第20話 蒼の貴公子 その1
「うわぁあ……どうしよう……」
控室は北にあり、選手たちは左右に分かれて西と東からスタジアムの舞台へ入場することになる。
フラフラと通路を歩くリンは、もはや心ここにあらず。
ただでさえ初めての大型イベントだというのに、奮闘していたら勝ち進んでしまって、気が付いたときにはベスト12入り。
当然ながら戦いやすい相手など残っておらず、これからぶつかる『貴公子』は二つ名を持つほどの強者。
さらに次の試合は1ポイントのダメージすら通さないことで有名なクラウディア。
しかも、華々しくトップを飾る第1試合に配置されてしまった。
スタジアムを埋め尽くす超満員の観客たちが、試合開始を今か今かと待っていることだろう。
「うっ、足が重い……歩きにくい……
このときのために新しく服を買って、カードも強化して、みんなに手伝ってもらって。
あんなにたくさん、準備してきたはずなのに……」
誰もいない通路を進んでいくと、少しずつ歓声が大きくなっていく。
想像を絶するような数の人々が叫び、リンの試合に期待している声だ。
中学2年生の少女にとって、これまでの人生で経験してこなかった規模のプレッシャー。
大会に出場したときは、なんとなく本戦に出られたらいいなと考えていた。
こんな上位のプレイヤーばかりが集まる場所で戦うことになるなど、本気で思ってはいなかったのだ。
「や……やらなきゃ、戦わなきゃいけないんだ……逃げ道なんて、どこにもない」
「リンちゃん!」
「え……?」
背後から声をかけられ、そこにいた人物の姿に驚くリン。
かつて一度だけ会ったことがある、白いコートを着た美人のお姉さん。
レアカードを持っていないリンに優しく接し、【タイニーコボルド】たちを交換してくれた人だ。
「ハルカさん! すごーい、久しぶりですね!」
「お久しぶりです。ビックリしちゃいました。
あのときカードを交換した子が、こんな場所で戦ってるなんて」
少し背が高いハルカは、中学生のリンと目線を合わせるために少し前かがみになる。
それによって大人の魅力が際立ちまくるのだが、今は純粋に再会の喜びを分かちあうことにした。
「いや~、ここまで来られるとは思ってなかったんですけどね。
気が付いたら、ベスト12になっちゃって……これから強い人たちと戦うんです。
ところで、ハルカさんも選手なんですか?」
「いえ、大会には出場してないんですよ。
説明すると難しい話になるので、私のことは気にしないでください」
「はあ……そうですか。
あっ! ハルカさんからもらった子たち、大活躍ですよ!
ミッドガルドでは珍しいものを見つけてくるし、この大会でも一緒に戦ってくれて」
「あの子たちがですか? そんなに特別なカードじゃなかったはずですけど……
でも、大事に使ってくれているのは本当にうれしいです。
この前も写真を送ってくれて、ありがとうございます」
心から喜んでいる顔を向けられて、リンは照れながら笑顔を返す。
コボルドたち『フェアリーズ』は、このラヴィアンローズにおいて、ごくありふれた★1コモン。
ハルカもそのつもりで渡したらしく、それが竜の卵や財宝のカギを拾ってくることなど予想していなかったようだ。
「ハルカさんからもらったカード、ちょっとだけデッキの中に入ってるんです。
もしかしたら活躍するかもしれないので、見ててくださいねっ!」
「頑張ってください!
私は中立の立場ですから、観客のひとりとして応援させてもらいますけど。
リンちゃんが戦う姿、しっかりと見ておきますね」
ハルカとの再会で勇気をもらい、リンは再び通路を歩き出す。
自分にカードを与えた恩人が見てくれている。それだけで先ほどまでのプレッシャーは大きく軽減されていた。
思えば最初から決まっていたのだ。
今日は自分のためではなく、デッキの中で頑張ってくれているカードたちのために戦うと。
それを見せられる相手ができたことで、折れそうになっていた戦意が支えを得る。
そうして、リンはついに――光に満ちたスタジアムの入場口から、大観衆が待つバトルフィールドへと歩み出ていった。
「さあ、大変長らくお待たせしました! 380万の挑戦者も、残りはなんと12名!
ここから先はトーナメント形式となり、3回戦の第1試合が始まります!」
スタジアムの中央に配置されているのは、予選と同じく四角いブロックが敷き詰められた正方形の舞台。
その上にマイクを持ったウェンズデーが立っているのも同じだ。
しかし、今回は上位決定戦。
観客席は無数のプレイヤーで埋め尽くされ、ウェンズデーも予選では見せなかったマイクパフォーマンスで盛り上げている。
舞台を見渡せる位置に実況席もあり、そこにはコンタローとシンシアの姿もあった。
「とうとうスタジアムの中で戦うことになるんですね。
選手の皆さ~ん、シンシアも応援してますよ~!」
「この第1試合から、すでに注目の組み合わせなのだ」
「東から入場したきたのは、本大会のダークホース!
なんと17戦も連勝して進んできた期待の新人、リン選手~~っ!」
【集中豪雨】のカードを発動させたかのように、360度から降り注ぐ声援の嵐。
どうすればいいのか分からなかったが、リンは戦意に満ちた表情で片手を上げて観客に応じる。
「曇りのない、まっすぐな目ですね。リン選手……本当に初心者さんですか?」
「はい、間違いなく2ヶ月と2週間前にアカウントを作って初心者講習会を受講した方です。
どれだけ濃い時間を過ごしてきたのか、かなり気になりますね~。
おおっと、対戦相手も西から入場してきました!」
リンに向けられた声援よりも、ひときわ大きな観客の声。
軽装鎧を着込み、さわやかな微笑みを浮かべながら観客に手を振って現れる美青年。
「本大会で注目されている人物のひとり、蒼の貴公子ことカイン・フォーマルハウト選手~っ!
