第10話 グレート・ウォールの戦い その5
【 リン 】 ライフ:2000
ガラクタコロガシ
攻撃400/防御1400
ポイズンヒドロ
攻撃1600/防御1200
【 キャプテン・マツモト 】 ライフ:2400
バターバッター
攻撃500/防御1000
ガンコイッテツ
攻撃1000/防御2800
「ヤバい、ヤバい、ヤバいって!
貫通ダメージでライフがどんどん削られてる!」
マツモトのデッキは攻撃力500のユニットで何度も攻撃するという、他に例を見ない戦略を組み立てていた。
★2アンコモンの【バターバッター】を使いこなし、ここまで勝ち上がってくるために重ねた努力は、並大抵のものではないだろう。
だがしかし、相手にいかなる努力や事情があろうと、勝利をゆずる理由にはならない。
平穏に生きていける日本列島に住んでいながら、リンは自らの意志で勝負の世界へ出てきたのだ。
「俺はターンエンド!」
「あたしのターン、ドロー!
【ガラクタコロガシ】に刀を装備させて、もう1回ドロー!」
「くっ……やっぱり、そのエンジンは厄介だな」
一度動き出してしまえば、【ガラクタコロガシ】が存在し続ける限り加速が止まらない。
こういった複数ドローを抑制するためにハイランダーがいるのだが、今回はマツモトが早々にスタックバーストしたため、リンは安心してエンジンを組み立てることができた。
「手札は7枚、この状態から――プロジェクトカード、【物資取引】!」
Cards―――――――――――――
【 物資取引 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:手札を3枚までデッキに戻してシャッフルし、デッキから同数のカードをドローする。
――――――――――――――――――
「手札から3枚戻して3枚引くけど、いい?」
「うう……俺のほうからは何もできん!」
ここに来て、リンの手札に強力なカードがそろっていく。
特に上限の3枚まで入っているようなユニットは、これだけ引いて来ないはずはない。
「ふぅ~、今回は遅かったね。
4回の表、このまま負けるわけにはいかないよっ。
ユニット召喚! 【パワード・スピノサウルス】!」
Cards―――――――――――――
【 パワード・スピノサウルス 】
クラス:レア★★★ タイプ:水棲
攻撃2000/防御2000
効果:バトル相手のユニットが装備しているリンクカード1枚を破棄する。
スタックバースト【水辺の王者】:永続:自プレイヤーのフィールドにいる【タイプ:水棲】のユニットに攻撃と防御+1000。
――――――――――――――――――
「オオオオオオーーーーーーーーーッ!!」
スタジアムへと続く城壁の上で、古代の王者が咆哮する。
リンのデッキにおいては、頭ひとつ抜けたユニット撃破数を誇るメインアタッカーだ。
「ようやく主力が見えたな。水棲デッキだったか」
「(ん~……そういうわけでもないんだけどね)」
実はワイバーンから月の女神まで、種族や戦略がバラバラなデッキだと知ったら、大抵のプレイヤーは驚くだろう。
上級者にとっては無駄だらけで効率の悪いカードでも、リンが使えば全てが戦力となる。
「次は、これ! プロジェクトカード発動!」
そして発動させたのは、実戦で初めての使用となる1枚。
カードを天高く掲げたリンの頭上に黒雲が発生し――
何が来るのかと身構えるマツモトの視界にポツリ、またひとつポツリと空から水滴が落ちてきた。
Cards―――――――――――――
【 集中豪雨 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:解除するまで永続。フィールドの天候を変え、激しい雨を降らせる。
【タイプ:水棲】および【タイプ:植物】を除くユニット全ては攻撃力と防御力-300。
――――――――――――――――――
数秒後には、バトルフィールドを覆い尽くす集中豪雨が発生。
どしゃ降りの雨に濡れながら、マツモトは野球帽の下で静かに燃え上がる。
「ふふふ……なるほど、そうかい。
でもなぁ、雨くらいじゃ俺たちの野球は終わらないぜ!
見ろ! こいつも影響を受けずに、やる気満々だ!」
バットを構える【バターバッター】は、自身のユニット効果によりステータスが変動しない。
体に塗られたバターが豪雨に流されて普通のバッタになりつつあるが、戦力は低下していないようだ。
「分かってるよ。あたしの狙いはそのバッタじゃない」
「何っ!?」
「【ポイズンヒドロ】で攻撃宣言!
