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第25話 大物殺し

 2036年、オフィスがVRの中にあるという企業は珍しくなく、フルダイブ技術が確立したことでバーチャル世界で働く人々も増えていた。

 経営者にとっては、オフィスの家賃や光熱費、機材が大幅に削減される非常にありがたい空間。

 働く側も肉体が出向く必要はなく、自宅にいながらバーチャル出勤できるということで、就職先を選ぶ人気条件になっている。


 ラヴィアンローズを含めたフルダイブ型ゲームの情報を配信する週刊誌『サイバーワールド通信』の編集部も、そんなVR企業のひとつであった。

 1990年代以降、インターネットの普及によるデジタル化で苦しい状況へと追いやられた出版業界だが、バーチャル購読という文化が確立してからは急成長。

 『VR空間でページをめくりながら読める書籍』という画期的な商品を作り出し、仮想世界でも読書をたしなむ人が増えたことで、多大な需要を生み出したのである。


「まさに予想外の結末! 壮絶な殴りあいからの劇的な勝利!

 優勝候補といわれていたカイン選手、ここで敗北となりましたが良い笑顔ですね。リン選手の健闘を拍手で(たた)えています」


「片方が初心者とは思えないほどの名勝負! 第1試合から実に内容が濃い戦いだったのだ!」


「どちらの選手も本当にお見事でした。シンシア感激です~!」


 サイバーワールド通信の編集部に置かれたモニターには、今まさに行われている『ファイターズ・サバイバル』の実況中継が映っていた。

 ここはラヴィアンローズの外なのだが、編集部からは色々なゲームの様子を見ることができる。


「初心者の女子中学生、リンか。

 大物殺し……ジャイアント・キラーのリン! 超新星の誕生!

 いいねえ、こういうフレッシュで明るい話題を読者に届けてこそ、娯楽というものだよ」


 スタジアムの大歓声を浴び、戸惑いながらも手を振って応じるリン。

 華々しいデビューを飾った新人(ルーキー)の姿に、編集長の男性は腕を組んでうなずく。


「村上! は、ギャラクシーサーキットに行ってるか……佐々木! 酒井! 藤田!」


「佐々木先輩はVRプロ野球の取材。酒井先輩はソード・オブ・マジック。藤田先輩は『ファイターズ・サバイバル』の担当なので現地にいます」


「う~ん、藤田は大会全体の担当だから動けんだろ。他に誰かいないのか?

 ラヴィアンローズに詳しくて、あのリンっていう子を取材できるような記者は――」


「あ、それなら私が!」


 編集長の言葉に手を上げたのは、1人の若い女性記者。

 ショートヘアがよく似合う、社会人になったばかりの20代前半。大学を卒業し、サイバーワールド通信の編集部に入って数ヶ月の若手である。


「黒沢か……ラヴィアンはどれくらいやってるんだ?」


「2年ほどです! イベントや大会への参加経験もあります!」


「面接で聞いてるんじゃないんだよ、もう少し力を抜け!

 仕事については、ひと通り憶えたところだな。

 ふむ……黒沢がやるには手ごろな取材か」


 VRが社会の常識として備わった時代になると、ゲーム雑誌の取材にも変化が訪れる。

 リアルとは違って匿名を使い、バーチャル空間で活躍しているプレイヤーを外部から取材するのは難しいため、直接会いに行って話を聞くのだ。


「よし、さっそく取材の準備を始めろ。

 ちゃんと事前にアポを取って、会って話すときには失礼のないようにな」


「はいっ! 最高のスクープを持って帰ります!」


「いや、今回はそういうのじゃなくていいから。

 女子中学生のありのまま! 今! NOW!

 青春を燃やして純粋に楽しんでる姿が欲しいんだよ。分かるか?」


「はいっ! 今ですね、JCの今!」


「ほんとに分かってんのかなぁ……」


 新人記者、黒沢にとっては初めて担当を任された仕事。少し張り切りすぎているようだが、何事も経験である。

 取材されることなどまったく知らないリンは、笑顔で退場していくところだった。



 ■ ■ ■



「すごいですね、リンちゃん! あんな強い選手に勝つなんて!」


「ハルカさん、ごめ~ん! もらったカード、出してる余裕がなくて……」


「いえいえ! あれだけの戦いをしたのに、どうして謝るんですか?

 勝ったんですよ、このスタジアムの舞台で」


 通路へと引き返したリンは、再びハルカと言葉を交わす。

 ゆずってもらった【ネレイス】たちを使うつもりだったが、いきなり防御5600の壁を打ち砕いてくる強敵との対戦。

 スピノサウルス同士の殴りあいから★4スーパーレアの登場と、カードの1枚1枚を(しの)ぎあうような死闘だった。


「どこで縁がつながるのか、分からないものですね。

 あのとき交換交流会でフレンドになった子が、ここまで成長するとは思いませんでした」


「あはは……ほんと、自分が自分じゃないみたいです」


 中学生の学習能力はすさまじく、この数ヶ月で着実に力をつけて列強の仲間入りを果たしたリン。

 間違いなく、今の戦いで多くの人々に顔と名前を憶えられたことだろう。

 ハルカも貴公子との激戦を見てくれたらしく、少し声が高揚しているように感じられた。


「あの、すみません……話したいことがいっぱいあるんですけど、さすがに今のは疲れちゃって」


「ああっ、大丈夫です! 私のことは気にしないでください。

 ゆっくり休んで、次の戦いに備えてくださいね」


 久々に会えたのはうれしいが、今のリンには休息が必要だ。

 ハルカと少し会話をしてから通路の分岐点で別れ、スタジアムの南側へと歩いていく。


 その逆の方向、北にある選手控室に向かって進むと、通路の奥から歩いてくる少女の姿があった。

 もはや、見間違えるはずがない。

 歩み寄ってきた軍服の少女が手を上げ、リンは笑顔を交わしながらパァンと手の平をあわせてタッチする。


「ここを通って帰ってくるということは……まあ、結果を聞く必要はないわね」


「うんっ! これでベスト8だよ!」


「まったく、とんだダークホースに育ったものだわ……フラフラと出ていったのに、帰ってきたときには勝者の顔。

 その様子なら、私との決闘(デュエル)も期待できそうかしら」


「そうだね。負けたりしないでよ、クラウディア」


「ふふっ、私を誰だと思ってるの?」


 2人の会話はそれだけだったが、今さら長い言葉など必要ない。

 クラウディアなら問題なく勝ち進み、4回戦でリンと激突するはずだ。


 彼女と全力で戦うためにも、しっかり休むべきだと意気込んで控室に戻るリン。

 敗退した貴公子カインが帰ってくることはなく、予想を(くつがえ)して初心者の少女が戻ったことに驚く選手たちと――

 そして、ニコニコと笑いながら出迎えるサクヤが待っていた。

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