第11話 グレート・ウォールの戦い その6
【 リン 】 ライフ:2000
ガラクタコロガシ
攻撃400(-300)/防御1400(-300)
ポイズンヒドロ
攻撃1600(+1500)/防御1200(+900)
装備:名刀『菊一文字』
パワード・スピノサウルス《バースト1回》
攻撃2000(+1000)/防御2000(+1000)
【 キャプテン・マツモト 】 ライフ:2400
バターバッター
攻撃500/防御1000
「相手にターンを渡すことになったか……」
「あのバッタはアタッカーなので、絶対に落とせませんよね。
色々な手段で守ろうとするはずです」
スタジアムの大型モニターを見ながら、ユウたちは戦況を考察する。
確定貫通ダメージの能力を持ち、さらに攻撃する相手を選べるユニットにターンを回すのは、誰が見ても明らかに危険だ。
「攻めたくても攻めきれず、守りたくても守りきれず。
リン殿も相当苦戦しているようですが、相手の手札はドローを含めて残り2枚」
「リンも同じく2枚だ。さっきのターンでかなり使い込んだな。
それにしても……」
ユウはスタジアムにひしめく超満員のプレイヤーへ目を向けた。
世界的なミュージシャンや、大きなスポーツの試合でもなければ、ここまでの観客は集まらないだろう。
「あいつがカードゲームを始めたとき、俺は『観客がいる大きな舞台で戦うこともあるんだぞ』なんて言ったんだ。
それが2ヶ月半で実現すると思うか?
自分の妹の試合なのに、現実とは思えなくなってきたぜ」
「なんというか、不思議なプレイヤーですよね。
ひとつだけ確かなのは、リンのデッキはリンにしか扱えないということです」
そう苦笑するステラは、観客席で邪魔にならないように魔女の三角帽子を外していた。
苦笑する妹の友人に対し、やはり苦笑するしかない兄。
そんな会話をしている間にも、画面の向こうでは決闘が進んでいく。
「ふ……ふふふ……ははははは!」
もはや自陣に【バターバッター】しかいない上に、カウンターカードの応酬で手札は残り2枚。
しかし、どしゃ降りの雨に打たれながら、ドローを終えたマツモトは声高く笑う。
「引いた! この局面で引いたぞ、勝利のカードを!
プロジェクトカード発動、【デュアル・インパクト】!」
Cards―――――――――――――
【 デュアル・インパクト 】
クラス:レア★★★ プロジェクトカード
効果:ターン終了まで、目標のユニット1体は2回の攻撃宣言が可能になる。
――――――――――――――――――
「おおーっと、まさかの【デュアル・インパクト】!
貴重な★3レアカードの中でも特に人気の高い1枚を、このターンで!
自分の場にバッタしかいない状況で発動させました!」
カードの使用が宣言された直後、スタジアムは歓声と困惑に包まれる。
リンたちの耳には届かないが、ここぞとばかりに解説を入れるウェンズデー。
実況席にいるコンタローとシンシアも、それに続いて語りあう。
「う~む、思い切った手段……いや、マツモト選手にとっては最初から決まっていた使い道だったのだ」
「えっと、シンシアはそこまで詳しくないんですけど。
あれって、そんなにすごいカードなんですか?」
「2回攻撃できるというのは、単純にして非常に強力。
相手のユニットをいっぺんに2体倒したり、プレイヤーに2倍のダメージを与えたり。
手札次第では1ターン目の後攻に決着を付けてしまうこともできる、ものすごく攻撃性の高いカードなのだ」
「それをマツモト選手は、あのユニット――攻撃力500の★2アンコモンに使おうとしているんです。
もっと火力の高いアタッカーに使えば、効率が増すかもしれない。
そんな可能性を捨てて、【バターバッター】に全てを賭けているからこそ、ここまで極まったデッキになったのでしょう。
わたくし、ウェンズデーもサービス開始から約5年間、初心者講習会を担当していますが……
毎日のように【イフリート】の炎で焼かれるバッタを見てきただけに、これは感慨深いものがあります!」
「へぇ~、マツモト選手は一途なんですね。
たった1枚に全力を注ぐ覚悟、かっこいいです!」
この実況を行っている司会やゲストの3人は、全てAIで行動するキャラクターたちだ。
生身の人間とまったく変わらないコメントに、会場の熱気は上昇し続ける。
一方、数々の強力なユニットで身を守るリンは、様子を見ながら自身の手札を確認していた。
「……で? 勝利のカードっていうからには、まだ何かあるんでしょ?」
「そのとおり! これが最後の1枚、最後の召喚だ!