同時に【パワード・スピノサウルス】、スタックバースト!」
「ゴガァアアアアーーーーーーーッ!!」
1億年前と同じように、降り注ぐ豪雨に向かって咆えるスピノサウルス。
リンの陣営にいる【タイプ:水棲】のユニットは全て、攻防1000アップという破格の強化を受ける。
攻撃するべくフワフワと前に出た【ポイズンヒドロ】の攻撃力は2600。
そして――
「くううっ、【ガンコイッテツ】の防御が2500に下げられている!
それが雨を降らせた理由か!」
「そういうわけ。
どうする? このダメージは本体で受けられないよね?」
「無論だ! あんな触手のヌルヌル!
この雨の中で絡みつかれたら……お、俺は……!
俺は……いったい、どうなってしまうのだろうか」
その言葉に入り交じる動揺と興奮に、リンは『まずいことをしてしまったかもしれない』と感じる。
【ポイズンヒドロ】は非常に強力だが、あまり人間を攻撃してはいけないようだ。
「で、あたしの攻撃に対して、そっちの行動は?」
「よし……来い! 【ガンコイッテツ】で受けてやる!」
■ ■ ■
一方、超満員のスタジアムは観戦の真っ最中だった。
大型モニターにはランダムで色々な試合が映し出されているが、入場者たちは自分のコンソールで画面を開いて、目当ての試合だけを見ることもできる。
応援組の3人は自分とつながりのある選手を見守り、ユウはリン、ステラはサクヤ、ソニアはクラウディアの試合を観戦していた。
「サクヤさん、無事に1戦目を抜けました」
「お姉さまもです! もはや、当然至極の勝利!」
「うっ、まだ戦ってるのはリンだけかよ……相手もかなり変則的で厄介だが」
「そんなに強い人と戦ってるんですか?」
「強いというか、対策してないとどうにもならない。
さすがは本選出場者だ……リンはクラゲを出して間一髪ってところだな」
「おお~、あのときのクラゲがさっそく活躍を!
……っと、あれはお姉さまにとって天敵となりうるユニット。
安易に喜んではいけないであります!」
サクヤとクラウディアは順調に勝利を収め、すでに城壁の上を歩き始めていた。
少女2人は喜んでいるが、リンを応援する兄は開始直後から冷や冷やしっぱなしだ。
と――そこでスタジアムの大型モニターに、司会のウェンズデーがアップで映る。
「は~い、こちらウェンズデーです!
早くも1回戦を勝ち抜く人が出てきましたが、空から見てみると、こんな感じになっています。
見下ろした視点からの映像をどうぞ!」
そして、スタジアムの大型モニターに大迫力の映像が映し出された。
この会場をぐるりと囲んだ24ヶ所のバトルフィールド、そのあちこちで爆炎が巻き起こり、雷鳴が轟き、レーザービームが乱射されている。
それら全てが【サバイバー】の称号を持つ者たちによる激戦。
まるで超大作映画を見ているような光景に、スタジアムからは盛大な歓声が上がった。
「いや~、選手の皆さんは戦いの真っ最中です!
おおっと、すでに勝利を掴んで城壁の上を歩いているのは――」
「うわあああああっ、お姉さま! お姉さまあああああああ~~~~~!!」
「優勝候補、わずか13歳にして列強に名を連ねるクラウディア・シルフィード選手!
