第2話 水平線に願いを その2
「リンのユニット……また不思議なものを見つけてきましたね」
「釣りはさっぱりだったのに、なんでこういうところで運を使うかなぁ……」
リンは水棲ユニットを捕まえるために、わざわざ海までやってきた。
ごくまれに魚のモンスターが釣れるらしく、それを狙って3人で釣りをしていたはずなのだ。
しかし、彼女の手にあるのは『財宝のカギ』という謎のアイテム。
それを砂の中から掘り出したアルルーナは手柄を誇ることもなく、のんびりと太陽の光を浴びている。
「きっと海賊の秘宝であります! 海といえば宝探しが定番!
富、名声、力! 全てを手に入れた伝説の海賊が、この大海原に財宝を隠して――」
「ソニアちゃんは、ああ言ってるけど……実際どうなの? これって何のカギ?」
「私にも分かりません。
このミッドガルドに海賊がいたという話は聞いていませんし、そもそも宝物があるなら、もっとプレイヤーが来てると思います」
「あ~、たしかに。みんなで押し寄せてくるよね」
岩混じりの砂浜を見てみるが、リンたち3人の他にプレイヤーの姿はない。
ここで宝物が見つかるという情報が知れ渡っているなら、たくさんの人が来ているはずだ。
なお、とても長いので割愛するが、先ほどからソニアは海賊の秘宝についての壮大な物語をノンストップで語り続けている。
「もしかしたら、知られていない隠しイベントのキーアイテムなのかもしれません」
「キーアイテム? 文字どおりカギってこと?」
「はい、何か特別なアイテムを持っていたり、特定のNPCから情報を聞いたり。
そうした手順を踏まないと発生しないイベントが、ミッドガルドにはあるんです。
どこかでカギや宝物についての情報を聞いたことはないですか?」
「ううん、全然。そもそも海に来たのは、宝物が目当てじゃなかったでしょ?」
「ですよね……いったい何がトリガーになってるんでしょうか。
アルルーナが特別なアイテムを【物資収集】できるという情報もありませんし」
「ぴゅ~い!」
と、2人が考え込み、1人がいまだに海賊伝説を語り続けているところへ、【物資収集】に出かけていたネレイスが海中から飛び出してくる。
その手に持っていたのは、サッカーボールくらいありそうな大きな貝のカラ。
Tips――――――――――――――
【 アンモナイト(大) 】
地球上では滅びてしまった古代生物の貝がら。とても大きいサイズ。
ミッドガルドの海では、アンモナイトを生きた姿で見ることができる。
――――――――――――――――――
「わぁ~、おっきな貝がら!
この海にはアンモナイトがいるんだって!」
「スピノサウルスがいるくらいですからね。
実はこのミッドガルド、本来は違うゲームとして作られていて、恐竜や古生物を捕まえてペットにする作品だったそうです。
でも、開発中に会社がなくなってしまったので、それを『Will’s』が買い取って組み込んだ結果――」
「ちょっと待って、ウィルズって何?」
「『ウィルズ・カンパニー』、ラヴィアンローズを開発しているゲーム会社です。
アメリカに本社があって、この日本ワールドは東京の支社で運営と管理をしているみたいですね」
「へぇ~、そうなんだ……
あ、ネレイスちゃん、ありがとう」
「ぴゅい!」
海から上がったばかりなので全身が濡れていたが、リンはネレイスの頭を撫でてねぎらう。
今は探索用のラフな服装で、そもそも濡れてもすぐに乾く世界なのだが、服のことよりもペットへの愛情が上回った。
「そういえば、アルルーナちゃんにもお礼を言ってなかったよね。
めずらしいものを見つけてくれて、ありがとっ。
そんなに陽の光ばっかり浴びてると、カラカラになっちゃうよ?」
「……ぷぅ」
「ほら、お水を飲もうね」
「んく……んく……」
リンはコンソールから水の入ったペットボトルを取り出し、アルルーナに飲ませてやる。
モンスターの幼女たちを世話する姿は、もはや母親か保育士のようだ。
その微笑ましい光景を眺めながら、ステラも目を細めていた。
「いつもリンが可愛がっているから、良いものを持ってくるのかもしれませんね」
「そうかな? ユニットを大事にしてる人なんて、他にもいっぱいいると思うけど。
ところで……スピノ親分、今回は遅いなぁ」
「たしかに、まだ戻ってきていないようですが」
と、2人が話しているところに、海面からザバーッと巨大な影が浮上する。
その状態から水をぶちまけられたことがあるので、リンは慌てて距離を取ったが、スピノサウルスが口に咥えてきたのは大型の魚。
Tips――――――――――――――
【 クロマグロ 】
全長3m、体重400kgに達する大型の海水魚。地球では絶滅危惧種。
黒いダイヤと呼ばれ、時には1匹あたり数千万から数億円で取引されることも。
高級な赤身が大量に取れるが、解体には熟練の技法を要する。
――――――――――――――――――
「マグロだよ! ヤバイね、大トロも中トロも食べ放題じゃん!
さっきまで全然釣れなかったのに、あっさり大物をゲットしちゃった」
リンの2倍ほどもある新鮮なマグロが、恐竜の口からドサッと降ってきた。
現実世界では滅多に食べられない高級魚や、すでに滅びてしまったアンモナイト。
このVR空間の海には、ファンタジーから古代まで様々な生物が棲んでいる。
ステラの話によれば、元々は恐竜のゲームとして開発されていた要素らしい。
海から上がってきたスピノサウルスも、ひときわ人気の高い超大型種だ。
「親分も、ありがとう!
とりあえず【物資収集】は終わったけど、宝探しと魚釣り、どっちをやろうかな?」
「こうなってくると運が絡むので、どちらとも言えませんね。
リンがやりたいほうでいいと思いますよ」
「ん~、じゃあ、とりあえず宝物を探してみよっか。
せっかくカギが見つかったんだし、財宝が何なのか2人とも気になるでしょ?
このあたりに怪しい場所があるはずなんだけど」
「怪しい場所ですか……
こういうとき、クラウディアのドローンがあると便利そうですね」
「かくして、全てを手に入れた海賊王は財宝を隠すために――
って、お姉さまのドローンでありますか!?
ううっ……わたしが使役する飛行ユニットでは、残念ながら偵察まではできないのです」
ようやく壮大な物語から戻ってきたソニアを連れて、砂浜の探索をしてみる一行。
しかし、カギを使えそうな人工物など、まったく見当たらない。
あたりに広がるのは岩まじりの砂浜と、来るときに通ってきた森林。
それ以外は彼方まで続く水平線に、沖のほうにある大きな岩場。
「あの岩場まで行ってみるしかないか~。
けっこう距離があるから、親分の背中に乗るしかないかも」
「カードで水を凍らせて渡るには、少し遠すぎますね。
背中に乗ってしまうとスピノサウルスは攻撃できなくなるので、リンは私のユニットに乗ってください」
「そっか、その手があった!」
「わたしは自分のサメに乗るであります!」
見ているだけなら美しい海だが、ここは野生モンスターだらけのミッドガルド。
★1のアルルーナを水上に連れていくのは危険なため、召喚を解除してカードの中に戻す。
そうしてリンはステラが召喚したカメ【ジャイアント・スナッパー】に同乗し、ソニアは機械のサメ【キラージョー】を水に浮かべた。
フリーになったスピノサウルスは、ネレイスと共に戦闘を担当する。
海岸に砂浜しかない以上、宝物が隠されていそうな場所は沖の岩場しかない。
直感めいたものに導かれながら、リンたちは危険な海上を進んでいくのだった。




