第9話 グレート・ウォールの戦い その4
【 リン 】 ライフ:3500
ガラクタコロガシ
攻撃400/防御1400
ポイズンヒドロ
攻撃1600/防御1200
【 キャプテン・マツモト 】 ライフ:2400
バターバッター
攻撃500/防御1000
ガンコイッテツ
攻撃1000/防御2800
その日――ミッドガルドの沖にある岩場は、核の炎に包まれた。
元から岩しかなかった場所だが、もはや全てが消し飛んでしまい、本当に何も残っていない。
今となっては焼けただれた岩が打ち寄せる海水を蒸発させ、ジュージューと音を立てるのみ。
「いや~、アンコモンの捕獲も1発だなんて、すごいね……この竿」
ゆっくりと粒子化しながら動かなくなった毒クラゲ。
気絶した野生モンスターにブランクカードを向け、リンは秘宝『マスターロッド』の効果を実感する。
【ポイズンヒドロ】を釣り上げたものの、スピノサウルスで戦うと連鎖的にネレイスの強化効果が消え、ネレイスの強化効果が消えるとスピノサウルスも弱くなって総崩れを起こす。
そこでリンたちはユニットをしまい込み、【バイオニック・アーマー】を装備したスピノサウルスを立たせて【全世界終末戦争】で全てを爆砕。
1日1回限りの大技ではあったが、マスターロッドの効果もあって無事にクラゲを入手する。
「よ~し、【ポイズンヒドロ】も捕獲!」
「やりましたね、即戦力ですよ!
相手の能力を消してしまう毒クラゲ……使いどころ次第では、試合の流れが変わりそうです」
「使いどころかぁ……」
釣りに同行していたステラと語りあい、この毒クラゲを使えそうな状況を思い浮かべてみる。
真っ先に脳裏をよぎったのは、軍服を着た少女の姿だ。
その他、ユニットが持つ効果を主力にしているデッキなら軒並み刺さるだろう。
「ソニアちゃん、悪いけどクラウディアには黙っててね。
この毒クラゲなら、もしかしたら『絶対防御』に勝てるかもしれない」
「なんと! 無論、対戦前に相手のデッキを教えるなど卑劣なマナー違反であります!
ですが……ううっ、目の前でお姉さまに対抗しうる反乱分子の芽が!」
「別に反乱はしないよ。
ただ、本戦に出たら高い確率でクラウディアか、サクヤさんと当たるはず。
ここにいるのは2人にとって関係がある人たちだけど、あたしは全力で戦いたい。
――いいよね?」
そう言って焼け焦げた岩場に立ち、サイバー装甲を身にまとったスピノサウルスを従えて、リンは真っ直ぐな目でソニアたちを見る。
この2ヶ月で、あっという間に強くなった新人。
友人でありライバルでもあるステラは、頭の三角帽子を指先で上げながら微笑む。
「むしろ、サクヤさんはそれを望んでいると思います。
そもそも、ダメなら私はリンに協力してませんよ」
「わたしにはよく分からないのですが、お姉さまこそが世界最強にして至高の存在!
でも、リン殿にも頑張って欲しい!
ああっ、これがジレンマ……我が左目の炎と雷のように、どちらか片方しか顕現できない世の理!」
ソニアのほうは答えになっていないのだが、小学生なりに人間関係を配慮した言葉だ。
姉こそが世界一と信じて疑わないが、リンもまた仲間であると認めてくれている。
「まあ、クラウディアは強いからね。準備は万端にしておかないと。
ここはいい釣り場だから、本戦まで毎日通うことにするよ」
■ ■ ■
と――そう言ってから数日後、本戦の舞台に立つリンは浮遊する紫色のクラゲを見つめていた。
相手からの貫通ダメージを防いでくれているが、★2アンコモンであるがゆえにステータスは低い。
「(う~ん……相手の防御を破るにしても、手札が悪すぎなんだよね)」
リンはターンごとに1枚ずつしか使っていないため、手札は変わらず5枚。
対するマツモトも手札を温存しているが、クラゲが動きを止めているので攻撃することもなく、防御ユニットを出しただけで2ターン目を終了している。
「それじゃあ、3回の表といきますか。ユニット召喚!」
Cards―――――――――――――
【 オヴィラプトル 】
クラス:コモン★ タイプ:動物
攻撃200/防御300
効果:召喚されたとき、自プレイヤーのデッキの中から任意に★2までのリンクカードを1枚手札に加える。
スタックバースト【カード泥棒】:瞬間:目標のリンクカード1枚をプレイヤーの手札に戻す。
――――――――――――――――――
『3番、ピッチャー。【オヴィラプトル】くん』
防衛ラインが安定しているため、機を逃さず自陣に★1コモンを召喚するリン。
ラプトルという1mくらいの小型恐竜で、トカゲと鳥の中間というべき姿。
全身に羽毛が生え、クチバシとトサカがあるにも関わらず鳥類ではない。
「ラプトルの効果で、デッキからリンクカードを手札に追加!
