第3話 水平線に願いを その3
「ゴガァアアーーーーーーーーッ!!」
しばらく海上を進むと、突然スピノサウルスが威嚇の声を上げた。
しかし、モンスターらしきものは水面下にいるようで、リンにはまったく情報が伝わってこない。
「え……これ、やばくない? 何も見えないじゃない!
親分、とりあえずガードか攻撃して!
ネレイスちゃんは、相手を倒しきれなかったときに追撃!」
「ガルルルル……ゴボゴボッ」
「ぴゅーい!」
指示を受けた恐竜が全身を海中に沈め、ネレイスも後を追って正体不明の何かと戦い始める。
2回スタックバーストしたスピノサウルスと、自身のステータスを【水棲】ユニットに上乗せするネレイス。
このコンビなら相手が攻撃力の高いレアモンスターでもない限りは負けないはずだ。
しばらくすると、2体とも落ち着いた様子で水面へと浮上してきた。
倒した敵の姿どころか、名前すら分からないまま戦闘が終わってしまう。
「きゅきゅ~っ」
「あ、勝ったのかな? お疲れさま!
何と戦ってたのか、全然分からなかったけど……」
「プレイヤーの視界が通っていないと、野生モンスターのTipsが表示されないんですよね。
水中にいるモンスターは、これが怖いんです」
「えぇ……めちゃくちゃヤバイのが襲ってきても、相手が何なのか分からないってこと?
そんなの危険すぎるじゃない、早く岩場まで渡ろう! カメさん頑張って!」
「ガフゥゥ」
リンはステラが召喚した【ジャイアント・スナッパー】に乗せてもらっている。
しかし、水棲ユニットとはいえ沼のワニガメ。急かしたところで、それほどスピードは出ない。
「リン殿、ここは”めーゆー”が加勢するであります!
こんなときのための我が空軍!」
勢いよく機械のサメの上で立ち上がり、ソニアは1枚のカードを取り出す。
彼女の場合、とても長い召喚のパフォーマンスが入るのだが、今は非戦闘状態なので問題ない。
というか、海上でそこまでするバランス感覚のほうに驚かされる。
「光よ 闇よ 真理よ 栄光よ
虚ろなる世界の盟約に従い 今こそ封印より解き放たん
ユニット召喚――いでよ、【オボロカヅチ】!」
Cards―――――――――――――
【 オボロカヅチ 】
クラス:レア★★★ タイプ:飛行
攻撃1700/防御2500
効果:このユニットとバトルした瞬間、【タイプ:水棲】と【タイプ:飛行】のユニットは、ターン終了まで攻撃と防御が半分になる。
スタックバースト【朧雷鳴閃】:瞬間:このユニットは1回の攻撃宣言で、相手のユニット全てに攻撃できる。
――――――――――――――――――
「ウルォオオオオーーーーーッ!!」
騎士の兜のように無機質な顔と、刃のごとき4枚の翼、闇と雷光で構成された実体のない怪物。
何度も周回を繰り返して、ようやく捕獲した大渓谷の主。
その翼にあざやかな稲妻を走らせながら浮遊する姿は、海の上で見ても堂々たるものだった。
「わあ~、【オボロカヅチ】だ! やっぱり、かっこいい~!」
「フッ……水に潜れなくとも、我がしもべは一騎当千であります!
っと、モンスター発見! 3時の方角より敵機襲来!」
「え……敵機って、あの鳥が?」
海上に浮かんだリンたちに逃げ場はなく、モンスターから見れば格好の標的。
空からも襲撃者が飛来し、5羽の海鳥が襲いかかってくる。
その姿を確認した瞬間、ステラは慌てた声で警戒をうながした。
「あれは、まずいです! 絶対にあの鳥からダメージを受けないでください!」
Enemy―――――――――――――
【 バンデット・スクア 】
クラス:コモン★ タイプ:飛行
攻撃300/HP200
効果:プレイヤーにダメージを与えたとき、手札からカードを1枚破棄する。
スタックバースト【巧みな強奪】:永続:上記の効果で破棄したカードを、即座に自分のものとして使用する。
――――――――――――――――――
翼長1m程度の、モンスターとしては小柄な海鳥。
全体的に灰色なため、首から胸にかけて『∨』の字のように生えた黄色の羽根が目立つ。
現実世界の地球にも生息する、トウゾクカモメという鳥をモチーフにしたモンスターだ。
基になった鳥の生態は凶悪極まりなく、ペンギンのヒナを親から強奪して捕食することで知られている。
「ちょっ……ウソでしょ!? こっちの手札を盗んで使ってくるの?
あたし、【全世界終末戦争】とか持ってるんですけど!」
「持ってきたんですか! そんなものを奪われたら、私たちは全滅です!」
「水面下の次は空からの襲撃。これでは、まるで潜水艦と爆撃機に狙われた輸送船……!
ですが、空の戦いは第三帝国空軍、ソニア・シルフィードにお任せあれ!
