第5話 開会式
「へぇ~、スズちゃんが全国大会に!」
そう言って驚いたのは、真宮家の主婦にして二児の母。
涼美のことを『スズ』と呼ぶのは、だいたい家族か親戚である。
ここは現実世界のキッチンテーブル。制服姿の涼美たちは、これから朝食をとって学校へ行くところだ。
「大会っていってもゲームのだけどね。
VRの世界でやるから、現実はあんまり関係ないし」
「そう……でも、スズちゃんが出るなら私もVR機器を買ったほうがいいかしら。お父さんのぶんも」
「ちょっ、お母さんたちは来なくていいってば!」
涼美は中学2年生。学校の行事やお誕生会に家族が来ると、恥ずかしくなってしまうお年頃。
ましてや、自分がゲームをしているところなど、あまり親には見られたくはない。
「まあ、お兄ちゃんが一緒にいてくれるなら安心ね」
「俺は観客席から見てるだけだよ」
兄の勇治は学生服。清潔感のあるYシャツとネクタイ姿。
VR世界での暑苦しい黒レザーを見慣れているせいか、最近はこういう姿のほうが新鮮に感じてしまう。
「それでも十分。お母さんたちにはVRなんて分からないから、お互い一緒にいてくれると助かるわ」
「お母さんは、まだまだ若いよ。
向こうの世界には、ものすごくゲームが上手いお婆ちゃんとかいるし」
「へぇ~、そういえばテレビで言ってたわね。
あまり体を動かせないお年寄りでも、VRの中では元気に楽しめるって。
そんな風に、だんだん現実から離れた世の中になっていくのかしら」
21世紀の折返しが見えてきた2036年。
2010年代の末に一般化されたVR技術が進化を遂げ、メタバースが人類の本拠地になっていく途上であった。
わざわざ遠いアンドロメダまで機械の体を取りに行くこともなく、人々は科学技術と肉体の融合を果たそうとしている。
■ ■ ■
「全国500万人のプレイヤー諸君、1週間お待たせなのだ~!」
会場に響くコンタローの声に、大観衆が湧き上がった。
ついにやってきた決戦の日、本戦の舞台となるスタジアムには超満員の観客。
会場に入りきれないプレイヤーたちは公共エリアや中央公園に集結し、モニター越しに最終決戦を見守る。
予選の時点でお祭り騒ぎだったが、もはや東京都心の花火大会に迫るほどの大混雑だ。
そんな中、ユウとステラ、ソニアは無事に3人ぶんの席を確保してスタジアム内で観戦していた。
「さあ、いよいよ始まりました。『ファイターズ・サバイバル』本戦!
司会とレフェリーは私、各種イベントの進行を担当するヒューマノイドAI、ウェンズデーと」
「日本ワールド公式マスコット、コンタローなのだ~!
みんな、熱くなってるかな~?」
ワールド全域に響き渡る大歓声。
VRのことなど何も知らない真宮兄妹の母親も、まさか我が子がこんな大舞台に出場しているとは夢にも思わないだろう。
司会はいつもどおり、スーツ姿のハイテンションな女性、ウェンズデー。
そして、首に赤いスカーフを巻いたキツネ、コンタロー。
「先週行われた15回もの予選。その全てを勝ち残り、【サバイバー】の称号を手にした猛者中の猛者たち。
それだけでも十分に名誉ある結果ですが――
彼らの戦いは、まだ終わっていません! こちらをご覧ください!」
ウェンズデーが言い終えた直後、モニターに大きく『48』という数字が表示される。
「【サバイバー】の称号を手にしたのは56名。
その中から本戦に参加できない人や辞退者を除き、出場するのは48名となったのだ。
そして、本戦では……」
「たったひとつの王座、最後の生存者が決定するまで――
この数字が『1』になるまで、過酷な勝ち抜きサバイバルが行われま~す!」
猛り叫ぶ観客の熱気は、もはや最高潮。
予選と同じく1回戦ごとに半数が減り、6回戦で決勝となる。
「1回戦だけでも24枠あるので、選手たちは特別に用意した屋外決闘ステージで2回戦まで生き残ってもらうのだ。
その後は、ここで3回戦から決勝まで行うという流れなのだ~」
「つまり、このスタジアムに来ることができるのは、本戦の3回戦まで勝ち抜いた12名のみ!