余裕の表情で突き進んでいきます!」
大会用の白い軍服に身を包んだクラウディアが、自身に満ちた顔で城壁を歩む。
姉を敬愛するソニアは、声が枯れんばかりに感激の声を上げていた。
「さすがだな、ウチのリーダーは」
「見ていて安心できますね。ソニアちゃん、そんなに叫んだら決勝まで喉が持ちませんよ?」
「うぐ……げほっ……だ、大丈夫であります」
やがて映像は空からの視点に戻り、再び激戦の数々が行われている様子を映していた。
そんな中、1ヶ所のフィールドだけ空に黒雲が発生し、限られた範囲内に大雨が降り注いでいる。
「おやおや~? あちらのフィールドでは、どうやら雨が降っているようです。
ちょっと中継をつなげてみましょう。
試合中の選手を驚かせないように、審判として現地にいる『私』の視点に切り替えます」
「雨? ああっ、リンのところじゃねーか!」
「本当ですね! すごいことになってますけど……」
どしゃ降りの豪雨が降る中、片側には大仏のようなユニットとバッタ。
そして、もう片方にはスピノサウルスや紫色の毒クラゲ。
途中から見ることになった観客たちは、よく分からない状況に首をかしげる。
「こっそりと音声もつなげてみますね~」
「で、あたしの攻撃に対して、そっちの行動は?」
「よし……来い! 【ガンコイッテツ】で受けてやる!」
超満員の大観衆に見られているとは知らず、戦いに集中するリン。
雨の中を泳ぐように、猛毒の【ポイズンヒドロ】が相手の陣営に接近していく。
そして、その触手が接触しようとした瞬間――
「カウンターカード! 【防衛強化】!」
「カウンターカード! 【極秘輸送任務】!」
Cards―――――――――――――
【 防衛強化 】
クラス:コモン★ カウンターカード
効果:バトル終了時まで、目標のユニット1体に防御+300。
【 極秘輸送任務 】
クラス:アンコモン★★ カウンターカード
効果:自プレイヤーが装備しているリンクカード1枚を、他の自プレイヤー所有ユニットに移し替える。
――――――――――――――――――
マツモトは防御力強化のカウンターを発動させたが、リンも即座に動いてカウンター返し。
クラゲは【ガラクタコロガシ】に装備されていた【名刀『菊一文字』】を受け取り、それを触手で掴んで斬りつける。
刀身を雨に濡らしながら輝く一閃。
やがて、大仏のような【ガンコイッテツ】は粒子を散らしながら消滅していった。
「キャプテン・マツモト選手、残りライフ2100」
この瞬間、スタジアムは大喝采で盛り上がる。
遠くから聞こえてくる人々の声がリンたちの耳にも届いたが、それが自分の試合に向けられたものだとは気付かない。
「くっ……その毒クラゲさえいなければ……」
「そっちの壁はなくなったよ! これで、あたしの勝ちだね!」
「はははっ、どうかな? 野球は8回裏まで分からないもんだぜ?」
「もう4回だし、十分でしょ!
【パワード・スピノサウルス】、攻撃宣言!」
「カウンターカード! 【バターバッター】でスライディングだ!」
Cards―――――――――――――
【 グランド・スライディング 】
クラス:アンコモン★★ カウンターカード
効果:ターン終了まで、使用者が所有するユニット1体を防御不能にし、対戦相手のユニット1体を攻撃不能にする。
――――――――――――――――――
攻撃宣言に対し、いきなり走り出したバッタ。
風のように接近してきた相手のユニットは、雨で濡れた城壁の上をスライディングで滑走。
スピノサウルスの足に直撃して、明らかに体格差のある巨体を転倒させた。
「ええっ!? わわわわわわっ!」
「ゴアァアアアアーーーーーーーッ!!」
15mの大型恐竜が足元をすくわれ、衝撃と共に転びながら怒り狂う。
リンの攻撃で終わるはずだった決闘は、1枚のカウンターカードによって妨害されてしまった。
「な? 分からないもんだろ?」
「そうだね……今のは本当に予想外。あたしも油断してたよ。
【ガラクタコロガシ】、攻撃宣言!」
「うっ、それは俺が受けるしかないな」
ゴロゴロと鉄くずを転がしながら、フンコロガシが体当たり。
雨の影響で攻撃力はたったの100に下げられているが、リンは攻撃のチャンスを一切逃さない。
「キャプテン・マツモト選手、残りライフ2000」
「これで同点だね。あたしはターンエンド!」
「へへへ……野球はここからが面白いのさ!
俺のターン! 4回の裏、ドロー!」
両者、一歩も引かないままターンが進んでいく。
スタジアムに詰めかけた大勢の観客が、そして、会場の外でも生中継を見ている無数のプレイヤーたちが試合を見守っていることなど、2人には全く分からなかった。