ユニットおおおおおおおおおお、召喚っ!」
雨に濡れながらも両目を燃やし、天に向かって足を上げるマツモト。
鬼神のごとく全力投球で放ったカードからは、とても見覚えのあるユニットが登場する。
『選手の交代をお伝えいたします。
打者、【ガンコイッテツ】くんに代わりまして――サード、【ガンコイッテツ】くん』
「はぁ!? さっき倒したのに、また出てきたんですけど!」
しかめっ面をした大仏のようなユニットが、再びバトルフィールドに腰を下ろす。
それは先ほど倒したはずの★3レア、【ガンコイッテツ】。
破棄された後にマツモトが回収するような動きはなかった。
ということは、つまり――
「なるほど、2枚目を持ってたんだね。
クラゲが相手だとスタックバーストを使えないから、手札に持ってるしかなかった」
「そういうことだ。
苦しい思いをさせられたが、こいつが出てしまえば勝利は確実!
このターンに2体を攻撃できるバッタと、【ガンコイッテツ】を使った再行動のコンボ。
合計4発の2000ダメージでフェンス超えだぜ!」
「あたしのライフは……ちょうど残り2000。
野球ってさ、8回までやるんじゃなかったっけ?」
「あまりにも点差が開いていたら、5回でコールドゲームだ。
もっとも、この勝負は4回裏で終わりだがな!」
普通はできない連続攻撃を可能にする【デュアル・インパクト】。
それを活かすべく、バッタに2回行動させるユニット。
1発につき500ダメージだが、回数が重なれば重なるだけ驚異になる。
「いくぜ、俺の相棒! 【バターバッター】、アーチをかけろ!
4発全部、【ガラクタコロガシ】に向かって集中攻撃!」
ガードしても意味がない確定貫通ダメージ。
野球のボールを取り出したバッタは、フンコロガシに向かって容赦なく打ち込む。
「まずは1発目! ファースト……」
「カウンターカード発動っ!!」
「な……にぃ……?」
このターン、何もしなければリンの敗北が確定していた。
他に例を見ないマツモトのデッキは、ほとんどのプレイヤーに打ち勝つほどの完成度を誇る。
実際、クラウディアの絶対防御でもなければ、対策を取るのは難しいだろう。
だが、彼が勝利のために発動させたカードには、大きな抜け穴があった。
その一点を貫くべく、リンが空に向かって掲げたカード。
バトルフィールドに風が吹き、やがて、豪雨まじりの竜巻となって荒れ狂う。
「あたしの友達から譲ってもらったカード、今ここで使わせてもらうよ!
【ガラクタコロガシ】を目標に【ワールウィンド】!」
Cards―――――――――――――
【 ワールウィンド 】
クラス:アンコモン★★ カウンターカード
効果:自プレイヤーのユニット1体を手札に戻し、行われていたバトルを強制終了させる。
その後、使用者は手札に戻したユニットの【基礎攻撃力】と同数のダメージを受ける。
リンクカードや他のユニットなどが付随していた場合、それらも全て手札に戻すことができる。
――――――――――――――――――
「おおおおおお~~~っ!! リン殿、お見事!」
もはや暴風雨と化した決闘の中継を見ながら、拳を握って叫ぶソニア。
起死回生のカードをリンに渡していたのは彼女だった。
「あれって、ソニアちゃんがデッキに入れていたカードですよね?」
「然り! 『アレ』で焼き払う前に、ユニットを安全に離脱させる方法はないかとリン殿に相談されまして。
余っていた【ワールウィンド】をおすすめして、大会前にトレードしたのです」
「理由が物騒すぎるだろ……」
全てを焼き尽くす終末の炎に、自分のユニットを巻き込みたくない。
そんなリンの優しさがトレードにつながり、本戦のデッキに手を加えさせていた。
ソニアから譲ってもらった大旋風のカードは、【ガラクタコロガシ】を巻き上げて持ち主の手札に戻す。
「あいたっ!!」
その際に、くず鉄ごとフンコロガシがリンに激突。
デメリットとして【基礎攻撃力】と同数のダメージを受けるのだが、【基礎攻撃力】とはステータス変化の影響を受けていない元々の数値。
つまりはカードに書いてある数字そのものを指す。
「リン選手、残りライフ1600」
「OK、ダメージなんて気にしない!
