第11話 カードゲーム始めました その4
【 リン 】 ライフ:1600
トロピカルバード
攻撃300(+500)/防御100(-100)
装備:名刀『菊一文字』
オヴィラプトル
攻撃200/防御300
【 ユウ 】 ライフ:3200
ヘビーナイト
攻撃100/防御2000
好戦的なエルフ
攻撃2400/防御500
デンドロバティス
攻撃200/防御300
デンドロバティス
攻撃200/防御300
対戦相手のユニットを倒して貫通ダメージを与えるという仕様上、このゲームは短時間で終わる。
後攻3ターン目にして現在の状況は劣勢。
ユウに次のターンを回せば、【好戦的なエルフ】の一撃で敗北するだろう。
しかし、リンの顔は戦意に満ちあふれていた。
1枚のカードを手に取り、まっすぐ真上に掲げて宣言する。
「いっくよー! これがあたしの最強ユニット!」
「なにっ!? アレを出すつもりか!」
「お願い、力を貸して――【月機武神アルテミス】!」
リンがその名を呼んだ直後、カードから一閃の光が飛び出して天空を貫く。
蒼天へ向かってレーザービームのように伸びた光は、押し広げられた雲がリングを描くほどのエネルギーを放ち、やがて弾けて拡散する。
それは空の色を塗り替えるように浸透し、今まで昼間だったフィールドは急速に夜へと変化した。
太陽に代わって世界を照らすのは黄金色の満月。
その月光を背に、リンと契約した女神が静かに降りてくる。
銀の髪はプラチナのように輝き、各所に機械的な光をたたえたサイバーな衣服は、古代神話と科学文明の結晶。
勇ましく、そして優雅に整った美貌の女神が降り立ち、契約者であるリンに目を向けた。
「参りましょう、マスター」
Cards―――――――――――――
【 月機武神アルテミス 】
クラス:スーパーレア★★★★ タイプ:神
攻撃2600/防御2600
効果:リンクカードを何枚でも装備できる。
スタックバースト【超次元射撃】:永続:装備されているリンクカードを1枚破棄するたびに攻撃宣言を追加で1回行う。
――――――――――――――――――
そうして召喚が完了すると、フィールドは再び昼の高原地帯へと戻っていく。
あまりにも派手な女神の登場に、兄妹はポカーンとした顔で立ち尽くしていた。
「す……すっご~い!」
「今のがスーパーレアの召喚演出かよ……初めて見たぜ」
「これで形勢逆転だね!
じゃあ、さっそく【アルテミス】にリンクカードをセット!
さらにリンクカードをセット!」
「認識完了。
マルチプル・リンクビット、展開します」
リンクカードを何枚でも装備できるという【アルテミス】の能力。
契約者に応じた女神は『マルチプル・リンクビット』と呼ばれる機械を、体の周囲にいくつか浮かせた。
女神自身ではなく、ビットにリンクカードが1枚ずつ装備され、それらが個々に自立飛行する。
この機能によって、どれほど大量の武器であろうと同時に扱えるというわけだ。
もちろん、装備の効果は女神自身に適応される。
Cards―――――――――――――
【 汎用アタッチメント・ブレード 】
クラス:コモン★ リンクカード
効果:装備されているユニットに攻撃+300。
【 名刀『菊一文字』 】
クラス:アンコモン★★ リンクカード
効果:装備されているユニットに攻撃+500、防御-100。ゼロ以下にはならない。
――――――――――――――――――
リンクカードがビットに装備された結果、【アルテミス】の周囲には2本の刃物が浮かんでいた。
さすがのユウも、これには戦慄する。
「攻撃力……合計3400だと? バケモノかよ!?
