第17話 12名の生還者
「残りライフ、0対100! ミマサカ・サクヤ選手の勝利です!」
「ふぅ~、ぎりっぎりやないか。やっぱ、コーデリアとやりあうんは苦手やわ~」
消えていく桜の巨木の下、ウェンズデーから勝利を知らされたサクヤは扇子で自身をあおぐ。
敗北したコーデリアは膝をつき、ぐったりとしたまま動かない。
が――急に動き出したかと思うと、恐ろしい速さでズリズリと這い寄ってサクヤの足にしがみつく。
「うわ、なんや!? コラ、触るな!」
「サクヤさぁあああん、と~っても良かったです。
ああ……やっぱり、あなたこそ私の好敵手にふさわしい」
「今、何て言うた?」
「ねえねえ、もっとしましょうよぉ。
大会なんか放っておいて、私と24時間でも48時間でもドロドロに溶けあうような決闘を」
「するか、この”ピーーーー”が!
悪いけど先に進まなあかん。ステラも応援に来とるし、ギルドの仲間も勝ち上がってくるはずや」
「久しぶりにステラちゃんにも会ってみたいですねぇ。今度、ギルドに遊びに行ってもいいですか?」
「ダメに決まっとるやろ。うちのギルドには小中学生もおるし、とても見せられんわ!
オラ、さっさと放しや! 足にほっぺたスリスリすな!」
とてもではないが割り込んでインタビューできる状況ではないため、ウェンズデーは黙って見ていることにした。
このラヴィアンローズの世界において、相手の体に触れるということは、つまりフレンド登録をした者同士ということ。
サクヤは激しいツッコミを入れているが、決して仲が悪いわけではないのだ。
■ ■ ■
「さーて、皆様! 本戦の1回戦と2回戦、『サバイバーズ・グレート・ウォール』はお楽しみ頂けたでしょうか?」
スタジアムを埋め尽くす観客は、熱気を保ったまま大歓声で答えた。
この会場で行われる上位決定戦の前座としては、十分すぎるほど白熱した城壁での戦い。
2回戦までが全て終了し、いよいよゲートを通って選手たちが入場してくるのだ。
司会のウェンズデーは中央の舞台に立ち、各所に散っていた分身体はいなくなっていた。
マイクを手に審判を務める彼女は、次の試合から本格的な実況として試合を盛り上げる。
「それでは、コンタローさんとシンシアさん。
そして、会場の皆さんも生還者の方々を拍手でお迎えください!」
「は~い、どんなプレイヤーさんが勝ち上がってきたのか楽しみですね」
「この時点で日本ワールドの上位12名。ただ者ではないのは確かなのだ」
「さっそく、1番ゲートから順に通っていただきましょう!
最初に現れるのは――」
大観衆の視線が集中する中、12ヶ所のゲートを通って勝ち残った選手たちがスタジアムに入ってくる。
コツコツと革靴の音を響かせて歩いてきたのは、細身の中年男性。
髪は短く、ひげはワイルドに整えられ、刃物のような眼が左右で光る。
ネクタイをせずに襟元のボタンを外したシャツと、その身を包む黒のロングコート。
そのままマフィア映画に出られそうなほど、ダンディな大人の魅力にあふれた男である。
「いきなり来ましたーーーーーっ!!
ベテラン中のベテラン、無冠の帝王! オルブライト選手!」
オルブライトと呼ばれた男性は、スタジアムの大喝采に動じることもなく会場を見上げた。
両手をズボンのポケットに入れて佇む姿は、もはや暗黒街の帝王。ベスト12の筆頭を飾るにふさわしいカリスマ性を誇る。
「わあ~、かっこいいですね!」
「オルブライト選手は数々の公式大会で上位入賞を果たすも、いまだに優勝経験はなく無冠。
それゆえ、今度こそ成し遂げるのではないかと噂されている注目の選手なのだ」
「続いて2番ゲートから入場! もはやシルエットが尋常ではありません!
本大会でも最大の巨漢、ギアンサル選手!」
身長2m20cm、巨体の男が床を踏み鳴らしながら進んでくる。
引き締まった筋肉と、ほどよい体脂肪を兼ね備えた柔道家のような体つき。
ユニットを出すよりも自分で戦ったほうが強いんじゃないかと思うほどの威圧感だが、こう見えても知略に長けたプレイヤーだ。
「そして、3番ゲート! 隣のギアンサル選手に比べたら明らかに小さい!
しかしながら、上位12名中、3名が彼女のギルドに所属する中高生!
新鋭ギルドのリーダーにして若手の有力候補、人呼んで『鋼のクラウディア』選手ーっ!」
白い軍服を着こなし、颯爽と現れたクラウディア。
整った容姿と自信に満ちた表情は、もはや中学生には見えない威厳を誇る。
「うわああああああああ!! 姉さま!
