第24話 新たなる舞台へ
「お……お……おおおおお~~~~~~~っ!!」
新しい服をポイントで買い、さらに決闘用の一張羅だった衣装と合成。
割と失敗できないコスチューム合成だったのだが、完成品を着たリンは感嘆の声を上げる。
ブレザー風の勝負服が進化し、白い布地と蛍光色がさわやかに融合。
上着はお腹が見えるほど短くなり、健康的な範囲内で肌の露出が増えた。
しかし、それ以上に目を引くのがサイバーなパーツで作られたネコ耳と、腰の後ろから生えたチューブのような長い尻尾。
サクヤが付けているキツネの耳と尻尾とは違い、機械的なデザインの装飾品である。
「できた! できたよ、あたしの新しい服!」
「ネコ耳と尻尾ですか、見違えるほど可愛くなりましたね」
「おお~、ちゃんとネコみたいに尻尾が動くのです!」
「いいでしょ~。サクヤさんを見て、ああいうのが欲しいって思ってたんだ」
柔らかな素材で作られた尻尾は、ある程度自分の意志で動かすことができた。
人間に尻尾が生えたらこんな感じになるのかと思いながら、リンは左右に振ったり回したりしてみる。
「ステラ殿は黒魔術の力を強め、リン殿はサイバーキャットに。
そして、わたしは炎と雷の使い分け。
これで3人とも無事に1凸でありますな!」
「1凸……?」
「ゲーム用語で、上限突破のことですね。
こうして、少しだけ姿が進化したりするんです」
「へぇ~、ワイバーンちゃんの成長みたいな感じかな?
とにかく、これでカードと衣装は準備OK!
あとはミッドガルドでモンスターの捕獲だけど、やっぱり水棲ユニットを確保したいんだよね」
「そうなると、私が使ってる沼のカメ【ジャイアント・スナッパー】。
水晶洞窟の水辺にいるヘビ【ケイブ・パイソン】。
あとは渓谷のワニ【キャニオンゲイター】ですね」
ステラが口にしたのは、どれも見たことがあるモンスターの名前だ。
それらを1体ずつ思い出しながら、リンは首をかしげて難しい顔をする。
「う~ん……水棲ってトカゲっぽいの多くない?
こう、お魚みたいなのをイメージしてたんだけど」
「お魚もいますけど、たくさん会いたいなら海に行くのが一番です。
けっこう距離があるので、行くならサポートしますよ」
「海への遠征! わたしも同行するのです!」
「海か~! 水着持ってったほうがいいかな?」
「危険なモンスターがいるので、海水浴はちょっと……
でも、釣り竿や酸素ボンベがあると便利ですよ。
大抵のものは、このショップで買えると思います」
「ちょうどいいね! それじゃあ、みんなで準備して海のモンスターを捕まえよ~!」
「「おーーーっ!」」
大会前の1週間、選手たちは頭を悩ませ、最後の調整に勤しんでいるのだが――
しかし、リンはまだ見ぬ場所や、野生モンスターとの出会いに思いを馳せていた。
それが吉と出るのか、凶と出るのかは分からない。
仲間たちと共にラヴィアンローズの世界を知り、もっと好きになることを彼女は動力源にしている。
1週間もデッキについてひたすら悩むのは、むしろ、もったいない時期なのだ。
「あ~あ、情けないなぁ」
と――リンたちが楽しげにショッピングをしている頃、ガルド村のコテージでは静かな動きがあった。
室内は非常に広く、クラウディアが運営する小規模ギルドとは比較にならない人数が所属している。
日本サーバー屈指の強豪ギルド、【エルダーズ】。
かつてクラウディアたちが所属していたギルドを前身とし、今ではプロセルピナがリーダーを務めているエリート集団。
ギルド対抗戦の優勝トロフィーが飾られた会議室には、ギルドの中でも特に優れた者――
管理者権限を与えられた『七人衆』と呼ばれる者のみ、座ることが許された席が7つ。
その頂点である上座でうつむきながら、プロセルピナは黙って言葉を聞いていた。
「この【エルダーズ】が全員で参加して、『サバイバー』になったのはボクひとりだけ?