およそ386万の参加者が、たったの12名ですよ。コンタローさん!」
「うむ、うむ! もはや日本を代表するトップクラスのプレイヤーたちなのだ。
【サバイバー】の称号を持っているだけでもすごいのに、この会場に来られたら一生誇っていいと思うのだ」
「今さら言うのは無粋かもしれませんけど、全力を尽くして頑張って欲しいですね。
それでは、続きまして本日のゲストをご紹介しま~す!
バーチャル世界で大人気の、この方!」
演出のために暗くなったスタジアムの中央にスポットライトが当たり、そこに置かれた台座の下からゲストの人物がせり上がる。
会場には色とりどりのレーザー光線が走り、明るいポップソングが流れた。
やがて台座に登場した少女は、割れんばかりの歓声を浴びながらポーズを取る。
「みなさん、パンナコッタ~!
バーチャルアイドルグループ、『ハッピーチャーム』所属の兎美シンシアで~す!」
この時代、アイドル界隈はVRへと進出し、若者たちはAIで自立するキャラクターを愛するようになっていた。
ゲストとして呼ばれた少女はウサギの耳と尻尾が生え、チャンネル登録者1000万人を誇る大人気バーチャルタレント。
声の元となるボイスデータは人間の声優が担当しているが、それ以外は非現実の存在。
つまりは声優の声でしゃべるAIアイドルだ。
ウェンズデーと同じく、人間そっくりに作られたアンドロイドのような疑似生命で、デジタル調声されたプロ顔負けの歌唱力が売りである。
「シンシア! シンシア! シンシア!」
あっという間にファンからの声援で埋め尽くされ、観客席にいるユウとソニアも『シンシア』コールを送っていた。
そんな中、アイドルに疎い魔女のステラだけが、きょとんとした顔で置いていかれている。
「みんな~、ありがと~! 選手の方々も頑張ってくださいね~!」
「いや~、すごい人気ですね。さて、シンシアさんは放送席へ。
今回の戦いを見守るゲストとして、最後まで参加してもらうことになります」
「大人気の兎美シンシアさんが丸1日いてくれるなんて、とても贅沢な本戦なのだ」
シンシアが手を振りながら実況席にテレポートすると、入れ替わるようにウェンズデーがスタジアムの中央へとやってくる。
ゲスト登場用の台座は、ウィイインという音を立てて地下へ収納されていった。
「あれあれ~? 私がシンシアさんと入れ替わった途端、拍手と歓声が止みました?
私だってバーチャル世界の住人なんですよ! 同じように愛してくださいよぉ~!」
マイクを手に抗議するウェンズデーの姿に、観客の声は笑いへと変わる。
2030年代のAI技術は、これほどまでに人間らしいパフォーマンスを自立思考で行えるようになっていた。
プログラムで成り立っているとは思えないほど、その言動は司会として完璧だ。
「では、まもなく1回戦。その前に大会中の注意事項があります。
各選手が持っているデッキやカードは秘匿された情報です。
そのため、通信などで選手に伝えることはできません」
「まあ、有名なプレイヤーが使うデッキや、持っている★4のカードは知れ渡っていそうだけど……
それでも、具体的にどんなカードを使うのか伝えてしまうのはアウトなのだ」
「選手たちは他の試合を見ることができないようになっています。
実際に戦ってみるまで、相手のデッキは分からないわけですね。
それでは、さっそく1回戦の舞台をご用意いたしましょう!
試合用拡張プログラム、起動!」
ウェンズデーは片手を高らかに上げ、パチンと指を鳴らす。
その直後、スタジアムの地面が揺れて変形し、周囲の地形や建造物まで変わっていった。
現実ならば天変地異かと思うような地殻変動だが、VRの技術をもってすれば造作も無い。
揺れが収まったとき、スタジアムは山の高台へと移動していた。
その会場に向かって伸びるのは、万里の長城のような人工の道。
スタジアムを中心として周囲に12本、さらに中継ポイントで分かれて24本。
そして、最も外側の道は48本となり、その道に1人ずつ選手が配置されていく。
「これが1回戦と2回戦の舞台、『サバイバーズ・グレート・ウォール』です!
選手たちはこの道を通り、12ヶ所しかないスタジアムのゲートを潜ることになります!」
「さあ、選手たちよ! ここを目指して進んでくるのだ~!」




