プロローグ
「すっすめ~! ゴー、ゴー!」
樹木が生い茂るミッドガルドの森林を、巨大な恐竜が疾走する。
その速度はすさまじく、1歩ごとの幅が大きいため人間の足とは比較にならない移動距離だ。
森のケモノ道にせりだした枝葉をへし折り、多少の悪路など物ともしない超大型生物。
それはかつて白亜紀の水辺を支配していた王者、スピノサウルスであった。
ミッドガルドでは初見殺しのような場所に配置され、熟練者でも上から潰されかねない凶悪な野生モンスター。
リンは幸運にも引き当てた月の女神【アルテミス】を足がかりに、この強力な恐竜を3枚も手に入れたのだ。
「きゅきゅ~っ!」
スピノサウルスの背にリンと同乗して楽しげな声を上げているのは、ネレイスという水の精霊。
ニンフと呼ばれる神の血族であり、幼い半人半魚の姿が可愛らしい。
そのスキルによってスピノサウルスと共存関係にあるため、全く違う時代の存在でありながら、2体は相棒のように仲良くなっていた。
そんな【タイプ:水棲】のユニットたちを強化するべく、リンは遠出して新しいモンスターを捕獲しようとしている。
目指すは森林の向こうにあるという海。
道のりは長く、森には危険な生物も潜んでいるが、疾走する15mの大型恐竜に追いついて襲うほどの脅威はいなかった。
「見えてきたであります! ほら、向こうに青い水平線が!」
「わぁ~、海だ~!」
リンは自分のルームを南の小島にしているため、海など毎日のように見ている。
それでも広い水平線を前にすれば、人は心躍るもの。
森を抜けた先に広がる大海原に向かって、恐竜に乗った少女たちは突き進んでいく。
■ ■ ■
「んん~っ、ミッドガルドの海っていうのもいいね。
あたしのルームと違って、生き物がいっぱい棲んでそうだし」
スピノサウルスの背から降りたリンたちは、さっそく広がる海辺と潮風を満喫する。
南の小島とは違い、大陸の沿岸でよく見られるような岩礁混じりの砂浜だ。
少し離れた沖のほうに大きな岩場があるのを除けば、ひたすら美しい水平線が続いている。
「危ないモンスターがいなかったら、水着になってあの岩まで泳ぐんだけどな~」
「水中には何がいてもおかしくないですからね」
「でも、気分的に着替えるのはありかもです。
水着だからといって、泳がなければいけないという理はないですぞ」
「うん、たしかに! やっぱり持ってくればよかったかな、水着」
この海辺に来たのはリンの他に2名。魔女のステラと、ミリタリーな服を着たソニア。
兄のユウも誘ってみたが、今日はリアルのほうで用事があるためログインが遅れるらしい。
「クラウディアとサクヤ先輩は単独行動。
大会で当たるかもしれないし、お互いのデッキは分からないほうがいいよね」
「そうですね。特にここでリンが何かを捕まえたら、他の人にとってアンノウンな情報になります」
「大会の要項にも書いてあったけど、出場する選手は負けるまで他の試合を見ちゃいけないみたい。
どんなカードを持ってるのか、戦うまで分からないってことかな」
15回もの決闘が行われた『ファイターズ・サバイバル』の予選。
激戦を通過して本戦へと進んだリンやクラウディアたちは、お互いの情報を秘匿するために距離を取っていた。
残念ながら敗退してしまったステラとソニアは応援に徹し、こうしてデッキの強化に協力してくれている。
本戦までの1週間、この海辺で水棲ユニットを捕獲するのがリンの目標だ。
「すでに野生モンスターがいますよ。あれを見てください」
「え……? あれがそうなの?」
ステラが指をさす先にいたのは、大きなハサミを持つ60cmほどの甲殻類。
日本の海岸では見られないような、かなり大きなサイズのカニだった。
Enemy―――――――――――――
【 トラップ・キャンサー 】
クラス:コモン★ タイプ:水棲
攻撃100/HP500
効果:このモンスターは相手からの攻撃目標にならず、ガード宣言もできない。
スタックバースト【強靭なハサミ】:特殊:上記の効果を解除。攻撃を受けるまで、このモンスターの【クラス】以下のユニット1体と共に行動不能になる。
――――――――――――――――――
人間の視線に気付いたのか、カニは素早く砂をかき分けて潜り、完全に見えなくなってしまう。
しかし、データとして表示されたスタックバースト効果は強力なもの。
がっちりとハサミで相手を捕らえ、自分ともども動きを封じ込めてしまう。
「あんな風に隠れるので、向こうからは襲ってこないんですけど、うっかり手を出すと大変です」
「うわ~、スタックバーストを使ってくるまで何もできないし、発動したらしたで厄介そうだし……
そういえば、【クラス】の★を増やすリンクカードもあるんだっけ。
あのカニを上手く使えば、アンコモンまでは行動不能にできるんじゃないかな?」
「罠は戦場でも有効な手段!
ですが……コモンユニットのスタックバーストに、効果増幅用のリンクカード。
それで相手のアンコモン1体を動けなくするだけでは、いささかコストが掛かりすぎだと思うのです」
「ソニアちゃん、小学生なのにすごく冷静な計算をするよね」
自分よりもソニアのほうが明瞭な視野を持っていることに冷や汗を流すリン。
実際のところ、現実的な使いかたをするには少々手間が掛かる計画だ。
「じゃあ、準備をしましょうか。
モンスターを探し出して戦ってもいいのですが、リンは水棲タイプが欲しいんですよね?」
「そうだね。できれば、きれいで可愛い感じのお魚がいいかな」
「それなら効率的なのは、古来からの定番で――」
言いながらコンソールを操作してアイテムを取り出すステラ。
スルスルと長く伸びたのは、ミッドガルドの水辺で使える道具のひとつ。
「やっぱり、海では釣りをするのが一番です」




