第7話 グレート・ウォールの戦い その2
「さて……あたしの先攻。初手だからドローなし、と」
5枚の手札を見つめて戦略を立てるリン。
実際のところ、まだ初心者から抜けきっていない彼女にとって、先攻というのは少しやりにくい。
ましてや、熱血球児がどんなカードを使ってくるのかなど、今の時点で予想できるはずもない。
「ここは手堅く……ユニット召喚!」
Cards―――――――――――――
【 ガラクタコロガシ 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:昆虫
攻撃400/防御1400
効果:リンクカードを装備されたとき、デッキからカードを1枚ドローする。
スタックバースト【鋼鉄の太陽神】:永続:自プレイヤーのターン終了時、このユニットからリンクカードを手札に戻すことが可能になる。
――――――――――――――――――
リンが召喚したのは防御力が高めの昆虫ユニット。
くず鉄を転がすフンコロガシが現れ、まずは様子を見るべく防御を固める。
「これでターン終了だよっ」
「よ~し、1回の裏! ドロー! まずはこいつを発動するぜ!」
そう言ってマツモトが取り出したのは、カードではなく銀色の金属バット。
片手でそれを持ち上げ、空に向かってビシッと突きつける。
すると――どこからともなく、聞き覚えのある音が響いてきた。
打ち鳴らされる太鼓やメガホン、吹奏楽団が奏でる音楽。
テレビの野球中継で聞くような独特の音が、バトルフィールドを満たしていく。
プロセルピナが使った剣とは違い、フィールドの見た目が変わるわけではないが、まるで野球場にいるかのような雰囲気。
空に向かってバットを突きつけるマツモトの背景に、真夏の甲子園が見えたような気がした。
「なるほど、とりあえずは効果付きアイテムで雰囲気作りってわけだね」
「そういうことだ。これがないと調子出なくてなぁ。
ちょいと早いが、スタジアムでの対戦といこうぜぇ!」
「(うっわ~、この人……ウチの兄貴より暑苦しいかも)」
バットをしまい込んだマツモトは、続いて野球のグローブを左手にはめる。
カードゲームにはまったく必要ないと思うのだが、あれにも何らかの効果が付いているのだろう。
「(見た目で混乱しちゃいそうだけど、相手は15人も倒してきた【サバイバー】。
使ってくるのは、たぶん野球っぽいカード……だよね。
そうなると、ユニットは【タイプ:人間】かな?)」
「いくぜ! 召喚の前にカードを1枚発動!」
両目をギラギラさせながらマツモトが取り出したのは1枚のカード。
リンは野球選手のような彼の姿から、ある程度の方向性を予測する。
しかし、発動したのは――まったくもって予想外の1枚だった。
「プロジェクトカード、【虫寄せのミツ】!」
Cards―――――――――――――
【 虫寄せのミツ 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:★2までの【タイプ:昆虫】のユニットカード1枚をデッキから任意に手札へ加える。
ターン終了まで、このカードの使用者は【タイプ:昆虫】のユニットしか召喚できない。
――――――――――――――――――
「は……? 昆虫?」
完全に読みが外れ、マツモトはデッキから昆虫ユニットを手札に加えた。
野球ではないにせよ、スポーツと関係がありそうなカードを使ってくるのかと思ったが、ここに来て昆虫採集である。
「う~ん、昆虫と野球……いったい、どういう関係が……」
「フフッ、もちろんあるさ。こいつはウチのエースなんだ。
それじゃ、いくぜぇ! ユニットぉおおおおおおお」
「え、ちょっ、何してんの!?」
「召喚っ!!」
あろうことか、マツモトはカードを手にしたまま、大きく振りかぶって投球のポーズを取る。
新体操かと思うほど片足が高く上がり、信じられないような勢いで投球。
まったく躊躇うことなく、全力でカードを投げつけた。
普通はそんなことをしても紙製のカードは飛ばない。