お聞きのとおり、すさまじい声援! 無冠ながらも数々の戦績を刻んでいる実力者です!」
「プレイヤーとしても立派で、模範生のような人なのだ。
日本サーバーの王子さまと呼ばれるカイン選手と、彗星のごとく現れた新人の対決」
「わあ~、本当に最初からすごそうな試合です!
おふたりとも、頑張ってくださいね~!」
鳴り止まぬ声援と実況の中、正面から向かいあう両者。
観客席にいるユウたちも食い入るようにリンを応援し、そして――
「ほっ、ほっ、あんなところまで行くとはねぇ」
予選で対決したドラゴン使いの老婆、サクラバは公共エリアの喧騒にまぎれて中継を見ていた。
ワールド全域を巻き込んだお祭りのような騒ぎの中、彼女も静かに若者の戦いを見守る。
親に手を引かれてモニターを見上げる幼い少女は、1回戦でリンに破れた氷デッキ使いのミナ。
【エルダーズ】のギルドでは、所属メンバーと共にサムライのホクシンが中継を見つめ――
村から離れたミッドガルドの片隅で、かの女騎士もコンソールの画面を開いていた。
これまでリンと関わってきた者たちが見守る中、ついに始まる本戦3試合目。
審判のウェンズデーから試合上の注意事項を伝えられた後、選手たちは少しだけ言葉を交わす。
「リンです、よろしくお願いします」
「カイン・フォーマルハウトだ。
初心者だそうだけど、ここまで来た以上は僕も手加減できないよ。いいね?」
「はい! あたしも全力でいきます!」
「それでは、お互いにカードを5枚引いて準備を。
3回戦・第1試合、リン選手 対 カイン選手!
先攻はリン選手です」
ひときわ大きく、ドオッと響き渡る観客の声援。
リンは手札を確認し、すぐさま対戦相手に目を向ける。
「じゃあ、あたしから! ドローなし!
ユニット召喚――まずは【アルミラージ】!」
Cards―――――――――――――
【 アルミラージ 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:動物
攻撃1600/防御900
効果:このユニットは攻撃ステータスでガードすることができる。
スタックバースト【殺人兎】:永続:プレイヤーに貫通ダメージを与えるとき、攻撃ステータスの半分を加算する。
――――――――――――――――――
リンの召喚ポーズは片手でカードを天に掲げるというシンプルなもの。
現れたユニットも、ミッドガルドのスタート地点付近で捕獲できる★2モンスターである。
が、しかし――このままでは終わらない。
「まだいくよ、手札からカードを発動!
【アルミラージ】にリンクカードを装備――【ストームブリンガー】!!」
Cards―――――――――――――
【 破滅の剣『ストームブリンガー』 】
クラス:レア★★★ リンクカード
効果:装備されたユニットに攻撃力+X。Xはユニットを所有するプレイヤーのライフに等しい。
攻撃宣言をした瞬間、このカードは破棄され、所持プレイヤーはXに等しいダメージを受ける。
――――――――――――――――――
試合前にショップで悩んだ結果、5000という多額のポイントを支払って手に入れた★3レア。
光と闇を調和するために作られたが、あまりの威力を持つがゆえに破滅をもたらす魔剣。
刀身にルーン文字が並んだ黒い両手剣は、それ自体に意思があるかのように【アルミラージ】の周囲を飛び回り、柄の部分にある目玉をギョロリと覗かせた。
そう、この魔剣は生きているのだ。
開幕から怒涛の展開を見せられ、どよめきの声を上げる観衆と、すかさず実況を入れるウェンズデーたち。
「な、なな、なんとぉおおお! いきなりすごいコンボです!
攻撃力で防御できる【アルミラージ】に、この時点では攻撃を4000も盛れる【ストームブリンガー】!
ガードした場合、防御力は実質5600! 固い、この防壁はすさまじく固ぁああい!」
「ミッドガルドで比較的楽に捕まえられるユニットと、ポイント交換で手に入るリンクカード。
初心者らしく入手しやすいものだけど、組み合わせが絶妙なのだ! これはお見事!」
実況の直後、リンに送られる拍手喝采。ここまで来れば、もはや初心者ではない。
2ヶ月半という短いながらも濃密な時間を過ごしてきた新人が、全てを出し切るような最初の一手。
「ふぅ~、あたしはターンエンド」
「なるほど、いい腕だ……攻撃を捨てて防御に徹し、相手のデッキを読む戦略。
キミがここまで勝ち進んできたことに、もはや疑問は持たないよ。
だけどね――僕のターン、ドロー!」
リンのデッキで考えうる限り、初手で出せる最強の防壁。この数値を超えるのは非常に難しい。
しかし、対戦相手のカインが動いたとき、ゾクリと背筋に悪寒が走った。
普通なら、こんな防壁を後攻1ターン目で突破できる手段などない。ないはずなのだ。
それを頭では分かっていても、リンの本能が警笛を鳴らし続けている。
「さっきも言ったとおり、僕も全力でいかせてもらおう!
ユニット召喚――【パワード・スピノサウルス】」




