第4話 水平線に願いを その4
陸地から沖の岩場まで、およそ400m。
体力に自身がある者が遠泳を楽しむには、ちょうどよさそうな距離なのだが、海にも空にも危険なモンスターが待ち構えている。
それらを倒して上陸したリンたちは、さっそく宝探しを再開した。
「こういうところ、いっぺん来てみたかったんだよね。
社会科の授業中にさ、地図で小さい島を見つけたとき、『何があるんだろ~』って想像したことない?」
「あります、あります。なんとなく気になるんですよね」
「ここに海賊がいた痕跡は……う~む、見当たらないようですが」
岩場は端から端まで100m程度。
島と呼ぶには小さく、あっという間に探索が終わってしまう。
「何かありそうなのは……これかなぁ」
そう言ってリンが見上げたのは、青黒くそびえる岩だった。
他の岩には藻やフジツボが付着しているのに対し、この岩だけは不自然なほどきれいなまま。
もっとも、宝探しをしていなければ、ただの岩にしか見えないだろう。
「他には何もありませんよね。
この下に埋まっていたりするんでしょうか?」
「スピノ親分なら掘れそうだけど、どうなんだろ?
案外、この岩に鍵穴があったりして――」
Tips――――――――――――――
【 怪しい岩 】
ここに何かあるかもしれない。
『財宝のカギ』を消費してアイテムを入手しますか?
――――――――――――――――――
「って、Tipsが出たんですけど! こんなんでいいの?」
「あ~……ここにカギを持ってきたら、宝物が手に入るイベント。
おそらく、そんな感じの仕様だったんですね」
「これはこれで楽ですけど、雰囲気ぶち壊しなのです……」
リンたちは『財宝のカギ』を、どこかの鍵穴に差し込んで開けるものだと思っていた。
しかし、実際には文字通りのキーアイテム。
特に謎解き要素はなく、表示されたコマンドで『はい』を選ぶだけで解決してしまう。
「まあ、ここまで来てハズレっていうよりは良かったかも。
それじゃ、カギを使うよ!」
コマンドを選択すると、『財宝のカギ』が空中に浮かんで岩の中に吸い込まれていく。
やがて、ビキッという音を立てて岩が割れ、光をほとばしらせながら左右に開いていった。
これはただの岩ではなく、アイテムを収納するケースのようだ。
対岸の砂浜で掘り起こしたビンを発端に探索が始まり、危険な海を渡って辿り着いた岩場。
かなり苦労させられたが、ここに隠されているのはプレイヤーの間でも情報が出回っていない謎のアイテム。
そして、割れた岩の中から出てきたのは――もはや、見間違えるはずがない道具。
それは1本の釣竿であった。
「………………は?」
Tips――――――――――――――
【 マスターロッド 】
最新の技術で作られた、とても良い釣り竿。
ミッドガルドでの釣果が上昇し、釣れたモンスターを倒したときの気絶率が一段階下がる。
――――――――――――――――――
現代の釣具屋に並んでいるような、カーボン製の黒い釣り竿。
銀色に輝くリールや、『タックルボックス』と呼ばれる道具入れまでセットになっている。
意外なアイテムの登場に、ポカーンと口を開けていた一同。
やがてリンが伝説の剣ならぬ高級釣り竿を手に取ると、岩は再び閉じて元の形に戻った。
カギを持たない状態で近付いてもTipsは出ないため、やはり特定のアイテムが必要なイベントなのだろう。
「いや、釣り竿って……しかも、カーボンのやつだよ」
「まさか、これが財宝だなんて……間違いなく”ロッド”ですけど、この世界観なら普通は魔法の杖じゃないですか?」
「わたしの中で描かれていた海賊伝説が、量子レベルで吹き飛んだであります」
マスターロッドと呼ばれる竿は、現代式の竿らしく収納されて縮んでいる。
それをスルスルと伸ばしていくと4mほどの長さになり、がっしりとした頑丈な磯竿に姿を変えた。
「大きいけど、けっこう軽いね。
気絶率が一段階下がるって、どういうこと?」
「う~ん、レアリティによる気絶しにくさが下がるんじゃないですか?
アンコモンは★1コモンのように気絶しやすく、レアモンスターはアンコモンくらいの気絶率に……」
「そうだとしたら、めちゃくちゃすごいくない!?