しかし、その物理法則はあくまでも現実世界の常識だ。
彼が持っていたカードは球体に変わっており、見事なカーブを描いて飛ぶ。
それはバトルフィールドの上でボンッと弾けて、中から1体のユニットが現れた。
『1番、ショート。【バターバッター】くん』
Cards―――――――――――――
【 バターバッター 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:昆虫
攻撃500/防御1000
効果:いかなる状況でも、このユニットのステータスは変化しない。
スタックバースト【弾丸ライナー】:永続:このユニットが攻撃したとき、相手の防御に関わらず貫通ダメージが発生する。
――――――――――――――――――
バットを手に持ち、全身にバターが塗られた二足歩行のバッタ。
どこからともなくアナウンスが響き、吹奏楽の『アルプス一万尺』が流れてくる。
もはや、カードゲームなのか野球なのか分からない世界観に取り込まれながら、リンはようやく先ほど使った【虫寄せのミツ】の意味を知った。
「ああ~、いたいた。こういうユニット! 初心者講習会で見たことがあるよ」
「みんな一度は見ているはずだ。
リアルの世界で肩を壊しちまって、挫折の末にこの世界へ来たとき、俺は講習会でこいつを目にしてな。
衝撃が走ったよ……もう野球はできないと思っていたんだが、『俺の野球』はここで続けられる!」
「(あれ……めちゃくちゃ重いもの抱えてない、この人?)」
「へへっ、それじゃあ1回裏の攻撃といこうか。
【バターバッター】、スタックバースト!」
先ほどの【虫寄せのミツ】は、このユニットを引くため。
お試しモードの初心者講習会とは違い、しっかりと★2アンコモンとして調整された【バターバッター】。
その姿は珍妙だが、スタックバーストの効果は非常に強力だ。
「え? 『防御に関わらず貫通ダメージ』って、ガードする意味ないじゃん!」
「ご名答! こいつの攻撃は、確実に相手へ通る!」
「ウソでしょ!? 500ダメージ確定?」
自身のデメリット効果により、【バターバッター】は攻撃力の強化ができない。
その代わり、攻撃そのものが貫通ダメージ。どれほどの防御力でガードしても意味がないのだ。
「【バターバッター】、攻撃宣言!」
「い……一応、【ガラクタコロガシ】でガード!」
「オラァ! ファーストぉ!」
攻撃を宣言したマツモトは、野球の監督よろしく両腕を組んで指示を出す。
バッタは野球のボールを取り出してバットを振るい、リンの陣営に向かって打ち込んだ。
飛んできた速球を受け取れるはずもなく、ボールは【ガラクタコロガシ】にぶつかって跳ね上がる。
「リン選手、残りライフ3500」
「うわぁ……ノックだ、これ」
この2ヶ月半で様々な決闘を経験してきたリンだが、野球のノック練習で攻撃してくる相手は初めてだ。
しかも、使っているユニットは、かつて講習会で見たことがあるバッタ。
こんがりとバター焼きにされていたことしか憶えていないが、いきなりライフを500削ってきている。
「はははっ、驚いたか?
こいつの攻撃を受け続けると、ちょうど8回裏でゲームセットだ。
マウンドに立った以上、女の子だろうと手加減はしないぜ!」
「マウンドに立った憶えはないんですけど!
でも、そうだね……ここが本戦だってことは、よく分かったよ。
まさかガードが通用しないなんて思わなかった」
第三者から見れば面白おかしい光景だが、リンの表情は険しかった。
クラウディアの【ダイダロス】や、サクラバの【グレーター・パイロドラゴン】のように、ガード時の反撃効果があれば対策はできる。
しかし、このラヴィアンローズでは彼女たちのほうが特殊であり、普通はガードにダメージ効果など付随していないのだ。
「1回の裏、俺のターンは終了だ!」
「じゃあ、あたしのターン! ドロー!
こうなったら、やられる前にやるしかない!」
手札は5枚。リンは負けじと戦意を燃やし、対抗するべくユニットを召喚したのだった。




