第1話 水平線に願いを その1
「うぃ~っす……って、もう誰もいないよな」
「私がいるわよ」
「おおっと、デッキの調整中か」
ガルド村のコテージに遅れてやってきたユウは、室内に残っていたクラウディアと挨拶を交わす。
彼女はテーブルの上に資料やカードを広げ、数々のコンソールウィンドウを開いて徹底的な数字の計算をしていた。
何ターン目の手札に、どのカードを何%の確率で引くのか。
緻密なデータを基にデッキを調整し、使用率が低そうなカードは本当に入れるべきかを吟味する。
「うっわ~……いつもそんな感じなのか?」
「機械デッキを使ってるせいかしら、こうしてメンテナンスをしないと落ち着かないのよね。
もっとも、計算を徹底したところで勝てるとは限らない。
あなたやリンは直感でデッキを動かすタイプでしょ?」
「まあ、そうだが……リンたちはもう出かけた後だよな」
「ええ、どこに行くのかは内緒と言っていたけれど」
「大会じゃライバルだし、手の内は見せられないってことか。
っと、俺も邪魔しちゃ悪い。ひとりで探索に行ってくるわ」
来たばかりだというのに、軽く持ち物とデッキを確認するだけで出発しようとするユウ。
その後ろ姿をクラウディアが引き止める。
「例の話は考えてくれたかしら?」
「一応はな……でも、本当に俺でいいのか?」
「少なくとも、私はあなたが適任だと思ってるわよ。
ギルドのサブリーダーがやることは、私がいないときの代理だけだし」
クラウディアは年長の高校生にして唯一の男性であるユウを、【鉄血の翼】の副官に据えようとしていた。
サブリーダーにはメンバーの加入と除名の権限が与えられる他、ギルド対抗イベントへの参加申請なども行える。
無論、ユウはそこまでのことをするつもりはない。
クラウディアとしても、自分に用事があってログインできない場合の代理を用意しておきたいだけだ。
「管理者権限をもらってもなぁ……
俺の腕なんて、このギルドじゃ下から数えたほうが早いぞ?」
「こういった役職に必要なのは、決闘の強さじゃないわ。
見てのとおり、サクヤは自由に歩き回ってるから役職で縛られたくないだろうし、リンとソニアは経験が浅すぎる。
そうなると残りは2人だけど――もしも、あなたを差し置いてステラをサブリーダーにしたら、あの子はどう思うかしらね」
「それは……俺に対して悪いと思うかもな。ステラは繊細で真面目な子だから」
「ふふっ、メンバーのことをよく分かってるじゃない。
逆にユウがサブリーダーになれば、年下の子たちは納得するはずよ。
少なくとも、あなたは信頼されているし、リンのことを心底嫌ってるわけでもない。
それは同じく妹を持つ者として共感できるわ。飛びきり世話が焼けるけど、可愛い妹だもの」
「ううっ……なんだか、見透かされてる気分だぜ」
「共感よ、あくまでもね。
一応、サクヤにも相談してみるけど、異議申し立てがない限りはあなたが適任だと思ってる。
前向きに考えてもらえるとうれしいわ」
言いながら微笑むクラウディアに、ユウは苦笑するしかなかった。
カードゲームとは、いかに自分がやりたいことを通すのか競いあうようなものだ。
デッキという名の下地を作り、カードという名の手段を使って、対戦者を自分の戦略に引っ張り込む。
中学生にして大人顔負けのプレイヤー、クラウディア。
彼女の言葉をひっくり返すものなど、そうそうあるはずがない。
「分かったよ、サクヤが反対しないなら俺がやる。
ただし、代理だからな。あまり期待はしないでくれ」
そう言ってコテージから出発するユウに、背後から『ありがとう』と言うだけ。
たったそれだけのことだが、クラウディアはまた一歩、ギルドが盤石なものになったと確信したのだった。
■ ■ ■
「おかしい、こんなの民主主義じゃない」
一方、その頃――青い水平線を眺めながら、リンは悲観にくれていた。
かれこれ1時間ほど海に向かって釣り糸を垂らしているが、彼女のウキはプカプカと水面に浮かんだまま。
「おおっ、また釣れたであります!」
「ソニアちゃん、調子がいいですね」
一方、ステラとソニアは次々と魚を釣り上げていた。
水棲モンスターではないが、食材アイテムとして使える新鮮な魚だ。
キャッキャと楽しそうに騒ぐ友人を横目に、リンは再びため息をつく。
そう――これは友人たちと釣りに行った結果、ひとりだけ何も釣れないという謎の現象。
使っている竿やエサは同じはずなのに、なぜか釣れないのだ。
釣り竿のリールをカリカリと巻き上げてみるが、エサの小エビはきれいな姿で針にくっついたまま。
「これが格差社会かぁ……いったい何が悪いんだろ?
