第23話 蒼の貴公子 その4
【 リン 】 ライフ:2600
パワード・スピノサウルス《バースト1回》
攻撃2000(+1000)/防御2000(+1000)
ポイズンヒドロ
攻撃1600(+1000)/防御1200(+1000)
【 カイン 】 ライフ:4000
パワード・スピノサウルス《バースト1回》
攻撃2000(+1000)/防御2000(+1000)
シェルタークラブ《バースト1回》
攻撃1000(+1000)/防御1800(+2000)
リンが発動させたのは、手札に残った最後の1枚。
わずか3ターンでカードを使い切る――いや、使い切らされたのだが、彼女の闘志は紅蓮に燃え続けていた。
手に持って掲げた最後のカード。
それは予選で激闘を繰り広げたドラゴン使い、サクラバから託された思い入れのある1枚。
Cards―――――――――――――
【 エレメンタル・コア 】
クラス:アンコモン★★ リンクカード
効果:装着時に攻撃力+600か防御力+600の一方を選ぶ。
【タイプ:竜】のユニットに装備させた場合、両方の強化効果を得られる。
――――――――――――――――――
リンも初めて使うカードだが、描かれているのは魔力を帯びた結晶のような物体。
初見のプレイヤーは、これが装備品なのかと首をかしげるだろう。
カードから飛び出した結晶はクラゲの体内に取り込まれ、まさに『真核』となって淡い輝きを放つ。
「このカードは攻撃と防御、どっちを強化するのか選べるけど……あたしは攻撃を選ぶ!」
戦いの命運を決するような選択。リンの一言でスタジアムには困惑が広がっていく。
普通なら、ここは防御を選択しておくのが無難なところだ。相手のユニット効果を打ち消す防御2800の壁がいれば、そう簡単に越えられることはない。
判断が難しい場面なだけに、実況席の面々も慎重に考察を語りあう。
「おおっと、ここでリン選手が攻撃の意志を見せました。どういうことでしょうか?」
「う~む、絶妙な一手なのだ。リンクカードを引いた以上、装備させておかなければ意味がない。
そして、装備させるなら断然、スピノサウルスに装備を破壊されない【ポイズンヒドロ】になるのだ。
ただ……【エレメンタル・コア】で防御を固めることもできたはず」
「1ターン目に固めた防御を突破されていますし、カイン選手に対して防衛戦は不利だと感じたのかもしれません」
「たしかに、やられる前に攻めてしまったほうが良さそうな場面だけど、さて……どういう結果になるのか。
こればかりは完全にプレイヤー同士の読みあいなのだ」
ここで攻めるべきか、それとも守るべきだったのか。
物議をかもし出す一手にスタジアムがざわめく中、カードを使い切ったリンはビシッと前方に指をさす。
「【ポイズンヒドロ】、攻撃宣言!」
「攻撃力の合計は3200……こちらの防御を超えてきたか。
くっ、【シェルタークラブ】のオートガードは必ず発動する! ユニットで防御!」
フワリと舞うように進撃したクラゲは、その触手で頑強なヤドカリにからみつく。
通常ならば、スタックバースト【オートガード】によって3800以下のダメージは無効。
しかし、貝がらを貫通して毒が与えられているのか、【シェルタークラブ】が持つ全ての効果は消え去り、防御力2800まで低下する。
触手の捕縛に耐えられなくなったかのように、ヤドカリは貝がらに閉じこもったまま砕かれるように消滅。
ほんの少しではあるが、ついに貴公子カインがライフを削ることになった。
「カイン選手、残りライフ3600」
「よしっ! さ~て、そっちのスピノはガラ空きだね!」
「これは……まずいな」
リンが従えるスピノサウルスと、相手の陣営にいるスピノはステータスが同値。
『攻撃側の数値』と『防御側の数値』が同じだった場合の処理はカードゲームによって違うのだが、ラヴィアンローズでは同値に達した時点で防御ユニットが破棄される。
「【パワード・スピノサウルス】、攻撃宣言!」
「僕自身が受けよう!」
リンの手札がないため、今以上に攻撃力が上がることはない。それを見切ったカインはガードを行わず、自分自身に3000ダメージを通す。
痛みがほとんどないVRとはいえ、迫りくる15mの大型恐竜が前足を振り上げ、クマのごとく横薙ぎに叩きつけてくる姿は脅威どころではない。
スピノサウルスの攻撃を生身で受けることになったカインは、さすがに苦悶の表情を浮かべた。
「ゴガァアアアアアアーーーーーーーッ!!」
「くうううううっ!」
「カイン選手、残りライフ600! 一気に持っていかれたぁ~!」
「むむ……カウンターカードも、これだけお互いに使っていると尽きてくるはず。
この試合、本当にどちらが勝つのか分からなくなってきたのだ」
急展開に興奮し、沸きに沸くスタジアム。
モニターでの中継を通して観戦する公共エリアの人々も、阿鼻叫喚の声を上げていた。
「おいおい! もしかして、このまま初心者の女の子にやられちまうのか!?」
「しっかりしろ、貴公子! お前にリンゴ300個も賭けてんだぞ!」
「ほっ、ほっ、私のカードを使ってくれてうれしいよ。
でも……相手を仕留めきれなかったねえ」
喧騒の中、ニヤリと笑いながら試合を見つめる老婆がひとり。
一見すると優勢に立ったように見えるリンだが、ほんのわずかでも残りライフがあれば試合は続行される。
そして、そんな状況から優劣を覆して勝つような展開を、他でもないリン自身が数多く経験してきたのだ。
「ふぅ~、あたしのターンは終了」
「ずいぶんと派手に暴れてくれたじゃないか。
