第6話 グレート・ウォールの戦い その1
その形状は車輪に似ていた。
中央の山頂に配置されたスタジアムから放射状に城壁が伸び、2ヶ所の中継ポイントを経て48方向へ広がっていく。
【サバイバー】たちは、この城壁の上を歩いてスタジアムに向かうという仕組みだ。
中継ポイントのたびに2人が合流して対戦し、勝った者だけが先へ進む。
最終的にスタジアムのゲートから会場へ入れるのは、2回の戦いを制した12人のみ。
予選の15回戦を考えれば、たった2回で済むのは短いと感じるだろう。
しかし、今日ここに集まったのは”生還者”の称号を持つ強豪たち。
「(ヤッバ……めちゃくちゃ緊張する……!)」
長城のように伸びた建造物の上に立つリンは、新調した勝負服に身を包んで開始まで待つ。
頭の上にはサイバーなパーツで作られたネコ耳。
試合前の心理状態を表すかのように、チューブ状の尻尾が縦横無尽に揺れる。
「あっ、リンが映ってますよ!」
そんな彼女の姿がスタジアムの大型モニターに映し出された。
これから24ヶ所で行われる本戦1回戦の様子は生中継されるのだが、選手たちには自分が映っていることなど分からない。
VR空間であるためカメラは必要なく、撮影のためのコストはゼロ。
「うわ~、あいつガチガチだな……」
「リン殿ー! ”めいきょうしすい”の心ですぞ! 肩の力を抜くのです!」
モニターに映ったリンは、見るからに険しい顔付きだ。
観客席からユウたち3人が声援を送るが、遠すぎて届くはずもない。
「ふぅ~……」
と、リンは大きく息をつきながらデッキに手をかけ、1枚のカードを引き抜く。
まだ対戦が始まっていないため、今なら任意のカードを引くことができる。
彼女はその1枚と向かいあうように、じっと絵柄を見つめた。
『あなたが遥かなる頂、天にも届く高みに至らんと欲するならば――手に取るのです。この力を』
少女の運命を変えた、あの日あのとき。
契約の際に月の女神が伝えた言葉を、記憶の底から思い返す。
「2ヶ月半なんて、あっという間だね。
あれから本当に色々あって、大事なものがたくさんできて、こんな場所まで来ちゃったけどさ。
ごめん、アルテミス……あたしにはまだ、空のてっぺんなんて高すぎるよ」
少女の言葉に【アルテミス】は何も答えない。
ただ、黄金の満月を背に勇ましく弓を構える姿は、あの日からまったく変わっていなかった。
主人は戦意を失っていない。そう信じてくれているかのように、女神はラヴィアンローズの陽光を受けて輝く。
「大丈夫、迷ってないよ……今日は自分のことなんて考えない。
デッキの中にいるみんなを思いっきり活躍させて、たくさんの人に見てもらうんだ。
あたしのことを、ここまで連れてきてくれたカードが――
ギルドの人たちや、戦いながら教えてくれた人たちが、どれだけすごいのか」
「それでは、各選手! 始まったらスタジアムに向かって進むのだ!」
「試合開始まで、あと10秒です! 9、8、7……」
コンタローとウェンズデーの声が響き、リンは【アルテミス】のカードをデッキに戻す。
もはや、その心に重苦しい緊張感はなかった。
「よ~し、いくよ! 1人でも多くの人に、みんながすごいってことを見せに行こう!」
「3、2、1……『ファイターズ・サバイバル』本戦!」
「試合開始なのだ~~~!!」
熱気に湧き上がるスタジアムと、青空で弾ける白煙の花火。
張り裂けそうな気持ちを抑えきれず、リンはスタジアムに向かって駆け出す。
道の代わりになった城壁の上をまっすぐ進んでいくと、その先にあるのは四角形の広い場所。
ここへ来るための道は2本だが、先に進むための道は1本しかない。
「おおっと、早くも選手が第1試合のエリアに到着したようです。
それではみなさん、ちょっと行ってきま~す!」
スタジアムの中央にいたウェンズデーが瞬間移動し、青い半透明の姿になってリンたちの前に現れる。
1回戦のバトルフィールドは24ヶ所。その全てに分身体が配置されていく。
「は~い、どうも! 審判のウェンズデーで~す!
ここがバトルフィールドとなっていますので、対戦相手が来るまでお待ち下さい」
「はぁ~……相手が来なくちゃ始まらないじゃん。
あたしだけ走っちゃって、バカみたい……」
スタート地点から一気に走ってきたリンは、大きく息をついた。
ここでは全速力で走っても肉体的な疲れはないのだが、疲れたという情報は脳にフィードバックされる。
それによって人間の『疲労』を再現するという、地味にすごい技術が使われていたりするのだが。
「おやおや~? 相手の方も走ってくるようですよ」
「え……?」
別に走る必要はないはずなのに、同じように全力で駆けてくる対戦相手。
その姿を見て、何かの間違いじゃないかとリンは目を疑う。
頭にキャップをかぶったユニフォーム姿、道具を収納するためのスポーツバッグを背負い、1人の少年がバトルフィールドに到着する。
彼はリンを見るなり、キャップを外して勢いよく頭を下げてきた。
「お願いしゃっっす!!」
「お……お願い……します」
つい反応して頭を下げてしまったが、完全に体育会系のノリだ。
背番号に『16』と書かれた上着は、とても有名なスポーツのユニフォーム。
「(や……野球の選手だ……この人も生き残った【サバイバー】なの?)」
少年はユウと同じく高校生くらい。昭和の熱血マンガかと思うほど太い眉毛と鋭い両目。
髪は坊主頭ではないものの、かなり短く刈られている。
どう考えてもカードゲームをやる姿ではないのだが、ウェンズデー以外には彼しか来ていない。
「俺はキャプテン・マツモト! キャプテンでもマツモトでも、どっちでもいいぜ!」
「あ、えっと……リンです」
「それでは、本戦の第1試合!
リン選手 対 キャプテン・マツモト選手!
勝ったほうだけが先へ進めます」
ウェンズデーが中央に立ち、彼女を挟んで対戦者たちが向かいあう。
キャップをかぶり直したマツモトは、燃える闘志を両目にたぎらせていた。
「それでは~、プレイボール……ではなく、決闘スタート!
先攻はリン選手です」
「しまっていこぉおおおーーーーーっ!!」
ラヴィアンローズの雰囲気ガン無視で、高らかに叫ぶマツモト。
本当に今からカードゲームの試合をやるのだろうか。
リンはさっきまでの緊張と【アルテミス】のカードに語りかけたことが、だんだん恥ずかしくなってきていた。