エサは2人と同じはずだけど」
ひとりだけ釣れないときほど退屈なものはない。
ステラたちも最初は励ましてくれたが、だんだん気まずくなってきている。
「エサを変えてみるというのも手ですよ。できれば、私たちとは違うもので」
「然り。もしかしたら、エビは食べ飽きてるのかも――おおっと、かかった!」
「食べ飽きてないじゃーん!」
会話をしている間にも、ソニアはまた1匹釣り上げる。
使っているエサはリンと同じ小エビなので、まったく説得力がない。
「う~ん……他に使えるエサは、虫、カニ、魚肉、イカ……カエル?
水晶洞窟でコボルドちゃんが取ってきた大きなカエル、釣りに使えちゃうんだ……
でも、あれは嫌だなぁ」
「一旦、釣りをやめて気分転換するのはどうでしょう。
そういえば、まだ【物資収集】をしていなかったような」
「あっ、そうだった! アイテム収集しないと、もったいないよね。
3体目のユニット、今日はいつもと違う子を連れてきたんだ~。
カードから出してあげなくちゃ、ユニット召喚!」
釣りを中断して、リンはカードからユニットを呼び出す。
ミッドガルドに連れてこられるユニットは3種類まで。
ネレイスとスピノサウルスで2枠を使っているため、残りは1枠。
特に何も考えていなかったリンは、これまで連れてこなかったペットを選んでいた。
Cards―――――――――――――
【 アルルーナ 】
クラス:コモン★ タイプ:植物
攻撃200/防御400
効果:このユニットが召喚されたとき、自プレイヤーのライフを200回復させる。4000以上にはならない。
スタックバースト【絡みつくツタ】:瞬間:ターン終了まで、目標のユニット1体の攻撃力を、このユニットの防御力と同じ数値だけ下げる。
――――――――――――――――――
「……ぷぃ」
緑色の葉やツタに身を包んだ人型の植物ユニット、アルルーナ。
アルラウネという怪物の幼体で、とても物静かでマイペースな性格をしている。
眠そうな目でジーッと見上げてくる姿は可愛いのだが、いつもと違うミッドガルドの海辺に来ても、まったくリアクションがない。
「アルルーナちゃんを連れてきたんですか?」
「うん、ずっとあたしのルームで日光浴してるだけだったからね。
さて……ネレイスちゃんは、まだ海の中かな?」
半人半魚のネレイスは、海中へ遊びに行ったまま帰ってきていなかった。
青い水面を見ても居場所は分からないので、こういうときにはアイテムを使う。
Tips――――――――――――――
【 集合ホイッスル 】
どれだけ遠くにいても聞こえるホイッスル。
吹くと所有しているペットを自分のところに呼び寄せる。
――――――――――――――――――
体育の授業で使うような、首から下げるタイプのホイッスルを取り出したリン。
それをピリリッと吹き鳴らすと――真っ先に動いたのは浜辺で休んでいた大型恐竜だった。
「ゴガァアーーーーーーーッ」
「おわあああっ!? 親分はいいんだよ、ずっとそこにいたんだから!」
笛で呼ばれたイヌのように駆け寄ってくるスピノサウルスは、さすがに威圧感がありすぎる。
すっかり懐いて忠実になってくれたのは良いのだが、ちょっとじゃれつかれるだけでも命に関わるのだ。
それを制止して海に向き直ると、ちょうど黒い影が元気よく上がってきたところだった。
「ぴゅ~い!」
「おお~、ごきげんだね。海の中は楽しかった?」
「きゅきゅ~っ!」
「うんうん。喜んでくれるなら、あたしもうれしいよ」
スーパーレアの【アルテミス】のように、よほど高度なユニットでない限りユニットは言葉を話さないが、それでも意思の疎通はできる。
ミッドガルドの海に来たネレイスは、まるでプール遊びをする子供のテンション。
唇が紫色になっても泳ぐのをやめない夏休みの児童のようだった。
「じゃあ、みんなで海の宝物探しを始めるよ! 【物資収集】!」
「グルルルルルッ」
「ぴゃ~う!」
「……ぷぅ」
スピノサウルスとネレイスは海の中へ入っていき、さっそくアイテム収集を始める。
――が、アルルーナは返事をしただけで、まったく動こうとしない。
「えっと……アルルーナちゃん? 【物資収集】だよ?」
「……ん」
「あれ? 返事はするけど、動かなくなっちゃった。
海には入りたくないってことなのかな」
あまりも動かないので心配になってきたが、やがてアルルーナは植物のツタを砂の中に潜り込ませ、埋まっていた空きビンを掘り起こす。
それを突き出してリンに受け取らせると、再びマイペースに光合成を始めてしまった。
「えっ、このビンが収集アイテムなの?
中に何か入ってるけど、これは……」
ビンの中にはカラカラと鳴る金属製の物体が入っている。
蓋になっていたコルクを抜いて取り出すと、その瞬間に【物資収集】で得たアイテムのTipsが表示された。
Tips――――――――――――――
【 財宝のカギ 】
どこかに隠された宝物があるようだ。
このカギが見つかった場所の近くに、怪しい場所はないだろうか?
――――――――――――――――――
「…………は?」
掘り出された空きビンから出てきたアイテムの正体――それは古びた1本のカギであった。




