第十一話 年上として
今日も、俺はエルウィーちゃんとアルフィーちゃんを迎えに行く。
夏騎と空実も誘ったんだけど、二人とも用事があるようで学校を出ると同時に別れてしまった。
夏騎はなんとなくわかる気がするけど、空実はなんだろう。
「あっ」
空実の用事のことを考えていると、見覚えのある子を発見した。
その子は、本屋から嬉しそうな空気を纏い出てきた。
大事そうに抱いているのは、本が入った紙袋だな。
「秋波ちゃん。こんにちは」
夏騎の妹である四島秋波ちゃん。
墨色の艶やかな長い髪の毛をツインテールに束ね、黒縁のめがねをかけている。
極度の寒がりなようで、毛糸のセーターは少し大きめで袖が掌の半分ぐらいまである。まあ少し暖かくなってきたとはいえ、春の冷え込みはなかなかきついからな。足も黒いタイツで包み込まれている。
「こ、こんにちは」
うーん、まだ壁がある感じか。
でも、最初の頃よりはマシになったほうだろう。最初は、目を合わせるのも苦労したからな。
「新しい本?」
「はい。今日が発売日で、予約もしていたのんですけど。学校が終わってすぐ買いに来ちゃいました」
秋波ちゃんは、本当に本を読むのが好きで、文学本から漫画、ライトノベルと幅広く読んでいる。
ちなみに今日買ったのは。
「もしかして、今日が最終巻のライトノベル?」
「は、はい。もしかして、一晴さんも」
「うん。全巻読んでる。実は、俺も買いに来たんだ」
「そ、それはお引き留めしてごめんなさい」
「いや、話しかけたのは俺のほうだから」
そんなこんなで、俺も秋波ちゃんが買ったのと同じライトノベルを購入した。
店から出ると、帰ったと思っていた秋波ちゃんが待っていた。
「帰ってなかったんだ」
「少し、お話をしてみたくて。だめ、だったでしょうか?」
「いや、俺もちょっと話したいことがあったから」
秋波ちゃんには悪いけど、学校へと向かいながら話すことにした。学校から来た秋波ちゃん的には戻ることになるけど。
「それで、話って?」
「この間、兄さんから一晴さんのご自宅に遊びに行かないかって誘われたんです」
あぁ、やっぱりその話か。
「あの時は、兄さんも一緒だからつい了承しちゃいましたけど。本当にお邪魔しても良いんでしょうか」
「別に構わないよ。むしろ大歓迎だって」
「よ、よかった……」
引きこもり体質だって夏騎は言っていたっけ。学校から帰ったらすぐ部屋に籠ってひたすら本を読む。
休みの日も、外には遊びに行かず読書。
時々出たとしても、本を買いに行くだけ。だから、誰かの家に遊びに行くという経験がほとんどないらしい。夏騎も、それを心配して提案したんだろう。だったら、俺も親友として、手助けしないと。
「それで、一晴さんのお話って」
「ああ。実は」
『お兄ちゃーん!!!』
どうやら話の重要人物達が現れたようだ。
「どうしたんだ? 二人とも」
「待ちきれなくて!」
「早くお兄ちゃんに会いたくて!」
学校で待っているはずのエルウィーちゃんとアルフィーちゃんが、待ちきれず来てしまった。
「あれ? この子って確か」
「あ、ひとつ上の秋波ちゃんだよ。アルフィー」
「どうして、お兄ちゃんと?」
「え、あ、あの……」
おっと、これは秋波ちゃん困ってるな。
「秋波ちゃんは、夏騎の妹さんなんだよ。それで、実は今度家に遊びに来るって言うから色々話してたんだ」
「そうなの?」
「いつ? いつ来るの?」
「えっと……こ、今度」
「今度って?」
「明日? それとも明後日?」
押しの義妹達に対して、秋波ちゃんは圧倒されてばかりか。まあ、秋波ちゃんの性格的に、二人は相性悪いかもしれない。
だが、だからこそ仲が良くなれば。
「それは、まだ相談中なんだよ。それと、二人ともあまりガンガン攻めると秋波ちゃんが萎縮しちゃうから。もう少し、抑えて。ね?」
「か、一晴さん……」
「はーい。お兄ちゃんがそう言うなら、そうするね」
「ごめんね、秋波ちゃん」
「い、いえ。大丈夫、です」
とりあえずは、少しずつ慣らしていくってことで。
ここは年上として、うまくフォローしないと。
親友の妹なんだ。傷つけるわけにはいかない。
「秋波ちゃんって、本が好きなの?」
と、エルウィーちゃんが問いかける。
「はい。昔から、読書が大好きで」
「あっ、そうだ。本と言えば、この間物置を探していたら珍しい本を見つけたよね」
「め、珍しい本?」」
お? やはり本の話題に食いつくか。二人も、さっきよりも抑え気味で話している。
「うん。なんだっけ……絶版本って言うんだっけ?」
「ぜ、絶版本!?」
絶版。つまりは、もう発売しないということだ。古本屋やネットなどで売っていることもあるが、中々手に入らない本と言っても過言ではない。そもそも絶版となってしまっているため、ネットでは定価よりも高くなっていることが多い。
読書好きの秋波ちゃんにとっては、魅惑の言葉だろう。
「古い本だったからなんだろうなぁって調べたら。ねえ? アルフィー」
「うん。タイトルは忘れちゃったけど。絶版本だっていうのは覚えてるよ」
ごくり、と秋波ちゃんは喉を鳴らす。
秋波ちゃんは小学生ではあるが、昔から古い本なども読んでいて、難しい文字を普通に読めるほどだ。
「……読みたい?」
秋波ちゃんの様子に、エルウィーちゃんがくすっと笑う。
「は、はい」
「じゃあ、はい」
と、アルフィーちゃんが秋波ちゃんに向かって手を差し出す。
「……いくら、ですか?」
財布を取り出し、真剣な眼差しで見詰める秋波ちゃんを見て、二人は目を見開き、くすりと笑う。
「違うよ、秋波ちゃん。お金を払ってってことじゃないよ?」
「わたし達は全然興味ないから、ただで譲ってあげるよ」
「え? た、ただで!? でも、それは」
ちらっと俺の方を見る。
俺もその本がある家に住んでいるため、確認をとっているようだ。
「二人が良いなら、俺は良いよ。それに、元々二人の所有物みたいだったし」
俺も、その絶版本を確認したけど、買った覚えがない。そもそも俺は文学書のようなバリバリのものではなく、漫画やライトノベルのような少し緩めの本しか買った覚えがない。
当然父さんもそういうものにはまったく興味がない。母さんはいくらか持っていたけど、全て実家に送ってある。
「いつ買ったかは、覚えていないんだけど」
「ねえ? そういうわけだから。読まないわたし達よりも、読んでくれる人のところにあるほうが本も嬉しいだろうから」
「というわけで、はい!」
「ひゃっ!?」
財布をポケットの中にしまったところで、アルフィーは秋波ちゃんの手を取り、移動を開始する。
そして、その背中をエルウィーちゃんが押していた。
「あ、あの……あの……えっと」
「我が家へご招待!」
「秋波ちゃんも早く読みたいでしょ?」
「それはそうですけど……! か、一晴さーん!!」
また強引に。
けど、これはこれで良いのかもな。二人にも、歳が近い子と仲良くなってほしいし。
「おーい。待ってくれよ!」
 