悪いけど、マツモトさん――あなたはこれで『詰み』だよ!」
「な……なんだと……?」
何が起こったのかを理解し始めたマツモトは、血の気が引いた顔でフィールドを見る。
【ガラクタコロガシ】に向かって4回攻撃すれば勝っていたのだが、肝心の相手は風に吹き飛ばされて消えてしまった。
そうなると、リンの陣営には2体しかいない。
戦った相手の能力を奪う【ポイズンヒドロ】。そんなものには攻撃できない。
戦った相手のリンクカードを破壊する【パワード・スピノサウルス】。
1発目だけは通るが、バッタは対戦相手を選べる【光学スナイパースコープ】を失い、以降はクラゲに封鎖される。
つまり――このターンでは、まともな攻撃ができなくなった。
そして、相手を倒しきれないままターン終了を宣言すると、手札がゼロの状態でリンの高火力軍団から総攻撃を受けて敗北。
【ガラクタコロガシ】1体が消えたことによって、マツモトの計算は完全に狂わされている。
「つ、詰んだ……詰んだだと……くそぉおおおおおおおおっ!!」
片足の膝が崩れ落ち、がっくりと上体が地面に引き寄せられた。
認めたくない。認められるはずがない。
しかし、もう手札がない以上、どう足掻いても詰んでしまっているのだ。
「ぐううっ……こ、ここまで……なのか!」
マツモトの中で負けたくないという野心と、現実を受け入れるべきだという良心が激しくぶつかる。
詰んでいる。いくら考えても自分に勝ちはない。
ここまで這い上がってくるような強いプレイヤーだからこそ、それがハッキリと理解できてしまう。
「う……くっ……認める……俺の負けだ」
「マツモト選手、降参!
よって、この勝負は――リン選手の勝利です!」
「やったぁあああ~~~~~っ!!」
バッタの攻撃は残っているが、ほんの1回攻撃したところで何かが変わるわけでもない。
試合を無駄に長引かせまいという、マツモトなりのプレイヤー精神で降参が宣言された。
決闘の終了に従って雨は止み、黒雲が消えてキラキラと陽光がさし込んでくる。
そんな清々しい光景の中で、マツモトはじっと地面を見つめたまま立てなくなっていた。
「えっと……大丈夫?」
「ああ……あまりに急なことで混乱したが、ほんの一瞬でひっくり返されたな。
キミの勝ちだ、先に進んでくれ」
「あ~……うん、マツモトさんも強かったよ。
予選でデッキが★3レアだらけの人とも戦ったけど、★2を主力にしても十分やっていけるって分かったし。
こだわりとか情熱とか、そういうの、すっごく伝わってきたから」
「そうか……ははは、できればスタジアムで多くの人に伝えたかったな」
「マツモトさんなら、いつか伝えられるよ。
一足先に、あたしが伝えてくるね!」
雨で濡れたフィールドはすぐに乾いていき、ようやく立ち上がったマツモトはリンと笑顔を交わす。
正面から堂々と戦った両者は、心の底から互いの健闘を称えあっていた。
と、そこにフィールドの横からウェンズデーが入り込んでくる。
「いや~、実に素晴らしい戦いでした!
私としても【バターバッター】とは、かれこれ5年の付き合いですので、本当に感慨深い試合だったと思います。
それでは、両選手――皆さんに向けてコメントをいただけますか?」
「え、コメント? 撮影でもしてるんですか?」
「はい、お邪魔してはいけないと思って伏せていたのですが。
実は今の勝負、途中から日本ワールド全域に生中継されていまして」
「「…………は?」」
「よかったですね~、【バターバッター】の強さがたくさんの方々に伝わったと思います!
あ、そうだ! これから初心者講習会でバッタを紹介するときは、『このカードで大会の本戦に行った人もいるんですよ~』なんて付け加えたいのですが、どうでしょう?」
いきなり、とんでもないことを言われて固まる2人の選手。
リンたちが頭を抱えて絶叫したのは、それから数秒後のことだった。