釣れたモンスターを捕まえやすくなるってことでしょ。
ただ……もうちょっと、ファンタジーっぽくできなかったのかなぁ」
ミッドガルドのモンスターは、レアリティが高いほど気絶しにくい。
釣りをするなら、この竿があるかないかで効率が激変するだろう。
たしかにすごそうなアイテムなのだが、いかにも財宝が眠っている感じの岩から出てきたのは、カーボン製の釣り竿。
ある意味、この何でもありなラヴィアンローズの世界を象徴する宝探しであった。
「で……つまり、これってさ。
わざわざここまで来たのに、やることが釣りに戻ったんだよね」
「いやいや、まったく釣れなかったのが解消されるのですぞ。
運の上振れ――いわゆるクリティカル率を上げるのも、ゲームでは大事なことなのです」
「ですね、強力な効果を持っているのは間違いなさそうですし。
とりあえず、せっかくなのでここで釣りませんか?」
大海原に面した岩場は、釣りをするなら絶好のポイント。
浜辺よりも水位が深くなっており、潮の流れで生物が活性化されていそうだ。
「まあ、やってみようか。今度は釣れるといいんだけど。
頼んだよ、マスターロッド!」
そうして、3人は再び海に向かって竿を並べる。
ステラとソニアが世界観に合わせた木製の竿を使っているのに対し、リンだけが現代のカーボンロッド。
キュルキュルと軽快に回転するスピニングリールも、このミッドガルドでは完全に浮いている。
――と、リンの竿に今までは感じられない強い手応えがあった。
「おおっ、かかった! 初めて釣れたよ!」
「頑張ってください! リールを巻くのは慎重に!」
隣で見守るステラたちだが、カーボンロッドは軽くて頑丈。
女子中学生のリンでも簡単に巻き上げられるほど、魚の抵抗を許さずにリールが回転する。
「この竿……強い!」
現代の科学力が産んだ最新式のフィッシュキラー。
先ほど使った木製の竿など比較にならない釣りやすさに、リンはマスターロッドの威力を実感した。
やがて、海中から引き上げられたのは、青い色をした素朴な海水魚。
Enemy―――――――――――――
【 アンチョビ 】
クラス:コモン★ タイプ:水棲
攻撃200/HP300
効果:攻撃の代わりに発動。このモンスターは戦闘から逃げることができる。
スタックバースト【群生】:永続:このモンスターは群れの仲間1体につき、攻撃と防御の『基礎ステータス』が2倍になる。自身は含まれない。
――――――――――――――――――
アンチョビとはイワシのこと。魚に弱いと書いて『鰯』だが、無駄なものを一切持たない完成された姿である。
青い背中は上から見ると海の色に溶け込み、下から白い腹部を見ると太陽の光に隠れるのだ。
「このイワシ……ひょっとして、モンスター?」
「そうです。すごいですね、いきなりモンスターが釣れるなんて」
「リン殿! 倒して捕まえるのです!」
「ああ、戦わなくちゃいけないんだ。
それじゃあ、親分! やっちゃって!」
「ガァアアアアーーーーーーーッ!!」
モンスターとはいえ、生態系の弱者であるイワシ。
ステータスが強化されまくった攻防6300のスピノサウルスに殴られたら、無事でいられるはずがない。
もはや粉々に弾け飛んでもおかしくない一撃に、【アンチョビ】は速攻で叩き潰された。
ここでさらに、マスターロッドの効果が発動。
いつもなら消えてしまうモンスターが、ゆっくりと粒子を散らしながら留まっている。
「マジで!? こんなに気絶しやすいの?」
「★1コモンは元から気絶しやすいのですが……まさか、ここまでとは」
先ほどソニアが叩き落としたカモメも★1だが、5体倒しても気絶はしなかった。
それに比べると明らかに違いが分かる効果だ。
あまりのことに驚きながらも、リンはブランクカードを取り出して【アンチョビ】にかざす。
気絶した野生モンスターはカードの中へと吸い込まれ、水中を泳ぐ魚の絵柄へと変わっていった。
「よ~し! イワシちゃんのカード、捕獲完了!」
Cards―――――――――――――
【 アンチョビ 】
クラス:コモン★ タイプ:水棲
攻撃200/防御300
効果:召喚されたとき、自プレイヤーのデッキの中にある★1の【タイプ:水棲】ユニット1体と入れ替わることができる。
後攻効果:このユニットを召喚した後、追加でもう1体の【タイプ:水棲】ユニットを手札から召喚できる。
スタックバースト【群生】:永続:攻撃と防御の『基礎ステータス』が2倍になる。
――――――――――――――――――
「おめでとうございます。けっこう便利な能力ですね」
「へぇ~、他のユニットと入れ替わるんだ。後攻効果も追加されてるし。
けっこう制約があるけど、これならネレイスちゃんを呼びやすくなりそう!」
「きゅ~い!」
活躍の機会が増えそうだと感じたのか、岩場で遊んでいたネレイスが両手を上げて喜ぶ。
イワシ自身に戦う力はないが、水棲ユニットの展開力を大幅に強化するエンジンになってくれるだろう。
「それにしても、1発でモンスターを釣り上げて気絶させるとは……
さすが財宝というだけあって、神のごときユニークアイテムなのです」
「これなら釣りが楽しくなりそうだし、デッキも強化できるんじゃないかな。
1週間、この竿で釣りを続けてみるよ」
そう言いながら、針にエサの小エビを付けて海に投げ込む。
釣り用語の『入れ食い』とは、まさにこのこと。
数秒も経たないうちにウキが沈み――リンの体はすさまじい勢いで水際へと引きずられていった。
「えっ、ちょ……ウソでしょおおおおおお!?」




