第22話 大事な大事な1週間 その3
「え、えっと……どうでしょうか?」
「へぇ~、知ってる人の顔でも、カラコン入れるだけで印象変わるんだね。
すごく似合ってると思うよ!」
しばらくカードを吟味していたリンがステラと合流すると、彼女は左目が紫色になっていた。
普段と片目の色が違う以外に変化はないのだが、見知った顔なだけに新鮮さを感じる。
「まだまだ、『属性ヲ開眼セシ者ノ左目』は効果を発動してこそなのです!
これに関しては、わたしのほうが先輩。
属性の開眼、しかと見届けて魂に刻むであります! むんっ!」
ソニアはヒーローの変身ポーズのような体勢になり、顔の前で広げた手を通過させる。
2人しか見ていないというのに、妥協を許さない徹底したポージングだ。
「我が左目に雷鳴の光を! いざ――属性開眼!」
その瞬間、カラーコンタクトが効果を発動し、少女の左目に電流が走る。
バチバチと光りながらスパークする雷のエフェクトは、紅蓮の炎とはまた違った派手な演出だ。
「おお~、かっこいいね!」
「ふふふ、リン殿もいかがです?
これだけの効果がありながら1個800ポイント、とてもコスパが良いのです!」
「あ、意外と安い。でも……あたしは特に属性が決まってないんだよね。
光でもなければ、水でも炎でもないし」
「リンの強みは多様性ですからね。
15回の予選を勝ち抜いたのも、臨機応変な立ち回りができていたからだと思います」
「う~ん、それは割と実感あるかも。
スピノ親分は3枚入ってるだけあって出しやすいエースだけど、必ず出るとは限らないし。
そう考えると、クラウディアがデッキに1枚しかない★4を当然のように引くのはすごいよね」
「いわゆる『人間力』ですね……
そのとき、その場で最適な手札を引けているかどうかは、プレイヤーとデッキが共鳴しているとしか言いようがないです。
もちろん、ちゃんと引けるようにデッキを整えることが大前提ですけど」
かくいうクラウディアも、【ダイダロス】を引けなければ負けるのかというと、そうではないはずだ。
実際に引くまでのターンを他の防御ユニットで稼ぎ、手札がそろったところで勝負を仕掛けている。
彼女のことなので、計画が失敗した場合のプランBも用意してあるに違いない。
「お姉さまは何をやっても万能な天才なので、ヒューマンパワーは53万くらいあるのです。
さあ、それではステラ殿! わたしと同じように封印されし左目の開眼を!」
「ええっ? や、やらなきゃダメ……ですか?」
「闇属性でしょ? あたしも見たーい!」
「うっ……それじゃあ……コホン」
ステラは顔を赤らめて躊躇いながらも、先ほどのソニアと同じようなポーズを取る。
左目のエフェクトを発動させるだけなら、わざわざポーズまで取らなくても良いはずなのだが、ここは超かっこいいパフォーマンスを求められるラヴィアンローズの世界。
慣れた者であればあるほど、”なりきる”ことに長けている。
そして、ステラは2年間の経験を積んだ立派なプレイヤーだ。
「我が左目に宿りし闇よ――今こそ禁忌の扉を開かん! 属性開眼!」
発動させた瞬間の若き魔女に、もはや躊躇いの表情はない。
ステラの姿を象徴する三角帽子と衣装。さらに開眼した左目には真紅の紋章が浮かび、黒炎が尾を引いて揺らめく。
あまりにも完成されたVR世界の魔女に、リンたちは言葉を失ってしまった。
似合っているとかいう次元じゃない。
もはや、その姿で旧支配者から産み落とされたかのような、まったく違和感のない存在へと到達している。
神や魔王といったラスボスではないにせよ、強キャラなのは間違いない威圧感だ。
「す……素晴らしいのです!
この完成度は、まさに闇よりの来訪者!」
「いや~……すごいよ、ステラ。
こんなに魔女とか闇っていうイメージがぴったりだなんて!
この世界に来て色々と見てきたけど、ステラの完成度は最高峰だね」
「そ、そんなにですか?」
「ほんと、勉強になるなぁ~……
これくらいキマってる姿で撃てたらいいよね、【全世界終末戦争】」
「あの”せんめつ”兵器でありますか!
たしかに、あれを使った瞬間に発動するエフェクトがあれば、さらに迫力が増すというもの。
そうなると、カラコン以上に派手な衣装が欲しくなってきますな」
「あのカードと合いそうで、エフェクトが派手な衣装……
思いつくのは『上位悪魔変身セット』、『大天使の六翼』、『ソドムの断罪者』あたりですね」
ステラが例に上げたのは、どれも天使や悪魔をモチーフにした上級衣装。
一般的なプレイヤーがショップで買える最高のコスチュームで、当然ながらお値段もトップクラス。
「そういえば、リンの予算はどれくらい残ってるんですか?」
「いや~、ポイント交換のカードがね!
意外といい感じだったから、何枚か仕入れちゃって。
★3レアも交換したし、全部で8000くらいは使ったかな。
だから、残りの予算は9000」
「ポイント交換カードを、そんなに!?
かなりユニークなものばかりだったと思いますけど」
「まあ、使いかた次第って感じだよね。
あたしのデッキと相性が良さそうなカードも、けっこうあったよ。
たとえば――分かりやすいのだと、これとか」
Cards―――――――――――――
【 集中豪雨 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:解除するまで永続。フィールドの天候を変え、激しい雨を降らせる。
【タイプ:水棲】および【タイプ:植物】を除くユニット全ては攻撃力と防御力-300。
――――――――――――――――――
リンがコンソールを操作して見せたのは、一部の種族以外にステータス低下を与えるプロジェクトカード。
大雨が降っても影響を受けない水棲ユニットや、水に強い植物ユニットがいるときに使うと有利になる。
「へぇ~、スピノサウルスが出ているときにはいいですね」
「ほとんど親分専用だけどね。
水棲のデッキも組んでみたいけど、今からじゃ間に合わないし」
「野生のモンスターを捕まえてみるのはどうですか?
1週間あれば、アンコモンまでは狙えると思いますよ」
「ミッドガルドで強化かぁ……たしかに残り1週間でやれそうなのは、そのあたりかも」
と、そんな会話をしていると、一緒にいたソニアが驚愕した顔で固まっている。
リンよりも2ヶ月早いくらいの初心者なので、ポイント交換でカードが手に入ることを知らなかったようだ。
「ポイント交換カード! そのようなシステムが!
よもや、よもや、三ツ星のカードも手に入るのです?」
「うん……★3レアは1枚5000ポイントもするけどね」
「5000!? は、はわわ……それはもう、お年玉の残りをつぎ込むしか!」
「小学生のうちから課金すること覚えなくてもいいよ。
そこまでして交換するカードはなかったし」
じっくりと吟味して掘り出し物を見つけたが、汎用性が高いのは【集中豪雨】くらい。
その1枚ですら1000ポイントもするため、『属性ヲ開眼セシ者ノ左目』を買ってお釣りが来る値段だ。
ポイント交換カードは効果がユニークな上にコスパが悪く、少なくとも課金してまで人に勧められるコンテンツではない。
と、そこでステラが何かを思い出したかのように、パンッと両手を合わせる。
「そういえば、衣装についてですけど。
このゲームでも定番のアレができるんですよ」
いつの間にか左目の黒炎が消え、普段どおりの可憐なステラに戻ったところで、会話は意外な方向へ舵を切る。
あまりゲームをやらないリンには馴染みのない言葉だったが、分かる人には一発で分る『定番のアレ』。
「アレって何?」
「それはですね――合成です!」




