第13話 クラッシャー・コーディ その2
「それでは、本戦の第2試合!
ミマサカ・サクヤ選手 対 コーデリア選手!
先攻はサクヤ選手です」
「ほな、さっさとしばいて終わらせよか。
あんたが中継で映ったりしたら、ラヴィアンローズの風紀が乱れるわ」
「そんな短いスカートで、鎖骨と脇が丸出しな巫女さんに言われたくないですねぇ」
「自分のほうこそ鏡を見てみぃ! 人のこと言える格好か?」
お互いに言葉をぶつけあいながら5枚ドロー。
観客席の人々は『もう映っちゃってるんだけどね』と、心の中でツッコミを入れる。
この試合も先ほどと同じく、中継していることは選手たちに伝えていない。
「うちが先攻、ドローなし。まずはユニット召喚っと」
派手な見た目のサクヤだが、召喚ポーズの動作は小さなもの。2本の指先に挟んだカードを前方にかざすだけ。
そのカードは真っ赤な炎に包まれて消え、まるで護符を使っているような雰囲気を醸し出す。
しかし――サクヤのフィールドに現れたユニットは、四聖獣でも鬼でも妖怪でもない。
Cards―――――――――――――
【 バーゲスト 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:悪魔
攻撃1700/防御1000
効果:このユニットが破棄されたとき、対戦相手のプレイヤーはランダムで手札を1枚失う。
スタックバースト【凶兆の黒犬】:瞬間:上記の効果に加えて、対戦相手へ300ダメージを与える。
――――――――――――――――――
とても巫女が出すとは思えない、禍々しい悪魔タイプの黒犬。
アイルランドの伝承で霧の日に現れ、王族や領主の死を予言するかのように吠える凶事の前ぶれ。
その姿は黒い犬とされているが、背骨にそって棘のような突起物が並び、毛のない尻尾はヘビのごとく長くうねる。
両目は真っ赤な結晶体で眼球はなく、手足の太さや筋肉の量が犬の範疇ではない。
「オオオオオオオォーーーーーーーーン!」
第2試合のバトルフィールドとなる城壁の上で、凶兆の黒犬が天に向かって吠える。
その様子を中継で見ていたユウとソニアは、拳を握りながら同じ言葉を重ねた。
「「か……かっこいい~~~~~~!!」」
【バーゲスト】の姿は、中二病の少年少女に刺さるらしい。
2人が初めて見ることになったサクヤのカードは、とにかく黒くてかっこいいという印象を植え付けた。
「なんだよ、サクヤ~! あんなユニット持ってるなら、見せてくれてもいいのに」
「然りであります! もっと近くで、あの漆黒に染まる禍々しき姿を見たい!
ですが……なぜ巫女さんが悪魔のユニットを?」
「普通はそう思いますよね。でも、サクヤさんの戦いを見ていれば分かります。
あの人のデッキに【タイプ】は関係ないんです」
「【タイプ】が……関係ない?」
初心者の時期からサクヤに面倒を見てもらっていたステラは、ただ静かにモニターを見つめる。
この才能あふれる魔女を育てた師匠は今、扇子を口元に当てながら戦地に佇んでいた。
「うちのターンは終いや」
「私のターン、ドロー。
ふ……ふふふふ、サクヤさんの戦いかたは分かっていますよぉ、長い付き合いですからね。
なので、動き出す前に潰す! 斬り刻む! ユニット召喚!」
ニヤニヤと不気味に笑いながら、しかし、神に祈る聖職者のようなポーズで腕を組むコーデリア。
その祈りが届いたのか、空から光とともに【神】タイプのユニットが舞い降りてくる。
Cards―――――――――――――
【 死天使・アズラエル 】
クラス:レア★★★ タイプ:神
攻撃2200/防御1600
効果:このユニットが対戦相手のユニットをバトルで倒したとき、プレイヤーのライフを300回復させる。4000以上にはならない。
スタックバースト【生死一体】:永続:自プレイヤーの所有ユニットを1体選んで破棄し、ステータスの【基礎値】を得て加算する。
――――――――――――――――――
中東から西洋にかけて、死の天使とされる存在。
左右に広げた翼はカラスのように黒く、顔にはペストマスクと呼ばれる鳥を模した仮面を付けている。
ユニットのタイプは神だが、光とは真逆の闇。
その手に持つ武器は、ポタポタと血を滴らせる戦鎌であった。
「相変わらず、おっそろしいユニットを使いおるなぁ。
ほんま、うちの子の教育に悪いわ」
「そういえば、ステラちゃんは元気ですか?」
「今はうちと同じギルドで、みんな仲良うやっとる。
もっとも、今回は予選で負けてしもたから、あの子のぶんも頑張らな」
「ふひっ! それはいいことを聞きました。スタジアムまで、あと1歩ですからねぇ。
こんなところで負けられないという気持ちは分かりますよぉ、分かりますとも。
【アズラエル】、攻撃宣言っ!!」
「なんで、そこで攻撃宣言やねん! 【バーゲスト】でガード!」
飛翔する死天使が、悪魔の黒犬に向かって戦鎌を振り下ろす。
かっこよく登場した【バーゲスト】だが、レアリティによるステータス差は歴然。あっさりとやられて粒子化してしまった。
