第18話 幕間のできごと
「シーンシア! ヒューッ! シーンシア! ヒューッ!」
選手たちの入場が終わった後、運営がマッチングなどの準備をしている空き時間に、ゲストである兎美シンシアの特別ライブが行われた。
一時的に暗くなった会場で輝く、色とりどりのサイリウム。
この時代、ライブ用のサイリウムは各自で用意する必要がなく、使うときになると観客たちにアイテムとして配布される仕組みだ。
軽快なステップで踊りながら、明るく可愛らしいポップソングを歌うシンシア。
客席のユウとソニアは曲に合わせてサイリウムを振り、ステラも見よう見真似で周囲に合わせている。
会場の熱気は遠く離れたミッドガルドの村まで届いており、プレイヤーたちは幕間で行われる人気アイドルのライブに見入っていた。
厳格なギルド【エルダーズ】の面々も例外ではなく、メンバーたちはコテージ内の大型ディスプレイに集まって賑やかに騒ぐ。
そんな盛り上がりとは真逆に――
「本当に行ってしまうのですか?」
「ええ、後はよろしくお願いします」
静まり返ったコテージの前では数名の者が旅立ちを見送っていた。
仲間からの問いに儚げな表情で答えたのは、白銀の鎧に身を包んだ女騎士。
「人は長く生きるがゆえに、何らかの過ちを犯すもの。
一度の敗北で去ってしまうこともありますまい」
「そうですよ、そんなに自分を責めなくても……」
サムライの姿をしたホクシンを筆頭に、彼女と親しかったメンバーが引き留めようと言葉をかける。
しかし、【エルダーズ】の”元”リーダー、プロセルピナの決意は固かった。
「わたくしには分からなくなってしまったのです。何が正しく、何が強さにつながるのか。
現環境で最強のレアカードをそろえたはずなのに、あの子……このゲームを始めて2ヶ月の初心者に惨敗しました。
無論、あちらも強力なレアを隠し持っていたのが敗因ではありますが、しかし――」
プロセルピナの脳裏には、あの強烈な【全世界終末戦争】の瞬間が焼き付いている。
だが、それ以外の点では圧倒的。それこそ、大人と子供ほども優劣がある試合だった。
カードの質も、重ねてきた経験も、比べるまでもなくプロセルピナのほうが格段に優位。
ゆえに、侮ったのだ。
あのリンという少女が15回戦まで勝ち上がってきたことを軽視し、叩き潰すだけの簡単な決闘だと思い込んでしまっていた。
「あのリンという子が本戦で勝ち進んでいる以上、わたくしが負けたのは偶然ではないのでしょう。
何か大きな見落としがあったはずですが、それが何なのか……まったく見えてきません。
いろいろとありましたし、今は独りにさせて欲しいのです」
「むう……我らとしても、無理強いはできませぬが」
「落ち着いたら、いつでも帰ってきてくださいね、団長!」
「なぁに、この強豪【エルダーズ】。あんな小娘の好きなようにはさせませんよ」
仲間たちの温かい言葉に見送られ、プロセルピナはあてのない旅に出る。
すでに自分の意志でギルドを退団しており、リーダーどころか【エルダーズ】のメンバーですらない。
全てを手放した彼女は、大会の賑わいに沸くコテージから離れるように歩みを進めた。
■ ■ ■
「皆さんには、こちらで待機していて頂きます」
一方その頃、本戦を勝ち進んだ選手たちはスタッフの案内で控室へと通されていた。
部屋はホールのようになっていて広く、選手全員が入っても余裕がある。
「ここでの会話は自由ですが、具体的なデッキやカードの話をするのはお控えください。
負けてしまった方は退場となり、この部屋へ戻ってくることはできません。
また、デッキの内容を秘匿するため、他の方の試合を見ることも不可となります。その点はご了承ください」
待機中は自由ということで、まずはリンたち3人が集合してお互いの健闘を称えあう。
クラウディアとサクヤは普段と変わらず、余裕の表情で胸を張っていた。
「まあ、クラウディアは残るやろと思っとったけど、リンまでおるとは驚きやな~」
「あはは……1回戦でめちゃくちゃ苦戦したけどね。
そのぶん、次の決闘は絶好調で、とうとうここまで来ちゃった」
「何事も経験とはいうけれど、あまりにも短期間で経験しすぎじゃないかしら?
