうだ。


 今では自分のギルドを持ち、とっくに【エルダーズ】とは無関係。

 しかし、なんとなく放っておいてはいけないような気がする。


「それでは、これより試合を開始します!

 お互いに5枚のカードをドローして、手札にユニットがいない場合は申請してください」


「大丈夫、問題ないわ」


「ボクも大丈夫」


「では、3回戦・第2試合、クラウディア選手 対 アリサ選手!

 先攻はアリサ選手です」


「先攻かぁ……別にやることはないんだけどね。ドローもないし、ターンエンド」


「……は?」


「ふふふ、聞こえなかったのかなぁ? ”ターンエンド”って言ったんだよ」


 あまりにも奇怪な行動に、試合を見ている人々からどよめきの声が漏れた。

 先攻のプレイヤーは、まずユニットを置いて守りを固めるというのが定石。いや、常識である。

 観客席からクラウディアの戦いを応援するユウたちにも、アリサの行動は理解できなかった。


「おいおい……先攻でユニットを置かなかったら、後攻の相手に殴られ放題だろ」


「普通は考えられません。明らかに何かを(たくら)んでいます。

 サクヤさんのアンデッドデッキと同じように、うかつに攻撃すると危険かもしれません」


「で、でも、ここで攻撃しないというのも、やっぱりありえないのです。

 こんなチャンス、お姉さまなら見逃すはずが……ううっ、だけど、敵のほうも絶対に怪しい!」


 先攻での行動放棄という、ありえない光景に動揺するプレイヤーたち。

 どよめきがスタジアムを埋め尽くし、実況のウェンズデーたちもマイクを手に所見を述べる。


「なんとぉおお! アリサ選手、先攻を取ったにも関わらず、何もせずにターンエンド!」


「えっと、ユニットカードを引けなかった……わけじゃないですよね?」


「さっきもウェンズデーさんが確認したけど、普通ならありえないのだ。

 ラヴィアンローズの戦いにおいてユニットは必要不可欠。

 最初の手札にユニットがいなかった場合、引き直しを申請できるのだ」


「つまり、アリサ選手は意図的に引き直しをしなかったか、あるいは何らかの理由があってユニットを出さなかったということです。

 さあ、クラウディア選手。これに対して、どのように出るか!」


「どうもこうも、相手にユニットがいないなら好機! 私のターン、ドロー!」


 かなりの経験を積んできたクラウディアでも、初手にユニットを出さないという戦法は見たことがない。

 それでいて、全ての試合が3ターンキル。


 対峙するアリサは、待ち構えるかのようにニヤニヤと笑ったまま。

 背筋を這うような悪寒を感じながらも、クラウディアは攻撃用のユニットを召喚したのだった。

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