第六話 明日に備えて
「よし。とりあえずは、明日に備えなくちゃ」
スマートフォンに送られてきた一晴からのメッセージに返事を出した空実は、ふうっと息を漏らす。
夏騎の援護もあり、明日一晴の家に遊びに行くことになった。
一人では、ここまで順調に進まなかっただろう。
「夏騎の奴。完全に、面白がってわね……」
あの爽やかな笑顔の裏で、いったいどんなことを思っているのか。
感謝はしているが、今日の調子で明日も何を言われるわかったものじゃない。
それに加え、目的の双子も居る。
「メッセージで、一晴は双子もあたし達を歓迎するために張り切ってるって書いてあったけど。絶対、何か仕掛けてくるに違いない。色々と警戒しておかないと」
気合いを入れたところで、空実は自室から出ていく。
階段を降り、リビングへと向かうとそこには母親である静夜が夕食の準備をしていた。
栗色のボブヘアーがよく似合うスレンダーな女性で、赤縁のめがねに飛び跳ねた水気をエプロンで拭ったところで、コンロの火を止め、空実と向き合う。
「その表情。久しぶりにね、空実」
「まあね。最近は平和ボケしていたから」
「まあ、それもあって隣に悪魔が住み着いたことに気づかなかった……あぁ、お父さんとお母さんになんて言えば」
静夜も、空実と同じく退魔士をしていた。だが、結婚をし、空実が生まれてからは、その活動も徐々にやらなくなり、今では主婦として日々を過ごしている。
「あたしもよ。平和ボケしていたせいで、容易に術にかかってしまった。だけど、もう油断はしないわ」
「その意気よ、我が娘! 一晴くんを取り返さないとね」
「べ、別に取り返すとかそういうのじゃないから」
気合いを入れたつまりが、娘の反応に静夜はため息を漏らす。
「あなたね……もしかしてだけど、その調子で一晴くんに接してるんじゃないでしょうね? ちゃんと言ったの? 私は一晴のことが好きなのって」
「き、嫌いじゃないわよって言った」
視線を合わさず、言葉を返す空実に静夜は更に深いため息を漏らす。
「それじゃだめ! ちゃんと自分の好意を伝えなくちゃ!」
「だから、あたしは別に一晴のことなんて」
「ツンデレ!!」
「は、はあ?」
突然のツンデレ発言に、空実は疑問符を浮かべる。
「いい? 空実。今の世の中、ツンデレは受けないの! しかも、ツン多目ならなおさら! 昔は、ツンデレが大ウケしていたけど。今のトレンドは抱擁力! もしくは、デレデレ!!」
「そ、それは二次元の話でしょ!」
「あまーい!! 実際、リアルな恋愛でもツンデレは地雷属性! それに加え、幼馴染ときた! ただでさえ幼馴染は負け属性と言われることが多いのに、ツンデレも合わさるなんて!」
静夜は、二次元にのめり込んでいることは理解していた。だが、ここまで激しく語るのは初めての体験。
空実は、口を挟めないでいた。
「デレよ! デレを全面的に出さないと、あの双子ちゃんには勝てない! ツンを捨てろとは言わない。話を聞く限り、その双子ちゃんはサキュバスの力に加え、妹属性や抱擁力。その他諸々! 家族ということもありあなたより一晴くんに近い。あなたは、幼馴染という関係上一緒に過ごした月日は負けない。だけど、今やあなたは一晴くんを一度ふった女という位置に居る。これは、デメリットになるわ」
ここまで熱く、自分のために語られるともはや一切の言葉を挟まず聞いてしまう。
確かに、と。空実は、静夜の言葉に納得してしまうところがある。
相手の術にかかっていたとはいえ、一晴のことをふってしまった。
これは、致命的な汚点だ。
「まあ、一晴くんは優しい子だから。あなたのツンデレ発言でも受け入れてくれたようだけど。相手は強敵。明日は、何を仕掛けてくるかわからない。最大限の注意を払い、準備を整えるの。いい? 空実」
「……うん。わかったわ。あの双子の好き勝手にはさせない。あたしだって」
「あたしだって?」
静夜は、期待に満ちた表情で言葉を待つ。
が。
「た、退魔士なんだから! 悪魔を退治してみせる!!」
「……はあ」
「な、なによ」
「我が娘ながら、苦労するわね……」
娘の将来が心配になる。
静夜は、ため息が止まらなかった。
次回、女の戦いが幕を開ける。