姉さま姉さま姉さまああああああああああ!!!」
大観衆に負けじと観客席で声を上げるソニア。
妹である彼女もまた、世界最高の姉がスタジアムに来ると信じて疑わなかった。
「クラウディア選手は『鋼』という2つ名のとおり、予選からここまで1ダメージも受けていないのだ」
「すごーい! あんなに若い選手がですか!?」
「ベスト12に入った選手の中では最年少の13歳。彼女のギルドも含めて今後が期待できますね~。
おおっと、4番ゲートをご覧ください!」
またしても大歓声、特に女性プレイヤーからは悲鳴のような黄色い声が上がる。
歩いてきたのは長身の若い男性。鼻筋が通った美男子で、青を基調にした装飾の軽装鎧。
中世ファンタジーの世界からやってきた、どこかの国の王子様だと紹介されても違和感がない。
彼が観客席に向かって笑顔で手を降ると、より一層大きな声援で会場が満たされた。
「『貴公子』の異名を持つカイン選手!
天は二物を与えずという言葉がありますが、そんなものはウソだ!
この容姿と圧倒的な強さ、これを二物と言わずして何と言うのでしょうか?」
「カイン選手も数々の大会で名を上げているものの無冠、オルブライト選手と並ぶ強者なのだ」
「そして、そして~! 5番ゲートから入ってきたのは意外な新人!
ラヴィアンローズを始めて、なんとたったの2ヶ月半!
380万人の中を勝ち上がってきたリン選手ーっ!」
かくして、リンは初めて大舞台となるスタジアムへと足を踏み入れた。
暴風雨のような歓声と、数え切れない観客。どこに兄や仲間たちがいるのか、さっぱり分からない。
これまでの堂々とした選手たちの入場から一変、リンは控えめに手を振りながら引きつった顔で笑う。
「ど……ど~も~……あはは、どうも~」
「おいおい……心の準備ができてないぞ、あいつ。
リーン! 会場の空気に飲まれるなー!」
観客席のユウは可能な限り声を響かせたが、大歓声の中では届かない。
出場中の選手にメッセージを送ることも管理システムでブロックされているため、妹に言葉を届ける術はなかった。
「リン選手、1回戦の中継ではすごかったですよね」
「プレイ歴が短くても、しっかりとした立ち回りとカードの使いかたを見れば、かなり勉強してきたことが分かるのだ。
こういう新人さんが頑張ってくれると、運営としては非常にうれしいのだ~」
「続いて6番ゲート! 強豪ギルド【エルダーズ】所属、アリサ選手!
今回は若年層の活躍が目立っていますが、この選手も中学3年生!」
ピンクに水色のメッシュが入った髪に、ぶかぶかのパーカーを着た少女。
そのギルドの名を聞いた瞬間、リンの緊張は吹き飛んだ。
クラウディアも静かにアリサへと目を向け、険しい表情をしている。
「【エルダーズ】はギルド対抗戦で優勝した強者ぞろいのチーム。
入ってきた情報によると、どうやらアリサ選手は今回の大会で唯一の本選出場者らしく、その功績が認められてギルドリーダーに就任したそうです」
「…………え?」
リンの口から思わず声が漏れた。知る限り、【エルダーズ】のリーダーは違う人物だったはずだ。
驚いた顔を向けられていることに気付いたのか、アリサは鼻で笑うかのように一瞥する。
それから何人かの選手が紹介されたが、リンの頭にはまったく入ってこない。
会場の賑わいが遠い場所にあるかのように、あのとき決闘で敗れて愕然となっていた女騎士の姿が目に浮かぶ。
「(プロセルピナさん……リーダーじゃなくなったの?
私が倒したせいで本戦に出られなかったから?)」
正々堂々と戦った上での勝利と敗北。自分の意志で大会に参加した以上、それは全員が覚悟していることだ。
しかし、ギルドの役職まで失わせるような結果をリンは望んでいなかった。
「そして、12番ゲート! 最後の生還者はキツネの巫女さん、ミマサカ・サクヤ選手!
妖艶な姿とカードは、まさしく東洋の神秘! 複数のイベントで好成績を残している実力者です!」
「や~、どもども~」
いつもの陽気なノリで入場してきた仲間の姿に、リンの心は少し落ち着く。
本戦に参加した【鉄血の翼】のメンバーは1人も欠けることなく、城壁での戦いを乗り越えてきたようだ。
「以上、12名が最後の1人になるまで戦い、今日この場で王者を決めることになります。
あの数字をご覧ください!」
ウェンズデーの声とともに、大型モニターに『12』と表示される。
生き残りをかけた380万人の戦いも、ついに残り4回。
あと4回を勝ち抜けば、王者の座へと手が届くのだ。