そして、それを【ガラクタコロガシ】に装備!」
Cards―――――――――――――
【 名刀『菊一文字』 】
クラス:アンコモン★★ リンクカード
効果:装備されているユニットに攻撃+500、防御-100。ゼロ以下にはならない。
――――――――――――――――――
デッキから引いたリンクカードは銀色に輝く日本刀。
【ガラクタコロガシ】の頭部に装着された刀が、アンバランスなカブトムシの角のように突き出している。
「ん? 防御ユニットの攻撃力を高めて、防御力を下げただと?
いや……これは効果を発動させるためか!」
「そういうこと。まずは【ガラクタコロガシ】の効果でデッキからカードをドロー。
そっちはスタックバーストしてるし、ハイランダーじゃないよね?」
「ああ、普通のデッキだ」
「じゃあ、続いて【ガラクタコロガシ】をスタックバースト!
【鋼鉄の太陽神】の効果で、ターン終了のとき装備品を手札に戻すよ。
ってわけで、ターンエンド。日本刀を回収!」
目の前で行われるコンボに、マツモトは眉をひそめた。
意味不明だからではなく、非常にまずい事態だと理解したためである。
一見すると地味だが、【ガラクタコロガシ】の能力をフルに活用すると、ターンが回るたびに1枚多くドローを行える。
リンクカードを装備したときにドローし、ターン終了時に装備しているカードを手札に戻す。
これを繰り返すだけで、リンの手札はマツモトの2倍の速さで増えていくのだ。
「これは、いかん……長期戦になると俺のほうが不利だ!
ドロー! 3回の裏、俺のほうもいくぜ!」
最初の攻勢から一転、マツモトの顔に焦りの色が見え始める。
しかし、器用にも片手にグローブをはめた状態でカードを引くと、にやりと不敵な笑みを浮かべて動き出した。
「キミの実力は、よく分かった。
だが、単純に対策をしただけじゃ俺のデッキは防げない!
【バターバッター】にリンクカードを装備!」
Cards―――――――――――――
【 光学スナイパースコープ 】
クラス:レア★★★ リンクカード
効果:このカードを装備したユニットは、バトル相手を任意に選択できる。
――――――――――――――――――
バッタの目元を科学的なバイザーが覆い、内蔵されたシステムがターゲットを定める。
昆虫の複眼でも正常に見えるのかというツッコミはさておき、リンにとって非常にまずいカードが出てきた。
「えっ!? 攻撃する相手を好きに選べるってこと?」
「そのとおり! こういうときのために策は用意してある!
【バターバッター】で攻撃宣言、まずは厄介なスタックバーストをしそうなラプトルからだ!」
目元をバイザーで覆い、全身にバターが塗られたバッタのバッター。
もはや何が何だか分からないが、その攻撃は正確に【オヴィラプトル】を狙う。
「いくぞ! ショートぉ!」
「グェエエエエーーーーーーーッ!!」
野球のボールを打ち込まれ、ラプトルの断末魔が響く。
リンクカードを手札に戻すというスタックバースト効果を持っているため、真っ先に狙われたのだ。
「リン選手、残りライフ3000」
「ちょっ! ユニットがやられた上に、ダメージそのまま通るの!?」
「そうです、【バターバッター】には『相手の防御に関わらず貫通ダメージが発生する』と表記されていますので」
うろたえるリンに、審判のウェンズデーから説明が入った。
ガードしようと相手が倒れようと関係ない。バッタの攻撃を受けると、確実に500ダメージずつ貫通する。
「まだ終わってないぞ、【ガンコイッテツ】の効果で【バターバッター】が再行動!
今度はフンコロガシだ! ファーストぉ!」
容赦のないノック特訓。【ガラクタコロガシ】は負けることなくボールを弾いたが、やはり貫通ダメージが発生した。
「リン選手、残りライフ2500」
「あああああ~~~~っ、もう最悪だぁ~!」
「これが俺のデッキだ。主力はそれほど強くないアンコモンのバッタ……
だが、こいつの可能性に全てをかけて、ここまで一緒に頑張ってきた。
大舞台のスタジアムで相棒を活躍させてやるまで、あと2戦! ここで負けられるかよ!」
「負けられないのは、あたしも同じだよ!
そっちの攻撃は、もう終わりでしょ?」
「甘いな、プロジェクトカード発動! 【クイック・リキャスト】!」
Cards―――――――――――――
【 クイック・リキャスト 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:すでに発動したユニットの効果を再び使用可能にする。
後攻効果とスタックバーストは含まれず、このカードは1ターンに1枚しか使用できない。
――――――――――――――――――
「対象は、もちろん【ガンコイッテツ】! 効果を発動させて【バターバッター】で攻撃宣言!
もう1回、ファーストぉ!」
「リン選手、残りライフ2000」
「ほんとに、もうやだぁあああ~~~~~!!」
【ガラクタコロガシ】にボールが叩きつけられ、じわじわと500ずつ削られていく地獄のノック。
熱血スポ根ドラマのような鬼のしごきに、リンは悲鳴を上げるしかなかった。




