第21話 蒼の貴公子 その2
【 リン 】 ライフ:4000
アルミラージ
攻撃1600(+4000)/防御900
装備:破滅の剣『ストームブリンガー』
【 カイン 】 ライフ:4000
ユニットなし
実力者ではあるが、貴公子カインの召喚演出もシンプルなものだった。
カードを指先に挟み、前方へ向かって腕を動かしながら表の絵柄を見せるだけ。
しかし、リンにとっては驚異そのものでしかない。
カードから光が飛び出し、10mを超えるような巨大生物が形成されていく。
Cards―――――――――――――
【 パワード・スピノサウルス 】
クラス:レア★★★ タイプ:水棲
攻撃2000/防御2000
効果:バトル相手のユニットが装備しているリンクカード1枚を破棄する。
スタックバースト【水辺の王者】:永続:自プレイヤーのフィールドにいる【タイプ:水棲】のユニットに攻撃と防御+1000。
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「オオオオーーーーーーーーーーーン!」
後攻1ターン目に現れたのは水辺の王者。観客が大声援を送る中、それを貫くように咆哮する生態系の頂点。
リンもよく知る★3レアカード、スピノサウルスであった。
ミッドガルドの沼地に生息する強者は、まさに初見殺しというべき危険度でプレイヤーを粉砕する。
だがしかし、スタート地点からそう遠くない場所であるがゆえに周回は楽であり、倒せる手段を持つ者ならば手に入れることは可能。
リンがそうであったように、大会の上位まで勝ち残るほどのプレイヤーなら持っていてもおかしくはないのだ。
ただ、出されたタイミングはリンにとって最悪だった。
「ウ、ウソでしょおおおおおおおお!?」
「残念だけど、このユニットにはリンクカードが通用しない。【パワード・スピノサウルス】、攻撃宣言」
「く、うぅ……本体で……受けられない! 【アルミラージ】でガード!」
「いい判断だ。スタックバースト!」
ここぞとばかりにスタックバースト。
初手から最大級の防御力で守りに入ったリンに対し、カインは容赦なく攻勢を仕掛けた。
巨大なスピノサウルスがリンの陣営に突撃し、角の生えたウサギが魔剣と共に迎え撃つ。
通常ならば受けられるはずだが、スピノサウルスには装備品を破壊する効果がある。
「ゴガァアアアアアアーーーーーッ!!」
「キィイイーーーー……」
トラックでも踏み潰せそうな豪腕が振り上げられ、【アルミラージ】は魔剣ごと砕かれて粒子化。
リンが打ち立てた戦略は、一瞬にして撃破されてしまった。
「リン選手、残りライフ2600!
いきなりの強襲、初心者に大会の洗礼を浴びせるようなカイン選手の猛攻撃!」
「ううっ……いつも活躍させてあげられなくて、ごめんね。ウサギちゃん」
先攻の初手に5枚しかないカードのうち、2枚を失った上に被ダメージ。
相性が悪かったとしか言えないのだが、今度こそ活躍させようと思っていた【アルミラージ】が撃破されたことを、リンは何よりも悔やんだ。
様々な声が渦巻くスタジアムの中、実況席にいるコンタローやシンシアたちのコメントが響き渡る。
「さっきのリン選手、『自分で受ける』という選択を途中で切り替えましたよね」
「瞬時の判断を迫られる場面だけど、おそらく今ので正解なのだ。
もしも、カイン選手がスピノサウルスを3枚持っていたら、2回スタックバーストされて4000ダメージ。
本体で受けていた場合、その時点で即死してしまうのだ」
「あ、あの……初手から3枚引くことって、ありえるんですか?」
「40枚デッキで後攻ドローありの場合、3枚とも引く確率は0.2%です。
でも、そういった確率を乗り越えてしまうのが強い選手なんですよね」
「特にこういった大会では、常識はずれなことが起こりやすいのだ。
ありえないと思った時点で負け。
そして、リン選手は一撃必殺が起こりうると察してユニットでガードしたはずなのだ」
実況コメントのとおり、リンは突然ステータスが跳ね上がるスピノサウルスの恐ろしさを熟知していた。
代償としてユニットを失った彼女の姿に、観客席のソニアたちも手に汗を握る。
「あわわわわわ、今すぐにでもリン殿に【オボロカヅチ】を貸してあげたいのです!」
「痛いよなぁ、あれは……こんな状態で相手には攻防3000のユニットか」
「蒼の貴公子カイン、有名な水棲デッキの使い手です。
厳しい状況ですけど……この2ヶ月、スピノサウルスと一緒に戦ってきたリンなら、相手の弱点を探れるかもしれません」
客席で邪魔にならないように魔女の三角帽子を外しているステラは、それを膝の上に置いてギュッと力を込める。
多くの人々が注視するバトルフィールドでは、攻撃を終えたスピノサウルスが巨体を揺らして自陣に戻っていくところだった。
「僕のターンはこれで終了」
「あたしのターン、ドロー!