ウチって、こんなに弱いギルドだったっけ?」
そう言って他の6名を見渡したのは、ひとりの小柄な少女。
ぶかぶかのパーカーを着た細身の体型と、ピンクに水色のメッシュが入った派手な髪。
その表情からは無気力さを感じるが、彼女はこのギルドでただひとり、15回を勝ち抜いて『サバイバー』の称号を獲得した強者である。
「言葉が過ぎるぞ、アリサ」
「女子中学生に1ダメージも通せないまま負けたオッサンは、黙っててくれないかなぁ?」
「ぐっ……ぬ……!」
はるかに年上の中年男性から諌められても、即座に一蹴。
その男性は予選でクラウディアと戦って負けており、他にもリンに破れた者が2名。
「まこと、恥ずべきことよ。我らは強豪の中の強豪というべき七人衆。
そのうち3名が、年端もいかぬ小娘にしてやられるとは」
そう言って腕を組むのは13回戦で破れたサムライ、ホクシン。
【エルダーズ】が不甲斐なく惨敗したことには悔しさを感じているが、内心ではリンとの白熱した勝負に満足していた。
堂々と真正面から斬りあって負けたのだから、武士として悔いはない。
そんな彼を見透かしたかのように、アリサと呼ばれた少女はサムライを一瞥する。
ギスギスとした険悪な空気が漂う中、ようやく意を決したプロセルピナが口を開いた。
「こんな結果になってしまった責任は、わたくしにあります。
毎月レアカードを集めるというノルマを課し、他でもない自分自身が厳守してきました。
それなのに、敗北した相手はレアなんてほとんど持っていない初心者……
しかも、わたくしは……なぜ負けたのか言われるまで、自分のプレイミスに気付けなかったのです」
会議室の全員に聞こえるほどの音で、プロセルピナの歯がギリッと鳴る。
彼女にとっては悔しいどころの話ではない。自分がやってきたことの全てがひっくり返されたのだ。
続くように、あごの無精ヒゲを指先でこすりながら、ホクシンが落ち着いた声で所見を述べる。
「強いカードとは、すなわち刀よ。
名匠が鍛えし一振りも、半端者が持てば”なまくら”と変わらぬ。
ただ集めることを課した結果、月々の義務に追われるばかりで、集めた刀を扱うための鍛錬を怠った。
皮肉にも自ら厳守してきた団長殿が、その身をもって示すことになったな」
「……返す言葉もありませんわ」
あまりにも的確な言葉に、プロセルピナは再びうなだれる。
この世界のレアカードは非常に手に入りにくい。
毎月1枚ずつ入手するなら、プレイ時間の大半をノルマ達成のために割くしかない。
強いカードを大量に使ってデッキを組めば、たしかに並のプレイヤーなど一方的に潰せるだろう。
しかし、自分たちには見えない部分で練習不足が積み重なり、プレイングがおざなりになっていく。
結果として、この世界を楽しみながらも着実に成長し、カードを1枚ずつ大切にしてきたリンに負けたのだ。
「ま、みんなはお通夜みたいだけどさ。
ボクが潰してきてあげるよ、徹底的に」
気だるげな表情のアリサが吐いた言葉に、『七人衆』の数名がゴクリと喉を鳴らす。
【エルダーズ】は日本でも最強格のギルドであり、プロセルピナが猛者たちを率いている。
しかし――この中で最も強いのは、リーダーではない。
レアカードを集めるばかりで腕が鈍っていたとはいえ、それでも強力なデッキを扱う者たち。
そんな彼らが何度挑んでも、この少女は絶望を与え続けてきた。
もう二度と彼女と戦いたくない。そう思えるほどのトラウマと恐怖を対戦相手に植え付けることで、ここまで昇進してきた怪物。
それがアリサという【エルダーズ】最強のプレイヤーであった。
「団長が執心してるクラウディアも、そのリンとかいう初心者も、ボクのデッキで喰い尽くしてあげる。
でもさぁ――」
最後まで言わずに、アリサは上座へと目を向ける。
その冷たい視線に交わる殺気だけで、プロセルピナはカエルのように動けなくなってしまった。
「こんな結果を招いた無能な指導者は、責任を取るべきだと思うんだよね。団長さん?」
その言葉が何を意味しているのか、場の全員が即座に理解する。
ギルド【エルダーズ】を率いてきたプロセルピナの失敗は2つ。
先ほど話しあったとおり、レアを入手することが忙しすぎて、メンバーたちの鍛錬まで手が回らなかったこと。
そして、『七人衆』という特別なギルド管理者を設ける等、あまりにも実力主義な環境にしてしまったこと。
それは良い意味で強者が得られる栄誉であり、誇りとして実感できる序列であった。
しかし――たった1人しか『サバイバー』になれなかった今、最も強い発言力を持つのは誰なのか。
もはやリーダーであるプロセルピナですら、この怪物の猛威に贖えなくなっていた。
ということで、4章も無事に完結です!
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
次回はいよいよリンにとっての大舞台、ファイターズ・サバイバル本戦!
例によって例のごとく、4章全体の手直しと5章の準備を行うため、3日ほどお休みを頂きます。
修正した箇所については後日、活動報告にてお伝えしますので、今しばらくお待ちくださいませ。