「サクヤ選手、残りライフ2800」
しかし、そこでユニットの効果が発動。『対戦相手のプレイヤーはランダムで手札を1枚失う』。
【バーゲスト】が倒れたことで、コーデリアの手札からカードが1枚消え去り、彼女はピクリと眉を動かす。
失うと手痛いカードだったのだろう、黒犬はしっかりと爪痕を残していった。
「うちのワンちゃんは盗みぐせが悪いようでなぁ、いいカード取ってしもたら堪忍な」
「ふふ……別に構いませんけど、やっぱり序盤は手応えがないですねぇ。
犬1匹くらいじゃ、まるで壊し足りません」
「次から次へとユニットをブッ潰す『クラッシャー・コーディ』。
ほんま、あんたはドSのほうが向いとるで」
「ノン、ノン、ノン。加虐と被虐は表裏一体。
どんな感じでいじめてあげたら相手が気持ちよくなるのか分からないなんて、”ピーーー”が下手クソなのと同じことです」
「公式大会でレギュレーション違反すな! ピーが入ってしまっとるやないかい、この”ピーーー”が!」
神に使える巫女とシスターでありながら、使うユニットは暗黒に染まった怪物たち。
そして、ラヴィアンローズのシステムによって消される禁止用語。
やりたい放題な2人に、中継を見ている会場の人々はドン引き。ユウは咄嗟にソニアの耳を両手で塞いでいた。
「それじゃあ、私はここまで。
どんどん壊してあげますから、次を出してくださいねぇ」
「言われんでも、そうするわい! ドロー、ユニット召喚!」
Cards―――――――――――――
【 熟練の斬り込み隊長 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:人間
攻撃1500/防御1700
効果:このユニットがリンクカードを装備したとき、防御+300。
スタックバースト【巧みな武技】:永続:上記の効果を攻撃ステータスにも適応する。
――――――――――――――――――
2ターン目に現れたユニットは、剣を持つ無骨な戦士であった。
戦場で使い込んだであろう両手剣が鈍く輝き、その重量を鍛え抜かれた筋肉が支えている。
和風の巫女と、中世の戦士。先ほどとは違った意味でのミスマッチ。
「終いや、どうせ潰すんやろ?」
「もちろんですとも! ドロー、【アズラエル】で攻撃宣言!」
再び戦鎌が振られ、出てきたばかりの【熟練の斬り込み隊長】も倒されてしまう。
試合の流れは完全に一方的。サクヤの陣営にはユニットがいなくなってしまった。
「サクヤ選手、残りライフ2300」
「足りない足りない遅い遅ぉい!
サクヤさんが強いのは知ってますけど、スロースターターなんですよぉ!
私のほうが早すぎちゃって、このまま勝ったこともありますよねぇ?」
「クレイジーな変顔すな! 子供が見たら泣いてまうやろ!
ま……火力の高い速攻デッキが、ちと苦手なんは認めるわ」
「ふひひ、やっぱりサクヤさんとの相性はバツグンです。
まだ攻撃が残ってますよぉ、ユニット召喚!」
Cards―――――――――――――
【 シェムハザ 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:神
攻撃1400/防御1500
効果:このユニットは【タイプ:人間】からのダメージを受けない。
スタックバースト【禁忌の誘惑】:瞬間:ターン終了まで【タイプ:人間】のユニット1体を行動不能にする。
――――――――――――――――――
コーデリアが召喚した2体目のユニットも、やはり天使。
しかし、その体には鎖が巻き付けられ、翼が真っ黒に染まった堕天使である。
神でありながら人間の女性を誘惑した罪で堕天させられたのだが、『じゃあ、いろんな女性に手を出したゼウスはいいの?』という矛盾が生じるのも宗教の複雑なところ。
「もうちょっと火力が欲しかったんですけどねぇ、このターンはこれで我慢してください」
「我慢も何も、これ以上食らうつもりはないわ! カウンターカード!」
Cards―――――――――――――
【 ピースフル・フィールド 】
クラス:レア★★★ カウンターカード
効果:自プレイヤーのフィールドにユニットがいない場合のみ使用可。
ターン終了まで、使用者が受ける全てのダメージを無効化する。
――――――――――――――――――
自陣にユニットがいないときだけ使える、ダメージ無効のカウンター。
かなり状況を選ぶものの、★3カウンターらしく効果は非常に強力だ。
「なるほど、あっさり負けてくれるつもりはないですか。
いいですよぉ、久々にサクヤさんとデキるんですから、た~っぷり楽しまなくちゃ」
「悪いけど、こちとら急いでんねや。
ドス黒いシスターさんには、そろそろお仕置きせんとな」
「うっはあああ、ゾクゾクしますねぇ~! 何をされちゃうんでしょうか」
ここまでは一方的だった本戦の第2試合。
しかし、サクヤにとってはいつものこと。元からこういう戦略なのである。
彼女に回ってきた3ターン目。
そこでようやく、サクヤのデッキは目を覚ますのだった。