これでリンも有名人の仲間入りね」
「ゆ、有名人って……これからどうなっちゃうの、あたし?」
「まずはスタジアムで戦うことで、大勢の人に顔と名前を憶えられて、使ってるカードの大半をバラすことになるわ。
それを踏まえた上で今後はデッキの組み直しか、バレていようと有無を言わさない戦力が必要になる。
私の場合は完全に後者だけど、いつまでも同じデッキが通用するほど甘くはないわね」
「うわぁ……聞いてるだけでもヤバそう」
クラウディアが持つ【ダイダロス】による絶対防御は、そういうデッキだと分かっていても突破できない。
サクヤは自分が使用するカードを極力見せないことで情報を断ち、対策を取りにくくしてきた。
これだけ注目されてしまった以上、今後のリンは”挑戦される側”になる。初心者という看板が外され、対戦相手も手を抜いてくれなくなるだろう。
「ところで――あのギルドの新しいリーダー、初めて見る顔だけど」
と、そこでクラウディアが声を抑えながら目配せし、部屋の片隅で待機している人物について触れた。
アリサという少女は気だるげな表情で座り込み、味のしないコーラを飲んでいる。
「負けたプロセルピナさんの代わりにリーダーになったってことだよね。
あたし、ちょっと責任を感じちゃって……」
「なんも考えることはあらへん。リンは正面から戦って勝った。それだけや」
「【エルダーズ】が強さを求める厳しいギルドなのは、すでに知っているでしょ?
向こうには向こうのルールというものがあるのよ。
私のギルドは自由すぎるから、あまり実感が湧かないかもしれないけれど」
クラウディアが立ち上げた【鉄血の翼】にルールやノルマはなく、ただ所属しているだけで良い。
しかし、これが30名に及ぶ大所帯なら話は変わってくるのだろう。
たった6名であるがゆえに、絆と一体感で満たされたリンたちとは事情が違う。
「とにかく、ネガティブに考えすぎんことや。
負けた相手に引きずられてもうたら、いつか”向こう側”に連れてかれるで」
「うん……頭の中では分かってるつもり。気にしないように頑張るよ」
「じゃあ、この話はここまでにしましょう。
今から会ってもらいたい人がいるの。2人とも、私についてきて」
移動することになり、首をかしげながらクラウディアについていくリンたち。
それなりの広さがある待機所だが、目的の人物のところまで歩くのは30秒も掛からなかった。
「ご無沙汰しています、大団長」
その人物を前にするなり、軍帽を外して深く頭を下げるクラウディア。
多少の年齢差があっても物怖じせず、毅然とした態度を崩さない彼女が頭を下げるほどの相手。
彼こそが鋭い眼光を放つ暗黒街の帝王――オルブライトであった。
「久しぶりだな、クラウディア。見ない間に少し大きくなったか。
最近、自分のギルドを立ち上げたそうだが」
「はい、この2人が私のギルドに所属するメンバーです」
「ど、どど、どうも……リンです」
「サクヤで~す」
クラウディアに習って勢いよく頭を下げるリンと、マイペースなサクヤ。
目の前の男は、これまでのプレイヤーと比べても明らかに格が違う。
遠目に見てもすさまじいオーラだったが、こうして近くで見ると圧倒的なレベル差がある強者なのだと本能で感じる。
「ほう、ベスト12の中に3人も。いいギルドじゃないか、クラウディア」
「はいっ、ありがとうございます!」
「で、プロセルピナはどうした?」
「予選で破れました……そこのリンに」
「んん~? この子に負けただと?」
ヘビの前で立ちすくむカエル、あるいはネコの前に置かれたヒヨコ。
ギラリと光る目で見下され、リンは何か悪いことをしてしまったのではないかと縮み上がった。
「は、はひっ! 偶然ですけど、その……か、勝っちゃいまして」
「こんなところまで勝ち進んでおいて、偶然はないだろう。
あの未熟者め……誰に負けてもおかしくないということが、まだ分かっていなかったのか。
わははははは! あれだけ強豪と言われていた【エルダーズ】が、たった1人しか残ってないとはな!
前のリーダーが予選で負けるようでは、たかが知れるというものだ!」
突然、わざとらしく大声で笑い始めるオルブライト。
いきなり落ちた雷のような声に、ホール内の選手たちはギョッとした顔で彼を見つめる。
慌てて部屋の隅を見てみると、【エルダーズ】の新しいリーダーになったアリサは、明らかな敵意の目でこちらを睨んでいた。
まるで先手を取るような牽制――決闘はすでに始まっているのだ。
「とはいえ、あのギルドには古参のメンバーが残ってるはずだ。後は連中が何とかするだろう。
クラウディアのほうは……何も言うことがないな。
いい目をしたプレイヤーばかりだ。試合で当たったときには、よろしく頼む」
「よ、よろしくお願いしますっ」
あまりの覇気に圧されてしまったリンだが、彼の言葉に優しさと喜びが込められているのを感じた。
それは親や教師が、すくすくと成長する子供に向けるような感情。
そこでリンは全てを理解する。
クラウディアとプロセルピナは、かつて同じギルドに所属していた。
では、そのときのリーダー”大団長”は誰なのか。
もはや、他に考えられない。
このオルブライトという名の帝王こそが、クラウディアたちを育てた師匠なのだ。