スタックバーストの効果も、いかれてやがる。
まあ、★4でバーストするなんて実質不可能なのが救いか」
【アルテミス】のスタックバーストは、まさに神のごとき破壊力を誇る。
通常は1ターンに1回しかできない攻撃宣言を、装備されたリンクカードを破棄するたびに何回でも行えるのだ。
そもそも、リンクカードを無限に装備できるということは、無限に強くなれるということ。
装備したもの次第で様々な立ち回りができるため、汎用性も非常に高い。
ただし、あまりにも希少な★4のため、スタックバーストは実質封印された状態である。
「準備は整ったよ! さあ、覚悟はいい?」
「おうよ! 盛り上がってきたなぁ!」
「テンションが上がるのは――うん、今なら分かる。
ここまでド派手なことになったんじゃ、アガらないほうが無理ってもんでしょ!」
理解不能なことが多かったラヴィアンローズの世界に、リンも少しずつ馴染んできていた。
もはや、躊躇うこともなく腕を前へと突き出す。
「いくよ! 【アルテミス】、攻撃宣言っ!」
「カエルで受けても耐えられるが、まだ鳥が残ってるしな……
俺は【ヘビーナイト】でガードする!」
他のユニットを守るかのように、重装戦士が前に出て盾を構えた。
【アルテミス】はサイバーな色に輝く金属製の弓を手にすると、具現化させた光の矢をギリギリと引き絞る。
月の女神にして、狩猟の女神。
彼女が矢を放った瞬間、音速を超えたかのように衝撃波がほとばしり、浮いていた刃物も後を追って斬りかかる。
あれほど頑丈な壁に見えた【ヘビーナイト】は一瞬で消し飛び、ガラスが割れるように砕け散った。
それだけでは留まらず、2000の防御ステータスで軽減しても、なお1400の貫通ダメージがユウに突き刺さる。
「ぐああああああああっ!」
『ユウ、残りライフ1800』
「すっ……ごぉ……」
初めて手にした圧倒的な火力に、リンはゾクッと震えた。
戦略コンボが決まったときの喜びとは別種の、レアカードの強さで場を制圧する爽快感。
カードゲームが与えてくれる蜜の味を、またひとつ知ってしまったのだ。
「まだいくよ! 今度は【トロピカルバード】で攻撃!」
「800ダメージで済むならガードはしない。俺が受ける!」
「え……?」
テンションが最高潮になりかけていたリンは、ここで冷静な思考に引き戻された。
日本刀を持って飛ぶ南国の鳥が、1ターン目と同じようにユウへと突っ込む。
「クェーーーーッ!」
「うぐ……!」
『ユウ、残りライフ1000』
ライフポイントは逆転し、これで優勢になった。
……はずなのだが、リンの顔には緊張が走る。
たしかに『ユニットで防御したくない場合、プレイヤー自身がダメージを肩代わりすることもできる』というルールは存在していた。
だが、2体も並んでいる【デンドロバティス】で受ければ、貫通ダメージを軽減できる上に、カエルの能力でリンにダメージを返せたはずだ。
どうして、兄はそうしなかったのか。
「へへへ……まだ攻撃するか?」
「あ……あたしはこれでターンエンド」
「じゃあ、俺のターンだな。ドロー!」
不穏な空気が漂い始めた中、ユウにターンが回る。
現時点では彼のほうが不利。
【好戦的なエルフ】は高い攻撃力を誇るが、強化効果を受けないというデメリットがあるので、【アルテミス】の防御に少しだけ届かない。
よって、このターンに彼は何かを仕掛けてくるはずだ。
「ふははははっ、妹よ。
俺はな……すでにお前の知っている兄ではないのだ」
「は?」
「このコスチュームは、俺のデッキに合うように選んだ漆黒の戦装束。
お前が【アルテミス】と出会ったように、俺にも魂の相棒がいるのだ。
そして、その相棒と共に戦うために、俺は人としての情けを捨てた!」
「何言っちゃってるの?」
「いいから聞けぇ! 素のテンションに戻るな!
とにかく、お前の兄は今から非道なことをする。
勝利のためなら闇の力だろうと使うのが真の強者なのだ!」
おかしな角度に首を傾け、顔の半分に手を当てながら語るユウ。
何か策があるなら、さっさと披露してほしいのだが、ここはポーズを取らなければいけない場面らしい。
「来たれ、我がしもべ! 我が魂のカードよ!
肉を喰らい、血に染まり、暴虐の限りを尽くすがいい!
ユニットォオオオオーーーッ、召喚!」
そして、それはユウが召喚を宣言した直後のことだった。
あの強そうな筋肉エルフが、そして2体の毒ガエルが次々と黒く染まり、ボロボロに崩れていく。
一体どうしたのかと身構えると、リンに向かっていきなり200ダメージが直撃。
正確には100ダメージが2回放たれた。
それは去りぎわに相手プレイヤーへ直接ダメージを与える【デンドロバティス】の効果。
つまり、あのユニットたちは破棄されたのだ。
『リン、残りライフ1400』
「くっ……な、何が起こってるの!?」
3体もいた相手側のユニットは姿を消し、フィールドには真っ黒な物体だけが残される。
その物体は一箇所に集まって形を成し、大型のモンスターを誕生させた。
鋭い牙が並ぶ口からは、飢えたケモノのような唸り声。
前後の足で大地を踏む肉食獣の体に、後方でユラユラと揺れる2本の長い尻尾。
全身を覆う赤黒い毛は、まるで時間とともに酸化して黒くなった血液のようだった。
やがて――鋭い両目が見開かれ、真っ赤な眼光が敵となる【アルテミス】をとらえる。
Cards―――――――――――――
【 ダークブラッド・ビースト 】
クラス:レア★★★ タイプ:動物
攻撃2100/防御1900
効果:召喚したとき、自プレイヤーが所有するユニットを全て破棄する。破棄したユニット1体につき攻撃+300。
スタックバースト【血塗られた咆哮】:瞬間:全ての強化および弱体効果を失い、その数値をダメージに変換して相手プレイヤーに与える。リンクカードは含まれない。
――――――――――――――――――
「グォオオオオオオオーーーーッ!!」
「え……ええええええっ!?」
兄が全てを賭けて召喚した魔獣の威圧感に、リンは驚愕するしかなかった。