僕のターン、ドロー! ふむ……これは面白い」
後攻3ターン目が回ってきたカインの手札も、これでようやく2枚。
お互いに引いたカードを即座に使っていくような戦況の中、彼もまた戦意を絶やしていない。
「キミもよく知っているように、ミッドガルドの沼地にいるスピノサウルスは実に強力だ。
リンがどうやって倒したのかは知らないけれど、僕は相棒の力を借りたよ。
見せてあげよう――ユニット召喚! 今こそ降臨せよ、蒼き海神の直系!」
今までのユニット召喚とは明らかに違い、カインの手中で1枚のカードが青く輝く。
やがて、バトルフィールドの中央に大量の水が湧き始め、みるみるうちにスタジアムの舞台を水没させていった。
プロジェクトカードではなく、カインが宣言したのはユニットの召喚。何かに気付いたリンは思わず身構えて叫ぶ。
「これって……まさか、召喚演出ぅうう!?」
リンの腰まで浸水したフィールドは渦潮のように螺旋を描き、その渦から1頭のウマが飛び出してくる。
上半身は白馬、下半身が魚になった幻想生物『ヒッポカムポス』。
豪華な金の装飾がほどこされた馬具を付け、その鞍の上に人型のユニットが乗っていた。
古代ローマの剣闘士を思わせる、鍛え抜かれた勇ましい男性。
ほら貝を高らかに吹き鳴らし、海馬を駆りながら神の直系が降臨する。
Cards―――――――――――――
【 海神王子トリトン 】
クラス:スーパーレア★★★★ タイプ:神
攻撃2400/防御2800
効果:このユニットとバトルを行った【タイプ:水棲】は結果に関わらず破棄され、このカードの所有者への貫通ダメージも無効化される。
スタックバースト【無双海域】:永続:上記効果に【タイプ:人間】と【タイプ:悪魔】を加える。
――――――――――――――――――
ギリシャ神話において、海を司るポセイドンの息子とされるトリトン。最高神ゼウスの甥にあたり、まさにギリシャの貴公子といえる存在。
その能力は圧倒的であり、この海神に挑んだ水棲ユニット――つまり、リンの手駒は無条件で砕け散る。
「出たぁああああーーーーーっ!! カイン選手が持つ最強の★4ユニット!
選ばれしマスターだけが持つスーパーレア!」
「★4って、たしか……ものすごいレアですよね?」
「現時点では日本ワールドに1629枚しかない希少なカード。
手にしただけで【マスター】の称号を与えられるほど、人並み外れた幸運の持ち主だけが引き当てる奇跡の1枚なのだ」
やがて潮が引き、元に戻ったバトルフィールドの上でリンは驚愕に打ち震えていた。
こうした大きなイベントの上位戦ならば、マスターとの戦いになってもおかしくはない。
それは薄々と感じていたのだが、いざ対面してみると【トリトン】のユニット効果は驚異そのものだ。
たとえ攻防が8000に達した野生のスピノサウルスであろうと、神の直系には逆らえない。
対抗できる存在がいるとすれば、神話でもトップクラスの死因になる『毒を持つ生物』くらいだろう。
実際、相手のユニット効果を無効にする能力のおかげで、相手は【ポイズンヒドロ】の攻撃を防げない。
「うっわぁ~……クラゲちゃんがいなかったら、かなりヤバかったかも」
「たしかに毒クラゲは厄介な相手だ。
でも、今の僕を止めることはできないよ――【トリトン】にリンクカードを装備!」
「ここでリンクカード!?」
Cards―――――――――――――
【 聖槍『ロンゴミニアド』 】
クラス:レア★★★ リンクカード
効果:このカードを装備したユニットとバトルした相手は、対戦終了まで全てのステータス強化効果を失う。
――――――――――――――――――
カインが繰り出した最後の1枚、それは黄金色に輝く1本の槍であった。
アーサー王が死に至る一撃を受けながらも、敵を相討ちで仕留めたという伝説の槍。
それを海神が持つことで、思わぬ効果を発揮する。
「え……もしかして、その槍でクラゲちゃんの強化効果がなくなる!?」
「そういうことだ。さすがのクラゲもリンクカードの効果までは消せないからね。
スピノサウルスでガードすれば槍を壊せるが、結果はどうなるか分かるだろう?」
「う……ぐっ……とってもヤバイ、です」
あまりのことに、リンは語彙力を失った。
【ポイズンヒドロ】でガードすれば防御力は1200まで落とされ、スピノサウルスは【トリトン】の効果で倒されてしまう。こうなってしまっては、もはや選択肢がほとんどない。
「それじゃあ、いこうか。【トリトン】、攻撃宣言!」
「くううっ……あたしもガードしない! 自分で受けるよ!」
先ほどと同じく、手札がないため急に攻撃力が上がることはない。【トリトン】のタイプは神なので、スピノサウルスの強化効果が乗らないのは不幸中の幸いだ。
ヒッポカムポスがいななき、聖槍を振り回しながら突撃してくる海神。
アーサー王と戦ったモードレッド卿のごとく聖槍で貫かれることはなかったが、突きつけられた穂先から2400ものダメージが直撃する。
「うあああああーーーーーーっ!!」
「リン選手、残りライフ200! なんでしょうか、この戦いは!?
お互いに手札もなく、ノーガードで殴りあっている状態です!」
「いやはや、あまりにも激戦すぎるのだ」
「本当にどうなるのか分かりませんね……まだ3回戦が始まったばかりですよ?」
第1試合から最高潮の盛り上がりを見せる3回戦。
両選手ともカードを使い切り、お互いのライフは3桁まで削られて満身創痍。
試合を見守る全ての人々が手に汗を握る中、泥沼の戦いは4ターン目に突入するのだった。