ものすごく痛かったけど、そっちがどういうデッキなのかは分かったよ。
せっかくの大会だし、思いっきり面白くしてあげる! ユニット召喚――」
試合を見守る全ての人々が注目する中、リンは天高くカードを掲げた。
それは間違いなく、この場に出すユニットとしては最高の1枚。
「どっちが上手に使えるのか勝負しようじゃない! 【パワード・スピノサウルス】!」
「グォオオオオーーーーーーーッ!」
カードから放たれた光が巨大な姿に広がり、相手とまったく同じユニットを形成する。
奇しくも、この大会の場で顔を合わせることになった2体のスピノサウルス。
大型恐竜同士の対決に、観客たちは熱狂の渦に取り込まれた。
「なんとぉおおおーっ! まさか、まさかの同ユニット対決です!
スピノサウルス VS スピノサウルス!
大会では常識はずれなことが起こりやすい。そう言った直後に、この奇跡のような光景!」
「ゴガアアアアアアッ!」
「シャァアーーーーーーッ!」
威嚇の声を上げながら睨みあう15mの巨体。
意外な展開に驚くカインと、両手を腰に当てて自信の笑みを浮かべるリン。
「これは……ははは、そうだったのか!
キミも沼地に挑戦したんだね、この恐竜を手に入れるために」
「あなたもでしょ。倒すのはすっごく大変だったけど、手に入れたら最高に頼もしい子だし」
「分かる、分かるよ。初めてミッドガルドで会ったときから、スピノサウルスは僕の相棒なんだ」
「じゃあ、親分――スピノを使い込んできたなら、今から何が起こるか分かるよね?
これはさっきのお返し! 【パワード・スピノサウルス】、攻撃宣言!」
「ぐっ!? そうだね……たしかに、これはキツい」
同志に出会えた喜びから一転、カインの表情は急激に曇る。先ほどリンが迫られた選択を、今度は彼自信が味わうことになったのだ。
先攻2ターン目、リンの手札は残り3枚。
この時点で全てのスピノサウルスを引いているなど、普通はありえない。
ありえないのだが、その可能性を切り捨ててしまうのは危険すぎる。
「本体には通せない! スピノサウルスでガード!」
「やっぱり、そういう答えになるよね。もちろん、あたしのスピノもスタックバースト!」
「1枚目までは予想済みだ! カウンターカード発動、【タクティカル・ディフェンス】!」
Cards―――――――――――――
【 タクティカル・ディフェンス 】
クラス:コモン★ カウンターカード
効果:1ターンの間、自プレイヤーの所有ユニットに付与されている攻撃の増減効果を、防御ステータスに移し替える。
――――――――――――――――――
「ゴガァアアアアアアアーーーーーーッ!!」
「グォオオオオオオーーーーーーーッ!!」
かくしてバトルフィールドで行われたのは、1億年前の白亜紀を再現させた恐竜同士の戦い。
まるで縄張り争いをするかのように、真正面から巨体が激突する。
大樹をへし折るほどの豪腕を叩きつけ、20トンに達する肉と骨をぶつけあい、鋭い牙で相手の首を狙う。
リンは果敢にスタックバーストで強化。
しかし、カインが防御用のカウンターを発動させたことで、攻撃3000を防御4000で食い止める。
両者は勝負がつかないまま引き下がることになり、このターンの攻防戦は終了した。
「引き分け! 引き分けでーーーす!!
恐竜同士のすさまじい戦いでしたが、今回は勝負がつかず!」
ウェンズデーの実況と共に、観客からは惜しみない拍手と声援が降り注いだ。
このラヴィアンローズというゲームが、なぜここまで世界中で支持を得ているのか。
それをわずか数分で説明できる魅力の全てが、リンとカインの戦いに凝縮されている。
「(スピノ親分に【タクティカル・ディフェンス】……この人のデッキ、ほんとにあたしとそっくりだなぁ)」
「スピノサウルスは殴りかかってくるときが最も怖い。それをぶつけあう日が来るとはね。
お礼を言うよ、リンさん――その名前は憶えておこう」
「リンでいいよ、カインさん。こっちのほうが年下だし」
「じゃあ、そう呼ばせてもらおうか。リン。
ふふふ……こんなに熱い決闘をする子は初めてだ。まだ2ヶ月半の初心者だなんて末恐ろしいね」
「あたしも最高に楽しいよ。ここまで来てよかったって、本気で思う」
お互いに称えあう2人だが、その目だけは笑うことなく戦意に満ちている。
このターンでカインに有効打を与えることはできなかったものの、リンは確たる手応えを感じていた。