【オボロカヅチ】、対空迎撃用意!」
「オオオオーーーーーーーーーーーッ!!」
機械のサメ【キラージョー】に乗って仁王立ちになり、マントをはためかせながら腕を組むソニア。
その姿は幼いながらも勇ましく、絶対防御を展開したときのクラウディアによく似ている。
飛来してくる【バンデット・スクア】は5体。
それに対し、友軍から上がった迎撃機は飛行モンスターへの特攻効果を持つ。
「よし、こちらの先攻! 天気晴朗なれども波高し!
我が左目に宿りし光よ、雷精の加護を授けたまえ――属性開眼!」
空中で立ちふさがった【オボロカヅチ】と同様に、ソニアの黄色い左目から電流がほとばしる。
格好の獲物を見つけて飛んできたカモメたちは、強力な★3ユニットに阻まれてギャアギャアと叫び声を上げた。
しかし、ミッドガルドのモンスターは特殊な状況でない限り、ユニット1体につき3体までしか防げない。
このままでは2体の鳥がすり抜け、リンたちは水中を泳ぐユニットで相手をすることになる。
ソニアの例えを借りるなら、爆撃機を相手に潜水艦で戦うくらい不利な状況だ。
「うっ……【デスモドゥス】を出します!」
「ステラ殿、手出しはご無用! あれはわたしの獲物として全部いただきます。
我が空軍は、いつでも新規メンバーを募集中ですので!」
言いながらソニアが1枚のカードを天高く掲げると、それに応えるかのように【オボロカヅチ】は全身に高圧電流をまとう。
それはリンたちにとって、まったく予想外なカードだった。
「ふふふ、お見せしましょう、これが我々の――最・大・出・力!」
「ウルルルル……オオオオオオ……ッ!」
「あれは、まさか……スタックバースト!?」
「ウソ? いつの間に!?」
「予選の前半で負けてしまいましたので、わたしには周回する時間があったのですよ。
途中からはユウ殿にも手伝ってもらって、無事に2枚目を手に入れました」
「兄貴と一緒だったの? あのバカ……そんなこと、全然あたしに言わなかったのに」
リンたちが予選で戦っている間、ソニアはひたすら渓谷に通い続けていたらしい。
1枚手に入れただけで満足することなく、さらなる力を求めて努力を重ねる姿勢。
そして、それに兄が助力していたことまで、何もかもが想定外。
「いざ放たん! スタックバースト、【朧雷鳴閃】!!」
「オオオオオオオオオーーーーーーーーーッ!!」
そして、空を閃光が駆け抜けた。
大気を引き裂かんばかりの雷鳴と、広範囲を焼き尽くす電流放射。
ただでさえ飛行への特攻がある【オボロカヅチ】の攻撃が拡散され、★1モンスターに対してオーバーキルな雷撃が叩き込まれる。
一瞬にして3体のカモメが粒子と化して消え去り、残る2体も逃がすことなく巨体で封鎖。
そこからの展開は一方的な攻勢で、1ターンに1体ずつ雷で撃ち落とされていくのみとなった。
「よしっ、防衛完了! 全機撃墜!
リン殿を見習って、わたしもユニットに尽くさねば。
【オボロカヅチ】、ご苦労であります!」
「ウルルルルル」
ビシッと空軍式の敬礼をして、戦果をねぎらうソニア。
ゆっくりと高度を下げてくる雷の化身は、もはや彼女の代名詞となりつつあった。
残念ながらカモメは5体とも消えて捕獲できなかったが、空軍は少しずつ本物に近付いている。
「ソニアちゃん、どんどん力を付けてますね……」
「気を引き締めてないと、あたしたちも油断できないなぁ。
あの子、数年後にはクラウディアと同じくらい強くなってるかも」
15回もの予選を制したリンですら、これは笑い事じゃないと焦りを感じる。
実際、今のリンが連れている『スピノサウルス&ネレイス』の水棲タッグが、ソニアを相手にしたらどうなるのか。
どう考えても、【オボロカヅチ】のほうが有利だろう。
水棲と飛行に対するステータス半減効果だけでも厄介なのに、それを拡散してばら撒いてくるのだ。
範囲攻撃の【朧雷鳴閃】でネレイスが倒され、スピノサウルスへの強化が消える。
そうなると、仮にスピノが2回スタックバーストしていたとしても、【オボロカヅチ】の防御2500を超えられない。
「これから水棲ユニットを強化していくけど……そうなると、いつかソニアちゃんが強敵になるんだね。
いや~、同じギルドに強い人がいると大変だよ」
「私もクラウディアに負けてから、あの鉄壁をどうすれば抜けられるのか考え続けてます。
いい意味で、気を抜くことはなさそうですね」
そんなことを語りあうリンとステラも、いつ、どこで戦うことになるのか分からないのだ。
クラウディアに誘われて入ったギルドだが、所属するメンバーたちには良い成長の場になっている。
「それじゃあ、今のうちに進んじゃおうか」
「そうですね。【ジャイアント・スナッパー】、あと少しなので頑張ってください」
「ガフゥウウ」
リンたちを乗せた大きなワニガメは、泳ぎ慣れない海を少しずつ進んでいく。
水中と空をユニットに護衛してもらいながら、やがて一行は沖の岩場へと辿り着いたのだった。




